第34話 探り合い
先日ヨンキムさんと会っていた人物は、やはりモンジュスト商会長でした。
導き玉のルートを確認すると、王宮からモンジュスト商会へと伸びていたのです。
ランディさんに人相を確認してみたところ、間違いは無いようです。
これで情報漏洩の線はつながりました。
後はこの線を使って偽情報を流し、襲撃か侵入かの行動を起こさせれば良い訳です。
そこで僕は極単純な囮作戦を考えました。
漂流物が実は別の場所に隠されたのでは無いかと疑わせる作戦です。
上手く行けば敵の襲撃を誘導して、僕に有利な状態に持ち込むことが出来るでしょう。
それから数日して、漂流物を保管する五番倉庫が整理され、軍が明日荷を運び入れることが決まりました。
それとは別に僕は埠頭の入口にある漁具などをしまっている物置を借りました。
ここは五番倉庫への道筋にあたる所で、軍が荷を移送する際にちょっと寄ってもらおうと思っています。
特に何かをしてもらうわけでもなく、ちょっと荷車を物置に入れて休憩したら、そのまま五番倉庫まで行って貰うつもりで、もう准将の許可も取ってあります。
軍の移送隊に付き添って、船倉から搬出した漂流物を乗せた荷車が物置に着いたら、そのまま荷車だけを物置に入れて、あらかじめ用意しておいた温かい飲み物を配ります。
「いやあ、春遠からじとはいえ、まだまだ寒いですからなあ。温かい飲み物は助かります」
「埠頭は冷えますからねえ。さ、お替わりをどうぞ」
「かたじけない。荷車さえ物置の中にあれば、安心して休めますからなあ」
「ふう、これで五番倉庫まで身体が暖かいまま行けそうです」
兵士さん達は口々にお礼を言い、再び荷車を物置から出して出発して行きました。
僕はそれを見送ると一度中に入って確認し、物置の扉を厳重に施錠しました。
傍から見ても兵士さん達に飲み物を配っただけですが、こういう事を妙に勘ぐる人が居るものです。
上手く引っ掛かってくれれば良いのですが。
次の日、警備局で昨日つつがなく移送が終わったことを伝え調査の日をいつにするか、人員はどうするかなどの話し合いを行った後、帰りがけに僕はヨンキムさんに呼び止められました。
「おや、ヨンキムさん。何かご用ですか?」
「ええ…用というほどでもないのですが…ノ・ラ殿は昨日漁師小屋で、移送隊に温かい飲み物を配られたとか…」
「よくご存じですね。そんな事どちらからお聞きになられたのですか?」
「いや…まあ…港には知人もおりますし…」
「へえ、そんな事までお耳に入るんですねえ。ヨンキムさんは情報通でいらっしゃる」
「そんな事は…たまたま、ですよ。それで、どうなんです?」
「ええ。確かに兵士さん達に飲み物を配って休んで貰いましたよ。昨日も寒かったですからねえ」
「そうですか…ちなみに、その小屋というのは」
「ええ、暇なときに魚でも捕ろうと思って、漁具を仕舞っておくのに借りたのですよ」
「ほう、そのようなご趣味が」
「マクマでは漁師さんの手伝いもしましたからねえ」
「そうでしたか。私も漁具には興味がありますので、是非見せて戴けないでしょうか」
「ああ、実は漁師さんから教わった秘伝でして、それはご容赦ください」
「そうですか…それは残念です。では、これで…失礼します」
こちらが考えるまでも無く向こうから餌に食いついてきましたね。
僕には魚釣りよりも悪人釣りの才能があるのかも知れません。
ヨンキムさんがこの情報を持ち帰ってから、商会がどのように動くのか導き玉に見張っておいてもらいましょう。
次の日、僕はランディさんに誘われて王都見物に出かけました。
ドゥーエに到着してから矢継ぎ早に行事をこなしていたので、調査の日程が確定して余裕が出来たところで、未だ王都らしい賑わいを観せていないことに気がついたランディさんが案内を買って出てくれたのです。
王都発展の礎となった職人街や、古い商店街などを観て歩いていると「ジョージ英服店」や「ジョージ靴店」「ジョージ鞄店」等とジョージの名が付く店が多いのに気がつきます。
ジョージは最初にこの世界に招かれたガストルです。
彼がいかに当時の人々と交流を深め、文化の向上に寄与したかが分かります。
他にも「マイヤー商会」や「テムズ商運」「ロイズ保険」といった古い看板を掲げた店は二代、三代目が主人となって事業を継承しているという事です。
こうなると、もう客人という意味のガストルとは言いがたいですね。
僕は古びているけれど、がっしりした木組みで作られた本屋さんの店頭に、店構えに負けない重厚な装飾を施した本が飾られているのを見つけました。
「ずいぶん立派な本ですね」
「ああ、これはイグリス英雄譚ですね。建国王を扶けたグリザケットの英雄伝ですよ」
「へえー」
「ここまで立派な本は珍しいですが、おそらく店内には町の子供達が読む廉価版がおいてあるはずです。入ってみますか?」
「そう…ですね。じゃあ…」
僕は昔のグリザケットの話を知らないので、この際よく読んでみようと子供向けの英雄譚と歴史書的な英雄伝の二冊を買い込みました。
その際に僕を見てとても驚いた店主さんがサインをねだるので恐縮してしまいましたが、ランディさんの取りなしで穏便に店を出ることが出来ました。
新聞紙の裏に書いた僕の下手くそなサインを大事そうに持って、店主さんは何度もお礼を述べて僕たちを見送ってくれました。
