第17話 捜索 中編

 僕はロベス氏に着席を促し、少し探りを入れてみることにしました。

「それで、お仲間は何人ですか?」

「なっ、何のことだ。俺は知らんぞっ」

「お仲間がホルト院長を誘拐したのではないですか?」

「何を…院長は出かけただけだ」

「では、ホルト院長は、どちらにいらしたのですか?」

「知らんっ」

「ロベスさんはホルト院長の秘書なのでしょう? 行き先を知らないのですか?」

「知らんものは、知らんっ」

「つまり行き先を教えてもらえなかった。信用されていなかったんですね」

「そ、そんなことは無いっ」

「では、行き先に心当たりがあるでしょう。ロベスさんも知っていると思ったから、敢えて口にしなかったということでは?」

「そうっ、そうだっ。あれは…ええ…たぶん…視察…か、なんかに出かけたのだ」

「ほう、視察ですか? どちらに?」

「知ら…いや、いくつか心当たりはあるが、絞りきれん」

「ラポネさんの話の印象では、気楽な感じで出かけたようですが、一ヶ月は長いですね」

「むっ…もうじき…戻る、のではないか」

「では、行き先の心当たりが絞り込めたら、お知らせ願えますか」

僕はちらりとロベスさんが擦っている腕を見ました。

「むう…分かった。用事が済んだなら、そろそろ出て行け」

「おや? 最初にお願いした件はどうなりました? 解放していただけるのでしょうね」

「ふんっ、こちらの調べが済むまではダメだ。俺は暴力には屈しないぞ」

おかしいですね、何故か僕の方が暴力を振るったような言い方です。

しかし、粗方材料が揃ったので、この辺でお暇しましょう。

「法的な根拠が無い監禁なのですから、待遇は改善してもらえますね」

「むっ…考えておく。さっさと早く出て行け」

ロベス氏は、僕が指を軽く振る度に視線を泳がせ、苦虫を噛み潰したように顔を顰めて、ドアを顎でしゃくりました。

「では、失礼します。また、参りますね」

そう言ってドアを閉めると、中から何かを投げつける音が響きました。

やれやれ、短気な方です。

 廊下に出ると大声で喚く執事さんを衛兵さん達が取り囲んでいました。

「…ですから、侵入者だと申し上げているでしょう。私の事よりも、院長室に入り込んだ賊を…」

僕に気付いた衛兵さん達が目隠しのように立ち並んでくれる脇を、こっそりと抜けて階段を下りる事が出来ました。

職務に忠実な執事さんには申し訳ないですけど、今は許していただきましょう。

 僕は牢へ戻ると、先生達にロベス氏との会見について報告しました。

「ふむ、どうやらホルト氏はなんらかの事件に巻き込まれている可能性が高いね。しかも、それにはロベス氏が絡んでいると見た方が良い」

「はい、僕もそう思います。お仲間は、と尋ねると目が泳ぎましたから、多分他に仲間がいるのでしょう」

「そうなると、ホルト氏は拉致監禁されていると見るべきか。神気の質は掴んだのかね」

「はい、個室なので他の神気と混ざり合うことも無く、すぐに把握できました」

「では、救出の可能性が高まったということだね。時に君はホルト氏の神気をどのように追いかけるつもりなのかね」

「ええ、これで…」

 僕は背広の隠しから、精霊の導き玉を取り出しました。

「おお、これは一昨日見せてもらった神気の塊だね。あの時は君の空間収納に目を奪われてつい聞きそびれてしまったが、改めてこれがどういうものか説明してくれるかね」

「はい、先生。僕たちグリザケットは神気が見えるようになると、その扱いを学ぶために身体に馴染んだ神気を分離させて手遊びを始めるのです。それがこの導き玉の原型になります」

