第12話 就寝定員は五人

「準備オーケー?寝る時に必要ない物は置いとけ。充電するスマホ以外の貴重品は持ってけよ」


 午後9時になると、園長が約束通り部屋にやって来た。四人は園長に連れられて、部屋を出る。


 …園長は部屋には泊めないと言った。ホテルの外に追い出されるのだろうか。


 こんな夜中に、暗い山の中に放り出されるのは恐ろしい。あの部屋は子供向きではないことはわかっているが、さほど大きな問題は起こらないと思われる。一晩をどこで過ごすのか、知広はだんだん不安になってきていた。

 やがて、園長はフロントの部屋に入るように四人を促し、フロントの奥にあったスチール扉に鍵を差し込んだ。


「ここから出て」


 おそるおそる扉を抜けると、そこはシャッターの降りたガレージ内だった。目の前に巨大なキャンピングカーが止まっている。


「おーっ!キャブコンじゃん。園長、これ、どしたの?」


「買った。北海道行きたくてさ。野生のヒグマを観察するなら何日間かは山の中に泊まらないと」


 園長は嬉しそうにウキウキした様子でサイドのドアを開け放って、車内を見せながら説明を始めた。

 キャブコン…キャブコンバージョンというのは、運転席【キャブ】の後ろが完全に居住空間になっているキャンピングカーだそうだ。室内は広く、車高が高い。室内の高さは183cm、スレスレの大輝以外はかがまなくても余裕があった。ミニキッチンや簡易トイレ、テーブルを挟んだ対面式の座席まである。


「就寝定員は五人。君達なら余裕」


 園長は車内に入ると、運転席の天井にあった黒いベルトを外して引き下げた。すると、天井が降り…上部に出来た空間はベッドになっていた。これはプルダウンベッドという様式らしい。


「すげー!!!」


 朋也も大輝も素直に称賛している。この魔法のような不思議な車が今夜の寝床になると思うと、知広はワクワクしてきた。宿泊場所が、中学生には早すぎるいかがわしいイメージのラブホテルではなく、こんな格好いいキャンピングカーというのも嬉しかった。後ろめたさが拭い去られた気がした。園長の配慮に心から感謝する。


「ガレージは鍵付きだから誰も入らない。今夜は涼しいからこのまま車中泊でも問題ないよな?車内のトイレは掃除したくないから、ホテルのトイレ使って。さっき通ったフロントの裏口開けとく」


 そう言った後、園長はにこやかに四人を見回した。


亮真りょうまさんから聞いたけど、みんなで宝探しなんだって?」


 厳密に言うと、宝ではなく【死体探し】もしくは【中学教師らの犯罪の証拠アラ探し】だったが、本当のことを説明すると犯罪絡みの問題が勃発し、大変にややこしい。おそらく、悠真は父親の亮真に全部を正しくは説明していないようだった。


「若いっていいよな。今の君達ならいくらでも夢を追える。夢を追って、なりたい自分を見つけたらいいさ」


 この園長の言葉に思いがけず強く反応したのは朋也だった。園長をじっと見つめて、静かに問うた。


「犯罪者の子でも、夢を見ていいんですか?」


「いいんでない?そもそも俺の父親、誰かわかんないし。マトモな人間じゃなくて、何かやってたかも。でも、親は親、子は子。同じにならなくていい」


「俺、母に捨てられたんです。いらない子なんだ」


「いる子だろ」


「何で言い切れるんですか?」


「少なくとも君の仲間は君を必要としてる。ユーちゃんは他人を利用しても、他人のために一肌脱ぐことなんて滅多にないんだ。それだけ君が大事なんだろ、きっと」


 悠真は「そんなことねぇよ」と照れたようにそっぽを向いた。園長はそんな悠真を見て微笑む。


「俺も亮真さんと出会えたから、ここでこうして生きてる。頑張るのが遅くて獣医には成れなかったけど、代わりに生涯追い続けたい趣味を見つけた。いい出会いってさ、なかなか無いんだ。それに夢を見るには時間とエネルギーがいる。人生は一度きりだ。後悔しないように生きろよ。今を大事にな」


