第35話 埠頭の戦い
ガストル達が、いよいよ僕が潜んでいる小屋の隅まで迫ってきました。
こうなったら仕方在りません。先制攻撃を仕掛けましょう。
近くまで来ているガストルの背後に回り神気を浴びせようとして、ふと思いつきました。
先生の仰るとおりに影から背後に現れて神気を流し、すかさず転移して再び同じ事を繰り返せば制圧することは簡単ですが、それでは相手も何があったか分からないでしょう。
降伏を促すためにも、ここは僕の力を見せておくことが必要なのでは無いでしょうか。
そうです、やはりここは様式美。
「わあっはっはっは」と高笑いしながら、颯爽と登場してからの「何奴っ」の誰何に答え、「おのれ、くせ者」「出会え、出会えっ」で戦闘に突入…あれ、それだと僕が悪者っぽい? え、と…まあ登場が大事ですよね。
そして、相手の攻撃を躱して戦闘に入っていく流れでなくてはいけません。
僕は天井付近の棚に転移すると、早速高笑いです。
「はあっ、はっはっは」
「おい、なんだかあそこでネコがえずいてるぞ」
しまった、寒さで声がよく出ません。
「うわっ、汚えな、こっち向いて毛玉吐くんじゃねえぞ」
失礼なっ、僕たちの毛は抜けると空気に溶けてしまうので、毛玉なんて吐きませんよ。
「あっ、あいつはトビーだ」
僕が名乗る前に、ヨンキムさんに気づかれました。
「なにっ、あのネコかっ。捕まえて積荷の在処を吐かせろっ」
商会長の命令に、手下が一斉に襲いかかって来ます。
「えっ、ちょっ、まっ」
予定がすっかり狂ってしまいました。
伸びてくる大勢の手を掻い潜って、取り敢えず小屋の隅から脱出しました。
「ヨンキムさんとモンジュスト商会長、積荷はここにはありませんよ」
「うるせえっ、じゃあ何でおまえが居るんだよ」
「あなたたちを捕まえるためですよ。おとなしく捕まってくれれば、悪いようにはしませんよ」
「笑わせるなっ、ネコ一匹に何が出来るっていうんだ」
「みんなっ、かまうこたあねえ。こいつの手足をへし折って動けなくしちまえっ」
「おうっ」
次々に襲いかかってくる手下共を躱しながら、何とか商会長達を説得しようとしたのですが、どうやら難しいようです。
やむを得ません。ここからは神気を使うしか無いでしょう。
後ろから掴み掛かってきた腕を取り神気を流します。
「うぎゃあーっ」
「なんだっ」
泡を吹いて倒れた男を見て呆然とする者の背中に掌を押し当てて神気を流します。
「がっ、ふっ」
ばたりと二人の男が倒れると、僕を取り囲んだ男達が動揺してざわりと円が崩れます。
すかさず脆そうな一角に突っ込んで、二人の男の腕に神気を流します。
「うがあーっ」
「ぎゃんっ」
ピクピクと痙攣する四人の男達を見て、さらに動揺が広がったようです。
「おいっ、やべえぞ」
「何が起きたんだ」
「てめえら、なんでもいい。あいつに投げつけろっ」
近寄ると危ないと悟ったのか、男達が投擲に転じました。
手当たり次第に投げつけてくる漁具やら、網やらを躱しながら隙を突いて神気を浴びせます。
「あがあーっ」
「ごふっ」
「たっ、助けてくれっ」
「ひーっ」
残った数人が慌てて小屋の外へ逃げ出しました。
「こらっ、おまえら逃げるんじゃねえっ」
「くそっ、何しやがったんだっ」
商会長とヨンキムさんも後ずさりしながら、小屋の外へ出て僕を睨み付けています。
後はこの二人を倒してしまえば、この襲撃も片が付くでしょう。
僕がじりじりと二人に近づいていくと、暗闇から思いもしない声が聞こえました。
「商会長、ノ・ラ殿の使ったのは神撃ですよ。イグリス英雄譚に書かれている通りですね」
「何、神撃?」
「さよう、英雄イグリスは神撃を放ち夷狄を退けたとか」
暗闇から昨日分かれたばかりの見知った顔が現れました。
「ランディさん…あなたが内通者でしたか」
「トビーさん、昨日私に全てを話して戴けたらこんな事にはならなかったのですが、残念です」
「ランディさん、どうしてですか? 信頼の厚いあなたに裏切られたと知ったら陛下がお悲しみになられますよ」
