第36話 商会捜索

 わらわらと大勢の足音が近付いてきます。

五番倉庫を警備していた軍の小隊が駆け付けてきたのです。

「何事かっ」

「こんばんわ、隊長さん」

「やっ、これはノ・ラ殿。一体何が起こったので?」

「僕の借りている小屋を襲った賊を捕まえたところです」

「は? 漁師小屋を? この大人数がですか?」

「ええ、困ったものです。取り敢えず誰か人をやって、ジェームズ中佐にご足労お願い出来ませんか? 委細はその時にご説明いたします」

「はっ、了解しました。おいっ、誰か中佐殿に報告だ。五番倉庫の埠頭でノ・ラ殿が賊を捕らえたと伝えよっ」

 若い兵卒が駆け出していきました。

僕は奴隷の人達に漁師小屋を片付けてもらい、空いた場所にガストル達を閉じ込めました。

小屋の周りに立哨を置いたり、五番倉庫の警備組へ報告を送ったりしている内に王宮からも人が続々とやって来ます。

「ノ・ラ殿っ」

「ガラントさん、どうしてこちらに?」

「どうしてもこうしても、天上から見たことも無い翡翠色の光が降ったとなれば、何事かと王宮は大騒ぎですよ。おまけにこういう時の担当ともいうべきランディ君が居らんのですからなっ。最も身の軽い儂がこうして真っ先に駆け付けたという訳ですわい」

