第16話 死人番号

 扉の向こうは廊下だった。左側は体育館、右側の突き当たりに見えているのが東側のトイレ。その隣が職員室だ。廊下の床板は踏むとギシィと嫌な音がした。板はしっかりしていて、フワフワと上下する感じはなく、床が抜ける心配はなさそうだった。だが、足音が響くのが何とも恐ろしい。奴らに居場所を知られてしまう…


 …奴らって、誰だよ。


 自分でツッコミを入れて、思わずゾクッとなる。


「どっち行くんだ?」


 リュック二つを背負って、さらに床に置いた段ボールを再び抱え上げた大輝が朋也に尋ねている。相当重そうだったが、大輝は「ペットボトル二本分減ったし、ラクショー」と言っていた。


「とりあえず、荷物を体育館に置こうか。重いしな」


 朋也の言葉に従い、左側に見えている体育館の扉を目指す。これまた年季の入った赤茶けた鉄製らしい扉は所々の色がげかけ、まだら模様にびていた。


「知広、開けて」


 食料の入ったビニール袋を抱えた悠真が言う。大輝は段ボール、悠真と朋也はそれぞれ、ビニール袋を持っていた。仕方なく、知広は体育館出入り口の軽量引き戸シャトルドアにおずおずと近づき、取っ手を掴んで引き開ける。


 …何もいませんように。


 知広の願いが通じたのか、開け放ったドアの向こうに広がった体育館には、恐れるものは一切なく、至って普通だった。奥に暗赤色の緞帳どんちょうが下りたステージが見える。床板はツヤツヤした光沢はないものの、なめらかで今すぐにでも使えそうなくらいだ。二階の大きな窓のカーテンは全部開け放ってあり、外からの日差しが入ってきて明るい。電気がなくても昼間は問題なく過ごせそうだった。


「おっ。バスケのゴール降りてんじゃん。後で1on1しようぜ、朋也」


「ボールがないだろが」


「あっちゃー。どっかに落ちてないか?久しぶりに朋也とやりてぇな」


 荷物を置いた大輝は、嬉しそうにはしゃぎながら、バスケットゴールめがけてフリースローの真似をして跳ねてみせた。180cmの長身で均整の取れた体格の大輝は、サッカーからバスケットに転向しても充分やっていけるんじゃないかと思う。一方の悠真は、知広の肩を叩くと、ホッとした様子で「ここでなら何とか寝れそうだよな」と言った。


 荷物を置き、再びギシギシきしむ廊下を渡る。入って来た正面入口の扉の前を通過し、そのまま進むと、突きあたりにトイレ。奥まった右手に二階に通じる東階段がある。突き当たって、廊下を左に曲がれば職員室があるのだが、朋也は「ここは時間がかかるからトバす」と言って、部屋を確かめることもしなかった。

 職員室の隣は校長室で…まぁ、どこの学校も職員室と校長室はお互いに行き来出来るように繋がっている。朋也は校長室も後回しにするつもりだったようだが、大輝は朋也が何か言う前に開けてしまっていた。


 窓のない薄暗い校長室には重たそうな古めかしい黒の校長机が一つポツンと置いてあるきりで椅子や棚はない。扉を開け、廊下からの光が入ると、正面の壁に歴代校長の写真がズラッと飾られているのが見えた。一番下段の最後が現日善ひよし中学校校長の【島内しまうちまこと】だ。今よりも髪が黒く皺が少なく若々しく見える。歴代校長の半分は白黒写真で、最初の二人は着物、次はシルクハットに口髭。着ている服の感じからすると、戦前よりもっと前であることは間違いない。


「うちの校長はまだ生きてるけどさ、この上の方の写真の校長たちは絶対生きてないよな」


 悠真が真顔で呟いた。改めて指摘されると何だか怖い。こちらを見下ろすかのように飾られた歴代校長の写真が、まるで遺影のように思えてくる。

 まさか、この中学校に未練を残したまま死んだ何代目かの校長が、夜な夜な校舎を彷徨さまよっていたりしないだろうか。


「この学校に未練のある校長が出て来たりしないかな?」


 やはり、同じことを考えていたらしい悠真の震え声を聞いたスピリチュアル感覚ゼロで鈍感な大輝は「もし、元校長がこの学校にやって来て、俺達に何か言ってきたとしてもな、俺はこの学校の卒業生じゃねぇからわかんね。面倒なことになりそうなら市の教育委員会に行ってもらおうぜ。誰かが何とかするだろ」と、無責任に応じた。


 …幽霊って、説得できるのかな?朋也くんなら何とかしそうだけど…


 朋也はとっくに校長室を出て、呆れ顔で「次行こうぜ」と、皆を促していた。


 一階には保健室と給食室、調理室があった。

 保健室にはマットだけが載ったスチールのパイプベッド、木製の身長計、錆びた体重計が一つずつ置き去られていた。保健室の大きな窓にはカーテンが掛かっておらず、この部屋はとても明るく、怖い感じは全くしない。給食室、調理室には鍵がかかっていて入れなかった。

 一階にトイレは二箇所あった。大輝が東側のトイレを使用した時に必死で頼みこんで、隣の女子トイレも確認してもらった。ついでに西側のトイレを通り掛かった際も見て来てもらった。奥から二番目の個室に花子さんはいなかったと報告を受け、知広と悠真はホッと胸を撫で下ろした。


 一階の探索が終わったので、薄暗い西階段を通り、二階へと向かう。

 実は、子供を異界に引き込む、もしくは死に顔を映すとかいう鏡があるのではないかとドキドキしていたのだが、階段の踊り場に鏡は置かれていなかったし、置かれた形跡もなかった。元からなかったのかもしれない。「階段の踊り場に鏡がないのは意外だよね」と、朋也に言うと「ここの階段は手すりが格子で見通しがいいから鏡なんて必要ない」と、朋也は答えた。


 最も怖かったのは、二階を上がってすぐの【2-4】だった。他の教室と同様にカーテンがなかったので、西日が窓全体から差し込んでいて明るく、床も壁も備え付けの木製棚も荒れておらず、すぐに使えそうな様子なのは他と大差ない。そして、黒板には他のクラスと同じく、かつて在校していた生徒による寄せ書きメッセージが残されていた。

 この2-4に限っては、絵の得意な生徒がいたのか、当時流行っていたオカルト和風ファンタジー系アニメのキャラクターが描かれていたのだが、濃淡も陰影も禍々しく、それは何とも不気味で見事なチョークアートだった。四人とも「コエー、スゲー」と、感心してしまった。イラストの右下に【Meiko&Akira&Satsuki】と記してある。どうやら、このホラーイラストを描いたのは女の子達のようだった。

 確かに絵はとても恐ろしかったのだが、それよりも知広と悠真を怯えさせたのは…机と椅子だった。


「な、何で四人分…?」


 それはガランとした教室の中央に【田】の字の形で置かれていた。給食や班の話し合いの時に向かい合わせになる配置だ。


「五人分だったら逆に怖いだろが。あと一人は誰の分だ?って」


 首をかしげていた朋也は、この恐ろしい現象の意味を全然わかっていない。【四】という数字は死人番号だ。このクラスは【2-4】。ひっくり返すと【4-2死人】と読める。どちらもとても不吉な数字だ。それに、なぜ奴らは来訪者の数を知っているのか?


 …もう、すでにターゲットになっているってこと?


 知広と悠真は得体の知れない不気味な存在に見張られているようで、そこから先の探索が怖くて怖くて仕方がなかった。

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