第31話 王宮からの依頼
船室に居たのは毛並みのツヤツヤとした、いかにも人好きのするマレオロ人の男性でした。
「やあ、ここでトビーさんに会えるとは僥倖でした。私は海軍中佐のジェイムズと申します」
ジェイムズさんは掌を此方に向ける海軍式の綺麗な敬礼をしました。
「ワシュフル先生の助手をしています。トビーと申します」
「というか、女神様の直臣であるノ・ラ殿ですな」
「ええ、まあ…」
「早速ですが、ラーベンド州総督府アイリーネ総督殿下からの親書をお渡しします。一通はトビー殿、もう一通はワシュフル閣下宛です」
差し出された二通の親書を受け取ると、僕宛の一通を開封しました。
内容はやはり先生の予想されたとおり、僕にドゥーエの捜査に協力して欲しいこと。それについて先生にお願いの手紙を認めたことが書かれてありました。
「なるほど了解しました。この件についてジェイムズさんは、どこまでご存じですか?」
「委細承知しております。本来であれば明日ファームズヴィルにお伺いして、ご協力をお願いするところでした」
「なるほど、実はこういったことを予想されて、先生は僕をこの港に使わせたのです。差し支えなければ先生宛の親書については、先生の持つ燻蒸施設の責任者に預けて届けて貰う事にして、この船がマクマに戻る際に同道しましょう」
「それはありがたい。是非お願いします」
僕はジェイムズさんと一旦別れて燻蒸施設に向かうと、親方にマクマの船長さんを紹介して貰い帰り船に乗船させて貰えないか頼みました。
「勿論大丈夫ですぜ、荷は軽くなったしお宝は抱えたし、明日食料を積み込んだら直ぐ出港しますぜ」
今夜から船室を借りることにして、僕は燻蒸施設の親方にお礼とお別れを言いました。
親書は勿論収納の中で、今晩にでも転移でファームズヴィルに戻って先生にお渡しするつもりです。
焼き上がったばかりの雪見魚とバコタバタ、大きな貝とエビを貰ってジェイムズさんの船室を尋ねました。
「まずは腹ごしらえをしてからお話を伺いましょう」
「や、これはありがたい。早速頂戴します」
僕が差し入れた焼き魚の数々をテーブルに広げて、これも親方から貰ってきたカッポザサを並べました。
「おお、カッポザサ。中々生えていないんですよね。ここは豊かな土地ですなあ」
「そうなんですか?」
「ええ、カッポは適度な日当たりと湿気、他に養分の取られない環境が必要なんです。人間が薪を確保したり、下草を刈るような山仕事のある土地が理想ですね」
「なるほど、燻蒸施設で使う薪や乾燥させた草が必要なバスカブだからこそカッポが育つという訳ですね」
「ええ、此方は見事な土地開発をされているようです」
ジェイムズさんは嬉しそうにカッポザサのカップを揚げました。
「ワシュフル閣下に」
僕も応じてカップを揚げます。
「先生に」
僕は先ほどまで燻製場でご馳走になっていたので、カッポザサをお付き合いする程度でしたが、ジェイムズさんはなかなかの健啖家のようで、みるみる料理が減っていきます。
「いやあ美味しかった。昨日は一日雪見魚でしたからね、バコダバタは新鮮でした」
魚介好きのマレオロ人らしく、ジェイムズさんはすっかりご満悦で食べきってしまうと軍人らしく居住まいを正しました。
「さて、ちょっと状況を説明させていただきましょう」
「お願いします」
「実はモンジュスト商会船の漂流物が見つかったのです」
「それって、まさか…」
「ええ、例のブツのようです」
「なるほど…」
ジェイムズさんの話では、警備隊に追われたモンジュスト商会船は、慌ててマクマを出航しましたが、その後冬の嵐に遭い海峡で消息を絶ちました。 その船の積荷がオマーの浜辺に打ち上がったというのです。
「我々はムランからオマーに向かい、積荷を回収しドゥーエに向かいます」
ムランの商船を装い、積荷をモンジュスト商会に渡すという口実で、商会内を捜索し証拠を押さえようという事のようです。
「引き渡し交渉を行っている間に、トビー殿には王宮に赴いて、これまでの事情を説明して戴きたいのです」
「分かりました。しかし、商会の方をお手伝いしなくて良いのですか?」
「いえ、実は王宮の方に問題がありまして、トビーさんにはそちらの動きを牽制していただきたいのです」
「問題…ですか」
「ええ、我々は王宮の内部にモンジュスト商会の協力者がいると考えています。しかもそれは高位の人物ではないかと思われる節があるのです。総督府の人間である我々では、対処が難しいのですが、ノ・ラ殿であれば…と」
「なるほど、それは難しい話ですね。僕の称号がどこまで通じるか分かりませんが、出来るだけのことはしてみましょう」
僕はその晩こっそりと先生の書斎に跳んで、殿下からの親書を渡しジェイムズさんから聞いた作戦の詳細をお伝えしました。
「長旅になりそうだが、気を付けて行ってくれ給え」
「はい、先生」
翌朝バスカブを発ち、夕刻にマクマに到着し一泊。
ムラン行きの船に乗って、翌々日には待機していた大型船に乗り込みました。
「これは…」
