220 夜は更けて、そして1人きりの戦い

 リフレイアがジャンヌを探しに出てからも、俺とグレープフルーは結界の中で大精霊が消えるのをひたすら待った。

 大精霊とリフレイアとの会話を見るに、現地人であるフルーは外に出ても攻撃される心配はなさそうではあるが、仮面の男がまだどこかで狙っている可能性がある以上、一人で互助会に戻らせるわけにもいかなかった。


 大精霊(小)は消える気配がない。

 俺の召喚術は、長くても10分程度で召喚が解けてしまうのだが、さすがは大精霊が使う召喚術ということだろう。


「……2つめか」


 最初に使った結界石の効果が切れる寸前、俺は新しいものを重ね掛けした。

 つまり、すでに12時間も経つのにも関わらず、未だに大精霊は健在――ということだ。

 リフレイアはまだ戻って来ない。

 日も暮れてしまった。


 街道は人通りも疎らになり、通りがかる人はこちらに奇異の視線を向けてくるが、それだけだ。

 グレープフルーも退屈そうにしている。

 事情を説明したといっても、何時間もこんな場所に留まり続けるのは疲れるだろう。

 本当に申し訳ない。


「どこかのタイミングで必ず召喚術が解けるはず。フルーも退屈だと思うけど、もう少し待っていてくれ」

「問題にゃいです。どうせ今日は非番でしたし。でも、さすがにもう眠いんで、このまま寝ちゃってもいいですかにゃん」

「もちろん。それに……悪かったな、こんな変なことになっちゃって。ちゃんと日当と迷惑料支払うよ」


 まさに変なことだった。

 こんなことになるなんて、昨日まで予想すらしていなかった。

 俺は精霊に目を付けられることが、これほど厄介だとちゃんと理解していなかったのだろう。

 迷宮探索は稼げるし、俺にとっては居心地のいい空間だが、迷宮都市というやつは、愛され者にはリスクが高すぎる場所だったのだ。

 ……まあ、それも今更な話だが。


 しばらくして、リフレイアが息を切らせて街のほうから戻ってきた。

 一人だ。


「……ヒカル。すみません、方々探したんですが、ジャンヌさん見つけられませんでした」

「家にもいなかったのか?」

「ええ。宿も一軒一軒当たったんですけど……。家には伝言を残してきましたが、こっちには……来てませんよね」

「ああ。まさか、街の外にいる……とか?」

「可能性はあります」

「どこ行っちゃったんだ、あいつ」


 地球にいたころは、こういう不便は感じたことがなかった。

 誰でも携帯電話を持っていたし、圏外なんてほとんどなかったからだ。

 繋がっていることが当たり前。

 だから、逆にこうなると、どうしていいのかわからない。


「まあ、もうジャンヌさんはいいんじゃないですか? いないんだから」

「そういうわけにはいかないよ」


 リフレイアのこのアッサリした感じも、携帯電話がない時代の「普通の感覚」なのかもしれない。

 だって、いないんだから仕方がない。

 探したけど、いなかったんだから――

 そういうことなのかも。


「あ、でも水の大精霊さまも神殿に戻ってましたし、あとはこっちの大精霊さまが消えればもう誰も追っかけてこないんじゃないですかね」

「そうなのか? なんで、大精霊は神殿に戻ったんだろ」

「神官に説得されたんだと思いますよ。どっちにしろ土の領域には大精霊さまは入れませんし」

「なるほど……」


 少し前向きな情報だった。

 ならば、未だに結界のすぐ近くでボンヤリしている水の大精霊(小)が消えるまで、ここで耐え続ければいい。幸い、ポイントはかなり残してある。数日くらいは耐えられるはずだ。


「神官は俺を捕まえに来ないのか?」

「来ないんじゃないですかね。ていうか、もし来たとしても、ヒカルなら逃げられるでしょう?」

「そうかもしれないけど、お尋ね者になるのはな……」

「顔も見られてないでしょうし、大丈夫ですよ。そもそも、別になんにも悪いことしてないんですし」


 とすると、さっさと大精霊(小)をまいて街を出るのが一番良さそうだ。

 ただ、問題はさっきからボーッと突っ立って、時々手をかざしたり、ゴニョゴニョ呟いたりしている大精霊(小)で、こいつが消えない限りは俺はここから動けない。


 いずれにせよ、結界の効果はまだ12時間ある。

 これがある以上、大精霊は手が出せないのだし、こちらはポイントに余裕を残している。

 どうやら、なんとかなりそうだ。


「リフレイア、フルーを連れて一度街に戻って休んでくれ。どうせ俺はここから離れられない。襲撃は……ないと思うが、いちおう宿に泊まってくれ」

「え? でもそれじゃヒカルが」

「俺は結界があるから大丈夫だよ。毛布もあるしここで寝るよ。あ、もちろん大精霊が消えたらここから離れるから探してくれ。一人で隣町まで先行しておくから」


 旅の荷物はだいたいシャドウ・ストレージに入っているし、もともと金銭の類は屋敷にはほとんど置いていない。このまま旅立ってしまっても問題はない。


 ◇◆◆◆◇


 リフレイアがフルーを連れて街道を南下していき、俺は水の大精霊(小)と2人になった。結界の内側と外側に分かれているが、日もすっかり暮れ、月明かりが周囲の畑を照らしている。

 暗視を持つ俺はこれくらいの明るさがあれば、ほとんど昼間と差がなく活動が可能だ。


「あー! わかった! やはり我は賢いのだ!」


 突然そう叫んだのは、結界に手出しできず近くにいた大精霊だった。

 賢いという自称だが、こいつは召喚者である水の大精霊と比べると、サイズも小さいし、なんだかあまり頭も良くなさそうなのだが……一体、なにがわかったというのだろう?