そういって、ガラントさんは大きな身体を揺すって落ち掛かったズボンを引き上げました。

 夜中だというのに、押し寄せてくる物見高い王都の人達を規制している兵達の間を縫って、ジェームズさんがやって来ました。

「トビーさん、一体何事です。あの光は…」

「ジェームズさん、取り敢えず五番倉庫の仮設まで行きましょう」

矢継ぎ早に質問を繰り出しそうなジェームズさんを促して、あらかじめ隊長さんに許可を取っておいた五番倉庫の警備用仮設隊舎で事情を説明することにしたのです。

テーブルに着いたのは、ガラントさん、ジェームズさん、警備隊長と僕です。

「それでトビーさん、賊とはどういう事です? あの翠光は一体なんなのですか」

席に着くやいなやジェームズさんの質問が止まりません。

そこで僕は、賊の捕縛に至るまでのいきさつを順を追って話しました。

「なんとっ、では賊共は深読みして何も入っていない倉庫を襲ったという事かね」

「ええ、確信があった訳ではないでしょうが、五番倉庫を襲うより簡単ですし、ヨンキムさんとランディさんの二人が僕を疑っていましたからね」

「しかし、あのランディ君が間者だったとは」

「ええ、ジェームズさんが言っていた商会の協力者というのがランディさんだったというわけです」

僕がそう言うと、ガラントさんが腕を組んで唸りました。

「警備担当者が間者では、取り締まりの情報も筒抜けというわけだな」

「しかも御大の傍にも間者がいたわけですし」

積荷の警備だけを任されていたジェームズさんが、ここぞとばかりに王宮の不手際を突きます。

「む、そう言われると面目ない。儂としてもガストル達の商会とは上手く付き合っていきたいという腹づもりで、彼奴を受け入れたのだが」

「それにしてもトビーさん、あなた軍を手玉に取りましたね」

「えっ、いや、そんなつもりは…」

あれれ、矛先がこちらに向いてしまいましたよ。

「そもそもトビーさんに今回の件を依頼したのは軍なんですからね。それをつんぼさじきとはひどいじゃありませんか」

「ええと、それは…」

「まさか敵を欺くには、まず味方からなんて言いませんよね」

「も、もちろん違いますよ。えーっと、適材適所といって…」

「ふっ、まあ、いいでしょう。その代わりモンジュスト商会の捜索は軍主導で行わせて戴きたいですね。その辺の所、王宮へお口添えをお願いしますよ」

「ハハ…、勿論です」

警備局自体が機能不全を起こしているので、これもやむなしと僕とガラントさんは頷いたのでした。

 襲撃にモンジュスト商会長自身が加わり捕縛されたことで、商会への捜索は待ったなしの状況になりました。

それにしてもたかだか漁師小屋を襲うのに、商会長自ら手下を引き連れて来るものでしょうか。

まして、今まで影に潜んでいたランディさんまで現れるというのもおかしな話です。

おかげで犯人達を一網打尽に出来ましたが、その辺が腑に落ちない所です。

そうした疑問はともかくも、僕は再び陛下に謁見して軍の主導で捜索を実施する許可を戴き、特別にガラントさんの下に再編された警備局の人達と共に商会へ乗り込みました。

 以前は固く閉ざされていたガストル新街の門が開かれて、軍が長い列を組んで進んでいきます。

モンジュスト商会との共犯を確認するための一斉捜索なので、列から分かれた軍の小隊が全ての商会の出入りを次々に封鎖していきます。

そしてモンジュスト商会に着くと、そこから証拠品捜しが始まりました。

ジェームズさんを中心に、捜索班が事務室や商会長の執務室、倉庫などを調べて回ります。

ガラントさん達の捜索班も、ロッカーや机の中を調べて違法取引の書類を探しています。

「おかしいな、何も出ないぞ」

「こっちもだ。それにしても何も出なさ過ぎる」

「どこかに隠し部屋があるんじゃないか」

 証拠品の捜索も証拠書類の捜索も成果が得られず、皆で会議室らしき大部屋に集まってこれから先どのように捜索していくか議論が交わされています。

皆の邪魔になってはいけないと行動を控えていた僕は、その間に捜索された部屋を見て歩きました。

どこも様々な物品が堆く積み上げられて、足の踏み場もないほどでしたが、証拠品らしき物はやはり見当たりません。

 倉庫や事務室、会長の執務室と順番に見て行くと、なにやら違和感を感じます。

「おかしいな、導き玉が見た場所はここじゃないね」

モンジュスト商会長とヨンキムさんが密談していた部屋は、てっきり商会長の執務室だと思っていましたが、今見ると部屋の大きさや調度品が全く違うのです。

「どこか見落とした部屋があるのかな」

もう一度ぐるりと商会の中を歩いてみますが、一階はキッチンとか商談室や商品棚が置かれた販売スペースだけで、二階は先ほど見た事務室、執務室以外に部屋はありません。

倉庫は別棟で広い空間に柱と間仕切りがあるだけなので、まあ見ても仕方が無いでしょう。

 階段に座って考えていると、店員さん達が足早に通り過ぎていきます。

こんな時でも営業自体は妨げられていないので、皆忙しげに動いています。

さすがに大商家で階段の幅も広く、ネコ一匹が座り込んでいても邪魔にされることもありません。

「はぁ…どうしたもんかね」

膝に頬杖を突いたまま考え込んでいると、階段を降りてくる店員さんの足音が響きます。

どんな大きな人が降りてきたんだろうと見ると、マリアン達と同じルトロ人ではありませんか。

「えー、元気いっぱいだなぁ」

伝票を抱えて足早に去って行く少年の後ろ姿を追っていると、廊下に出た途端に足音が小さくなりました。

