第三章:(旧)岩城中学校

第15話 廃墟へGO

 大輝と悠真を連れて土手を上り、国道に戻って来た朋也は知広を見て嬉しそうに笑った。


「グー出せ。手は下向き」


 朋也の言う通りにすると、朋也も同じように拳を握り込んで、突き合わせるように当てた。


「サンキュな。知広がいてくれて助かった」


「僕、何もしてないよ」


「自転車、道路からどかしててくれた。ここで待っててくれた。いざとなれば、知広にSOS出して人を呼んでもらえばいいと思ったから、俺も冷静でいられた」


「うん」


 朋也の言葉に知広は顔が緩んでしまう。喜びが込み上げてきた。嬉しかった。何も出来なくて、役立たずだったと思っていた。ここ数年、誰かに礼を言われることなんてなかった。はるか昔の記憶だけだった。


「知広、ありがとな」


 大輝も知広の腕を掴んで礼を言ってくる。知広は大輝の手の冷たさにギョッとなる。氷を押し当てられたようだった。


「冷た…」


「お前はあちィな。ずっと道路にいたからか?ちょうどいいぜ」


 大輝はいつも朋也にやっているような感じで、背後から知広をギュッと抱え込んだ。急に抱き締められて、ドギマギしてしまう。親とも触れ合うことが少なかった知広は、他人と肌をくっつけることに慣れていなかった。


「あったけー。生きてるって感じするわ」


 大輝はどうやら、知広をカイロ代わりにして、暖を取っているようだった。

 朋也いわく、水温が17度以下になると、水中での生存時間が急激に短くなるのだという。17度で二時間、15度で一時間半。おまけに大輝はTシャツを脱いでいたので、さらに体温を奪われやすい条件になっていた。


「今の時期、こんな山奥の川の水温は絶対に20度いかない。多分、16度とか17度ギリギリ。昨日、晴れてなかったら水温はもっと低かったし、足がつってたらヤバかった。ペットボトルもロープもあって運が良かった。それでも、上手くいく保証はなかった」


 朋也の祖父と父はアウトドア好きで、小学生の頃はよく山や川に連れて行ってもらっていたらしい。特に祖父は若い頃に地元山岳隊に入っていたこともあって、男孫の朋也にいろいろなことを教えてくれていたそうだ。何かが一つでも欠けていたら、一歩間違えていたら、大輝は死んでいた。今さらながらにゾッとする。


「思い通りにならなくても抑えろ。今度は死ぬとこだったぜ。もう何も失いたくないだろ?」


「そうだな」


 朋也の言葉に大輝は神妙な顔をして頷いた。



 それから、再び自転車で一時間。

 途中で奇妙な神社を見つけたが、今日のところは寄り道はせずに通り過ぎ、目的地まで向かう。やがて、川から山へ向かう道になり、開けた場所に出たと思ったら、そこは目的地の岩城中学校の運動場だった。


「思ったより小せぇな」


 クロスバイクを降りた大輝が運動場とその奥に見える二階建ての校舎の感想を述べた。


「ま、人口少ないからこんなもんじゃね?」


 悠真も大輝に続いて口を開いたが、声はかなり小さかった。おそらく怖気おじけづいたんだろうと思う。悠真をビビリ呼ばわりする気は毛頭もうとうない。なぜなら、知広も同じ気持ちだからだ。

 遠目ではあったが、校舎に破損した部分は見受けられず、窓ガラスも割れていないように見えた。ここに来るまでの荒れ地に比べれば運動場や校舎周辺の雑草も少なく、完全に放置されているというわけではなさそうである。しかし、校舎の裏には鬱蒼とした小山があり、重なった木々が校舎に陰を落とす。古い木造校舎は良く言えばおもむきがあり、悪く言えばおどろおどろしい雰囲気だった。


 躊躇なく進む大輝と朋也の後ろに続いて校門を入ると、すぐ右手の木陰に中学校には珍しい二宮金次郎の像が立っていた。それがまた不気味な印象だった。古い金属製の像はびたような薄いオレンジのサビに覆われ、所々、雨に打たれなかった部分だけ元の色が黒っぽく残っている。全体に錆部分の方が多いので、黒い部分はげているように見えた。極めつけは顔部分だ。ちょうど目の辺りから下方に向かって、特に濃く赤く涙のような流れを作って酷く錆びついていた。


 …血の涙を流す二宮金次郎…


 知広は急に背筋が寒くなった。ゾワッとして、腕に鳥肌が立ってきた。これは到底良いものとは思えない。とても良くない感じがする…


「横の駐輪場に自転車止めて、校舎に入るぞ」


 危機感を覚えた知広とは違い、朋也は何も気づいていないらしい。振り向いて告げる朋也の促しに、のろのろついて行っていた知広と悠真は「ええっ?」と声を上げた。情けないことに声は無様に裏返っていた。知広はダメ元で言ってみる。


「ま、まだ早いんじゃない?」


「お、俺もそう思う」


 間髪入れずに悠真が乗っかる。やはり、悠真とは気持ちが通じ合っていることを確信した。ここはきっとヤバい。絶対に【出る】。間違いない。


「もうすぐ四時だぞ。電気は止まってるんだ。日が高いうちに中を見て、どこに泊まるか決めた方がいいだろ?YouTuberみたいに夜中に懐中電灯で見て回って肝試ししたいのか?」


 朋也の返事に悠真が「ヒッ」と、息を呑んだ気配がした。


「やっぱ泊まるのか…」


「ここ以外どこに泊まるんだよ。何も起きないって言ったろ」


「そうだよな…」


 その時、一人でスタスタと校舎に向かっていた怖いもの知らずの大輝が、誰もついて来ていないことに気づき「おい、何やってんだ?」と、呼び掛けてきた。


「悪りぃ。今行く」


 朋也はママチャリを押しながら小走りで大輝を追った。悠真と知広も仕方なく先を進む二人の後を追いかけた。


 校舎の正面入口は十字格子窓のついた重厚感のある黒い木製扉だった。霊感が皆無らしく、第六感も働かないらしい大輝が迷うことなく取っ手を握る。あんな危険な川に自ら飛び込むくらいなので、危機管理能力が低いのかもしれない。そして、どうやら扉に鍵は掛かっていないようだった。


 ギギギ。


 錆びた蝶番ちょうつがいきしむ。歯ぎしりのような不気味な軋み音。


 …ここには得体の知れない何かが、る。


「入ろうぜ」


 朋也にかされてハッとする。気づくと悠真はもう中に入っていた。一人残された知広は軽い目眩めまいと胸騒ぎを覚えながらも、おそるおそる扉をくぐった。

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