第15話 王宮

 つい昨日歩いたばかりの王宮付近は、まだ日も高いこともあって人通りもあり、日差しを惜しむ人達がベンチで休んでいる姿も見られました。

僕は王宮前の広場を横切って、正門を守る衛士に近づきました。

「アカデミーから書状を預かって参りました。ご担当にお取り次ぎ願えますか」

衛士はじろりと僕を一睨みした後、正門横にある待合所に案内してくれました。

天井から吊り下がる紐を引くと、遠くで鐘の鳴る音が聞こえます。

案内係へと繋がっているのでしょう。

「しばし待たれよ」

衛士が出て行って暫くすると、同じような軍装姿の人がやって来ました。

再び要件を伝えて、また待たされます。さすが王宮、警備が厳重です。

 待っている間に、僕は自分の服装を点検しました。

鹿追帽を取って、二重回しの外套を脱ぎます。先生はこれをインバネスコートと仰有っていました。

王宮に入るのに、帽子と外套を脱ぐのは礼儀でしょうから。

スーツは先日先生のお宅を訪問する前に、ポロで購入した物です。

自宅を発った時に来ていた服は、半年の間にどれも草臥れてしまったので、思い切って新調したのです。

なけなしのお金をはたいて買った物ですから、それほど上等ではありませんが、みすぼらしくは無いと思います。

白いシャツもメリアンが綺麗に洗ってくれたもので、カラーも二重のカフスもぴしりとのりが効いています。

勿論、宿の出がけに磨いた靴もぴかぴかです。

最後に髭を整えてぴんと張ったところで、迎えの人が来たようです。

 金色の毛並が美しい河犬族の偉丈夫で、赤を基調にした軍服に金色の肩章が光っています。

結構位の高い衛兵さんでしょうか。

「アカデミーからの使いは君だね。付いて来たまえ」

「はい」

衛兵さんに付いて王宮の玄関から長い廊下を歩いていくと、左右にはたくさんの扉が並んでいます。

ここで様々な人達が、様々な仕事に取り組んでいるのでしょう。

左へ右へと何度か角を曲がって進んでいくと、廊下の装飾が段々豪華になってきます。

えーと、なんか長いし、中庭なんかも見えてきて王宮もかなり奥の方まで来ている気がします。

「あのー」

「うん? どうした」

「僕は書状を届けるだけのお役目なんですが、ご担当はこんな王宮の奥にいらっしゃるのですか?」

「ああ、そうだね。担当は王女殿下だからな」

「ええっ、書状をお渡しするだけなのに、恐れ多いですよ。誰か別の方に」

「大丈夫、大丈夫。ほら昨日、君もう会ってるしさ」

「えっ、じゃあ、あの時のピンク」

「それは言わない方がいいんじゃないかな。それに、もう威嚇しちゃダメだよ」

「うわっ、見られていたんですか」

「そりゃ近衛だからね。殿下を影から見守っていたんだが、君がいきなり威嚇行動をとった時は、思わず飛び出しそうになったよ」

「す、すみません」

「まあ、グリザケットの能力ゆえの行動らしいし、おかげで殿下も外出を控えられたので、何の問題もないよ」

「はあ、ありがとうございます」

「さ、ここだ」

 衛兵さん、いや近衛さんに連れられて王宮の奥まった場所にある王女殿下の執務室にやって来ました。

重厚な扉が開くと、立派な机の向こうに昨日お目にかかった王女殿下が座っておられます。

「ほうら、やっぱり君だ。アカデミーの使いがグリザケットだっていうから、君だと思ってここまで来てもらったのよ」

殿下はふふんと自慢げに胸を反らせました。真っ白な和毛が光っています。

「はあ…僕に何か御用でしょうか」

「書簡では伝わらない事もあるでしょう? グリザケットを使いに出すくらいだから、当然重要案件よね。なら、直接話を聞いた方が良いと思ったのよ。それに、すぐに返事を届けてもらう事も出来るでしょ」

「な、なるほど」

「じゃ、早速書状をよこしなさい」

「ははっ」

書状は僕の懐から近衛さんへ、そして殿下の手へと渡りました。

「ふーん、たった一月の間にアカデミーにそんな事があったのね。まずはホルト院長を探さなきゃね。失踪したのか、攫われたのか、事故に遭ったのか判然としないままじゃ、アカデミーに居る不良ガストルを追求も出来ないしね」

「捕まえて取り調べるという手もありますが」

近衛さんが進言すると、殿下は掌をひらひらと振りました。

「仲間が居ればホルトに危害が及ぶし、ただの失踪なら口の達者なガストルに補償だの何だの煩いことを言われてしまうわ。もっともホルトのサインを偽造してる段階で有罪だけどね」

