第21話 救出

 翌朝、僕たちは煌びやかな近衛騎士団と、なぜか真っ白なヌガに乗ったアイリーネ殿下と共に、ポロの東門を出発しました。

「進めっ」殿下の凜々しい声と共に隊列が動き出します。

「へえええええ」

「コラッ、情けない声を出すでない。民衆が見ておるぞ」

「はあ」

 ヌガに跨がった先生と僕とキンメルさんの三人が東門で待っていると、王宮から出発した華やかな隊列が一糸乱れなくこちらに行進して来るのが見えました。

それを目敏い街人が目にして、あっという間にその隊列を一目見ようと押し寄せた群衆で東門は埋まり、出発の際には万雷の拍手に包まれたのです。

そして僕は何故か殿下のヌガの轡取りをしています。

「せっかく舞台が整っておるのじゃ、主役が舞わんとのう。別に妾だけが美味しいところを取ろう等とは思っておらぬぞ。ほれ、こうしてトビーにも轡を取らせておるじゃろうが」

「えええええ」

「ほっほ…殿下も強かになられて」

「サ・レ・ワシュフルの薫陶の賜よ。それにしても良い弟子を取ったの。どうじゃ王宮に仕えさせてはみぬか」

「ほっほ…お戯れを」

「はっは…愉快な事じゃの」

そんな調子で、一行は森に入りました。

僕の先導で冠岩茸の生えていた岩壁のある辺りまで進みます。

「そろそろ三人組を捕らえた場所に着きますよー」

「うむっ、捕り方っ」

殿下が手を振ると、ザッと数騎が前に出ます。

ああ、三人組がよろよろと逃げだそうとしていますね。

どうやら縛めは解けたようで、くしゃくしゃになった衣服を身につけています。

それでも痺れ茸の効果は残っているようで、あちこちを痛そうに庇いながら、そろそろと動いているようです。

「捕らえよっ」

「はっ」

近衛兵の容赦の無い捕縛が、痺れの取れない三人の手足を痛めつけます。

「痛てえ、痛てえよ」

「さ、触るなよ、ジンジンするんだよっ」

たちまち三人は捕らえられ、後続の衛兵隊が引く監獄車に乗せられて後送されます。

「どうじゃ、良い手際であろ」

「ははあっ」

僕たちは多少の反発を込めて、深々と頭を下げました。

「はっはっ…イヤミよのぉ」

それでも姫殿下は上機嫌です。

 暫く進んで隊列はとうとう巨木の洞まで進軍しました。

ここからは徒歩になります。

「危険は無いと思いますが、小官が先行します」

ロルフさんが二、三人の兵を引き連れて洞を潜ります。

その間に、洞の周りには突入班と救護班が編成されて行きます。

動けないホルト氏のために担架も用意されました。

確かに手際が良いですね。

「舟付場までの動線を確保しました。問題は無いようです」

ロルフさんの報告により、移動を開始します。

まず突入班が入り、続いて殿下と僕たちが移動し、その後に救護班が続き、残った衛兵隊が巨木の周りを固め警戒しています。

この残った衛兵隊の地味な仕事が、後に大きな成果を上げることになりました。

 洞を抜けると舟着場まで、直線上に部隊が展開しています。

前回、木陰に隠れて大きく迂回した舟着場までの道を、今度は正面から堂々と進みました。

「あれが話にあった倉庫だな」

殿下の目線の先には、件の大きな葉を乾燥させている粗末な建物があります。

「はい、中に入っているのは葉っぱばかりなんですが」

「ふむ、なんであろうな…あっ」

殿下が急に駆け出されました。

慌てて僕たちが追いかけると、殿下は畑だったらしき掘り返され荒れた場所の端に立たれて肩を震わせておいでです。

「こんなっ、御神庭を無残に荒らしおって…許さぬっ」

王家からすれば、女神様からのご信頼を持って託された場所を荒らされては、面子は丸つぶれでしょう。

僕だって、こんなに美しい場所を穿り返されては面白くありません。

彼らに対して容赦しなかったのは、そんな気持ちもあったからです。

「ああ、これは…」

先生が倉庫の中を見上げて頷いておられます。

「サ・レ、何かお分かりか?」

「殿下、これは煙草というものにございます」

「タバコとな」

「はい、我々ガストルは彼方の世界では、これを刻みパイプに詰めてから火を付けて、その煙を吸うのです」

「煙を吸うのか、噎せるであろう。何故そのような事をするのだ?」

「馴れれば噎せないのです。この煙を吸うと覚醒作用や鎮静作用、気分転換による思考の活性化、リラックス…あー、つまり心が安らぐ効果があるのです」

「ほほう、薬のようなものじゃな」

「いえ、どちらかといえば毒ですな」

