第20話 遭遇

 さて、これからは僕の八面六臂の大活躍です。

巨木の洞を慎重に抜けると、辺りの様子に気を配ります。

導き玉を置いてきたので、広範囲に神気を探ることが出来ないのです。

幸い犯人達が戻って来た様子はありませんが、途中で出会すかも知れません。

木陰に身を隠しながら森を抜けて行きます。

「あっ、二重丸茸」

これ、焼くと美味しいんですよ。

ロープやら昼食やらを空間収納から出してきたので、少し余裕が有ります。

戻りながら少し採っていきましょう。

「おおっ、冠岩茸じゃないですか」

突き出た岩壁の窪みに群生している王冠に似た茸は、王族でも滅多に口に出来ない幻の茸です。

煮ても焼いても強い香りが四方に拡散するので、こっそり食べようとしても直ぐにバレて分け前が減るという曰く付きです。

「これはファームズヴィルに帰ってから、こっそり出した方がいいな。三姉妹とキンネル一家にラルクさんで八人か…」

採りながらどれだけ食べられるか考えていると、ふいに背後でガサリと音がしました。

「おいおい、こんなところで茸狩りかぁ」

「良い匂いがすると思ったら、冠岩茸じゃねえか。おい、猫。痛い目に遭いたくなかったら、それをこっちに寄越しな」

「へへっ、屋台の食い物にも飽きてきたところだったんだ。こりゃ今夜は茸パーティーだぜ」

 見れば先ほど出掛けていった二人のガストルにもう一人加わった人相の悪い三人組が、僕を取り囲もうとしていました。

きっと三人目がツナギと言われていた人なんだろうと思います。

「ほれほれ、猫ちゃんよお、お手手に持ってる茸をこっちに渡しな」

「着ている物も上等だぜ、茸と言わず有り金残らず置いていきな」

「へへっ、逆らえば茸と一緒に刻んで煮込んじまうぞ」

 クズです。体裁も取り繕わずにいきなり略奪とか、ここまで悪辣だといっそ清々しいですね。

躊躇無く此奴らは悪党認定です。

僕はオドオドした態度を演じながら、岩壁を降り冠岩茸を持った手を突き出して悪漢達に近付いていきました。

「そうそう、素直が一番だぜ。ほう、こりゃ大物の冠岩茸だな」

悪漢の一人が手を伸ばした先で、冠岩茸はふっと消えてしまいました。

「はっ、なんだっ」

「ほいっ」

冠岩茸を空間に収納した僕は、そのまま相手の手首を掴んで神気を流しました。

「うぎゃーっ」

「なんだっ」

「どうしっ…がはっ」

悲鳴を上げて蹲った悪党に近付いた仲間の首筋に神気一閃。

蹲った悪党もトドメの一撃。

残ったのはツナギと呼ばれていた男一人です。

「な、なんだ。どうなってる」

「なんでしょう、どうしたんでしょう。助けてください」

「わっ、近寄るんじゃねえっ、く、来るなっ、うわあっ」

怯えた振りをして近付き、股を潜って後ろに回り飛び上がって首筋に一閃です。

これで三人組制圧完了です。なんか悪漢ほど神気の効きが良いようです。

「まだロープあったかな」

収納を探りますが、やはり余分には持って来ていませんでした。

「しょうがないなあ」

僕は嫌々悪漢達の上着とズボンを脱がすと、それを使ってそれぞれの手足を縛り上げました。

「あ、そうだ。この痺れ茸を」

万が一目が覚めて逃げられてはまずいので、近くに生えていた痺れ茸を三人の口に押し込んでおきます。

手足がじんじんと痺れて動かすと地味に痛いので、簡単には逃げ出せないでしょう。

 こうして僕は森を抜けてポロの街に戻りました。

まずはハドソンホテルへ茸を届けます。一番重要な事ですからね。

「まあ、まあ、まあ、こんなにたくさん。珍しい茸ばかり。よろしいんですか」

ハドソン夫人が嬉しそうに両手をもみもみさせています。

「もちろんです。これで先生や僕たちに美味しい物を作って下さい」

「かしこまりました。腕によりを掛けて茸づくしのお料理を拵えさせていただきますわ」

「よろしくお願いします。あ、今晩は帰れないと思いますので、ご馳走は明日の晩にお願いします」

「まあ、そうですのね。では、今出来たての夕食をお持ちくださいな。明日の朝食も一緒にご用意させていただきますから」