 …僕も出会えた。朋也くんと…


 夢というのはまだ見つかっていないが、少なくとも仲間はここにいる。知広は園長の言葉が胸の奥に深く深くみ込んでいくのを感じていた。


 翌朝、園長は朝食にと、カレーパンとバナナとコーヒー牛乳のパックを持って、四人の泊まったキャンピングカーに来てくれた。車内でもホテルの部屋でもどっちで食べてもいいと言ってくれたが、全員一致でキャンピングカーの対面式テーブルを選んだ。


「また、来ていいっすか?」


 もらったパンとバナナをひと飲みにした大輝が、園長に尋ねる。園長は「足りないだろ、これも食え」と、バナナが五本ついた房を大輝に渡し、大輝はお礼を言って、それも残らずむしゃむしゃ食べた。キャンピングカーに着いた辺りから、大輝と朋也と知広は園長に対して、敬語や敬語らしきものを使うようになっていた。何故かはよくわからないが、そうしたかった。そして、園長は大輝の【来ていいか】の質問にニヤリとした。


「18歳以降なら大歓迎。彼女連れて来いよ。初めてご利用のお客様には延長サービスしてやるから」


「三年後か」


「あっと言う間だろ」


 食後間もなく、四人は園長に別れを告げ、再び目的地に向かって、ひたすら自転車を漕ぎ続けた。

 木に囲まれた山を下りると、再び平坦なアスファルトの道が続く。道路周辺は夏に向けて勢いを増した草が伸び放題で荒れ地のようだった。昼前になって、気温も上がり、再び汗だくになり始めた頃、ようやく比較的大きめのショッピングモールに着いた。


「ここが自転車のバッテリーを充電できる最後の店。この後はコンビニも店もないから、必要な物を買い込んで行くぞ」


 朋也の指示で、予備のエコバッグに食料や飲料、ランタン、虫除けスプレー等を購入する。朋也は怪我をした時のために消毒や絆創膏も買っていた。


「ママチャリってさ、ダサいからバカにしてたけど、こうやって見ると便利だよな」


 前輪の大きなカゴに袋詰めの荷物を押し込んだ後、後輪の上のリアキャリアにも買った物を詰め込んだ段ボールを載せ、紐で括りつける作業中の朋也を見ながら、大輝がしみじみ呟いた。


「俺のクロスバイク、前にも後ろにもカゴねぇもん」


「俺のも」


 大輝と悠真のクロスバイクは見た目が格好良く、スピードも出るが、荷物は一切載せられない。あと、雨の日はケツがずぶ濡れになるのだそうだ。後輪に泥除けというカバーがついていないらしい。知広の電動アシスト自転車の前カゴには、朋也のママチャリ同様に荷物を押し込んだ。しかし、元々、たくさん荷物を積む想定ではなかったため、後輪にはカゴもキャリアもついていない。そして、充電が切れるとやたら重くなる。そうなると、足への負担はママチャリの比ではない。

 必然的に買った物のほとんどは朋也が引き受けることになってしまった。大輝と朋也が自転車を交代しながら行く案もあったが、あと二時間程の距離ということで「面倒だから別に交代しなくていい」と朋也は断った。結局、大輝が自分のリュックの上に朋也のリュックを重ねるという無理やりな大技を編み出し、朋也もそれに同意した。


 それから二時間。

 再び緩い勾配を上がる山間の道路が続くようになった。この辺りの山肌には木が少なく、斜面が欠けたようになり、土がき出しになっている所も多々ある。


 ――――寂れた過疎の地。廃れた学校の地。


 並んで走る四台の自転車は、ようやく目指していた県北部の志都和しずわ市…旧瑞城みずき町に差し掛かった。

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