「んっ?」

気をつけて見ていると、やはり他の店員さんも階段に来ると皆足音が大きくなります。

良く響くと言うことは階段の下が空洞なのでしょう。

「念のために調べておくか」

 一階に降りて階段の横へ回ると片開きの扉がありました。

たぶん掃除用具などを入れておくための階段室という物でしょう。

扉を開けてみると中はがらんどうで、何かを置いていた形跡もありません。

左側は階段の傾斜で奥行きは余りなく、右側は柱と壁です。

「うーん、やっぱり何も無いかー…あれ?」

階段の幅に比して部屋が狭いような。

神気を指に灯して子細に壁を調べてみると、右側の壁と柱の隙間が一カ所だけ黒ずんでいます。

「何度も人が触っている跡だよなあ」

その隙間に指を入れて引いてみると、ガラガラガラ…壁が反対側の柱に吸い込まれていくように開いていきます。

「裏側に引き込まれるようになっているのか」

しかし、壁の先には何も無い狭い空間があるだけです。

「何のための部屋なんだろう?」

取り敢えず入ってみますが、開いた壁と同じだけの空間が横に広がっているだけで、階段の踊り場のように長方形の何も無い空間があるだけです。

「うーん、隠し部屋だと思ったんだけどなあ」

 一応こちらも念入りに調べてみることにします。

階段室とは違って、四方の高さが揃った長方形ですから隅々まで見易いのが幸いです。

正面の壁、左右の壁と見ていきますが、特別に変わった所はありませんし、先ほどのように引き込み壁になっている部分もありません。

「まあ、後はこの動く壁だけど、なんで壁ごと動くようにしたんだろう」

こちら側には引き手の窪みが付けられているので、中から閉める方が簡単です。

カラカラ…。

何気なく少しだけ引き戸を引いた時でした。

「ええっ」

動いた壁の後ろから空洞が現れたのです。

「元々ここには壁が無かったのか!」

実は表から引き戸を引くと、動いた壁が空洞部分に蓋をするようになっていたのです。

「分かってみれば単純だけど、上手い仕掛けだなあ」

ぴったり壁を閉じてみると、その分入口が広がって下に続く階段が見えます。

どうやら地下室があるようです。

慎重に階段を降りていくと石造りの通路に出ました。

その先には頑丈そうな扉が付いています。

「これは当たりかな」

扉にはしっかりと鍵が掛かっていたので、僕は捜索隊に報告するために一旦戻ることにしました。

「ジェームズさん、どうやら隠し部屋らしき場所を見つけましたよ」

「なにっ、ど、どこですかっ、トビーさん」

「ええ、階段を降りて横に回った階段室に…」

「階段室っ、そうか盲点だった。よしっ、行くぞっ」

 皆が集まっている大部屋で怪しい地下室を発見したことを告げると、ジェームズさん達は話を最後まで聞かずに喜色満面で駈け出していきます。

「ノ・ラ殿、またまたお手柄ですな」

軍を先に行かせて、まだ動かずにいた書類捜索班のガラントさんが、握手を求めてきました。

「どうでしょう。怪しさから言えばまず間違い無いと思いますが、まだ扉が開いていませんからね」

「ハハハ…、いつもながら謙虚ですな。なあに軍の連中が血眼で証拠を掴んでくるでしょうから心配はありませんよ」

 僕たちが階段を降りていくと、下の方で詰まった詰まったと声が聞こえてきます。

「何事かね」

「さて…」

階段室に着いてみると、捜索隊の面々が小さな階段室一杯に詰まっています。

「た、助けてくれー」

「どいてくれっ、息が詰まる」

「押すな、押すな」

皆一斉に飛び込んだものですから、お互いの体が重なって動きがとれなくなってしまったのです。

「まさに君らは猪突猛進だのう」

ガラントさんが呆れています。

「さ、あなたからゆっくり外に出て下さい」

僕は半身を扉に挟まれた格好になった人の片腕を取って、隙間のある方向へ誘導しました。

「ああっ、あ、助かった。出られました」

「はい、次はあなた。ゆっくり足をこちらに」

そうして一人ずつ階段室の前から廊下へ移動して貰って、ようやく押し潰されかけていたジェームズさんを助け出すことに成功しました。

「ふっ、ふう。ありがとうございます。ですが、ここには何も無いじゃありませんか」

「ジェームズさん、話は最後まで聞くものですよ。落ち着いたらご案内しますから」

 僕はぐったりしたジェームズさんを座らせて、階段室の構造を説明しました。

「なんだ、そんなことになっていたんですか。それならそうと早く言って下さいよ」

「これこれ、若いの。話を聞かずに飛び出したのは君だろう。理不尽なことを言う物ではないぞ」

ガラントさんに窘められてジェームズさんは顔を赤くしました。

「あ、はっ、これは…ええ…そうですね…すみません」

「ジェームズさん、地下室の扉は鍵が掛かっているのですが、鍵はお持ちですか」

「鍵ですか。そういえば、ここの商会長の持ち物から鍵束が出てきたので、それを持って来ています。先ほどの会議でも何処にも合わない鍵があることを確認しているので、多分それではないでしょうか」

「そうですか。では、落ち着いたらまずは二人で降りてみましょう。中は狭いので、他の方には合図をしたら一人ずつ降りてきて貰うようにしましょう」

「分かりました。ちょっと焦りすぎてしまったようです。案内お願いします」

こうして僕たちはまずは二人で、隠し通路を降りていきました。

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