第6話 赤い時計

 翌日、四人は学校を無断欠席した。

 悠真ゆうま知広ちひろは、登校すると見せかけて悠真のうちへ直行した大輝だいきと、朝学活が始まる八時半を少し過ぎてからやってきた朋也ともやを迎え入れる。

 真面目な知広と朋也が学校をサボるのは初体験だった。知広はイケないことをしている罪悪感でドキドキしたが、飄々としていつもと変わらない様子の朋也を見てからは、後ろめたい気持ちはアッサリとどこかへ消えていった。


 全員がつどった後、四人は少し緊張した面持ちでお互いの顔を見回した。

 大輝は時計について、朋也は教師達についての新たな情報を入手していた。それはどちらも恐ろしいことに繋がりそうだと予感させる内容だった。


 昨夜、大輝は伯父の佐倉さくら大知だいちから電話をもらっていた。


『もしもし、大輝?あの紛失届が出てる不死鳥のアイオーン…本当にあるの?どこにあるの?』


 伯父は大輝に単刀直入に尋ねてきたという。

 大輝が「中学の先公センコーが持ってたんだよ。盗んだんだぜ、きっと」と言うと、伯父は『何で大輝がそんなこと知ってるの?』と、大輝を問い詰めた。

 直接目撃したわけでもなく知広からの又聞きで、実は状況も時計の形状も曖昧にしか覚えていなかった大輝は、伯父の質問に殆ど答えられなかった。


「だって、俺、見てねぇし」


「なら、盗んだとか言うなよ」


 朋也は呆れ顔で大輝を見たが、大輝は全く意に介さずに朋也に言い返す。


「質屋のおっさんが『入手困難で絶大な人気を誇るPATRICK PHELPSのアイオーンなら喉から手が出るほど欲しがってる収集マニアが世界中にいる。国内で売ったら足がつくが、国外に持ち出せば幾らでも買い手は見つかる。そりゃあったら盗むだろう』とか言うんだもんよ。そう言う朋也だって、浦川うらかわが盗んだって確信してただろ?」


「それはそうだけど…証拠もないのに警察相手に盗んだとか断言すんなって」


 再び朋也にいさめられても、大輝はあまり気にした様子はなく話を続けた。

 伯父は昨日の大輝の話から【製造年】と【シリアルコード】がピッタリ一致したことや、五年前に紛失届が出ていた大変高価な時計だということが、刑事の勘とやらに引っ掛かったようだった。紛失届に記載されていた連絡先に電話を掛け、【時計があるらしい】ということは相手には伝えずに、もう一度詳しい事情を聞きたいと掛け合ってくれたそうだ。


「大知さんって、ほんと親切だよな」


「いや、『面白そうだったから、つい調べたくなっちゃって困ったよ』って言ってたぜ。アイツはやる気スイッチ入らないと絶対動かねぇんだ。別のやらなきゃいけないこと放っぽって、部下に叱られたって言ってた」


「…迷惑かけちゃったな」


「いやぁ、大知も『俺も久しぶりにワクワクしてきた』とか、言ってたし、まぁ、いいってことよ」


 朋也いわく佐倉大知は刑事としては優秀らしいが、性格には少々難があるらしい。親子程に年齢が違うし、人に与える印象も全然違うが、厄介ごとに首を突っ込む性質が大輝と似ているそうだ。顔も似ているらしい。そして、この伯父と甥はとても仲が良い。大輝の伯父は仕事でもない厄介ごとなのに、如何いかにもプロフェッショナルらしい丁寧な聞き込みをしてくれたようで、手帳に控えてきたという情報を可能な範囲で教えてくれた。伯父から聞いた内容を正確に伝える自信がまるでなかった大輝は、躊躇なくスマホの録音機能を使用した。もちろん、伯父に許可など取っていない。


 時計の所有者は【赤井あかい卯尾地うおち(仮名)】。

 遠い東北地方岩出県の時計職人。

 二十年前に死亡。生きていれば九十三歳。

 この時計は赤井氏が海外で修行していた時代に知り合ったPATRICKパトリック PHELPSフェルプスの職人であった友人から譲られたものらしい。

 そんな亡くなった老人が電話に出るはずがなく、佐倉大知の電話を受けたのは赤井氏の一人娘【岩清水いわきみず志津子しずこ(仮名)】だった。

 岩清水志津子は六十代。連れ合いが行方不明になり故郷に戻ったので、父親とは苗字が違う。

 そして、五年前にあの時計…PATRICK PHELPSのアイオーンの紛失届を出したのも、この岩清水志津子だった。


 岩清水志津子は時計について「あの時計は呪われているのかもしれない」と、泣きながら話したそうだ。


 時計を譲ったという赤井氏の古い友人は…病死した。病気で目が見えなくなり、時計職人としてやっていけなくなったことを、亡くなる少し前に赤井氏に嘆いていたという。そして、友人の死の五年後に赤井氏が死亡する。死因は脳動脈瘤破裂。全く予兆がなく、その日は仕事が入っており、前々から客に依頼されていた【PATRICK PHELPS】(アイオーンではない)を修理していた最中の…突然の死だったらしい。


