209 フェルディナント ②
第二段転移の噂はかなり早い段階からあった。
転移者たちはかなりのペースで死んでいたし、その分が「補充」される可能性を考えるのは当たり前のこと。
俺はそれに望みを繋いだ。
選ばれた時にどうやってヒカル・クロセに近付き殺すか、何通りもパターンを考えた。
調べられることはすべて調べた。
必ずヒカル・クロセを殺すと。
実際、転移者はどれだけスキルで能力を得ようが、生物の範囲を大きく逸脱するほど強くなるわけではない。
ナイフで刺されても死ぬし、銃で撃たれても死ぬだろう。
まして、それほど肉体強化にポイントを割り振っていないヒカル・クロセならば、なおさら容易いはず。
ただ、唯一「時間」だけがネックだった。
転移後にはこちらの
特に、メッセージ機能が凍結されている今は最大のチャンスなのだ。
転移場所をできる限り近くへ。これは最優先事項であり、もしポイント利用で都市が指定できるのならば、全ポイントを入れてでも選択するつもりだ。
万が一、遠い場所へ転移してしまったなら、ヒカル・クロセに辿り着くまでに何年も必要となってしまうからだ。そもそも、生きて辿り着けるかも怪しい。
逆に、その最大のネックをクリアできるならば、あとはどうにでもなる。
俺から見ても、ヒカル・クロセは少しずつ精神的に復調してきているように見えた。
地球人であるジャンヌ・コレットとの関係が良好であるのも一因なのだろう。
だが、それだけだ。
魔物との戦闘がどれだけ強くあろうと、実際にあの男を殺すのは、そこまで難しいことではない。
どれだけ肉体的に頑健になろうと、銃弾を身体の中枢に食らえば人である以上、当然の理として生きてはいられない。
そして、それこそがセリカ・クロセを解放する道なのである。
兄の姿をいつでも見られるが故に、彼女はその人生すらヒカル・クロセに捧げようとしているのだ。
その呪縛から解き放つことができるのは、俺だけだ。
◇◆◆◆◇
その日から俺は毎日神に祈った。
カトリック系の大学に通う俺にとって、礼拝は日常的なものではあったが、こんなにも何かを切望したことはなかった。
今までは自分の人生は自分でつかみ取るものだった。
だが、異世界転移に選ばれること――それだけは、自分の力ではどうにもならないものだったのだ。
神の正体が何者なのか。我々が信じる「神」なのか、それとも司教達が言うように「悪魔」なのか。
どちらだってかまわなかった。
悪魔の手をとってでも、俺はその権利をつかみ取りたかった。
そして、運命の日。
はたして神は俺の願いを聞き入れた。
「もっとも異世界を望むものを選んだ」と神は言った。
まさしく、俺の毎日の祈りが届いたということだろう。
歓喜した。
普段、感情を表に出さない俺が踊り出さんばかりに喜ぶ様子に、ルームメイトが腰を抜かしたほどだ。
準備期間は少なかったが、すでに計画は立ててある。まったく問題はなかった。
銃の手配で手間取る可能性も考えていたが、銃器メーカーから直接供与してもらうことができた。
高威力のハンドガンが一丁。
射撃訓練も併せて行い、近距離でなら外すことがない程度には経験を積むことができた。
教官たちも、まさか第一期転移者を撃つためのものとは夢にも思わなかっただろう。
◇◆◆◆◇
転移の日。
俺はTwiN/SiSへと匿名でメールを送った。
《セリカ、俺が必ず君を解放してあげるからね》
文面はそれだけだが、賢い彼女のことだ。
きっと伝わるだろう。
◇◆◆◆◇
その時が来て、俺は白い部屋へと移動した。
PCを操作し、ポイントの割り振りを行う。
ここでの問題はたった一つ。転移場所を選べるかどうかだった。
だが、ここでも神は俺を裏切らなかった。
ダーツ転移。
それは、ジュニアダーツトーナメントで優勝した経験のある俺のために作られたかのような選択肢だった。
そもそも、ダーツなんて東洋人なんかはほとんどやらないのでは?
