第12話 ポロ

 ポロの街は王宮を中心として八つの大きな街路が放射状に走り、その間に八つの街区が形成されています。

但し、北側は軍務省で騎士団や衛兵師団の庁舎や練兵場が連なり、王宮の背後を守っています。

中心は緑地が円環を成して、公園の間に各省庁が等間隔に立ち並び、アカデミーもここに在ります。

その外側は役人の邸宅と女神の神殿、高級な宿屋や大きな商家等が優雅な町並みを形成しています。

放射状街路を繋ぐ円環道路はこの区域と一般住民が住まう街区の間が一番広く、大環道路と呼ばれ防火や物流の役に立っています。

その先、第四環状線以降が庶民街となり、内側の古い町並みから次第に新しく活気溢れる新市街へと移っていきます。

 僕たちは南西門から入ると新市街を抜けて、第四と第五の間にある旧市街に入りました。

ここには先生がこの世界に来られてから長らく滞在したハドソンホテルがあるのです。

街の初期からある古い宿屋で、石造りの基礎ながら建物は温かみのある木造三階建てで、丸太を縦切りにした外壁には緑の蔦が這い、高い切妻屋根を葺いている石板には、ふっかりと分厚い苔が覆っています。

キンメルさんと厩にヌガを繋いでエントランスを抜けると、広々としたロビーで先生はゆったりとソファーに身を沈め、老齢のご婦人と寛いでいらっしゃいました。

「ハドソン夫人、彼が今度僕の助手になったトビー君だよ。大変有能でね、これから度々お世話になると思うから、よろしくお願いするよ」

僕はモコモコとしたブラウンの毛並みを持つサーフォ人の女性に丁寧に挨拶しました。

「トビー・グリザケットと申します。この度ワシュフル先生の助手を務めることになりました。よろしくお願いします」

「まあまあ灰猫様、ようこそお越し下さいました。こうした古いばかりの宿ですが、どうかご贔屓になさって下さいね」

夫人はいかにも巻角族らしい大変物腰の柔らかな方で、僕とキンメルさんにもミルクのたっぷり入った紅茶をご馳走して下さいました。

 僕たちは二階にそれぞれの部屋を割り当てられ寛ぐことになりましたが、夕食までまだ少し間があるので、僕は街を散策することにしました。

前回といっても、ほんの数日前なのですが、僕がポロにいたのは新市街で、そこでワシュフル先生の情報を集めて直ぐに旅立ったので、この街をほとんど見ていなかったのです。

それで明日の下見を兼ねて、僕は大環道路を越えて邸宅街へと出かけたのです。

 夕暮れが迫っていることもあって、大店の前には結構な人集りがあります。

僕は見るともなしに商店街をぶらついて、王宮前の広場まで歩いて行きました。

広い緑地帯は、すでに芝も枯れ花壇も冬越しの整備を終えて寒々しい印象を受けます。

道の両側に植えられた高い樹木から落ちた葉が、カサカサと路面を滑っていきます。

商店街と違って、こちらは人通りがありません。

見るべき物も無いし、もう帰ろうかと思っていたところに後ろから声を掛けられました。

「ちょっと、アンタ」

「え、う、うわあっ」

振り向いた先に立っていたのは、全身がネオンピンクに染まった怪人でした。

「な、なによ、そんな大声出して、失礼ね」

奇っ怪な人物は、目の前でプンプンと怒っていますが、僕は全身が総毛立って尻尾までぱんぱんに膨らんでしまい、それどころではありません。

「ななな、何者だっ」

「何者って、アンタと同じケット族よ」

「ケ、ケット族に、そんな体色はいないっ」

 そうなんです。大抵のことには動じないつもりの僕ですが、同族の認知には厳密な感性が備わっていて、その変化には他の種族よりも敏感に反応するのです。

それは、例えば同族であればグリザケットでもブルナケットでも同様に子供の面倒を見るとか、狭いところでも不満無く共同生活するとか、ケット族特有の連帯意識から派生した感覚なのだと思います。

その分、異分子に対しては嫌悪や恐怖を感じやすいところがあるのです。

目の前の怪人はケット族の形をした何かで、僕は奴に根源的な恐怖を感じたのです。

「そんな、ちょっと毛色が変わったくらいで、大袈裟ね」

「よ、寄るなっ」

「分かったわよ。近寄らないから、ちょと威嚇するのやめてくれない」

「う‥」

僕はいつの間にか両手の爪を出して構え、両脚をバネのようにして怪人の回りをピョンピョンと跳んでいました。

ケット族が本能的に取る威嚇のポーズです。

「あーあ、上手くいくと思ったんだけどな。ケット族には警戒されちゃうのね」

そう言うと、怪人は何事かを呟いて持っていた小さな石版に指を滑らせました。

その途端、派手なネオンピンクの体色は真っ白な被毛へと変わり、そこには目にも彩かなドレスを纏った少女が現れたのです。

「はああぁっ、ブランカーッ」

僕は慌てて片膝をつきました。

 王族です。

もっとも女神様に近いといわれる真っ白な被毛を持つ種族はブランカと呼ばれ、それゆえ尊ばれる王族だけに現れる特徴です。

目の前の少女は、紛う方無き王家の姫君のようです。

「アンタも極端ねー」

そう言われても、王族なんて会うのが初めてですから、どう接して良いのか分かりません。

「恐縮です。ご無礼の段、平にご容赦を」

取り敢えず、目上の方に対する儀礼通りに頭を垂れておきます。

「まあ、私も悪かったわ。ナイショで街に出られるか被毛の色を変える実験をしてみたの。ちょうどアンタを見かけたから試してみたんだけど、同族には見破られるみたいね」

「ハハッ」

「もっと楽に話してくれない?謁見してるわけじゃないし」

「はぁ…」

こちらの姫君は大分ざっくばらんなご性格のようです。

「で、どうだったってか、すぐバレたわよね。やっぱり同族だから?」

「はぁ、いや、あの色では誰でも警戒するかと」

「変ね、ルーガケットの赤を再現出来たと思ったんだけど」

「は? いえ、ド派手なネオンピンクでしたが」

「はああ? そんな馬鹿な、こうしても…」

姫君は再び石版を操作してピンクに‥あっ尻尾膨らんじゃった。

「おっかしいわね。私にはルーガの赤に見えるんだけど…その尻尾の様子じゃ、やっぱりアンタにはピンクに見えるってわけね」

姫君は自分の腕と僕を交互に見つめられました。

「分かった、アンタがグリザケットだからね」

「そう‥でしょうか」

「アンタ目に神力を宿してるでしょう」

「はあ、神気の流れを見るための、訓練は積んできておりますが」

「それだわっ」

姫君はびしっと僕の目を指さされました。

「アンタがグリザケットだから見破られたのよ。そうよ、ここに来るまでは誰にも見とがめられなかったもの。おっけー、おっけー納得したわ」

「はぁ…」

「アンタ名前は?」

「トビー・グリザケットと申します」

「おっけートビー、この事は誰にも言っちゃダメよ。今日私に遭ったこともナイショ。いいわねっ」

「ハハッ、仰せのままに」

「うん、それじゃね。ばーい」

姫君はネオンピンクのまま、ドレスの裾を翻して王宮の方へ駆けて行かれました。

 王族を見ることも希なことなのに、言葉を交わすどころか、奇天烈な色に変身する姫君に翻弄されることになろうとは…。

「はあ、疲れた…」

去って行く姫君の後ろ姿を見送ってから僕は立ち上がると、肩を落としてとぼとぼと宿への道を辿ったのです。

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