「なあに、陛下のお耳に入らなければ問題はありません。私はね、のんびりして変化の無いこの世界に飽き飽きしたんですよ。ガストルさん達のこの世界を変革するという言葉に刺激を受けましてね。少々お手伝いをして夢を見させて貰おうという訳です。まだ計画が初期の段階で貴方に出てこられるとは思いませんでしたが、まだ修正は効きそうです。トビーさん、なかなか楽しい出会いだったのですが、これでお別れですね。商会長、英雄譚にはこうも書かれています。英雄が放つ神撃は女神を奉ずる同胞には癒やしの力となれりと。つまり我々ロガントに攻撃は効かないということです。ガストルの皆さんは下がって、ここは奴隷に命じて討ってしまいましょう」
「ほう、ベストロ同士で戦わせるのは面白いな。よし、奴隷共そのネコをたたんでしまえっ」
商会長の号令で襲いかかって来たのは、マレオロ族と身体の大きなシゲーロ族です。
全員が壁のように僕を囲んで嵐のように拳を振り回してきます。
「うわっ、ととっ」
さすがに手数が多いので、躱しきれずに小さな転移を使って逃げ回ります。
ついでに大きな腕に触って神気を流してみますが、効いた様子がありません。
困ったな、やはり先生の仰るとおりに影から先制して制圧する方が良かったかも知れません。
「ちょこまかとっ」
「やっ、捕らえたと思ったが」
「どこだっ、囲んだはずだぞ」
ただでさえ夜の暗闇の中なのに、シゲーロ族の大きな身体が影になって、なかなか僕を捉えることが出来ないようです。
僕は隙を突いて囲みを抜け積み重なった木箱の裏に隠れました。
ドタバタしている人達の様子を窺っていると、ようやく囲みの中に僕がいないことに気づいたのか、探せという声があちこちから聞こえて人影が散らばっていきます。
ちょうど良い具合なので、当初の予定通り転移でガストルの背後から神気を浴びせます。
「ぐわっ」
「なんだっ」
「一人やられたぞっ」
「くそっ、どこだっ」
「うわああっ」
「危険だ、散らばるなっ」
「奴隷共、商会長の周りを囲めっ」
あらかたのガストルを倒したところで、ヨンキムさんと商会長の周りを奴隷の人達が囲んで防御する形になりました。
こうなると、二人を倒すのはちょっと難しそうです。
僕は木箱の上に転移して、奴隷になった人達に話しかけました。
「皆さん、聞いて下さい」
「あっ、あんな所にいやがった」
ヨンキムさんの上げた声には構わずに続けます。
「僕は女王陛下の依頼を受けて、この国を脅かそうとしている陰謀を防ぐために動いているところです。今、皆さんが奪おうとしている荷は、その原因となる大事な証拠品です。どうか悪事に荷担しないようにお願いします」
すると体格の良いシゲーロ族の一人が声を上げました。
「つまりお前さんを捕まえずに見ていろって事かい?」
「そうですね。この場は何もしないでいてくれると助かります」
「そいつあ無理だなあ」
他の人達からも、次々に声が上がります。
「おうよ、俺たちはモンジュストの旦那の奴隷で、言うことを聞かなきゃならねえんだ」
「お前さんを見逃せば、後で酷い目に遭うし借金も返せねえ」
「そうだ、そうだ。お前さんは自分が助かりたい一心でそう言っているだけだろう」
「でも、皆さんを奴隷から解放できるかも知れないんですよ」
「お前さんが今、そうしてくれるのかい?」
「いえ、それは…」
「ほれみろ、何も出来やしねえ口だけ野郎じゃねえか」
「ははは…トビーさん、説得に失敗したようですね」
それまで口を開かずにいたランディさんが、見下したように笑いました。
「この人達はもうすっかり奴隷生活に馴染んでいるんですよ。少しばかり貰えた小銭でさえもすぐに博打で使ってしまう。自分で自分を買い戻そうとする気も無く、命令通りに動く方が楽になってしまっているんですよ」
「そんな…」
「例え奴隷から解放されても、また博打に手を出して身を持ち崩すに決まっていますよ。なあ、お前さん達。奴隷から解放されたら真面目に働いて、博打にはもう手を出さないかね」
