第9話 奴隷
僕はまずドーエの港の様子をお話ししました。
北前船はドーエから東回りでムランに向かう便と、オーミから西回りでバコタへ向かう便があります。
近年、技術が発達して大きな船が作られるようになり、大量の荷が運ばれるようになりました。
こうした船の持ち主は全てガストルで、船員はベストロです。
ガストル達は僕たちのことを獣という意味のベストロと呼びます。
僕たちは名前の後ろに種族名を入れて個人を認識し、さらに大きなくくりで起源種族名で総称されることがあります。
例えば僕はトビーが名でグリザケットが種族名、ケットが起源種になります。
長い間そうした名付けの慣習はありましたが、この世界に生きている僕たちを総称する言葉というのは無かったのです。
それをガストル達が、自分達と区別するためにベストロと呼ぶようになりました。
僕たちは普段、
そうしたことを言うガストルは、自分達の事をノブリュマンと呼んでいます。
同じガストル同士でも、彼らは先生達イングランド人を島民と呼ぶようです。
呼び方一つで、その人がどんな人か分かるというものです。
船員のベストロは全て奴隷です。
衣服は着ておらず、裸足で船内を駆け回っています。
元々、衣服なんて装飾みたいなものでしたから、彼らはあまり気にしていないようですが、それでも船を下りて町中でも裸で歩くことを強制させられていますから、一目で彼らが奴隷であることが分かります。
住居は与えられず、船倉に雑魚寝で全員同じ物を食べさせられるようです。
種族は主にマルトロ族で、
ちょっと怠惰なところがあり酒好きなので、博打に嵌まってしまい最初に借金を背負わされた人達です。
彼等を救う手段は今のところ借金の完済と、主人であるガストルが解放した場合です。
ところが、この借金というのが悪辣で、
例えば、一ポンド借りると十日目には二シリング足して返さなければなりません。
二十日目には元金に利子を加えた額にさらに一割の利息が掛かります。
一ポンドが二十シリングですから、十日目に二十二シリング、二十日目に二十四シリングを越え、三十日を過ぎると二十七シリング近くになってしまうのです。
しかも、返済時には高額の証書作成手数料を取るので、たった一月で一ポンドの借金に対して、ほぼ半ポンドに近い利息が加えられるのです。
船員は普通、週に三ポンドぐらいもらえるので、返せないことは無いのですが、給金は航海が終わる毎に支給されるのに、支払日は十日毎と決まっているので、航海に出ている間にさらに借金が膨らんでしまい、とうとう返済が追いつかなくなってしまうのです。
まして怠惰なマルトロ族、考え無しに航海中も博打で借金を増やすので、たった一航海で莫大な借金を抱えてしまったのだそうです。
僕がガストルの話をするのを躊躇ったのは、先生がせっかく普及された通貨制度が、こんな悪辣な手段に使われていることをお知らせするのを、申し訳なく思ったからなのです。
奴隷の値は最低でも二百ポンド。ガストルの間で売り買いされると、その額が増えていきます。その増えた額が現在の奴隷の価値となるのです。
ですから、二百ポンドの借金で奴隷落ちしたマルトロ人が有能で、ガストル達の間を巡る内に五百ポンドの値が付いたら、自由になるためには五百ポンド支払わなければならないのです。
実は、仲間内で売り買いしたことにして、元の数十倍の借金を負わせる悪辣な手段で、ガストル達は奴隷が解放されないようにしていたのですが、現在ではこれは法で禁止されています。
しかし、無法時代に負った借金は法に保護されないので、そういった奴隷が今でもたくさんいるのです。
彼らはろくに休みを与えられず、時には酒宴の余興として奴隷同士で戦わせられたり、へとへとになるまで競走させられたりするのです。
負けた者は罵声を浴び、食べ残しの料理を投げつけられ。勝った者とて褒美だと目の前の床に酒を溢されるのです。
それを酒好きなマルトロ人が、ペロペロと舐めている姿は見るに堪えませんでした。
夫や兄弟の増えた借金の形に家族が奴隷にされる事も多く、農場や港で耕作や荷運び等の強制労働をさせられたり、屋敷の使用人として家事や庭の手入れ等に従事させられているのです。
ドーエのような大きな都でも、こうして儲けたガストルが立派な屋敷に住み、商会を作ってたくさんの奴隷を使っているのです。
元々自由に生きてきた僕たちにとって、命令され一日中労働を強いられる生活はとても苦痛なので、一日も早く彼らが解放されるようになれば良いのですが。
当初、僕はそういった事情が分からなかったので、どうせ乗るなら大きな船が安全そうだとガストルの船に乗船申し込みをしたのですが、とても高い船賃を提示されたので、やむなく昔ながらのマレオロ人の操る旧式の船に乗りました。
マルトロ人が貝を捕るのに長けているの対して、マレオロ人は魚を捕るのがとても上手です。
舵を取っていたかと思うと、次の瞬間にはするりと海へ潜って大きな
それで僕は彼らに魚卵漬けを教わった訳です。
彼らはマルトロ人と違って港でガストロに博打に誘われても、イカサマを見抜いてしまうので、奴隷になることはあまりなかったのですが、結構遊び好きなので港町の居酒屋で散財して借金してしまった仲間もいるそうです。
旧式船なので船足も遅く、港に着くとしばらく休むので、僕はその町で働いて路銀を貯めたり、別の船を紹介して貰って次の港まで行くこともありました。
その間も何人かのガストロと出遭い親切にして貰った事もありますし、やはり嫌な思いをしたこともあります。
幸いケット族は身体も小さいし、労働力には不向きと見られているせいか、博打に誘われることはありませんでしたが、ガストルの子の遊び相手とか婦人達の愛玩用としての需要があるらしく、そんな誘いを受けたことはありますし、断ると突然拉致されそうになったりしたのです。
「なんとっ」
それを聞いて先生はとても憤慨されました。
「イカサマ博打は勿論いけないことだが、拉致は明らかに犯罪だ。とんでもないことだ。そこまで腐ったガストルがいるとは情けない。よろしい、アカデミーに行ったらその後に王宮にも行って、不良ガストル対策が何処まで進んでいるのか確かめてみることにしよう」
先生はそう仰有って、夕餉を終えるといくつかの手紙を書き終え、僕の収納に仕舞うよう指示されました。
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