雨の日に限って

尾八原ジュージ

雨の日に限って

 休日の午後、にわか雨に降られて近くのコンビニに逃げ込んだ。

 傘を買うついでに店内を物色していると、目の前の通りを見覚えのある人物が通った。傘もささずに歩いているその姿は、しばらく無断欠勤を続けている同僚そのものだ。

 ポロシャツにカーキ色のチノパン、首から垂れ下がった青いネックストラップと社員証。まるで仕事中にふらっと出てきたような姿だった。

「あれっ!? お、おーい!」

 慌てて精算を済ませ、コンビニを飛び出した。

 同僚はおぼつかない足取りで、ふらふら歩いているように見える。なのに、こちらとの距離は一向に縮まらない。角を曲がるうちに人通りは少なくなり、雨は激しさを増していく。

 やがて古い二階建てのアパートが目の前に現れた。同僚はそこの一階の角部屋に入っていく。

(あいつの家、こんなとこじゃなかったよな)

 もしかすると、誰かを訪ねてきたのかもしれない。

 今日のところは引き下がろうか。が、ここ一ヶ月近く連絡すらとれなかった相手だ。この機を逃したらもう会えないかもしれない。

 思い切って、同僚が入っていった部屋のチャイムを押してみた。しばらく待ったが応答はない。ドア越しに耳をすませてみたが、雨の音がうるさくて何も聞こえなかった。

 建物の反対側に回り込んでみた。雑草が生い茂る物干し場と錆びた物干し竿、そして各部屋の掃き出し窓が並ぶ。同僚が入っていった部屋にはカーテンがない。部屋の中は空っぽで、日に焼けた畳と襖のない押入れが、この部屋は無人だと物語っている。

(確かにこの部屋に入ったはずなのに)

 首を捻っていると、後ろからポンと肩を叩かれた。

 振り返ると、異様に首が伸びた同僚が、頭ひとつ分高いところからこちらを見下ろし、青黒い顔でニタニタと笑っていた。


 気がつくとずぶ濡れで、さっきのコンビニに駆け込んでいた。店員が怪訝な顔で「大丈夫ですか?」と話しかけてくる。

 決まりが悪くなり、適当に誤魔化して立ち去った。きっと白昼夢でも見たのだろう。早く帰って着替えなければ。

 早足で自宅マンションにたどり着く。ほっと一息つきながら、習慣的に郵便ポストに手を入れた。

 指先がなにか湿ったものに触れた。

 青いネックストラップのついた同僚の社員証が、ポストの中に入っていた。


 その後も同僚は消息不明のままだ。

 何度か街を彷徨ってみたが、同僚の姿はおろか、例の古いアパートすらも見つけることができない。

 だから、今度は雨の日に探してみようと思う。なんの根拠もないけれど、雨の日ならあのアパートにたどり着けるような気がする。

 次の休日に、雨が降ったら。






 そう語っていた友人と、もう一ヶ月ほど連絡がとれない。

 

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