第32話 謁見
王宮は、石垣を組んだ広大な敷地の周囲に堀を巡らせ、その中には二つの宮殿と女王国を管掌する大きな庁舎がいくつも建てられています。
それらを総称して、本城と呼ばれる王宮を構成しているのです。
堀に掛けられた八つの橋には、それぞれ名前が付けられており、その袂には門が備えられ、訪問者は行く先によってそれぞれの門を訪います。
僕は使者の指示通り新殿門を通り、二つある宮殿の一つ新宮殿に向かいました。
ここは主に外国の使者や、功績のあった人々との謁見に利用される宮殿だそうです。
ちなみに、もう一つの宮殿は豊穣殿といって外国の元首や国の長官達との謁見や、晩餐会に利用されるそうです。
新宮殿までは衛兵さんが等間隔に並び、ヌガ車の行き先を指示してくれます。
玉砂利の敷かれた広場を大回りして正面玄関に着くと、左右に並んだ儀仗官に出迎えられました。
「ようこそ、ノ・ラ殿」
式部官らしきサーコートを着たカプロ人の男性が和やかに出迎えてくれました。
「トビー・グリザケットです。今日はよろしくお願いします」
「さ、どうぞこちらへ」
玄関ロビーは宮殿らしく高い天井で広々としており、ところどころに施された装飾が品格の高さを感じさせます。
式部官の後について階段を上ると、正面に大きな壁画が掛けてあります。
「こちらは、かの有名なローガン卿の手によるもので、英雄の詩という題名がついております」
その絵は朝日が射す遠景の連山をバックに、多くの人々が白銀に光る剣を揚げる人物を見上げて讃えている様子が描かれているのですが、その中心に居るのはブランカケット、この国の王族です。
そして、その背後にフード付きのマントを着て、目立たぬように描かれている人物は、どう見てもグリザケットです。
「…これは」
「はい、建国神話を題材にしておりまして、中心におられるのは初代国王、背後にいらっしゃるのが祝福の導師との事です」
同族が神話にも登場していることを知って、僕はすっかり驚いてしまいました。
「こんな昔から…」
「ええ、王家には白と灰色は国の両輪という言葉が残っておりまして、この絵はまさにそれを表しているものと思われます」
「へえー」
僕の感嘆の吐息に、式部官はくすりと笑いました。
「トビー様は、どこか他人事のようですね」
「えっ、ああ…僕はまだ修行中の身ですから」
「神話によると、祝福の導師も自らを修行中の身と仰ったと伝わっていますよ」
「ええーっ、そうなんですか」
「はい、ですから陛下は今日お会いになるのを楽しみになさっているようですよ」
さ、こちらですと促されて、僕は長い廊下を歩いて行きます。
右手には長いバルコニーが続き、左側には御簾を下ろした部屋が並んでいます。
ここは、国の記念日や要人のお披露目に使われるそうで、玉砂利の広場に集まった群衆に王族や要人が姿を見せるために作られています。
僕は廊下の中程にある部屋に招じ入れられました。
縦に三十フィート横幅二十フィートはある部屋に小机が二つ、その間を広めに開けて、壁際には大きめの机が一つ置かれて四人の書記が着席し、入口と奥の扉の前に武官が二人ずつ付いています。
僕は二つある小机の手前側の席に案内されて着席しました。
謁見と言っても略式で、公式行事ではないのでこうした部屋で、わりと気楽にお会いできるようです。
やがて乾いた木板を叩くような高い音が二回聞こえると、皆が一斉に起立したので僕も立ち上がりました。
すぐに奥の扉が開き、動きやすそうなシンプルなドレスに身を包んだ女王陛下が、侍従を引き連れ足早に入室して来ると、前方の席に着席されます。
「楽に」
声が掛かると、皆着席します。
「ノ・ラ殿」
「はい」
「一連の騒動については聞き及んでおる。其方の活躍もな。娘が世話になった」
「もったいないお言葉です。陛下」
「此度は、その後の始末と言うことだが、具体的にはどうか」
「はい、昨年の暮れマクマで一味を取り逃がした事はお聞き及びかと思いますが、その船が難破し積荷の一部がオマーに打ち上げられたのです。それで…」
僕は事の次第を詳細に陛下にご説明しました。
「なるほど、商船に偽装した軍船が入港してきたのは、そんな訳か。で、其方が妾への説明を任されたという事だが、まだ他に理由があるのであろう」
「ご慧眼恐れ入ります。積荷が上手く商会に渡れば、それを機に捜査に着手出来ますが、万が一商会が引き取らなかった場合は軍が動けません。その場合積荷の調査から道筋を付けていく事になりますが、僕は内容物について知見がありますので、王宮の調査団に加えていただきたく」
「実際に見た者が居るのは心強い。調査の際には協力を頼もう」
「恐れ入ります」
「担当すべき内務官を引き合わせよう。これ、マダルを呼べ」
侍従の一人が奥の扉から出て行くと、陛下が書記を止めました。
四人の書記は二人ずつ交互に僕と陛下の遣り取りを記述していましたが、それを陛下がお止めになったのです。
「時にノ・ラ殿、娘は、アイリーネは息災であったか」
「はい。ご壮健であらせられました」
「そうか、我ら王族は伝心という能力で互いの伝えたいことを知ることが出来るのだが、表情や身体の変化までは分からぬでの」
王族は、その能力で離れた場所に一族を送り込み素早く情報を得て、迅速な対応をするのだそうです。
