222 決着、そして夜は明けて
「クリエイト・アンデッド!」
「サモン・ダークナイト!」
戦闘は一進一退の攻防が続いた。
精霊力さえ続けば、こちらの手数は多い。
この手数の多さは、戦闘ではかなり有利に働く。
もちろん、一つ一つが小手先では意味がないが、闇の精霊術は「嫌がらせ」という意味では、どれも高い効果を持つ。
それは相手が大精霊であっても同じだった。
攪乱からの首落とし。
幸い、大精霊自身の防御力は低く、虚を突き懐にさえ入れれば俺以外――リザードマン・ゾンビでも、ダークナイトでも首を斬り落とすことは可能だった。
大精霊は、精霊術を巧みに使い抗ってくるが、こちらが先手先手を取ることでどれも躱すことができた。
ダークコフィンの水版のような術。
無数の氷のつぶてを飛ばしてくる術。
水の壁を作る術。
周囲を水浸しにする術。
どれも必殺の威力を秘めていた。
戦闘不能にならずに済んだのは多分に運の要素も絡んでいただろう。
それでも、俺はその綱渡りをなんとか落ちずに続けることができていた。
「ハアッ!」
虚を突いて真っ正面から剣を繰り出した。
ゴロリと大精霊の首が落ちる。
(これで……6度目……!)
たっぷり時間はかかったが、大精霊の精霊力は最初の時と比べると格段に小さくなった。
ただ、元々がドデカい精霊力の塊なので、まだまだ油断はできない。
次の瞬間に殺されてもおかしくない、逃げることも中断することもできない綱渡りの戦闘。
だが、これを続けていけば、いずれは必ず倒せる確信があった。
「ぬぬぬぬぬ! 小癪よの。こうなったら我も上位術を使うしかないわ。死ぬなよ、小僧」
痺れを切らしたのか、頭部を再生させた大精霊はそう言うが早いか両手を広げて精霊力の集中に入った。
大精霊は手を振るだけで精霊術を使う。
それは、我々人間が「借り物の力」として扱うものとは違う、自分の力としての精霊術だった。
そんな大精霊をして、上位術と呼ぶ術とは――
「あっ」
とはいえ今は戦闘中。
大精霊の精霊力の集中自体はほんの数秒にも満たなかっただろうが、その隙を闇の騎士は見逃さなかった。
闇から湧き出るようにして背後を取ったダークナイトは、その漆黒の剣を一閃させた。
コロリと転がり落ちる首。
すぐさまリザードマンゾンビが残った肉体を細切れにせんと、突っ込んでいく。
だが、その剣が大精霊の身体に届くことはなかった。
道ばたに転がった首が、厳かにその術の名前を告げる。
「――メイルシュトローム」
その瞬間、極限にまで圧縮された精霊力が、大精霊の身体から解き放たれた。
一瞬の無音の後、突如として、大精霊の身体を中心として360度に荒れ狂う膨大な量の水が放射された。
水などという表現では表し尽くせない。
それは、まさしく「海」の出現――
その水量、速度。俺が知覚できたのは、その輪郭だけだ。
凶悪な水圧を伴った渦巻く海の出現に、リザードマンゾンビは身体をバラバラにされ、ダークナイトもまた粉々にその身体を粉砕された。
俺も、あと一瞬「結界石」を砕くのが遅れたら、確実に死んでいただろう。
水の全方位殲滅術。
侮っていたわけじゃないが、相手は水の神なのだ。
ただの水鉄砲や氷
あくまで、俺を無傷で「本体」へ届けるという役目があるから、手加減していただけで、殺そうと思えばいつでも殺せた。そういうことか。
「ふは、ふははは! すごい! すごいぞ! まさか、我の上位術をも防ぐとは!」
結界の外を渦巻く海水のゴウゴウとした音が響く中、大精霊の哄笑はやけによく聞こえた。
凄いのは結界であって俺の力ではないが、とにかく今回はなんとかなった。
しかし、これを何度もやられたら、こちらのポイントが先に尽きる。
一度でも食らえば終わりだろう。大精霊は「死ぬなよ」と言ったが、死なずに済むわけがない。良くて瀕死だ。
というか、たぶん半死半生状態であっても、大精霊ならばリカバリーできるからこその無茶なのだ。水の精霊術には回復術があるから。
