第37話 秘密の部屋
何処にも合わなかった三つほどの鍵の内の一つが見事に嵌まり、地下室の扉が開きました。
「やった。ここが証拠隠しの部屋に違いありませんよ」
ジェームズさんが鼻息を荒くして、再び階段を駆け上がると、部下に向かって叫びました。
「開いたぞっ、一人ずつ入って来い」
その声を聞きながら、僕は部屋を見回します。
入口を入った右手に暖炉、その正面に導き玉が見たモンジュスト商会長の机があります。うん、間違いなくあの部屋です。
机の後ろにはたくさんの書類が収まった棚があり、捜索班が驚喜しそうです。
左側の壁にはもう一つの出入り口があり、おそらくジェームズさんの持つ鍵が合うことでしょう。
ぞろぞろと証拠品捜索班の面々が入室してきたので、僕は入れ替わりに部屋を出ることにしました。
後は彼らに任せることにして、今日は宿でゆっくりしようと思っていると、ジェームズさんが声を掛けてきました。
「ちょっと待って下さい。一緒にもう一つの扉の先までお願いしますよ。また、何があるか分かりませんから」
ずいぶん慎重になったジェームズさんに請われて、僕はもう一つの扉を開けるのに立ち会いました。
ガチャリと解錠された扉が開くと、そこは石造りのかなり広い部屋でした。
そしてジェームズさんお目当ての証拠品らしき荷物が、かなりの数積み置かれています。
「おおっ、やっと見つけたぞ」
「待って!」
飛び出していきそうなジェームズさんを抑えた僕の目は、荷物の影から伸びた二つの影を捉えていました。
「荷物の影に何か居ます。慎重に進みましょう」
「なっ、了解です」
退路を確保しながら慎重に積荷を回り込んで近付いても、影はぴくりともしません。
神撃をいつでも打てるように準備して、僕はジェームズさんに下がるように合図して、ゆっくりと影の正面に出ました。
「あっ」
「どうしましたっ」
僕が慌てて影に近寄るのを見て、ジェームズさんも駆け寄ってきました。
「これは…」
「なんてこと…」
積荷の影には、傷だらけのマレオロ人とマルトロ人の男性が横たわっていたのです。
おそらく二人とも奴隷にされた人なのでしょう。
ぐったりと床に転がったまま身動きもしません。
だが、わずかに胸が上下しているので、まだ息があります。
「大丈夫か」
「しっかり」
助け起こそうとすると、傷口が開きそうです。
無数に付いた傷は何か細い物で何度も切られたように見えます。
「先に傷口を塞がないと」
「医者を呼んできます」
ジェームズさんが、階段を降りてきた部下に医者を探して連れてくるように指示しています。
医者が来るまで、僕の神気で傷口を押さえておくことが出来るでしょうか。
身体に手を当ててゆっくり神気を流していくと、かすり傷や小さな傷口は塞がっていくのですが、やはり大きく裂けた傷は口が開いたままです。
「困ったな」
「どうですか?」
指示を終えたジェームズさんが再び僕の傍に膝を付きました。
「神気を流してみましたが、大きな傷は塞ぐのが難しいです」
「助かれば良いが」
弱々しく上下している胸が今にも止まりそうで気が気ではありません。
取り敢えず神気を流し続けようかと再び手を当てようとして、僕の懐が温かくなっているのに気づきました。
正確には隠しの空間収納から仄かに熱が伝わっているのです。
「なんだろう?」
懐に手を入れて、その仄かに温かい物を取り出してみます。
「あれ? これってあの時の…」
そうですバスカブの港へ向かう途中、飛行術の訓練をしている最中にイサリ川の岸辺で見つけた、あのガラスの小瓶でした。
「んんん、どういうこと?」
確かあの時は空っぽだった小瓶に、今は翡翠色の液体が入っています。
その液体が仄かに光っているのです。
その神々しい様は、まるで女神様の翠光を溶かし込んだようです。
「もしかして…」
僕は小瓶の蓋を開けると、目の前のマルトロ人の傷口に中の液体を一滴落としてみました。
すると、どうでしょう。たちまち大きく裂けた皮膚が塞がっていくではありませんか。
「おおっ」
「傷が治っていく…トビーさん、それは一体何です?」
「僕にもよく分かりませんが、おそらく女神様の御力のこもった御神薬だと思います」
「御神薬ですか。ありがたい」
「ええ、これでなんとか助けることが出来そうです」
僕は二人の体の傷に御神薬を振りかけていきます。
傷口はみるみる内に塞がっていき、まるで何事もなかったかのように元通りになりました。
「うう…」
マレオロ人の男性が気付いたようです。
「君、しっかりしないか。何があったんだ」
「あ‥あ…俺は‥あ、主に‥鞭で…」
「なんだとっ、鞭で打たれたというのかっ」
「あ‥ああ…に、荷物を‥落とした‥ので…」
「酷いことを…」
商会が奴隷の人達をどのように扱ってきたのかがよく分かりました。
奴隷制度をやむなく認めた王宮が、後に改正した法律で奴隷への過度な暴力を禁じているのです。
このことだけでも、この商会を断罪するには十分な理由です。
「あ、俺は…助かったのか…」
マルトロ人の男性も気が付いたようです。
二人を階上に連れて行ってもらい、入れ替わりに降りてきた捜索隊の面々が、次々に荷を調べていきます。
「見つけたっ、煙草の葉だ」
「こちらもだっ、武器もあるぞ」
やはり商会は煙草の栽培に関わっていたのです。
