221 すべてを出して、そして勝機
そんな予感はしていた。
首を斬り落としたとはいえ、大精霊があれだけで倒せるような存在なら、迷宮から出てきた魔王と戦えるはずがない。
魔王は耐久力――ゲームでいうところのHPが段違いに高いからだ。
そうでない魔王もいるのかもしれないが、ただの金等級探索者である俺の単発攻撃で簡単に死ぬような紙装甲ということはないだろう。
とはいえ、暗闇を使った不意打ちは一撃で急所を刈るためのもの。
ある意味では、どれほどレベルを上げた人間でも、うまく決まれば殺せる――そういう種類の攻撃であると言える。
だから、予感こそあれ、倒せると思ったし、倒したと思った。
「フィアー!」
恐怖を喚起する波動が広がる。
「お、おおおお!?
ディスペルが効く(厳密には効いてないが)なら、こちらの魔術も効くのかと思ったが、どうやらこちらも有効なようだ。
人間や魔物ならしばらく動けなくなる術なのだが、さすがにそこまでの効果はないようで、少し怯んだだけという感じだが、その隙を生むことができるだけで十分。
俺は結界石を取り出して割った。
すぐ破られてしまうだろうが、今はとにかく時間が必要だ。
倒せないならば、時間を稼ぐしかない。
ステータスボードを開き、新たに結界石を2つ、3ポイントを90クリスタルに変換し、10クリスタルの上級精霊力ポーションを9個交換する。
まだ精霊力には余裕があるが、魔術は闇の精霊術とは比べものにならないくらい精霊力をドカ食いするのだ。
さらに半端に残っていたクリスタルをスタミナポーションと交換し、その場で飲んだ。
長い緊張状態に晒されていて、消耗している実感があったからだ。
(こんなことなら、大精霊のことをもっとちゃんと調べておけば良かったな……)
大精霊とて死はあるはず。
魔王と戦ったりするという話は聞いたし、魔王が勝つことがあるという話も聞いた。
とすると、つまり「魔」……混沌属性に弱いということなのは間違いないと思う。
大精霊(小)は、どうやら俺をすぐさま殺す気はないようだが、捕まったら簡単に無力化されてしまうだろう。
(いずれにせよ、今ある手札でやるしかない)
ステータスボードから、使用可能な精霊術の一覧を確認する。
───────────────
【 闇の精霊術 】
第三位階術式
・闇ノ見 【ダークセンス】 熟練度91
・闇ノ虚 【シャドウモーフ】 熟練度0
・闇ノ化 【ファントムウォリアー】 熟練度77
・闇ノ棺 【ダークコフィン】 熟練度21
・闇ノ喚 【サモン・ダークナイト】 熟練度27
第四位階術式
・闇ノ納 【シャドウストレージ】 熟練度5
第五位階術式
・闇ノ顕 【ダークネスフォグ】 熟練度6
特殊術式
・闇ノ還 【クリエイト・アンデッド】 熟練度16
【 魔術 】
・魔ノ慄 【フィアー】 熟練度2
・魔ノ破 【ディスペル】 熟練度2
───────────────
新しい魔術がどうすれば増えるかは不明だ。
今あるフィアーとディスペルの2つは、全部の精霊術(クリエイトアンデッド除く)が第3位階になったことで生えてきた。
俺が「愛され者」であることも関係しているのか、しないのか、それはわからない。あるいは、この世界の人の精霊術士でも普通に使えるものなのかもしれない。なにせ、情報がない。
いずれにせよ術は熟練度制だ。
精霊術だって使うことで新しい術が生えてきたのだ。こちらも同じではなかろうか。
(ポイントが許す限り魔術を使い続けて時間を稼ぐか)
大精霊(小)はどうみても本気を出していない。
やつがその気になれば、俺を気絶させることなど容易いだろう。それくらいの力の差があるはずなのだ。
逆になぜちょっと遠慮がちなのか、こちらが気になってしまうほど。元々の水の大精霊からして、余裕な姿を崩さない感じだったし、それがこいつの性格なのだと言ってしまえばそこまでだが……。
「また、出した! 結局なんなんじゃこれは。これも魔術なんじゃろか。我の知らん術なぞあるはずがないんじゃがなぁ……」
フィアーからとっくに回復した大精霊(小)が結界に手を伸ばしながら言う。
どういう理屈かはわからないが、ズブズブと結界を破っていくが、それでも多少は手こずるようだ。