 僕は導き玉を動かして部屋の中をふよふよと漂わせました。

「ほうほう、なるほど。してみるとそれは君の神気の分身というわけだね」

「ええ、たしかに最初はそうなんですが、何年も神気を濃縮して育てると玉の内に核が生じるのです。それからは分身と言うよりは相棒ともいうべき存在になって、僕の考えを読んだり、周りの神気から情報を掴んで教えてくれるようになります。まるで自分を導いてくれる精霊のようなので、僕たちはこれを精霊の導き玉と呼んでいます」

「ふうむ、興味深い。実に興味深い事だよ、トビー君」

 先生は部屋を漂う導き玉をじっと見つめました。

「しかしながら、またしても今はこの興味深い事象を追求することは適わぬ。研究は後の楽しみにとって置くこととして、トビー君、院長室で他に気付いたことはあるかね」

「そう…ですね。そういえば、部屋に入ると乾燥した草の焦げた臭いがしました。まるで毒草のような厭な臭いで、部屋の壁やカーテンに付着しているようです」

「ほう、乾燥した毒草の焦げた臭いか…嗅いでみなければ分からないな。君が出かけている間、ロベス氏のいない隙にでも院長室にお邪魔してみようかな」

「でも先生、執事さんがなかなか頑固ですよ。僕はなんとかこっそり戻って来られましたけど」

そう言う僕に、先生は含み笑いをして殿下の親書を広げられました。

「ここにね、院長不在の間、私に院長を委任すると書かれているのだよ」

「あらら、そうでしたか。それなら先ほどは、先生がご自身で出向かれた方が良かったのでしょうか」

「いやいや、それではロベス氏の尻尾が捕まえられないよ。これは頑固な執事君を黙らせる手段に使うさ。それよりも、まずはトビー君が無事にホルト氏を保護するところからだろうね」

「分かりました。では、明日の朝から捜索を開始することとして、まずはハドソン夫人から戴いた夕食をお出ししますね」

「おおっ、ハドソン夫人からかね。これはありがたい」

 僕はテーブルに夕食の入った篭を出し、その中からまだ熱々のグースのロテや肝臓のパテ、カリッと焼き上げた石窯パン等を取り出して並べました。

勿論、先生の好きな牡蠣もあります。

 夜はベーコンを巻いた牡蠣を軽くソテーして白ワインでフランベし、その上に蕪とミルクのソースを掛け、チーズを散らしてオーブンで焼き上げてあります。

「うーむ、素晴らしい。ハドソン夫人の牡蠣料理はまさに芸術だね」

 先生は牡蠣を堪能すると、満足そうに冷えた白ワインを、喉を鳴らして飲み干されました。

「そうそう、君はロベス氏に神気を流して懲らしめたということだが、神気とはそれほど攻撃力があるものなのかね」

「そうですね、実は旅の間に何度か危ない目に遭った時に、腕を掴まれたまま風術を使おうとして神気を流したら、そのガストルがとても痛がったのです。それで神気に触れると痛がる人と、そうでない人がいるんだと気付いたのです。それから僕なりに検証しまして、どうやらこちらに来る際に女神様の祝福を受けていなさそうなガストルは皆、神気に触れると痛い思いをするのが分かったのです」

「女神の祝福か。確かに慈愛の神の慈悲を良いことに、この世界に救われたことを忘れている者が多いようだ。大抵はそういった者達がなんらかの軋轢を生んでいるのだが、そういう者達には女神は祝福を与えていないという訳なんだね」

「僕には女神様の御心の内は知るべくもありませんが、事象だけを追えば、そういう結論に達する事になるかと思います」

「だとするならば、神気術使いが試みにガストル一人一人に神気を流してみれば、その者が何かをしでかすかどうか事前に分かるというものだが、これを王宮の施策として提言するのはどうだろう」