ランディさんの問いに、シゲーロ人やマルトロ人はお互いに顔を見合わせてニヤリと笑いました。
「おう、大勝ちしたら博打なんてすっぱりやめて楽しく暮らしてやるぜ」
「違えねえ。ハハハ…」
それは勝つまでやめないということで、おそらく勝ってもやめないでしょうね。
「はぁ…」
僕はがっかりして肩を落としました。
「さあ、お前ら。あのネコを始末したら、今日は旨い飯と特別に一ギニーずつくれてやるぞっ」
「おおーっ」
商会長の言葉に気勢を上げて、皆一斉に僕をめがけて押し寄せてきます。
転移で撤退することは簡単ですが、荷を守れないばかりか陰謀に加担した同胞達を救うことも出来ません。
ああ、女神様。僕はどうしたらいいのでしょう。
思わず天を振り仰いだとき、僕は天から降り注いだ一条の翠光に包まれました。
「えっ…」
「なんだっ」
「何事だ…」
この光は皆にも見えているようです。
そして、僕の中に光が浸透していくような感覚。
ああ…そう言う事ですか。
僕の中に新たな能力が生まれ、女神様の意思が伝わってきました。
「ありゃぁ、グリザケットじゃねえか」
シゲーロ人の一人が僕を指さします。
光の中にいるせいで、皆にも僕の体色が分かったようです。
「あっ、本当だ」
「グリザケット…こりゃあ、まずいぞ」
「女神様の直臣じゃねえか」
僕に襲いかかろうとした人達が動揺しているようです。
ちょうど良いので少し演出することにしました。
飛行術で木箱の上から立ったまま二フィートほど上昇します。
「おおっ」
「浮かんだぞ」
「グリザケット様っ」
「お助けをっ」
やはり皆、女神様への敬慕は忘れずにいたようで、次々にその場にひれ伏していきます。
「ばかなっ、ただのこけ脅しだ!お前ら、そのネコを」
「悔い改めよ」
僕は喚き散らすヨンキムさんに指を向けると、神気…神撃を放ちました。
今までは相手の手に触れて流していた神気が、指先から迸ります。
「ぐわぁっ」
「いかんっ」
倒れたヨンキムさんを見て、逃げようとしたモンジュスト商会長にも神撃です。
「あぎぎぎっ」
悶絶して白目を剥いた商会長を見下ろして、ランディさんは嘆息しました。
「なんと、なんという事か。また再びつまらない世界に戻ってしまうのか。しかし、トビーさんには面白い物をみせていただきましたよ。伝説の神撃ですか、あなたはまさに次代の英雄となるでしょうね。願わくばこの世をもっと刺激的で血湧き肉躍る世界へ変えてくれると嬉しいのですが」
「ランディさん、女神様に逆らって平和で長閑な世界を壊すことは許されませんよ」
「いやいや、女神様に逆らうなどと。私は変革を提唱しているのに過ぎないのです。ですから、あなたの神撃は私には効かないでしょう? そういうわけで今日のところはこれで失礼しますよ。再びお会いする時を楽しみにしています」
そう言って立ち去ろうとするランディさんの背中に、僕は指先を向けました。
「ランディさん、あなたをここで取り逃がすわけにはいかないのです…翠撃」
僕の指先から透き通った翡翠色の光線が迸り、ランディさんの背中に吸い込まれました。
「がっ…なっ…」
「例え同胞であっても、天に唾する者は裁きを受けねばなりません」
僕は、未だ足下にひれ伏している奴隷の皆さんに問いかけました。
「皆さんは、未だ奴隷の身に甘んじて博打に興じる生活を、これからも続けますか? 自らを律する心を持ち己が主にならぬなら、それは女神様を裏切るのと同じです」
僕は倒れているランディさんを指さしました。
「あのように女神様の罰を受けることになりますよ」
「ひえーっ、とんでもないっ」
「こ、これからは心を入れ替えますっ」
皆口々に反省の言葉を言い募るので、僕は飛行術を解き着地しました。
「では、皆さんで倒れている人達を拘束して下さい」
「へいっ」
「おまかせをっ」
こうしてモンジュスト商会長を始め、埠頭の小屋を襲った人達は全員拘束されたのです。
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