第17話 図書室のカイダン

 二階の【2-4】以外の教室は、どこも似た感じだった。黒板には寄せ書き。机や椅子はない。明るいがガランとしている。二階にもトイレが二箇所あり、東側のトイレを使用したついでに、大輝と一緒に隣の女子トイレに入ってみたが何も起きなかった。勿論、トイレの鏡にも怪しい人物は映らなかった、と言っていた。大輝が。

 また、教室以外の部屋は会議室が二つと図書室だけだった。どこもカーテンがなく明るい。しかし、腕時計を見ると、もう五時半になろうかという時刻になっていて、明るいとはいうものの日は少しずつ傾いてきている。幸い、探索する場所はここが最後だ。この学校には、奇妙なことに、怪談で頻繁に登場する【美術室】【音楽室】【理科室】等、幾つかの特別教室が存在しない。ホッとした反面、狐につままれたような気分だった。


 会議室には何も無かった。机も椅子もなく、黒板にも何も書かれていないガランとした空き教室だった。そして、最後の探索となった図書室にも怖いようなものは無さそうに思われた。本棚はすっかり空いていて、幾つかの本棚は端に寄せられていた。その中の一つに本や雑誌が数冊立ててある棚を見つけたので近寄ってみる。本のタイトルは【瑞城町&岩見町観光ガイドブック】、【瑞城町の地理と歴史】、【西国奇伝】。それに、【西国地方に伝わる怖い昔話】、【怪異談・西の巻】。


 …これ、二冊は絶対に読んじゃいけない本だ。


 おそらく、奴らが手に取らせようとして、わざと目につく所に置いたに違いない。


【好奇心は猫をも殺す】


 このイギリスのことわざは、九つの命を持ち、しぶとく、簡単には死なないとされる猫でも、自分の心のおもむくままに余計な事に首を突っ込んでばかりいると、最後には身を滅ぼしてしまうんだぞ、といういましめだ。


 …絶対に読むものか。


 そう心に固く誓っていたら、横から朋也がヒョイと一冊の本を抜き取った。本棚に残っているのは【瑞城町&岩見町観光ガイドブック】、【瑞城町の地理と歴史】、【西国奇伝】、【怪異談・西の巻】…


 …よりによって一番ヤバい本…


「あれ?付箋が貼ってある」


 …えっ?


 朋也は怪訝けげんな顔で本を開いた。そして、そのページを読んだ朋也は眉を寄せて、大輝を呼び寄せ、開いたままのページを読めとばかりに押し付けた。受け取って読んだ大輝の顔色が変わる。


「ヤバす…」


 …いったい何が書いてあったんだろう?


 さすがに【西国地方に伝わる怖い昔話】は呪われそうで、とても読む気にはなれなかった。代わりに比較的マシそうな雑誌の【瑞城町&岩見町観光ガイドブック】を手にとってみる。すると、この本にも黄色い付箋が二枚貼ってあった。好奇心を抑えられず、開けてみる。


 …ナルホド。


 それらのページには『危険!近づくな!手招きする【小依こより川】』、『山崩れ注意!土砂災害警戒区域&緊急退避施設一覧』と記載されていた。


 結局、職員室以外の部屋は一通り確認したものの、【死者】も【コトリ】に繋がる手掛かりも何も掴めないままだった。朋也は不思議そうな顔で「廃墟動画には、美術室も音楽室も理科室も撮影されてるんだけど…おかしいな」と、言っていた。


 職員室の探索は明日に回すことにして、皆で体育館に戻る。お腹も減っていたので、ショッピングモールで買い込んでいた弁当や唐揚げ、コロッケ、ソーセージ、ペッパー系スナック等をまだ明るいうちに食べておこうということになった。驚いたことに大輝はガッツリ肉系の弁当ばかり三つも買っていた。その上、唐揚げとソーセージを誰よりもたくさん食べていた。ひょっとすると、まだ成長の途中段階で、最終形態としては身長2m越えを目指しているのかもしれない。