(今のうちに結界石を交換しておくか)
今日だけですでにいくつの結界石を使っただろう。
出し惜しみをしても仕方がないが、「なぜこんなことに」という思いはないでもない。
ジャンヌが言うようにポイントを残しておくようにしていなかったら、確実に詰んでいた。そういう意味でもジャンヌには感謝しかないが……しかし、どこに行ってしまったのか。
ステータスボードから結界石を3つ交換し、腰のポーチに入れる。
大精霊はこの上位術の最中は動けないのか、結界を破壊しには来ない。
俺は、この隙にリザードマンゾンビと、ダークナイトを再度召喚した。
術が止んだら、すぐに次の攻勢に移るためだ。
結界を自ら破棄するのはもったいないが、どうせ破られるものだし、戦闘の主導権を優先したほうがいい。
さらに精霊力ポーションを飲む。
時刻は4時過ぎ。そろそろ夜明けだ。
上位術で生み出された水が引いていく。
あれだけの水量にもかかわらず、出現した水は初めからなかったかのように、すべて精霊力に還元され消え去っていく。地面がぬかるむことすらない。
大精霊はいつのまにか頭を生やしていた。
こちらの結界を見て、一歩ずつ歩を進めてくる。
相手が近付いてきてくれるなら好都合。
こういう遠距離攻撃が得意なタイプは、距離を詰める前に術で攻撃されてしまうのが厄介なのだから。
「くっ、あんな強い術があるなんて……とても敵わないぞ……」
「おっ、ついに降参かの? 上位術は我をしてもそれなりに消耗する術じゃからの」
「降参すれば、見逃してくれるのか?」
「ほ、ほほほほ。それは無理な相談じゃ。せめて、我が殺さぬように嘆願してやろう。我も味見をしてみたい故」
「はは、そりゃありがたい」
大精霊はどうも人間を信じすぎるというか、長く生きていそうなわりに情緒が幼いようで、俺の怯えた演技をそのまんま信じたようだった。
もう何度も首を落とされているのに、油断する。
その慢心が命取りだ。
「ダークネスフォグ」
闇を展開し、それに乗じて弾かれるように結界の外に飛び出す。
結界を破ろうとしていた大精霊は、破られかけた結界から漏れ出す闇に巻かれて「ぬわっ」と気楽な声を上げた。
「フィアー!」
至近距離から恐怖の魔術を叩き込み、大精霊の行動を阻害。
すぐさまの一閃、大精霊の首を斬り落とした。
リザードマンゾンビと、ダークナイトがその身体をバラバラにせんと斬りかかる。
油断して近付いてきてくれたことで、一斉攻撃が決まった。
大精霊は身体だけの状態でも動くし、術も使うのだが、腕、脚、首と同時に斬られれば、さすがに術どころではない。
「ダークコフィン!」
腕と脚を切り落とした大精霊を、闇の棺へ閉じ込める。
発動完了までに時間がかかる術だが、さすがにこれはキッチリ決まった。
「細切れにしろ!」
ダークコフィンの内部でも活動が可能なダークナイトへの命令。
どんな反撃があるかわからない以上、俺も中に入って攻撃参加するわけにはいかない。
正二十面体の漆黒の棺の中で、大精霊の精霊力がどんどん霧散していくのがわかる。
これはさすがにやったか!?
「お、おおおお。我の身体を好き放題にしおってぇ……! だが、こんなもので死ぬ我ではないのじゃ」
声はさっき斬り落とした首からのものだった。
大精霊の首は、その目をカッと見開き、ヤアッと鋭く声を発した。
「……マジかよ。なんでもありだな」
「ほ、ほほほほ。侮るでない小僧。我は大精霊ぞ。この程度ではまだ死なんよ」
なんと、大精霊は今度は首から下を再生したのだ。
見た目だけなら、全くの無傷の状態に戻ってしまったように見える。
だが、その身体に満ちていた精霊力は、最初の数%程度にまで落ち込んでいる。
「フィアー!」
「うっ!? 生き返ったばかりの者に卑怯じゃぞ!」
「こっちは一度死ねば生き返れないからな。必死なんだよ! ディスペル!」
「ぎっ!」
俺の手から発せられた破魔の波動が、大精霊を捉える。
――通った!