いずれにせよ、チャンスだった。
ヒカル・クロセがいる場所はわかっているのだ。
俺は体力アップなどの基本的なスキルにポイントを振り分け、基本アイテム詰め合わせをとり、ダーツ転移を選んで終了とした。
ポイントは10残した。いざという時のために、汎用性がある「ポイント」という形で残しておくのは大事なことだ。
俺にとってはヒカル・クロセを殺すことができれば、後のことはどうでもいいのだが、それ故に殺害確率を上げるのは重要なことだった。
殺すための手段は選ばない。
ヒカル・クロセを殺すことだけが、俺が異世界に行くただ一つの目的なのだから。
◇◆◆◆◇
ダーツは少しだけズレたが、メルティアの隣町の近くへと転移することに成功した。
一発勝負だ。運が良かったというのもあっただろう。
そして、もう一つ運が良いことがあった。
すぐ近くに転移していた者と合流したら、それがナナミ・ソウマを一度殺した犯人である、オザワ・ユウイチだったのだ。
彼のことも、俺は事前情報としてある程度は知っていた。
頭は悪そうだが、それ故に利用できそうだった。
俺はオザワに「お前が犯罪者だとすべての転移者が知っている」ことを伝え、俺自身のことは弁護士であり、味方であると信じ込ませた。
転移時の選択肢にあった「記憶喪失」を取ったことにしろと提案し、仮面で顔を隠させ、名前もファントムと名乗らせることにした。
意外というかオザワは素直に従った。
バカはバカだが、従順なバカだ。扱いやすくて助かる。
とはいえ、この段階ではまだ「ヒカル・クロセ殺し」を企てていると視聴者に知られるわけにはいかなかった。
首尾良くいかなかった場合、メッセージ機能で警戒を促されてしまうからだ。
ヒカル・クロセがメッセージを開かなかったとしても、同行者であるジャンヌ・コレットの耳に入ってしまえば同じことだ。
俺は、オザワと娼館に入るふりをして「撮影停止」を使い、その時間内で大雑把な作戦を話した。
クリスタル1つで、十分間の撮影停止が出来る。
娼館に入ってから出るまでの時間ということで6クリスタル分の時間を使ったが、オザワもヒカル・クロセには恨みを持っているようで、作戦に乗ってきた。
やはり銃を見せたのが良かったのだろう。
オザワは楽観的なタイプで、頭も悪いが、陽動にはちょうど良い人材といえた。
なにより、こいつはヒカル・クロセに恨みを持っている。
話を聞いたが、完全に逆恨みであり、どうでもいい動機だとは思ったが、それは言わず同情するふりをした。
最悪、手を下すのは俺ではなくオザワでも構わない。
ヒカル・クロセが死ぬ。その結果だけあればいいのだから。
俺とオザワはメルティアへと移動し、行動を開始した。
高性能周辺地図を取り、街にいるすべての転移者を把握。
ヒカル・クロセは家の位置がわかっていたから、見つけるのは容易かった。
準備は淡々と進んだ。
他の転移者たちと合流し、ヒカル・クロセは他の転移者たちと仲良くなることを望んでいないと吹聴した。
実際、話しかけて無視された転移者がいたようで、その話はすぐに広まった。
ヒカル・クロセとジャンヌ・コレットは他の転移者とつるまない方針のようだったが、他の転移者たちはそうではない。
地球でも転移者同士で協力し合うことが推奨されていたし、人は1人で生きられるほど強い者ばかりではない。こんな異世界であるなら尚更だ。
だから、雑談の中で「ヒカル・クロセとジャンヌ・コレットは我々とは違う『強い人間』だから、相容れない」という雰囲気を醸成させていった。
「弱い」我々にとって、「仲間にならない転移者」は絶好の標的だ。
みんな、心のどこかで第一陣転移者で、この世界に慣れており、いろんなリソースに余裕があるヒカル・クロセとジャンヌ・コレットが助けてくれると願っていたのだろう。
――彼らが導いてくれれば、安心してこの街で暮らしていけただろうに。
――あれだけ強くて、お金にも余裕があるのだから、いいじゃないか。
――ほんの一握りしかいない同じ地球の仲間なのに。
その身勝手な望みは、いつしかメルティアに来ている転移者全員の総意のようになっていった。
俺はそれとなく誘導したが、たいしたことはしていない。会話の基点になっただけだ。