「御神庭に賊を捕縛に向かったと聞いて、妾は心配でならなかったわ」
そのお言葉を伺って、ああ、陛下も一人の親なんだと思うと僕はとても温かい気持ちになりました。
それから僕は陛下に問われるままに、アイリーネ殿下と初めてお会いしたときの話や、賊の捕縛に向かった時の話、そして祝宴で殿下に冠岩茸を隠し持っていたのがバレてしまった話などをしました。
陛下はとても喜ばれ、それらの話を熱心に聞いて下さったのです。
そんな話が一段落した頃、再び奥の扉が開いて侍従が一人の男性を伴って戻ってきました。
総督府近衛のロベス氏と同じリベロフンド人で、内務省警備局のランディさんと紹介を受けました。
「委細はノ・ラ殿と相談し、この王都から不逞の輩を一掃せよ」
陛下はランディ氏にそう告げると席を立ちました。
「ノ・ラ殿、また話を聞かせてたも」
一瞬母の顔をされ、そう仰って退出されたのです。
陛下をお見送りした後、僕はランディ氏に連れられて内務省の建物に向かいました。
ここで警備局の主立った方々に紹介され、これから商会をどう探っていくか打ち合わせしたのですが、あまり良い手立てが浮かびません。
軍と商会の交渉が始まっている最中、新規に雇い入れた者は疑われるので、うかつに内偵は出来ません。
かと言って証拠も無いのに、大っぴらに呼び出して尋問すると言うわけにもいかないのです。
結局、積荷を調査し内容物を確認して、それが危険物であることを確認してから、各商会に布告するのが順当ではないかとの結論に達しました。
布告が済んでから全商会の立ち入り検査という順番で、ようやく大っぴらにモンジュスト商会の調査を行うことが出来るのです。
やむを得ないとはいえ、これでは事前に重要な物は隠されてしまって、何も出てこないかも知れません。
しかし、僕にとっては予定通りなので、手順を再確認して王宮内の情報を一元化出来た事は一歩前進したと言えるのです。
後はいよいよ王宮内の黒幕への接近ですが、会議がようやく結論に達したところで、これを商務省と共有しようという話になりました。
商会の調査は、商業活動に関わることですから管轄である商務省と事前に交渉しておかなければならないというのです。
「だがねえ…」
「まあ、仕方が無いが…」
なぜか皆さん商務省との折衝には消極的です。
「こちらと商務省さんとはあまり良い関係ではないんですか?」
「ああ、いや…省間関係は問題ないのですがね…」
どうも煮え切らないですね。
「まあ、取りあえず誰が来るかで考えましょう」
そんな提案があって商務省へ連絡が行くと、しばらくして海運局の次官という人物がやって来ました。
「海運局のガラントだ。入るぞ」
「あ…」
「う…」
異口同音に漏れた声から、どうやらこの方が警備局の面々が危惧していた人物なのでしょう。
立派な口髭を蓄えたシゲーロ族の男性です。
ギョロリとした目が居並ぶ人々を睨めつけているようです。
海獺起源のマルトロ族、海驢起源のマレオロ族、そして海豹起源のシゲーロ族は海の三族と呼ばれ、商船の乗組員として貿易には欠かせない人材です。
その内身体の大きなシゲーロ族は、その巨体ゆえ迫力も十分で三族の内で最も発言力を持っています。
「全く、警備局とやらは、昼間からコソコソと悪巧みをしおって、この国の経済を支えている海運商社を家宅捜索するというのは、どういう了見だ」
「いや、これは陛下の思し召しで…」
ランディさんが反論しかけると、ガラントさんはそれを大声で遮りました。
「陛下だとお。なんでも陛下を付ければ物事が通ると思ったら大間違いだぞ。君主の過ちを身をもって正すのが臣下というものだ。そもそも陛下にそんな愚策を献じたのは誰だ。ん? 見慣れない奴がいるな、そこの猫かっ」
いきなり矛先を向けられて驚きましたが、僕は慌てずに立ち上がり丁寧に礼を取りました。
「初めまして。僕は、ラーベンド州総督府特使として、陛下より警備局の探索に加わることをお許し戴いたトビー・ノ・ラ・グリザケットと申します」
「なにっ、特使。いや、ノ・ラ? いやいやグリザケットだとお」
ガラントさんは、つかつかと僕に近寄ると、大きな目玉をグリグリと動かして僕を上から下まで見つめました。
「うぉーむ、確かにグリザケットじゃわい。これは初めてお目に掛かる。しかもノ・ラ殿といえば女神様の直臣、いやこれは失礼仕った」
「いえいえ、僕も修行中の身なのでお気になさらずに。この度の件については僕の方から詳しくお話しますので、まずは席にお着きくださいませんか」
「左様か。ではノ・ラ殿に敬意を表して承ろう。しかし、曖昧な点があれば儂が納得できるまでご説明願いますぞ」
「もちろんです。ガラントさん」
ようやく会議の内容に戻れたので、警備局の人達はほっとしたようです。
それから僕は発端となったワシュフル先生の年金問題から、試神庭の事件に辿り着きホルト院長を救出したこと。
その際に危険な煙草の栽培地を発見したこと、さらにポロの新市街で一味の者が煙草をドゥーエに持ち込んでいるらしいことなどを丁寧に説明しました。
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