第18話 捜索 後編

 翌朝、まだ暗い内から起きだして、ハドソンさんの朝食を片付けると、僕は先生達の見送りを受けてアカデミーを出発しました。

庁舎街もすっかり霧に包まれて、影さえも近付かないと見えません。

まずは大通りに出てハドソンホテルに向かいます。

朝食と夕食の入っていた篭を返さなければなりませんから。

 その前に僕は隠しから導き玉を取り出しました。

「頼むぞ」

掌に乗った導き玉を空に掲げると、ふわりと離れ、ふよふよと漂っていきます。

僕の体験をそのまま記憶しているので、神気の流れからホルト院長の行方を探ってくれるでしょう。

「おはようございます」

 扉を開けるとパンの焼ける香りとスープの匂いが漂ってきます。

宿泊客の朝食の準備が始まっているのでしょう。

さっき朝食を食べたばかりなのに、お腹の空く匂いです。

「あら、トビーさん。お早いですね」

奥からハドソン夫人が真新しいエプロンを付けて現れました。

「ええ、これからアカデミーの院長さんを探さなければならないので」

「ああ、そうでしたね。ご苦労様です」

「これ、昨日お借りした朝食と夕食の食器と篭です。とても美味しかったです」

「まあまあ、お口に合って良かったわ。またご用意しておきますね」

「ありがとうございます。たぶん郊外に出るので少し遅くなるかも知れませんが、必ず寄りますので」

「はい。お待ちしていますね。そうそう、街を出るならウチのヌガ車に乗って行かれませんか? これから市に行って魚介を仕入れたり、薪を買ったりするんですよ」

「ああ、それはありがたいです。途中までお願い出来ますか?」

「ええ、じゃあ御者のヤドックにご紹介しますね」

 店の裏手は燻し屋通りという昔、この辺にたくさん保存食を作る店が並んでいた為に名付けられた通りに面しており、今でも当時そのままに燻し作業をする店が何軒かあるので、香ばしい良い匂いがします。

僕はヤドックさんの操る二頭立てのヌガ車に乗せて貰って燻し屋街を後にしました。

 大通りから南東に抜けて、マクマの港へと通じる運河沿いにヌガ車は走ります。

マクマで揚がる魚介類は主にこの運河を通って各地に運ばれますが、途中に作られた市場街で陸路を搬送する荷と別れていきます。

ハドソンホテルは魚介がポロの市場に出回る前に、この市場街で安く新鮮な物を先に仕入れるようにしているのだそうです。

ヤドックさんに連れられてあちこちと市場街の仲卸を見て回ります。

 この季節は雪魚といって七フィートほどの大型の魚が出回ります。

脂がたっぷりと乗った白身魚で、真子という魚卵は塩漬けにしたり、ちょっと辛い調味液に浸けたりして食される人気の食材です。

同じ漁場で獲れる雪魚蟹という大型の蟹も人気です。

左右の足の先から先まで十フィート以上もある蟹は、太い脚が甘くて食べ応えがあります。 僕たちは氷結箱に収められたそれらの魚介をヌガ車に積みながら、市場の大通りを進んでいき、最後に薪を一山乗せて帰路に就きます。

「トビーさんに手伝って貰って、今日はとても早く終わりましたよ」

「少しはお役立てて良かったです」

御者席に並んで座りながら、市場の人から貰った茹で立ての蟹の脚を頬張ります。

一番小さい脚で売り物にならないからと言っていましたが、町中ならこれだけで半シリングはしそうです。

 運河沿いの道をガラガラと進んでいくと、右手方向に森が見えてきます。

手前の方はまだ背の低い植栽林ですが、薪として伐採した分を何年か前から育てているのです。

これもワシュフル先生のご指導で、それまでは使う一方だった自然を回復させて、長く使っていこうという試みなのだそうです。

 その森の方からチカチカと光が瞬いています。

「あ、なんか見つけたな」

「え、どうかしましたか?」

僕の呟きにヤドックさんが首を傾げました。

「僕の相棒から合図がありましたので、あの森の辺りで降ろしてもらえますか」

「ほう、そうですか」

ヤドックさんは森の方に目を凝らしましたが、導き玉の光は見えなかったようです。

 森の端で降ろしてもらってヌガ車を見送ると、僕は導き玉について植栽林から原生林へと足を踏み入れました。

植栽の若木はまだ直径一フィートぐらいで高さは十五フィートに届くくらいでしたが、手つかずの原生林となると直径で二十フィート、天辺は見えないほど高い木が鬱蒼と生えて、地面も苔や落葉でふかふかとしています。