「ありがとうございます。助かります」

 僕は夕食と朝食の二つの籠を戴いて、王宮へと急ぎました。

門衛さんに近衛のロルフさんを呼び出して貰うと、赤い軍服に金色の肩章をピカピカさせながらイケメンさんがやって来ました。

「なんだ謁見していかないのか」

「いやいや、そうそう謁見なんて恐れ多いですよ」

「殿下が報告を楽しみにしておられたぞ」

「ええ、その事なんですが、かくかくしかじかで…」

僕が細かい事情を話して、衛兵隊の出動を願うとロルフさんは目を丸くして驚きました。

「おお、もう解決してしまったようなもんじゃないか。早速手配しよう」

「ありがとうございます。では、僕はアカデミーに行って先生にご報告してから合流しますね」

「うむ、相分かった」

 準備に時間が掛かるということで、明朝の出立を約して僕はアカデミーに戻りました。

そろそろ夕食の時間ですからね。

灯の入り始めたガス灯の下を歩いてアカデミーに戻ると、ペローさんが出迎えてくれました。

「状況はどうですか?」

「ええ、上手くいきましたよ。先生のところでお話ししましょう」

 僕たちは連れ立って収蔵庫へ向かいながらペローさんからロベス氏の様子を聞きました。

もうアカデミーは平常運転で、先生が殿下の書状を見せると頑固な執事さんも掌を返して尽くしてくれるので、収蔵庫は益々居心地が良くなっているようです。

知らぬはロベス氏ばかりなりで、院長室とそのフロアーで相変わらず威張り散らしているようですが、職員は皆適当にやり過ごしているのだそうです。

「先生、ただいま戻りました」

「やあ、トビー君ご苦労様」

 先生は豪華な安楽椅子に掛けて、読書されているところでした。

側ではキンメルさんが難しい顔で書き物をしています。

さらに正面には執事さんが立ち、芳しいお茶の準備をして、僕たちを見ると丁寧に頭を下げました。

「お帰りなさいませ、トビー様」

「あ、どうも…」僕を賊呼ばわりした方とはとても思えません。

金の装飾が施された絹張りの椅子を勧められて、おそるおそる腰を掛けると、すかさず熱いお茶が注がれます。

香り高いお茶を一口含んでから、事のあらましをお話しすると、先生は満面の笑みを浮かべられ、ホルト氏が無事であった事を心から喜ばれました。

 話が一段落したところで、僕がハドソン夫人から預かった夕食を出すと、執事さんがたちまちテーブルをセッティングしてしまいました。

冷えたベリー酒と葡萄酒、石窯で焼いたパン、メインは二つで今朝ほど市場で仕入れた雪魚のムニエルと茹で立ての雪魚蟹です。

執事さんの手で見事な縁取りがされた皿に盛られたムニエルは、濃厚なバターの香りと爽やかな柑橘の香りを纏わせて、表面はカリッと中はみっしりと旨みを蓄えた白身が舌を喜ばせます。

シンプルに茹でた蟹は、殻を割った脚肉を溶かしバターに軽く浸して酸味の利いた果実の汁を振りかけて、バクリと頬張ると幸せな蟹の出汁が口中いっぱいに広がります。

 昼食をホルト氏に差し上げてお腹が空いていた僕は、夢中で白身を頬張り、蟹汁を啜り、ベリー酒を飲み干しました。

執事さんがランプの火で焙った銀皿の上で、解した蟹の腹身とミソを混ぜバターと胡椒で味を調えたソースを、こんがりと焼いたパンに挟んでくれたものは、噛むとじゅわっと旨みが染み出してきて、もう絶品でした。

 ようやく人心地ついて濃いめの珈琲をいただいていると、先生がワインで火照った顔を僕に向けられました。

「さてさて、ようやく腹も落ち着いたことだし、ぼちぼち優秀な助手君の冒険譚を詳しく聞こうじゃないか」

それからは、先生に尋ねられるままに、細かな状況までお話ししてしまうと、すっかり夜が更けていました。

明日は先生とキンメルさんもホルト氏の救出に同行することになったので、僕たちは収蔵庫での最後の夜を過ごしたのです。

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