「なに、毒っ」

「さよう。吸えば一時的な快楽をもたらすのですが、常習性が高く、効果が切れると気分が落ち込んだり苛々したりして、常に煙草を欲するようになるのです」

「なんとっ、危険な物ではないか」

「適度に用いれば嗜好品の範囲内ではあるのですが、わざわざ栽培してまで此方の世界に広める事には悪意を感じますな」

「なるほど、先に捕らえた者達には、その辺のことじっくりと尋ねる必要があるな」

殿下はロルフさんに目を向けました。

「はっ、そのように手配致します」

ロルフさんは隊士を指揮して、倉庫にある煙草の葉を残らず集めて王城に運び、厳重に管理することにしたようです。

 僕たちは舟着場から舟に乗り、小島に向かいました。

小島にある建物は神庭離宮と言うそうです。

玄関を入ると左階段の側で導き玉が光っていました。

どうやらホルト氏は無事のようです。

 小部屋に入ると、ホルト氏は幾分元気を取り戻したようで、ベッドに腰掛けて小机の上で何やら書き物をしているところでした。

置いていった食べ物と飲み物は綺麗に無くなっていたので、食欲も戻ったのでしょう。

「院長」

「やあ、ワシュフル君。この度は迷惑を掛けたね」

先生が入室すると、ホルト氏は片手を上げて迎えました。

「本当じゃぞ、心配をかけおって」

その後ろから殿下が姿を見せると、ホルト氏はギョッとして立ち上がろうとしました。

「こ、これは殿下、ご機嫌麗しく…」

「ああ、よいよい。そのままベッドにおれ。帰ったら詳しく話を聞かせてもらうでな」

「ははっ、かしこまりました。なんとも、はや、真に申し訳なく…」

 すっかりしょげかえったホルト氏を担架に乗せて、救助隊が先に出発します。

僕たちは二階の様子を見に行きました。

「いや、見事な造りですな」

「そうであろう。女神様の御神庭にそぐわぬよう細心の注意を払って建てたのだからな」

展望室から降り注ぐ光が、きらきらと大理石の壁に反射して、金の装飾を引き立てています。

「ここか」

「はい」

正面に面した部屋には、相変わらずむさ苦しい髭面男が転がっており、床には汚物が散乱しています。

「汚いの。陛下の御寝所を穢すとは、とんでもない奴らじゃ」

あ、女王陛下のお部屋だったんですね。これは刑罰に不敬罪も追加だな。

髭面の男は隊士に乱暴に引き摺られて行きました。

ここは明日から王宮の掃除人達が入り、徹底的に清められるようです。

これで犯人達は全て確保した訳ですが、念のため隊士によって離宮の中は全て検められ、周辺の捜査も継続されるようです。

 僕たちは先に出発したホルト氏を追って小島を離れ、試神庭の洞を出ました。

すると、衛兵隊長がロルフさんに報告にやって来ました。

なんと、警備中の洞に入って来ようとした者がいたそうです。

調べてみると此方の世界に大勢やって来た農夫の一人で、煙草栽培をしていた者なのだそうです。

試神庭の畑はこの者によって耕され、収穫の後煙草にするための管理まで任されていたのだそうです。

悪意はなさそうですが、悪漢共に上手く利用されたのは間違いなさそうです。

彼もまた王宮に連行されていきました。

「ふむ、確かに煙草は様々な工程を経て製品になるらしいから、専門の知識が必要なのだろうね」

「たまたま、此方に渡ってくるときに煙草の種を持ち込んだようですね」

「そういった人物を確保しうる組織が、ガストル達の間に出来上がりつつあるということかも知れないね」

「とにかく、この問題はきっちり調べて対応をしなければならぬの」

「御意」

 先生と殿下、ロルフさんが一連の騒動にそんな決着のつけ方をした頃に、ポロの東門が見えてきました。

衛兵隊長によれば、ホルト氏の事情聴取には健康も留意しなければならないということで、王宮の一室に運ばれたそうです。

それで僕たちは明日ホルト氏を見舞うとして、ここで騎士団と別れハドソンホテルに戻ることにしたのです。

「先生、今日は僕が昨日森で採った茸尽くしですよ」

「おお、それは楽しみだね。今日は昼食を食べ損なってしまったから、お腹が空いたよ。では、急いで帰らねばならんな」

「ほう、茸尽くしとな。それは楽しみだの」

「えっ」

「うむ、くるしゅうない。妾も夕餉を馳走になるとしようかの」

「えええーっ」

今夜のハドソンホテルは大変なことになりそうです。

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