「ふむふむ、なるほどなるほど。これが……こうなってるから……こうじゃな」

「は?」


 トコトコと近付いてきた大精霊が手をかざすと、プルンと結界が揺らいだ。

 そもそも、結界は「害意ある者から姿を隠し遠ざける」ものだ。

 さらに物理的な耐久力もある。

 おそらくは、一度も破られたことのないもの……なのだが――


「ふぅむ。要するにこれは護術の一種なんじゃな。我でも知らぬ術を扱うとは……。ほ、ほほ。ヒトの子は面白いの」


 そう言いながら、大精霊はズブズブと結界の中に手を突っ込んできた。どういう理屈でそんなことができるのかはわからない。

 わかっているのは、結界が破られたこと。

 そして、こいつに捕まったら終わりだということだ。


「そんなのありかよッ」


 俺は思いきって結界の外へ出た。

 大精霊は驚いたような顔でこちらを見ている。


「なんじゃ。せっかく術の謎が解けそうじゃったのに。それで、どうするのじゃ?」

「どうするったって――やるしかないんだろ」


 食われるわけにはいかない。結界が破られた以上――戦うしかない。

 逃がしてはくれないだろうし、幸い、今はこのあたりには誰もいない。

 そして、夜ならば――

 あるいは、少しは抗えるかもしれない。


 俺は剣を抜いた。

 死にたくなければ大精霊が相手だろうが、やるしかない。


 壁の向こうにいたはずの「死」。

 今は、すぐ隣でピタリと冷たい刃を首筋に当てられている感覚。

 全身の血液が沸騰したかのように身体が熱くなり、しかし頭は不思議なほど冷たく冴えていた。

 肉体が戦闘モードへと切り替わっていく。


「ほ、ほほほほ。大精霊である我に剣を向けるか。なかなか骨があるのう」

「見逃してくれるんなら、すぐに剣もおさめるけど」

「我の一存ではそれは決められぬよ。それに、我とて、そなたのような者なら味わってみたい」

 

 どうやら交渉決裂らしい。

 召喚主である水の大精霊よりは、なんとなく話がわかりそうに見えたが、結局、大精霊は大精霊ということか。


「ディスペル!」

「ぬわっ!?」


 いずれにせよ、やるなら先手を取る。

 不可視の波動が俺を中心として広がっていく。当然、目の前の大精霊(小)をも、そのの波動は通過していく。

 こいつが召喚術で生まれたものなら、消し去ることが可能かもしれない。

 そう思ったのだが――


「な、なんておっとろしい術を使うのじゃ! 消されるかと思った!」


 両の腕をかき抱くようにして言う大精霊。

 どうやら抵抗レジストされてしまったらしいが、どうやらディスペルはある程度有効らしい。とはいえ、消せるか消せないかの二択。要するに即死魔法みたいなものである以上、ダメだったのなら連発は意味が薄いだろう。

 魔術は精霊術とちがい消費される魔力量もバカにならない。


(……せめて、使える魔術がもう少し多ければな)


 今使える魔術は、フィアーとディスペルの2つだけだ。


(ま、泣き言をいっても仕方がないか)


 ディスペルを警戒しているのか、大精霊はこちらへ攻撃をしてこなかった。

 問答無用で来ないのならば、あるいはやりかたがあるのかもしれない。

 召喚者のほうと比べてサイズが小さいのも、こちらが有利な要素だ。

 デカいほうが相手だったら、単純な力押しでも敵わなかっただろう。

 ……もちろん、こっちのやつだって尋常ではない力を持っているのだろうが。


「ダークネス・フォグ!」


 倒すとなれば全力だ。

 どちらにせよ、こいつが消えなければ結界石を限界まで使ってでも粘るつもりだったのだ。スクロールやポーションを使いながら消耗戦をすることも辞さない構えである。

 ここですべてのポイントを吐き出してもいい。


「フィアー!」

「ぐ……!? 魔術! おぬし、どこで魔術なんぞ覚えたのじゃ!?」


 どこでもなにも、急に使えるようになったとしか言いようがない。

 いずれにせよ、こんな質問に答える必要はない。

 幸い、魔術は通じるようで、大精霊は動かない。ダークネスフォグも効いているらしく、こちらの動きを目で追えていない。


 俺はいつも魔物相手にやるように、背後を取り剣を一閃させた。

 狙うは脊椎の付け根。精霊力の命脈の位置。


(――取った!)


 それは完璧な一撃だった。

 重量のある獄炎鋼はほとんど抵抗らしい抵抗もなく、水の大精霊の首を両断した。


 ゴロンと転がる首。

 驚いた顔がこちらを見て――まばたきした。


「お、おおおおー! 人間に殺されたのじゃ! おぬし、位階はどのくらいなのじゃ?」


 軽い口調でそう言って、大精霊(小)の身体は首を拾って元々あった場所にそれをくっ付けた。

 俺は驚きで声も出ない。


 大精霊は――首を落としても死なない――

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