「え‥っと、此の国の神気術使いが、皆さん神気を流せるかどうかは…」

「私は流せませんねえ」

キンネルさんがパンの上に潰した牡蠣のソースをたっぷりと掛けながら言いました。

「風術は使えますが、それは神気を扱えることではありません。どちらかと言えば、風に働きかけているという感覚です。こちらへ来るまでにトビーさんの風術を観察させてもらいましたが、トビーさんのは神気で新たに風を作っているようでした」

「ふうむ、同じ風術でも中身には相当な違いがあるというわけだね。つまり一般に風術やら水術やらを使っている人たちは、神気を扱っているという訳ではないわけか」

「ええ、そういうことなのです」

キンネルさんは、口をもぐもぐと動かしながら僕に軽くウィンクをしました。

「ですから、グリザケットというのは、特別なのです」

「私も神気については興味がありますね」

グースのパテを塗ったパンを飲み込んで衛兵さんが言いました。

そういえば、この方は衛兵長さんでペローさんと仰有います。

僕の居ない間に、先生とキンネルさんとは色々お話されたようで、今回の件については頑固な執事さんと事なかれ主義のラポネさんからいつまでも指示が出ないので、やきもきしていたのだそうです。

それでこっそり僕の行動を手助けしてくれたという訳です。

「ちょいと私にも神気を流してもらえませんか」

そう仰有るので軽く腕に神気を流しましたが、ペローさんはちょっと暖かくなったような気がするそうです。

「私にも流してくれないかね」

興味津々な先生の腕にも流してみましたが、やはりほんのり暖かく感じるだけなので、ガストルの女神祝福説はますます確実になったようです。

「うーん、惜しい。実に惜しいよ。グリザケットに全員山を下りて来てもらう訳にはいかんのかねえ」

先生は神気判別法を捨てきれないようで、とても残念そうにされていました。

 夜も更けたので衛兵さん達はいくつかの部屋を解放して、王宮由来の豪奢な寝具を準備してくれましたが、僕とキンメルさんはソファで十分なので、それでも豪華なクッションの上で丸くなりました。

先生の寝息が聞こえてくると、キンメルさんはそっと僕の寝ているソファにやって来ました。

「トビーさん、先ほどの先生の話じゃないのですが、グリザケットは山を下りないのでしょうか」

「そうですねえ。神気の管理という女神様の使命がありますから」

グリザケットの能力は、神気の管理に使われるべきというのが、僕たちの考え方なのです。

「私は、そう言うところがなんとも歯がゆいのです」

「えっ」

キンネルさんは瞳に力を込めて僕を見つめました。

「トビーさん達グリザケットは、力があるのに皆山に籠もってしまうでしょう? 昔と違って、今はガストルのような傍若無人な人達が増えているのです。彼らと渡り合えるような人が必要だと思うんですよ。グリザケットの力で昔のように皆を穏やかな暮らしに戻すことは出来ないのでしょうか。トビーさんを見ていると、ついそれを期待してしまうのです」

「うーん、でも僕は修行中の身で、他のグリザケットとの交流もありませんし」

「分かっています。でも、これからも先生の力になってくださいね」

「ええ、それは勿論です」

「トビーさん、今ほど異世界人がこの国に溢れたことはないでしょう?」

「…ええ」

「それがもし、女神様の御意志なのだとしたら、トビーさん達の使命もこれから変わっていくのではないでしょうか?」

「…それを知る術は、今の僕にはありませんよ」

「…そうですか…でも、覚えていてくださいね。私たちはやはりあなた達に期待しているのだということを」

そう言って、キンメルさんは自分の寝床へ帰って行きました。

 僕もソファに戻って丸くなりましたが、この半年行く先々で僕が見て来た光景が浮かんで、なかなか寝付くことが出来ません。

修行もやっと始まったばかりです。キンメルさんのように今の世の中を憂いている人がいる事も知りました。

それにしても、女神様はどうしてロベス氏のような人までこの世界に迎え入れたのでしょう。

そんな事を考えている内に、僕はいつの間にか眠ってしまったようです。

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