「ふむ、まずは院長の行方を追ってみましょうか」

「そうね…でも、近衛のあなたが動くのは大袈裟ね。ね、アンタ名前なんだっけ」

殿下はいきなり僕に向き直って尋ねられました。

「ははっ、トビーと申します」

「そう、トビー。私はアイリーネよ、よろしくね」

「ははっ」

「でね、トビー。アンタちょっとホルト探してきてよ」

「は? 僕が‥ですか?」

「そうよ。この段階で王宮が動くのは目立つわ。ガストルが単に権力が欲しいだけでアカデミーを私物化してるのか、もっと裏があるのか分からないし、なんらかの監視の目があれば、こちらの動きを教えるのは下策だもの」

「はあ…」

「幸い、ガストルは普通のケット族もグリザケットも一緒にして見くびってるから、上手くやれるんじゃない?」

「さあ、どうでしょう…」

僕自身、世間に言われるほどの特殊性があるとは思っていないのですが…。

「頼りないわねえ、頑張んなさいよ。グリザケットの名が泣くわよ」

「えっと‥じゃあ、なんとか頑張ってみます」

「うん、何かあったら、このロルフに相談しなさい。以上よ」

「ははっ」

 僕は近衛のロルフ氏に連れられて、また長い廊下を戻り王宮の玄関に出ました。

まずはアカデミーに戻らないといけません。

なにせ僕はホルト院長の名前だけしか知らないのです。まずは種族や特徴などの手がかりを得る必要があります。

「あ、そうだ。変装…」

アカデミーの衛兵さんの言葉を思い出した僕は、懐から小さな石版を取り出しました。

これは殿下からお借りした物です。

あの真っ白な殿下をピンク色に替えた怪しげな宝具ですが、僕以外には普通の色に変わったように見えるらしく、探索に必要になるかも知れないからと貸していただいたのです。

敵の目を欺く為には、王宮から出る前に別人になっていないといけません。

石版に指を滑らせると、身体が白銀に発光します。

随分派手ですが、一体傍目には何色に見えているのでしょう。

「ちょっと、ちょっと」

後ろからロルフさんの慌てた声が聞こえました。

「トビー君、光ってる、光ってるよ」

「ええっ、ロルフさんからも光って見えるんですか」

「もうめちゃくちゃ発光してるから、取り敢えず止めてもらえるかな」

「ああ、はい」再び石版に指を滑らすと、スッと光が収まります。

「ああ、驚いた。なんであんな色にしたんだね」

「あ、いや、何も考えていませんでした」

「なりたい色を思い浮かべて使うようにと言われたんじゃ無いのかい」

「あ、そうでしたね。すっかり失念していました」

じゃあ、もう一度。今度はしっかりなりたい色を思い浮かべます。

「よしっ、黒になれ」

石版に指を滑らすと、再び身体が発光します。

「うわっ、君、また光ってるよ」

「ええっ」慌てて石版の機能を解除します。

「どうも上手くいかないようです」

「そうみたいだねえ。やはりグリザケットだからなのかねえ」

「さあ、どうなんでしょう。取り敢えずこれは殿下にお返しします」

僕は石版をロルフさんに渡しました。

「ああ、私から殿下にお返ししておくよ」

まあ、身体の色がピンクにならなかっただけマシだと思うことにしましょう。

「こう、ちょっとこの辺を黒にするとか出来れば…」

何気なく片腕を擦ると、掌の触れた被毛が黒に変わります。

「ええーっ」

これには僕もロルフさんもびっくりです。

「ど、どうなっているのだっ」

「ど、どうなってるんでしょう?」

僕たちは顔を見合わせて、固まってしまいました。

何か法具の影響が出たのでしょうか。それとも僕の体質なのか。

やがてロルフさんが、ふっと息を吐きました。

「さすがにグリザケットというわけか。殿下に報告しておこう」

「え、たまたまかも知れないですよ」

僕はもう片方の腕を同じように擦ってみました。

すると、やはりそこだけ色が変わります。

「ほら、間違いないじゃないか」

「はあぁ…そうみたいですね。僕もびっくりです」

まあ、これで変装は上手く出来るでしょう。

ロルフさんに見てもらいながら、僕は右目の周辺と左耳を触って茶色に変えました。

「ああ、それならもう別人だよ。探索にはもってこいの能力だなあ」

羨ましげなロルフさんと別れて、僕は再びアカデミーへと向かいました。

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