枝葉の隙間から射す陽光が深い霧に反射して、まるでヴェールのようです。

 僕は導き玉の後ろを慎重に歩きながら、これほど深い森に狩人でも無いホルト氏の痕跡があるのを不思議に思いました。

雪尾角は言うに及ばず、凶暴な斑金剛という群で狩りをするベストロや大暁に遭遇してもおかしくないのです。

ガサガサと枝葉が揺れる度、足を止めて辺りを探りますが、今のところ危険な気配はありません。

 やがて周りの木より一回り大きく苔むした大木の前で、導き玉は止まりました。

「…なんだろう」

近付いてみると大木には大きな洞が空いています。

「あっ…」

これは僕にも分かります。

洞の中にはホルト氏の神気が薄く渦を巻いていました。

これは何らかの神気術を継続して行使した時に出来る現象です。

ホルト氏はこの場所にかなり大きな術をかけたようです。

ですが、それは既に弱まっていて少し強い干渉を受ければ霧散してしまうでしょう。

「どうしたものかな…」

この位の力ならば僕にも破れそうですが、その後この場所にどんな影響が出るのか分からないのです。

「もう少し周りを探ってみようか」

僕は導き玉にこの周囲の神気を探るように頼んで、その後に続きました。

 深い森ですが、日の射さない分茸類は豊富です。

山ではとっくに終わってしまった茸の時期ですが、ここは標高が低いので、ちょうど秋の最後を彩る金秋茸や紅葉茸が大きく育っています。

「あ、ここにも」

僕は夢中で茸を採りまくります。

金秋茸は焼くととても良い香りで、紅葉茸は旨みが強いので鍋に入れると良い出汁が出ます。

「あっ、暁舞茸っ」

大暁が好んで食べる食感シャキシャキで濃厚な旨みの暁舞茸です。

これはとても貴重で、滅多に見つけることが出来ません。

「うわぁ、こんなにっ」

朽ち木の根元に折り重なるように生えている暁舞茸をどっさりと採って空間収納に押し込みます。

他にも大きな黄葉栗や錦水菜など滅多に食べられない山の幸を見つけては、ポケットや帽子の裏まで一杯になりました。

これを持って帰ってハドソン夫人に美味しい料理を作って貰いましょう。

 コツッ

「あ痛っ」

栗で膨らんだ帽子から飛び出している耳の裏に何かが当たりました。

コツッ

「いてて…」

なんだなんだと振り返ると、導き玉がピカッ、ピカッと強い光を放っています。

「えー、なんだよお。せっかく美味しい物を採っているのに」

零れた栗を拾おうとしたら、今度はお尻に攻撃を受けました。

「ちょっ、痛っ」

導き玉が僕の目の前に来てブーンと唸りを上げています。

なんか怒ってます?

「えー…あっ、そうか、今捜索中だった…」

茸採りに夢中になって目的を忘れるところでした。

「ごめん、ごめん。えっ、忘れるところじゃなく、忘れていたろうって? そ、そんなことないよー」

導き玉はまだ怒っているらしく、ぶんぶんと左右に揺れながら先を行きます。

 僕たちは洞のある大木を中心にしてその周辺を注意深く(主に導き玉が)歩きましたが、他にホルト氏の痕跡は無いようです。

「うーん、やっぱりあの洞に神気を流してみるしかないかなあ」

そう呟いたときです。洞の中に神気の動きがありました。

僕は慌てて近くの木の陰に身を隠しました。

「…やれやれ、後二、三日ってとこか」

「そうだな。それまでロベスの野郎が上手いことやってりゃあいいが…」

 洞の中から出てきたのは二人のガストルです。

「あの野郎、余計な手出しをしやがって、ワシュフルとかいう小うるさい島民を呼んじまったらしいじゃねえか」

「ああ、馬鹿がいい気になって奴の年金支給を止めたらしい。それで抗議に来られちまったんだ」

「はああ、馬鹿野郎だ。黙って座って居るだけで、この国はもうすぐ俺たちの物になるっていうのに」

「我慢の利かねえ野郎だからな。ツナギにはもう絶対に余計なことはするなとキツく言っとけと伝えたところだ」

 二人は話しながら森の出口へと歩いて行きます。

その後を導き玉が付いて行き、会話を中継してくれるので、おおよその事が知れました。

やはりロベス氏には仲間がいたようです。

しかもこの二人はロベス氏の遣り方をあまり歓迎していないようです。

それからしばらく導き玉の中継で聞いた二人の会話から、この洞の中にあと一人見張りのガストルが居て、ホルト氏が捕らわれていることが分かりました。

ガストル一人なら、僕一人でなんとかなるかも知れませんが、まずは偵察です。

導き玉が戻って来たので服の隠しに戻し、僕はそっと洞に入り込みました。

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