しかも大量の武器、武具まで保管していたのです。
これは明らかに女王国への反逆を意図したものでしょう。
熱の籠もった調査が手前から奥の壁際へと進んだ頃、捜索班から不意に焦った声が上がりました。
「おいっ、誰か倒れているぞっ」
「えっ」
慌てて駆け付けると荷物と壁の隙間に挟まれるようにして、マルトロ人の男性が倒れているのです。
「大丈夫かっ」
「こちらへ運べっ、そっとだぞ」
床に横たえられた身体には、やはり鞭で傷つけられた無数の傷があります。
「トビーさん、御神薬を」
「それが、さっき使い切ってしまったので…」
小瓶の水薬は先ほどの二人に全て振りかけてしまったのです。
少しでも残っていないものかと、僕は懐から御神薬の入っていた小瓶を取り出してみました。
するとどうでしょう。
使い切ったはずの御神薬が、元通り小瓶に満ちているのです。
「ええっ、御神薬が入ってる」
「おおっ、女神様に感謝を」
早速御神薬を振りかけると、傷口が瞬く間に治っていきます。
しかし、身体の大きなシゲーロ族の傷を全て治すには御神薬が足りません。
「まだ半分も治していないのに、もう薬が…」
大きな傷は塞がったので、医者の到着までは持ちこたえるでしょう。
後はこの人の体力に任せるしかありません。
ため息をつきながら空になった小瓶の蓋を閉め、懐に仕舞おうとして僕は目を瞠りました。「えっ、入ってる」
再び御神薬が小瓶に満ちているのです。
「ありがたい。これで助かるでしょう」
僕は惜しみなく怪我人の身体に神薬を振りかけました。
小瓶が空になる度に、蓋を閉めるば即座に神薬が満たされるのです。
「とんでもない神器ですね。私にも蓋を閉めさせてくれませんか」
子供のような目をしたジェームズさんに空になった小瓶を渡すと、わくわくしながら蓋をしました。
しかし、神薬は満たされません。
「あれ…限界なんでしょうか?」
「どうなんでしょう」
ジェームズさんからを受け取った小瓶の蓋を開けて再び閉じると、即座に神薬が満たされます。
「ああ、神薬を満たすことはトビーさんにしか出来ないんですねえ」
「うーん、そのようです」
御神薬を懐にしまいながら、僕は女神様の直臣としての責任を改めて強く感じたのです。
傷の癒えたシゲーロ族の話によれば、先ほど倒れていた荷物の先に秘密の通路があるとの事で、皆で荷物を退かしてみると石壁に開いた穴が現れました。
倒れていた彼は、この穴に入ることを拒んだために鞭の罰を受けたというのです。
一度穴の壁が崩れて生き埋めになりかけたので、怖くて仕方が無かったのだそうです。
「一体何の穴なんです?」
「おそらく五番倉庫までの地下通路を掘っていたのだと思います」
僕は商会長とヨンキムさんの密談を思い出しながら、ジェームズさんに説明しました。
「つまり穴掘りが上手く進まないので、取り敢えず漁師小屋を襲撃してみたという事でしょうか?」
「そうかも知れません」
しかし、それだけでは無いような気がします。
それは襲撃の現場に主犯の商会長と黒幕のランディさんが揃っていたという事実が引っ掛かっているせいなのです。
あまりにもあっさり犯人達が捕まったのは何故なのか。
その答えは、商会の捜索が終わり暫くしてから唐突に齎されました。
王宮への報告やら軍との調整をしながら、その後の捜査の行方をみながら過ごしていると、午後のお茶の時間になってジェームズさんが宿を訪ねてきました。
「えっ、王宮の宝物庫から盗まれた指輪が漁師小屋の付近から見つかったんですか?」
「ええ、付近の後片付けをしていた兵が、見事な装飾を施された小箱を見つけましてね、開けてみると立派な指輪が入っていたのですよ」
ロビーの椅子に掛けて優雅にお茶を飲みながら、ジェームズさんは自慢げです。
「それが驚くじゃありませんか。見つかったのは建国王の指輪だというのですよ。しかも王宮は盗まれた事さえ気づいていなかったのですよ。軍が念入りに後始末をしていなかったら、宝物は逸失していたかも知れないのです」
してやったりという表情のジェームズさんを見ながら、僕はようやくランディさんがあそこに居た理由に思い至ったのです。
警備責任者のランディさんなら、王宮の宝物庫に入り指輪を盗み出すことも可能でしょう。
「商会長とランディさんは、漁師小屋襲撃の現場で取引をしていたんですね」
「あ、そう言う事か。実はこれから犯人を突き止めようとしていたんですよ」
「政府の高官と商会長では、人目があってなかなか会う機会がありませんからね」
「彼奴ら荷の奪取と取引を一遍にやろうとしてたのか」
「王家の宝物の取引となれば直接会って確かめなければならないので、騒ぎに紛れてこっそり取引しようとしたんでしょう」
「だとすれば、他にも盗まれた宝物があるかも知れませんな。ランディの奴をこれからきっちり取り調べてみますよ」
ジェームズさんからは先ほどの余裕も消えてしまったようで、急ぎ足でロビーを出て行きました。
これで僕の疑念も払拭されたので、モンジュスト商会煙草事件は解決したと考えて良いでしょう。
今夜は久しぶりに先生を訪ねて、事の顛末を報告したいと思います。
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