第11話 18歳未満のご利用はお断りします。

 入口に並べられたライオンとゾウの置物の横を通り、室内の薄暗い照明の中、そこだけが浮いたようにぽっかり明るいフロントに向かうと、座っていた元ホストでラブホテルオーナーの【園長】こと山田やまだ幸貴ゆきたかが「よぉ」と立ち上がり、気さくに手を振って迎えてくれた。


「久しぶり。ショーちゃんは先月来たけど、ユーちゃんはいつぶり?小学校の卒業式以来だっけか?」


「え?将真アニキ来たの?ちょっと前に彼女と別れたって聞いてたけど、相手、誰?客?女?男?」


「オトコ、オトコ」


「やべぇよ。女装バイトなんかしてるから、アイツ、とうとう男とも…」


「違う違う。役者仲間と夜に練習したいから、一番広い部屋を格安で借りに来ただけ。どうせ、閑古鳥かんこどり鳴いてるだろうって。まぁ、その通りだったけどな」


 悠真の兄の将真は演劇集団【わん騎士ナイト★仁狼】に所属しているなかなか芽が出ない役者の卵だ。劇の端役だけでは食べていけるわけもなく、女装ボーイズバーでバイトをしている。なかなか、破天荒で一筋縄ではいかない人物らしい。もしかしたら乱れた生活を送っているのかもしれない。


「みんな、ユーちゃんの友達?高校生もいるのか?えーっと、君は小学生じゃないよな?」


 フロントから出て来たヒョロヒョロした青年は、知広を見て首を傾げた。高校生とは体の大きな大輝のことだろう。しかし、小学生とは…


「違います。僕も悠真くんの同級生で中三です」


「だよな。みんなが大きいから、並ぶと小さく見えただけだった」


 朋也も悠真も身長は低い方ではなく170cmを軽く超えている。知広だけが160cmとやや小柄だった。園長は四人を見回すと、ピタッと朋也に目を止めた。


「うわぁ、君、顔小っさ。顎のラインと薄い唇の感じが女優の【あさくら雪乃ゆきの】に似てる。俺、結構ファンなんだよ、ユキのん。君は目が切れ長でシャープな印象だけど」


「はぁ、どうも」


 あまり嬉しそうでない朋也が適当な返事をしている。


「ホストならNo.1間違いなしだ。黙っててもオーラ凄いし、ショーちゃんより役者向いてるんじゃないか?」


「それ、兄貴に言ったら、ぶっ飛ばされっぞ」


 歯に衣着せぬ物言いの園長に悠真がツッコんだ。


 その後、園長は「とりあえず、汗流して来なよ」と、ホテルの一室に案内してくれた。知広はイケないことをしている背徳感で胸がドキドキしたが、想像したようなことは何もなかった。その部屋はシックなモノトーンでまとめられていて、およそラブホテルらしいものは何もなさそうに見えた。


「充電は朝まで挿しっぱなしでいいよ。何ならモバイルバッテリーも充電しとけば?お風呂は広いから四人一緒に入っても大丈夫。えーっと、スマホあるよな?テレビはつけるなよ。あと、飲み物は全部ジュースに換えといたから。俺のおごり」


「園長、サンキュ。なぁ、今晩ここに泊まっていいだろ?」


 悠真が媚びるように上目遣いで園長を見つめたが、園長はきっぱりと断った。


「18歳未満のご利用はお断りします。午後9時には迎えに来るから、それまでに全員お風呂済ませときな。それから保護者には必ず外泊するって連絡しておくこと。俺を未成年者略取誘拐の犯罪者にしないでくれよ。ラブホに泊まるって言わなくていいから。部屋には泊めないし、お金もとらない」


「はぁーい」


 悠真が四人を代表し、いい加減極まりない声を発した。悠真と朋也は保護者の許可を得ている。知広は保護者などいないも同然だ。問題は大輝だ。知らん顔をしているが、西和市を抜けた辺りで休憩した時に、大輝がスマホの電源をオフにしていたのを知広は偶然見ていた。おそらくはスマホのGPS機能で現在地を追跡されないようにするためだ。大輝は親の許可をとっていない。


 …心配してもらえるだけ、有り難いんじゃないのかな。


 余計なお世話と思いつつ、知広は大輝と大輝の家のことが少し心配だった。


 園長が部屋を出て行った後、大輝と悠真はさっそくベッド周囲を調べたり、冷蔵庫を開けたりと部屋を探索し始めた。しかし、すぐに終了する。この部屋には冷蔵庫のジュースと人数分のタオルとバスタオル、歯ブラシくらいしか置いておらず、子供には不要と思った物はどうやら撤去されていたようだった。


「ほんと何もないぜ。つまんねぇ部屋」と、ガッカリした様子の大輝に、悠真は「女の好みに迎合するような今時のラブホ経営者なんて、そんなもんよ」と慰める。


 …悠真くん、言いたい放題だけど…


 ここに着いた時の悠真のハイテンションなはしゃぎっぷりからすると、部屋に入ったことがないのは一目瞭然だった。しかし、偏った知識だけは豊富で、目の付け所も子供らしくない。知広はそれが不思議で仕方なかった。しかし、そんな連中をしり目に、朋也はというと、さっさとバスルームに直行していた。間もなく、バスタブに湯を張る水音が聞こえてくる。朋也は本当によく気がつく。


「お湯、溜まったぜ。誰から入る?」


 戻って来た朋也が尋ねた。大輝と悠真はみんなで入りたがったが、「お前らが何考えてるかは全部わかってる」と、朋也が断固拒否したので、大輝、悠真、知広、朋也の順番で入ることになった。バスルームは園長の言った通りとても広く快適だった。シャンプーとコンディショナーとボディーソープは備え付けてあったが、ここにも取り立てておかしな物は置いていなかった。レインボーに色が変わるライトやジェット噴射のジャグジーを心ゆくまで堪能して、知広は風呂から上がった。


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