こうしてすぐに破られてしまうものを1ポイントで出すには惜しいが、まだ緊急回避には使えるだろう。一瞬で消されてしまうようでは、大精霊相手には完全に結界が通じないという話になってしまうが、そうでなかったのは不幸中の幸いだったかも。
戦闘中に稼げる1分は普通に生命線になりうる。
時刻は夜中の3時。
倒すのなら夜のうちに倒したい。
闇の精霊術は暗い場所でこそ真価を発揮するし、俺自身の消耗も少ない。明るい場所で使う闇の精霊術と、暗がりで使うソレとでは消費する精霊力がかなり違うのだ。
大精霊は「ぬぬぬ?」と唸りつつ確実に結界を破っていく。
「ダークネスフォグ」
もはや破られた結界の中にいても捕まるだけだ。
俺は闇の展開をしなおしつつ、後方へ大きく飛んだ。
(試してみるか)
「シャドウモーフ」
新しく覚えたその術を唱えると、俺の視点はまるで仰向けに寝そべっているかのように変化した。俺自身が影になったかのごとく。
俺の足元に向けた視線の先、本来ならば俺が立っていた場所に、俺の「影」が立っている。
大精霊は俺のこの状態には気付いていない。
ダークネスフォグを使った時点で、俺がどこにいったのかわからなくなるのだから当然だが。
「むぅ、なにも見えん。闇の精霊術は厄介よの。どれ……」
大精霊が手を前にかざすと精霊力が渦巻き、直径50センチはある水鉄砲が噴射された。
昔テレビで見た暴徒鎮圧用の放水砲より、さらに凶悪な威力を秘めているのは、その音、飛距離を見ても明らかだ。
マトモに食らえば酷いことになるのは間違いない。
それが同時に5本。大精霊は闇の中を縦横無尽に走らせる。
当然、俺の「影」もその直撃を受けるが、地面の
「うむ……? 手応えがないのじゃ?」
シャドウモーフは、使い道が限定的すぎて熟練度が上がるのに時間がかかったシェードシフトの上位術だ。
その効果は、自分という「本体」と「影」とを入れ替えるというもの。
今俺は、地面の影となっている。
月明かりしかなく、ダークネスフォグによって真っ暗になっている場所で「影」とは矛盾しているようだが、要するに「空蝉の術」である。
ダミーを立たせて、自分自身は地面に隠れるという――ていうか、これ完全に忍術だな。またジャンヌが喜びそうだ。
さらにシャドウモーフは、影の状態のまま移動が可能だ。
影のまま動くというのは、ちょっとした体験だが、意外と普通に動ける。速度は小走り程度だが、緊急離脱用の術としてはかなり有用性が高いかもしれない。
俺は大精霊に気付かれないように畑に入りそのまま迂回して街の外側へと移動した。
畑を突っ切って逃げるのは相手が人間だったなら有効だろうが、大精霊が相手だと足場の悪さは確実に俺が不利になる。
俺は街道に戻り、空蝉を解除して全速力で走った。
魔王の時も同じだったが、大精霊はその膨大な精霊力から気配でどこにいるのかがわかる。
少しは距離を空けられただろうか、大精霊が扱う召喚術は規格外だが、召喚主から離れられる距離は無限ではない……と思う。
あと、単純に召喚時間も有限……のはず。
この2つが無限だった場合、もう倒す以外の選択肢がなくなってしまう。
月明かりだけの夜。
暗視を持つ俺からすれば、ほとんど昼間と変わらない。
街道は広く、馬車の轍こそあれ、走るのに苦労はない。位階の上昇と体力アップの恩恵で、かなりの速度が出るが、それでも大精霊が相手では誤差程度のものでしかないのだろう。
「凄いのう。おぬしほどの術士を見たのはもう何百年ぶりか。我は健気に鍛えた人間が好きじゃ。それゆえ、惜しいの」
ついさっきまで何百メートルも離れた場所にいた大精霊が、ワープしてきたかのように、目の前にいた。
なぜこんな芸当ができるのかはわからない。
おそらく、水の精霊術にそういう術があるのだろう。
水とワープにどういう関係があるのかはわからないが、あるものはあると認める必要がある。
「ダークネスフォグ!」
「ファントムウォリアー!」
「サモン・ダークナイト!」
「フィアー!」
一息に複数の術を行使する。
闇から出現した戦士に大精霊が気を取られる。
フィアーによって大精霊は、確実に動きが鈍る。というより、こいつと正対して戦う場合、相手が万全な状態を作り出したら数十秒で俺は負けると考えたほうがいい。
