第10話 HOTEL【ナイトサファリ】

 ファミレスならぬファミリー食堂で、涼みながら腹を満たした一行が店を出た時、ちょうど日が沈んだところだった。見上げた空は、西の地平付近は橙、上にいくにつれて朱が混じり、上空付近は紫…と綺麗なグラデーションに変わっていた。夕映えが辺りをあけに染め、残照が雲を金色に染めている。


「すげぇ。真っ赤」


 悠真の言葉に三人とも頷く。人のいない山辺を彩る夕陽は神秘的で厳かで…少し恐ろしい。

逢魔おうまヶ時】という言葉が知広の頭に浮かんだ。この世とあの世が繋がる時間。魔や妖が蠢き、這い出す時間でもあるという。ついさっき、店で注文したカレーライスを食べていた時、悠真が急に思い立って検索したオカルトサイトの死者の時計【スペラ】に関する都市伝説もまだ頭に残っていた。


 …ビビリのくせに怖いもの見たさで何でも調べちゃうんだもんな、悠真くん。


 その時にポンと表示されてしまった血だらけの時計と17という数字、首を切断された恨めしげな魔女の画像が怖かった。朋也は「青薔薇の魔女の処刑は神経麻痺系の毒ガスだったから、血も出てないし、首も切られてない。眉唾だぜ。馬鹿らしい」と鼻で笑っていた。


 でも、怖いものは怖い。特に最後のコメントにあったにゾッとした。悠真も「PATRICK PHELPSの時計が何人も殺してるってことは確かだぜ。藤河くりすも、浦川の持ってたアイオーンも前の持ち主死んでるし…」と、青ざめた顔で言っていた。


 朋也は「今までにPATRICK PHELPSが世に何本出回ってると思う?岩出県の時計職人はそれなりに高齢だぜ。購入者が次々死ぬような殺戮兵器は、もはや時計じゃない。とっとと製造中止にしろよ。そんなモン、即回収だ、回収」と、呆れた様子だったが、知広はどちらかというと悠真寄りの意見だ。理由はハッキリしている。よくわからないけど怖いからだ。


 一方の大輝はというと、生前の青薔薇の魔女が露出度の高い衣装を着ていた美人だったことの方が気になったらしい。「女スパイってちょっとエロいよな」と言っていた。全く話にならない。


「朋也くん、あと、どの位で着くの?」


 少し不安になってきた知広が尋ねると、「だいたい一時間くらい。ここから先はずっと山が続くし、暗いと危ないからとりあえずはその…」と、言い掛けて、朋也は言葉を濁した。


「【HOTELナイトサファリ】」


 しれっと悠真が続きを引き取る。


「サファリ?」


 思いがけない言葉に知広は戸惑った。妙に嬉しそうな大輝が肩を叩いてくる。


「レジャーホテルだぜ」


「レジャー?夜なのに?」


 知広が聞き返すと、悠真と大輝は腹を抱えて爆笑し、朋也は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「朋也くん、知ってるの?」


 この場で信用していい回答をくれそうなのは朋也だけだった。朋也はひどく言いにくそうな様子で知広を見つめた。重そうに口を開く。


「一応、調べたんだ。四号ホテルの届け出がされてないから、カテゴリー的にはビジネスホテルと同じ」


「うん?ごめん。何言ってるかよくわからない」


「だから、その…アレだよ」


 朋也は夕陽のせいではなく顔を赤らめた。奥歯に物が挟まったような言い方の朋也の代わりに、大輝が笑いながらぶっちゃけた。


「ラ、ブ、ホ♡」


「ええっ!?」


 知広は驚きのあまりに声を上げてしまった。健全な中学生はそんな場所にはきっと出入りしない。もし、ラブホを利用したことが学校にバレたら、知広の内申点はどうなってしまうのだろう。そもそも、内申点をつける権限があるのは浦川達だし、もはや点数など、すでに無いも同然なのかもしれないが。


「園長に聞いたら、変なものは置いてないし、改装したから、どの部屋も大人しいモンだって。天蓋も牢獄もミラーボールもないし」


 ようやく笑うのをやめた悠真がホテルの説明を始めた。【園長】というのは、この【HOTELナイトサファリ】のオーナーで、悠真の父親の友人…正しくはホスト時代の後輩らしい。


「牢獄?ミラーボールって?何で?」


「マンネリを防ぐためじゃね?でも、レインボーなジャグジーはあるらしいぜ」


 悠真が言うと「おっ。泡風呂いいじゃん」と、大輝がニカッと笑った。大輝には大手スポーツメーカーに勤める上の兄と、大学サッカー強豪校で活躍中の下の兄がいる。どちらも成人で、どちらにも彼女がいて、そういったホテルをご利用した話を聞いたことがあったそうだ。大輝は「兄貴達もさすがに中学生でラブホデビューはしてないけどな」と、可笑おかしそうに言った。


「だけど、この手のホテルは四号でなくても18歳未満は利用できないはずだろう?いいのか?」


 潔癖な朋也が生真面目に言うと、悠真も「園長も子供は客としては泊められないってさ。でも『このご時世で野宿させるわけにはいかないから、とりあえず寄れ』って言ってくれた」と、補足する。


「ま、他に泊まる所もないし、行くしかないんじゃね?」


 鼻歌混じりの大輝の言葉を聞いた朋也は、心底嫌そうに肩をすくめた。


 暗くなっていく山間の国道をひた走って一時間。木々の隙間から高速道路のインターチェンジが見えてくる。そこからは朋也のスマホのルート検索を頼りに、自転車を降りて細い道路を進む。


 …あれか。【ナイトサファリ】。


 山中の闇の中には似つかわしくないピンクの電飾文字が、妖しげな光を放っていた。四人は自転車を押して近づき、そびえ立つ城、もといラブホテルを見上げる。


「何だ、これは?何でサファリで中世ヨーロッパ風の城なんだ?統一感ないし、意味わかんね」


 不機嫌そうにちる朋也を悠真が「まぁまぁ」となだめる。


「ラブホ業界は今、経営難なんだ。園長も、とりあえず内装だけスタイリッシュにしたものの、外観はどうしても無理でさ。だって城だぜ。ぶっちゃけ、外観よりホテル名を変えた方がいいっての」


「確かに」と、朋也も納得したようにうなずく。


「でも、園長な、野生動物大好きでさ。特に猛獣系。趣味が全国のサファリパーク巡りなんだ。入口の横にライオンとゾウのモニュメント置いてあるだろ。名前を変えるのはどうしても嫌なんだってさ。そもそも、このホテルも譲られたから引き受けただけで、朋也が妄想するような過激な猥褻物はそんなに陳列してねぇよ。最低限だぜ、たぶん」


「そうか?」


「元ホストが言うには、あからさまにエロくて下品なのは女ウケしないんだってさ。それと、これからはインバウンドの需要を見込んで、一般客の誘致も視野に入れてるみたいだぜ」


「なるほど」


「で、品行方正な朋也クンはラブホって聞いて、いったい何を想像しちゃったの?おせーて、おせーて」


 人の悪い笑みを浮かべた悠真だったが、朋也は「自転車止めたら、その園長とやらに挨拶しに行くぞ」と、華麗にスルーした。

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