第5話 品触れリスト

 大野おおの悠真ゆうまの居住ルームに集まった四人は頭を突き合わせるように輪になって座っている。朋也が五時にデイサービスから帰って来る祖父が心配だというので、実のところ残された時間はあまりなかった。


PATRICKパトリック PHELPSフェルプスの持ち主はわかったのか?」


 単刀直入に朋也が切り出すと、眉を整えて…たぶん描いていると思われる綺麗なストレート眉チャラ顔の悠真が「それがさ、わからないことがわかったというか…」と、謎めかすように笑った。「どっちなんだよ」と、朋也が顔をしかめる。


「まぁ、聞けってば。奥田のおっちゃんが言うには、とにかく品物がないと鑑定はできない。修理にかこつけて正規店に問い合わせるにしても現物がないと話にならないって…」


 奥田質店は悠真の住居の雑居ビルの数軒隣にある小さな店舗の質屋だ。店舗の内装外装は数年前にリニューアルしているので比較的新しいが、質屋自体は場所を移転しながら何代も続いており、現在の店主は悠真の父の小学校の同級生らしい。客も訪れず、ちょうど暇していた店主は悠真と大輝の話を面白がって、話し相手になってくれたのだという。


「でもな、シリアルナンバーがあるようなブランド品の盗難届や遺失届が出された場合は警察から【品触しなぶれ】ってのが、古物商許可をとってる店に回ってくるらしくてさ…」


 五年くらい前の品触れリストの中に【PATRICK PHELPSの時計】があった。該当の時計が見つかったか見つかっていないかの情報は一切わからないが、半年前の藤河くりすの一件もあり、時計が同じアイオーンだったので、質屋連中の間では、それが【呪われた時計】じゃないかということで、一時期注目を集めたことがあったという話だ。

 そして、奥田質店の店主はわりと几帳面な性質で、その五年前の品触れがちゃんと保管されていた。


「で、シリアルナンバーはどうだった?」


 食い気味に朋也が口を挟む。知広も思わず身を乗り出してしまった。もし、その品触れのリストにある時計とシリアルナンバーが一致すれば、浦川の犯罪行為に繋がる証拠になるかもしれない。悠真と大輝はもったいぶるような顔でニヤニヤしていた。


「おい、早く教えろよ」


 しびれを切らした朋也が急かすと、悠真が「シリアルナンバーSBM80221986。見事一致だぜ」と、告げた。


「写真はなかったけど、製造年も1947年。奥田のおっちゃんも本物なら多少の不具合があろうと一千万円は下らない品だし、やっぱり盗まれたんじゃないかってさ」


 …まさか…本当に…あのアイオーンが…


 思わずため息が出た。朋也の方を見ると、朋也も興奮気味の表情でこちらを見ている。知広は胸がドキドキして、居ても立っても居られなくなった。


「持ち主は?」


 朋也が続けて質問するが、悠真は首を横に振った。


「質屋じゃ、遺失届出した人のことまではわかんねぇって」


「まぁ、そうだろうな。現物がなけりゃ、ここまでが限度か…」


 残念そうに朋也が呟くと、大輝が話を引き取った。


「そこでだな、うちの逆玉オジにも連絡とってみた」


「大知さんに?」と、朋也が驚いた顔をした。

 大知さん…【佐倉さくら大知だいち】というのは前世でよっぽど徳を積んでいたのか、大金持ちで美人で年下の女社長と結婚して婿入りし、逆玉の輿にのったという【大輝の父の兄】だそうだ。そんな絶賛勝ち組な大輝の伯父の勤め先は西和警察署刑事一課強行係。職業は刑事だった。父親が捕まった事件の後、朋也は大輝の伯父にお世話になったことがあるらしい。


「一応、紛失届出してた時計の持ち主を探してくれって伝えたけど…あのクソ逆玉め、『危ないことに首突っ込んでないよね?』とか『受験生はちゃんと勉強しなよ』とか、うぜェことばっか言うから、電話切ってやった」


「…大輝、浦川のこととか不正のこととか…大知さんに全部は説明してないよな?時計のことしか言わなかったろ?」


 朋也が尋ねると、大輝は「まぁ、時間なかったし」と頭を掻いた。


「もし、大知さんが時計の持ち主の情報を教えてくれなかったら、今度は俺が事情を話す。大知さん忙しいからあんまり煩わせたくないけど」


 そう言った後、朋也は名残惜しそうに立ち上がった。


「俺、爺さんが気になるから帰るわ。大輝はあんまり遅くなると、親に叱られるぜ。知広は…今日は家に帰らない方がいいと思うけど、家空けて大丈夫か?」


 朋也は心配そうに知広を見つめた。知広は苦笑いしながら、手を横に振ってみせる。


「僕のうち、今日も誰もいないから大丈夫。誰も僕のことなんか心配しないし」


知広ちひろ…」


「平気。気にしなくていいって。朋也くんはお爺ちゃんが待ってるんでしょ?帰って帰って」


 朋也とのやりとりを見ていた悠真が「知広、うちの兄貴は同伴出勤だから今晩帰らねぇ。親父の店で一緒にまかない食おうぜ。香水臭ェ布団で良ければ、兄貴のベッド使ってくれていいしさ」と、声を掛けてきた。

 悠真より四つ年上の役者志望の兄【将真しょうま】は、稽古のない日は小遣い稼ぎのために女装ボーイズバーでキャストとして働いている。目指すは老若男女どんな役でも演じられるカメレオン俳優らしい。


「ありがとう。でも、臭いなら遠慮するよ」


「あぁ、俺もお勧めしねぇわ。香水の匂い自体より、数日経ってからの何かと混ざり合った残り香がやべェんだって。なのに本人は全然気づかないんだな、これが」


 知広と悠真が笑ってるのを見て安心したのか、朋也はそのまま帰って行った。その後、大輝は母親から何度も電話が掛かってきて、最終的に電話口で数分間激しく罵り合った挙げ句、嫌そうな顔をしながら帰って行った。帰宅しなければスマホを解約すると脅されたらしい。大輝は「大人はやり方が汚ねぇよ」と言っていたが、居場所がわからなくても心配されない知広からすれば、ちゃんと子供を気に掛け、スマホを使わせている大輝の親のやっていることがそれほど酷い横暴とは思えなかった。

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