万全な状態を作らない。常に一方的にやり込め続けるか、ダメなら仕切り直す。
それしかない。
大精霊がダークナイトやファントムウォリアーへ攻撃を開始し始める刹那、俺はシャドウモーフを使いつつ大精霊の背後に回り、術を解除、剣で相手の首を切断した。
またコロンと転がる首。
これで殺すことはできないが、しかし、かなり時間は稼げる。
「ダークナイト! こいつを細切れにしろ!」
肉体を損壊させるのは少しは効果があるはず。
俺はその隙に、精霊力ポーションを一本飲み、シャドウストレージからリザードマンから出た混沌の精霊石を取り出した。
手数は多ければ多いほどいい。
「クリエイト・アンデッド!」
この術は少し時間がかかるし、集中力も必要。
限界戦闘時には使えないが、時間が稼げた今なら可能だ。
星をちりばめたような混沌の精霊石が輝き、みるみるうちに受肉。
生前の姿を形作る。
大精霊はさすがに首を拾って繋げるのは諦めたのか、ダークナイトの攻撃を首がない状態で手で捌きながら、ポンと首を生やした。
刎ねたほうの首は、大気中にサラサラと還元されていく。
(ん? 今の――)
「ほ、ほほほほ! 第八の術! 確かに見たのじゃ! おぬし、闇の奥義を究めし者じゃったのか!」
手刀でダークナイトの首を切り飛ばしつつ、ワハハと笑う大精霊。
確かにクリエイト・アンデッドは第八の術だが――
「闇の奥義ってなんだ? 普通に覚えたぞ、こんなの」
「普通に? それはおかしいのう。第八の術は、精霊術の秘奥よ。
嬉しそうに笑いながらリザードマン・アンデッドの胸を手刀で一突きする大精霊。
俺が術で呼べる増援など、文字通り時間稼ぎにしかならない。
また「闇の大精霊」を喚べれば別だろうが、結界が破られてしまった今となっては、それも無理だろう。
「物知りなんだな」
「む、ほほ。こんなナリでも大精霊じゃからの、我は」
「その奥義ってのはどうやったら覚えられるんだ? 普通は」
「じゃから、普通などないと言っておろう。すべての精霊術を使えるようになるには、空っぽにならねばならん。無垢なる個となりて願い奉る者にのみ我らは応えるのじゃ。まあ、お主は『愛され者』じゃから特別なのかもしれんがのう」
あの時、あの森で俺は死にかけた。
いや、ほぼ死んでいたと言っても過言じゃなかったと思う。
もし、あの時クリエイトアンデッドが使えるようになっていなかったら、狼に食い殺されて死んでいたのは間違いない。
死にたくない一心だったのが良かった――そういうことなのだろうか。
なんか、あんまり難しそうじゃない様な……。
いや、死にかけるってそんなにあることではないか……。
「ディスペル!」
「ぎっ! 不意打ちとは卑怯な! じゃが、そうそう消し去られる我ではないわ!」
「ちょっとでも効けばいいんだよ!」
そう言いつつも、水の大精霊の動きは精彩に欠ける印象だ。
おそらく、単純にこいつは「戦士」ではないのだ。あくまで「水の神」であって、パワーもあるし無尽蔵の精霊力もあり術も使い放題ではあるものの、特別戦闘技術があるというわけでもないらしい。
「フィアー!」
この魔術はほぼ強制的に相手の行動を阻害できるという意味で、かなり強い。
わずかな隙を逃さず、俺は真っ正面からまた大精霊の首を刈った。
首がゴロリと落ち、俺は距離を取る。
ダークナイトを召喚、さらにもう一度リザードマンアンデッドを喚び出す。
混沌の精霊石はなるべく売らず残してあるから、消耗戦になっても大丈夫だ。
ダークナイトとリザードマンの攻撃を手でさばく大精霊だが、そうなると大精霊は首を付け直すことができず、新たに首を生やして対抗する。
首がある状態ではすぐに2体とも倒されてしまうが、だが――
(やっぱりか。こいつ、首を再生すると精霊力が少し落ちる)
少しどころではない。元々が膨大な量だからかもしれないが、ハッキリわかる、おそらく3~5%程度か、精霊力を消費して首を再生させているようだ。
そもそも、そういうデメリットがなければ、最初に首を落とした時にわざわざ拾って付け直す必要がない。
それは、大精霊と相対し、初めて見えた勝機だった。
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