「何も出なかったね」


 知広が言うと、朋也は「そうだな。子取りの方はどう関わってくるかがわからないけど、訪問者に【男の死】を感じさせる何かは必ずあるはずなんだ」と、唐揚げを頬張りながら応じた。


「なぁ、岩城中の廃墟動画、後で見てみようぜ」


 好奇心旺盛な猫と同じく危機管理能力の低い大輝の言葉に血の気が引く。しかし、朋也は即座に首を振って反対した。


「スマホの電池が減るだろが」


「あー…」


 大輝は微妙な顔で声を発したが、昨日のいつ頃からか、大輝が自分のスマホを一度も手にしていないことからすると、位置情報を知られないために電源を切ったままであることは明白だった。


「あのさ…」


 黙りこくって、弁当にほとんど手をつけていなかった悠真が深刻な面持ちで口を開いた。


「夕方になったら子取りかデッドマンが襲いかかってくるってことはないか?隠れている男が狙われるんだぜ。油を絞られて殺されるんだ」


「えっ?」


 知広は恐ろしさのあまりに硬直した。


 …そうか。昼間は出ない。奴らが出るのは夜…


 ブルブルと全身が震え始めた知広だったが、朋也はあっさり「ない」と否定した。


「悠真、MAYのオカルトサイトの【赤いコトリ】見たんだろ?」


 悠真は「あぁ」と頷く。朋也は「俺もあれを見て、内容は気になってる。でも、化け物は出ないし、不審者も来ない。九時になったら校舎を遠隔施錠オートロックしてくれるし、監視カメラもついてる。ホラー系の変なオプションはつけてない」とことげに言った。


「えっ?」


 驚きのあまりに知広と悠真は声を上げ、朋也を凝視する。【オプション】の意味がわからない。知広達の反応に朋也の方が驚いたようだった。


「ここは廃校キャンプ場だぞ。今晩は貸し切りで予約とってもらってる。知らなかったのか?知広も?」


 知広がコクコクと首を縦に振ると、朋也は大輝をにらんだ。


「花火買った時に…おい。大輝、伝えてないのか?」


「ヤベ。忘れてた」


 大輝が申し訳なさそうに頭をく。


「知広、イヤホンしてたから後で言うつもりだった。スマン」


 知広は自転車に乗っている時や、一人になった時は携帯オーディオプレーヤーで音声学習をしていた。なぜなら、知広は中三で受験生だからだ。時々そのことを忘れそうになる。いな、すっかり忘れている。ふと我に返って、読み上げ英単語を聞き流していた時に話しかけられたに違いない。

 そうとなれば、2-4に置かれていたちょうど四人分の机と椅子にも合点がいく。五人分の方が怖いという朋也の言葉の意味も。思い返してみれば、電気は使えなかったが水は使えていた。トイレは水洗だったし、蛇口をひねれば普通に水が出て、手が洗えた。当たり前すぎて何とも思わなかった…


「…って、花火するの?」


 今、知広は廃校がキャンプ場だったことより、大輝が言い忘れていたことより、朋也がさっき言った言葉に心が奪われていた。


「やろうぜ。うちの近くだと人目があって絶対出来ない。俺なんて、普通の手持ち花火だってのに放火未遂だとかって、学校に通報が行くからな。七時から一時間で花火の許可とってる。使用場所は運動場の中央のみ。打ち上げ花火は禁止。噴き出し花火は高さ3mまで。使用済み花火は必ず水を張ったバケツにけて、ゴミは持ち帰ること。事前予約すれば飯盒炊爨やBBQとかも出来るんだけど、今回は遊びに来たわけじゃないし…」


 知広は興奮のあまりに思わず立ち上がる。膝に載っていた弁当が転がり落ちたが、殆ど食べていたので、気にならなかった。


「僕、花火をしたことないんだ。ずっとずっとやってみたかった!」


 朋也は「そうか。そんなら良かった」と言って、知広の好きなあの無邪気な笑みを見せた。その後、廃校がキャンプ場だとわかって安心したらしい悠真は、自分の弁当と残っていた唐揚げやコロッケをもの凄い勢いで平らげていた。

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