見かけは商船ですが、中に入ると気密性の高い頑丈な壁と扉から、軍用艦であることが分かります。
「砲塔こそ有りませんが、両側二十門、前方、後方にせり上げ式隠し砲台が二門ずつ配備されています」
マレオロ人の艦長ターナー准将が、いかにも富裕な商人といった風情で笑顔を浮かべました。
「大火力ですね」
「最新鋭艦ですよ」
これ一隻でドゥーエの一番狭い航路なら完全封鎖出来るということです。
「足の速い商船でも逃がしはしませんよ」
救難艇に見せかけた火力艇も四隻積んでいるので、機動性も抜群のようです。
航続距離も長く、途中何カ所か補給のために寄港しただけで、十日余りで僕たちはドゥーエの港に着岸しました。
「この港を出て、ムランまで半年近くかかったんだけどな」
僕のぼやきにジェイムズさんは、今でも普通の人はそのくらい掛かりますよと笑いました。
この船が速かったのは、やはり大型艦であることと途中の補給が軍用艦なので最優先で行われたためだということです。
「それにトビーさんは、あちこちの港で働きながら船を乗り継いで来たんでしょう?」
「まあ、そうなんですけどね」
「帰りも快適な船旅をお約束しますので、王宮交渉の方をひとつ頑張って下さい」
ジェイムズさん達とはここで分かれて、僕は城下の高級宿に部屋を取ると、宿から王宮へ先触れを出して貰いました。
肩書きはラーベンド州総督府特使ノ・ラ トビー・グリザケットです。
さすがは女神様のご威光で、即日王宮からの使者が三日後の謁見を伝えてきました。
僕はその夜、十日ぶりで先生の寝室をお訪ねしました。
「えっ、もう着いたのかね」
驚く先生に僕は軍艦なので、補給が早かったようですと報告したのですが、先生はそれを聞いて頭を抱えられました。
「トビー君、これはダメだよ。モンジュスト商会への手入れは失敗に終わるね。何処の世界に、軍艦並みの補給を最優先で受けられる商船があるかね。それを港の人々が見てどう思うか考えてもみたまえ。おそらく、噂はおっつけモンジュスト商会の耳にも入るだろう。いや、もう入っているかも知れない。彼等はそれなりの連絡網を持っているだろうからね。軍人さんは気性の真っ直ぐな人が多いから、目的地には真っ直ぐ向かうもの、補給は迅速に行うものと、最優先の思考が身についてしまっているのだろう。彼らにはこういった捜査には向かないかも知れないね」
「先生、言われてみればその通りです。どうにかならないでしょうか」
「どうにかって君…うーん、そうだなあ…まずこちらの情報が商会に筒抜けだった場合、あちらさんが如何出るか考えることから始めてみようか。時に、漂流物は本物なのかね」
「ええ、それは間違いありません。油紙に何重にも包まれて蝋の紐で固く梱包されていたので嵐にも耐え、浸水も無く無事だったということです」
「なるほど、それは商会も確認するだろう。その上でそれを引き取るわけには行かないと。しかし、本物である以上ブツは欲しい訳だ。ならば如何するか。相手が海軍だから奪うというのは下策だね」
「ドゥーエの港を封鎖出来る戦力だそうです」
「ははは…武力だけは優秀だね。そうなると、その武力を出し抜いて積荷を奪わなければならないわけだ。さて、どうして奪ってやろうかな」
「まるで先生がモンジュスト商会のようです」
「まあ策を練るには敵の身になってみることが一番だよ。そうだな、使える手駒は君が相手にするという王宮の高官か。商会が彼を使って軍に積荷を手放すように働きかけるのが一番なんだが、軍も高官が商会に取り込まれているのを知っているわけだから、それでは納得しないだろうね。君を押さえに使おうとしているのもその辺だろう」
「ええ、そのようです」
「ならば積荷の動きを誘導するという手があるね」
「誘導ですか」
「うん、軍に協力するふりをして、積荷を調べるために倉庫に運ばせ、手薄になったところを襲うという訳さ。実際、君が女王陛下に報告すれば、それなりの調査団が編成されるだろう。当然積荷を調べることになる。商会側の高官はその時に積荷を襲撃しやすい倉庫に誘導し、搬入日と警備の配置と人数を調べて商会側に流すだけで用は足りるわけだ」
「なるほど、それを軍が知れば積荷の行く先を警備のしやすい倉庫にして、警備体制を厳重にしますね」
「さ、そこさ。軍にはこの事を伏せておいた方が良い。相手の思惑に乗って泳がせてから捕縛するなんて芸当は到底出来そうも無いからね」
「と、なると一味の捕縛は…」
「そう、君一人という訳だ」
「はあー、難儀ですねえ」
「君には例の必殺技があるじゃないか。転移を繰り返して相手の背後から神気を浴びせてやりたまえよ」
「あ、そうですね。なるほど…それなら、なんとかなりそうです」
「まあ、難しくなったら、それこそ転移で逃げてしまえば良いんだし、きっと上手くいくよ」
「分かりました。頑張ってみます」
「朗報を待っているよ」
こうして先生と秘密の計画を立てて、僕はドゥーエに戻りました。
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