「そう言えば、もうその頃から、あの赤い時計がどこにあるのか、私は知らなかったんです。私以外は時計好きだし、大変貴重な物らしいので、他に財産らしい財産のない父が、遺産の代わりに私達に譲るというようなことを言っていました。虫の知らせでもあったのでしょうか」


 ところが、赤井氏の死の五年後…今から十五前に夫が行方不明になり、くだんの時計も見つかっていない。


「父の友人が亡くなって五年後に父が亡くなり、それから五年、十年と。どちらも行方がわからないままなんです。それで五年前に、あの時計のせいじゃないかと思ったんです。ちゃんと時計を供養すれば、帰ってくるのではないかと。それで、紛失届を出すことにしました」


 岩清水志津子は時計のことを酷く恐れているようだった。それもそのはずで、同じPATRICK PHELPSのアイオーンを入手した若い俳優の藤河ふじかわくりすが亡くなった衝撃的なニュースはまだ記憶に新しい。不幸を招く呪われた時計として世間に強く印象づけられてしまっていた。


「もし時計が見つかったら供養しようと思ってます。いつか戻って来るような気がするんです。あの若い俳優さんのように死なせたくないんです」


 岩清水志津子は「どうか、あの不幸を招く時計を探して下さい」と、佐倉大知に必死に懇願して通話を終了した…と。


 大輝のスマホが録音再生を終えた後、部屋に重い沈黙が訪れる。

 しばらくして、「こえー。マジで呪いの時計じゃんかよ」と、小心者の悠真が青ざめた顔をして不気味な静寂を破った。その声が微かに震えていた。


「だろ。やべぇよ。浦川もそのうち死ぬんじゃね?」


 大輝も真剣な顔で朋也の方を向いた。朋也は「呪いかどうかは置いといて、何で東北地方にあった二十年も前に消えた時計を浦川が持ってる?いったいどこで入手した?浦川は東北地方出身なのか?何で五年前に?大知さんは何て言ってたんだ?」と、怪訝けげんそうに大輝に問うた。


「それが…それ以上関わらない方がいいって言って教えてくれなかった。『君達も呪われちゃったら困るでしょ』だとさ」


「ふーん。何かあるってことか」


「やっぱり…呪いの連鎖が…」


 再び怯えたように呟いた悠真に対し、朋也は真顔で否定した。


「いや、そういう意味じゃない」


 塾に行っていないので、数学の最高難度の応用問題やテクニックが必要な英語の長文読解は解けないが、それでも朋也は賢い…と思う。地頭がいいと言うのかもしれない。聡くてつよい誰よりも頼りになる同級生は薄くて形のいい唇をいったんキュッと噛みしめてから…迷うように開いた。


「大知さんの言うように危険だから関わるべきじゃないんだと思う。でも、知広と俺は…もう後に引けない。俺たちには守ってくれる大人はいない。警察だって何かあるまでは動いてくれない」


「朋也くん…?」


「知広は俺が守る」


 朋也の考えは全くわからなかったが、朋也の表情や口調から、相当な覚悟をしていることを察する。それを感じとった知広も何があっても朋也について行こうと固く決意する。一方で、朋也は大輝と悠真に対しては「これ以上は関わらない方がいい」と、大輝の伯父と同じことを言った。


「何でだよ。俺らだけけ者にするのか?俺はお前の友達じゃないって言うのかよ?」


 大輝が朋也の胸ぐらを掴み上げて凄んでみせた。悠真も心外だという表情で朋也を見ている。大輝と悠真は、朋也と小学校以前からの付き合いで、中学一年生の時に座席が前後になった縁で知り合った知広よりもずっと長く親しい関係だ。


「俺達は友達だ。でも、友達だからこそ危ない目にわせたくない。これは遊びじゃないんだ」


 朋也は頑なな態度を崩さず、目を伏せて下を向いた。


「俺だって、生半可な覚悟でお前の友達やってねぇし。お前の親父がどんな鬼畜変態野郎でも、うちのクソババァが付き合うなって言っても、俺はお前の友達をやめねぇ!離れねぇ!絶対だ、絶対にだ!」


 大輝は朋也を睨みつけ、朋也の顔に盛大に唾を飛ばしながら怒鳴った。け者にされそうになったことが余程よほど腹にえかねたらしい。悠真も「止めたってついて行くからな。どうせ他に面白いことなんてないしさ。無くすものなんて命くらいしかねぇよ。危なくっても朋也達とつるむ方がゼッテー楽しい」と、笑った。

 しかめっ面をした朋也は、シャツの胸元を掴む大輝の手を外して、大きなため息を一ついた。顔を上げ、整った顔をクシャっと崩して笑う。


「ほんと嫌んなるぜ。俺の友達バカばっか。バカにつける薬はナシってか。わかった。わかりました。一蓮托生だぜ、野郎共」


 朋也の言葉を聞いた一同は、それぞれ隣にいた友人と肩を叩き合って爆笑した。

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