今までのディスペルは、何か壁のようなもので阻まれている感触があったが、今放った魔術は大精霊の「壁」を貫通して、やつの根源を破壊した。
そういう手応えがあった。
「……お、おのれ……! その術は卑怯じゃぞ……」
サラサラと空気に精霊力が溶け出すように、その肉体を維持できなくなっていく大精霊(小)。
ディスペルにより「召喚術」としての己の存在を破壊され、もはや精霊力を集めることもできないようだ。
「勝った……のか……」
「……そうじゃ。まさか、召喚された身の上とはいえ……大精霊たる我が、一対一で負けるとはの……。見事……み……ごと……じゃ………………」
最後の一片までも、風に吹かれて消えていく大精霊(小)。
俺はそのまま地面に座り込んだ。
全身が震えている。
いまさら心臓がドクドクと脈打ち、俺は今の現状を初めて俯瞰した。
「本当に……勝てた…………のか……」
その声に呼応したわけではなかろうが、突然、脳天気な声が木霊した。
『おめでとうございます! 異世界転移者であなたが一番初めに大精霊の討滅に成功しました。初回ボーナスとして、5ポイントが付与されます』
『おめでとうございます! 大精霊の討滅に成功したあなたに「魔王」の称号が付与されます。初回称号獲得ボーナスとして、1ポイントが付与されます』
「ふっ……ははは……」
乾いた笑いが洩れる。
「魔王を倒せば、勇者の称号で、大精霊を倒せば魔王の称号か……。俺はいったい何になっちゃったんだろうな……」
称号なんて別に何の関係もない、地球側の賑やかし要素なんだろうけれど、勝手なものだ。
東の空がうっすらと輝き始める。
街道にはほとんど戦いの痕跡は残っていない。
大精霊は地面を抉るような攻撃はしてこなかったし、俺もまた、そういう類の攻撃はない。
だから、さっきまでの戦闘が夢かなにかだったような気すらしてくる。
「…………行かなきゃな」
ここまでの分の疲れがドッと全身に伸し掛かる。だが、ずっとここにいるわけにはいかない。
ステータスボードを開き、スタミナポーションを出して飲む。
疲れた身体に染み渡るスタミナポーション。エナドリよりずっと効く。
あまりに効くので、これは間違いなくヤバい薬だが、こうして寝ずに活動したい時には非常に助かる。
まあ、薬飲んで外傷が治るような世界なのだから、今さらだ。
リフレイアには、先に隣町まで行って待つと伝えてある。
俺は北に向かって歩き出した。
大精霊さえ退けたのだ。
もうなにもない――そのはずだった。
「…………マジかよ。勘弁してくれよ……」
つい口を突いて言葉が出た。
もうなにもない。そうであって欲しかった。
だが、その願望が打ち砕かれた。
確信を覚えるに足るだけの周囲の精霊力のざわめき。
あの、金髪の男……フェルディナントはこの状況まで読んでいたのだろうか。
いや、偶然だろう。やつは、水の大精霊に精霊力を吸い尽くされて死んだのだから。
大精霊はその力の大きさ故に、移動してきているのがありありとわかる。
今も進行方向の向こう側からこちらへ向かってくる存在が、ただの人間ではなく『異常な精霊力を内包した存在』……すなわち大精霊であると、嫌というほどにわかってしまった。
そいつは、街道を真っ直ぐ南下してきた。
「すっげぇ戦闘をしてるやつがいると思って来てみたんだがぁ。おめぇ、愛され者だな? ははぁ、大精霊同士で取り合いでもしたんだかなぁ。魔王が出てきとる感じはなかったもんなぁ。どっちにしろ、わしのシマで勝手やっとるんが、わしにも一枚噛ませぇよ」
それは、土色をした大男だった。
野太い声は地響きを伴い、困り顔をした神官たちが、やはり鎖の先に引きずられていた。
「土の……大精霊……」
「いかにも。お前ぇ、本当にうまそうだなぁ。じゅるり」
最悪だ。
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