出来れば人の目に触れないようにして欲しいものです。
ドゥーエの市街は王城を中心として、その周囲を古い店が軒を並べる城下町となって発展し、今はその外側に新市街のエリアが広がっています。
近年になって大量移住してきたガストルが済んでいるのは、ほとんどが新市街です。
特に商会を立ち上げるほど大きな成果を上げたガストルは、広い敷地を確保して新市街でも別格のガストル新街を形成しています。
城下町がガストルと元々の住民であるロガントが共存しているのに比べ、新街は入口から警備員が置かれた門で仕切られ、ガストルの商会関係者以外が立ち入れないように守られています。
それが当局が慎重に調査を進める要因にもなっているのです。
僕たちはあちこちと見て回った後、パブと呼ばれるカウンターだけの古い居酒屋に入って、雪見魚のスライスと高原芋のスティックを揚げた王都名物のフィッシュアンドチップスを食べ、焦がした麦の香りのする黒いビアを飲んで語らいました。
「時にトビーさん、先日軍の移送の際に飲み物を振る舞ったと聞きましたが」
「ええ、ランディさんの方にも噂が広がりましたか」
「噂というか、私は打ち合わせの時に軍から聞いたんですがね」
「ああ、なるほど」
さて、どうしましょうか。
女王陛下の信任厚いランディさんですから、裏の事情を話しても良いとは思うのですが、そうなれば必ずや一緒に戦うと言うでしょう。
場合によってはランディさんの態度から、罠が張ってあることに気付かれる恐れもあります。
僕の戦法なら迅速に無傷で相手を倒すことが出来ますし、ランディさんが参加すれば血が流れる可能性があるのです。
僕からすれば却って気を遣いますし、大きな騒ぎになるのは避けたいのです。
ここは、やはり当たり障りの無い話にして、事が終わってから裏の事情を話す事にしましょう。
「飲み物を振る舞うために漁師小屋まで借りたとか」
「いやいや、あれは僕の趣味で今度魚でも捕ろうかと漁具を仕舞って置くために借りたのですよ」
「へえ、そうなんですか。トビーさんにそんな趣味があったとは知りませんでしたよ」
「新鮮な魚介は美味しいですからね。このフィッシュアンドチップスに使われている雪見魚はラーベンド州では丸々と太って、そのまま炭火で焼くと滴り落ちた脂が燃えてその火が魚を舐めるので香ばしさが引き立つのです」
「ほう、それは旨そうだ」
「ドゥーエでは魚王と呼ばれる紅銀の魚とか魚師という青銀の魚が旨いらしいので、なんとか捕れないものかと思っているのですよ」
「あれをですかっ、そりゃあ捕れたら大した物ですよ。いや、その時は是非ご一緒したいものですね」
「ええ、この一件が片付いたらご一緒しましょう」
なんとか話を逸らして、それ以上追求されることも無くランディさんと別れて宿に戻って来ました。
さあ、今夜から漁師小屋の見張りです。
昨晩、漁師小屋が怪しいという話はヨンキムさんからモンジュスト商会長へ伝わっています。
行動を起こすなら、今夜から調査が行われる日までの数日の間でしょう。
導き玉からの連絡を待っていると、真夜中を過ぎた頃に動きがありました。
商会も無駄に地下通路を掘るなら、隠された可能性のある荷を先に確認する方が良いと判断したのでしょう。
僕はすぐさま漁師小屋に転移しました。
「ううっ、さぶっ」
暖かい部屋からいきなり海辺の小屋に転移したので、外気に身体が慣れません。
ガチガチ震えながら足踏みをして、身体を暖めていると大勢の足音が聞こえてきました。
「おおっ、結構早く来てくれて助かった」
もう少し遅かったら凍えてしまうところでしたよ。
ガチャガチャ…。
扉の錠前が弄られているようです。
「漁師小屋のくせに頑丈な錠前を付けやがって」
おや、この声は…。
「錠前が頑丈ってことは、中には大事な物が入ってるって事っすよ」
「ははは…そうだな。案外当たりだったか…おいっ、構わねえからぶち壊しちまえ」
「へいっ」
ガンッ、ガンッと重い金属が打ち付けられる音がして、扉の錠前が破壊されたようです。
ギイッと扉が開くと、カンテラを突き出した男達がどやどやと中に入ってきました。
明かりに照らされたその顔は、やはりモンジュスト商会長とヨンキムさんです。
ガストルは他に十人ほど、その他に奴隷にされたマルトロ人とマレオロ人達が大勢外に控えています。
しかし、これは困りました。
ガストルは問題ないのですが、マルトロ人とマレオロ人達には僕の神気は効かないでしょう。
あれは女神様への悪意や冒涜を心に持つ者に効果があるのです。
奴隷にされた人達には、そういった悪意はありませんから神気の効果は無いと思うのです。
ガストルを倒しても、僕を捕らえろと命令された奴隷の人達に取り囲まれては勝ち目はありません。
僕には神気以外に強い攻撃手段が無いのですから。
「おいっ、漁具ばっかりで他には何も無いぞっ」
「そんなはずはねえっ、もっとよく探せ」
「積んである網の下じゃねえか?」
物陰で悩んでいると、あちこちをひっくり返しながらガストル達がこちらへ迫ってきます。
さて、どうしたものでしょうか。
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