第二陣転移者がヒカル・クロセに「真実」を話してしまうことを危惧していたが、簡単にその可能性を潰すことができたのは僥倖だった。
ヒカル・クロセとジャンヌ・コレット自身が、第二陣を遠ざけようとしていたことも追い風となったと言えるだろう。
唯一、第一陣転移者のヲリガミという男がヒカル・クロセとすでに親交があるようだったので、俺は彼と接触し間接的にヒカル・クロセと繋がることにした。
ヒカル・クロセは俺が一計を案じる必要がないほど、他の転移者を警戒していたが、かといって話にならないというわけでもなく、時間をかければいくらでも付け入る隙を見つけられそうだった。
少し話をしたが、ヒカル・クロセは「ナナミ・ソウマ」が異世界転移者に再度選出されたことを知らないようだった。
瞳の奥に燻る人間不信の影は、未だ精神的に不安定であることの証左。
セリカ・クロセの人生を振り回しておいて、彼女に対して労いの言葉の1つもなく、いつまでも被害者面をしているこの男に、俺は一瞬銃を抜きそうになった。
だが、迷宮内では一発目を外したら逃げられてしまう上に、おそらく「身代わりの指輪」を身に付けているはずで、成功率は低い。そんな冒険を冒すわけにはいかなかった。
チャンスはそう多くはないのだ。俺は、なんとか自制した。
――殺す。
――どうあっても殺す。
ヒカル・クロセの殺害プランはいくつも考えていた。
問題はメッセージ機能が復活するまで、もうそれほど時間がないことだったが、それまでには終わらせられるだろう。
その後、迷宮で偶然の出会いを装いながら少しずつ懐柔していくつもりだったのだが、ヒカル・クロセはとつぜん迷宮に姿を現さなくなった。
高性能周辺地図によると、ジャンヌ・コレットを伴い毎日郊外へと出かけているようだった。
こっそり後をつけると、リフレイア・アッシュバードを含んだ3名で、馬を借り郊外へと出かけていく。
どうやら乗馬の練習をしているらしい。
(まさか――街を出るつもりなのか……!?)
その可能性は排除していた。
ジャンヌ・コレットが「迷宮の踏破」を目標に掲げていたからだ。
それを中断して、外に出るとなるとプランを変更せざるを得ない。
俺は作戦を一部変更し、直接接触してナナミ・ソウマの情報を与えることにした。
想定とは少し違ってしまったが、仕方が無い。
◇◆◆◆◇
ジャンヌ・コレットとヒカル・クロセを表す青い点が離れていくのを横目に、俺はオザワ――ファントムと合流した。
「予定を変更する。プランCでいく」
安宿で準備をしながら短く告げる。
「プランCって……なんだっけ。銃で撃ち殺すんだったか?」
「お前は本当にバカだな」
ファントムは記憶力が本当に低い。
3つのことを同時に覚えられないんじゃないか?
「まあいい。お前の役割はこれだ」
「これ。いいのか?」
「いいもなにも、預けるだけだ。俺が持っていて何かあった時に困るからな。後で回収する。勝手に先走るなよ?」
銃を預けるのは、これからの行動には不確定要素があるからだった。
もともと実行そのものはファントムに任せるつもりだった。少なくとも、ヒカル・クロセにはまだ正体を知られていないし、あいつも銃で撃たれるほど逆恨みされているとは思いもよらないだろう。
それに、どれほど警戒しているように見えても、やはり気の緩みはある。
撃たれるかもしれないと想像していたとしても、本当に撃たれるとは思わないのが人間というものだ。まして、平和な日本から来たなら余計に。
俺はファントムと再度作戦について詳しく話した。
プランCは不確定要素が大きく、できれば時間をかけて確実な手段をとりたかったが仕方がない。
――それに、俺自身ももうそろそろ我慢の限界だった。
オザワもそうだろう。
こうして殺害計画を話した以上、メッセージ機能が回復するまでに決めなければ、奴を殺すのは不可能となるだろう。賽は投げられたのだ。
セリカ・クロセ。
きっと君は悲しみ、俺のことを恨むだろう。
だが、賢い君のことだ。
必ずわかってくれると確信している。
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