199 フィアーの術、そしてスキュラ討伐

 迷う時間はなかった。

 スキュラだけでもかなり危険な相手なのに、まだまだラミアたちが同時に攻撃を仕掛けてくる状況なのだ。

 どちらかでもどうにかしなければ――


 魔術のことは俺もよくは知らない。

 魔王マルコシアスが使っていたあの術と同じものであるのは間違いないだろうが、どれくらい精霊力を使う術なのか、敵と味方と区別できるのかも全くの不明。


 例えばダークネスフォグは敵味方の区別はなく、いわば空間に作用する術だ。

 だが光の精霊術のライトは「術者」には眩しく感じないのだそうだ。だがリフレイアが使った場合、味方である俺は眩しく感じる。

 ダークネスフォグは術者の俺にとっても暗闇だが、かといって向こう側が見えないほどの暗黒というわけではない。ちゃんと向こう側まで見えており、視界に不安が生まれることはない。俺はこれを「暗視を持っているから」と考えていたが、そうではないのかもしれない。

 元々、術者には見える。そういう可能性がある。


 フィアーやディスペルが「敵だけ」に作用するのか、それとも「その空間にいた術者以外のすべて」に作用するのか、それがわからないのにぶっつけ本番で試すわけにはいかない。


「リフレイア! ジャンヌ! 少しだけ凌いでくれ!」


 俺はそう叫び、ダークネスフォグの暗闇を纏って巣の奥へと駆けた。

 ジャンヌには精霊術自体が効かないから問題ないかもしれないが、リフレイアが術に巻き込まれたら危険だ。


 奥から現れる新しいラミアたちが、闇の中にいる俺を発見。縦長の瞳をギラつかせこちらへと進路を変える。


 俺は何匹ものラミアを1度に相手できない。

 一体一体を順番に処理していくのが、正攻法ではある。

 だが――


「フィアー!」


 リフレイアとジャンヌから十分に離れたことを確認した俺は、12体ものラミアに囲まれるという状況で魔術を放った。

 闇の精霊術とは明らかに違う感覚。

 まるで血液が抜けていくかのように、全身から大事なものが失われていく。


「ぐっ……! マジかよ……!」


 キツい。

 クリエイトアンデッドよりも、ずっと。


 闇の精霊術とは根本的に何かが違っていた。

 魔とはつまり混沌の精霊力のこと。闇という単一の属性ではなく、火も水も土も風も光も闇もすべてがごちゃ混ぜになった属性のことなのだ。

 魔術は強引に俺の身体から混沌の精霊力を引き剥がし、そして俺を中心として効果を一気にその空間に拡散した。


 魔が。

 恐怖が、俺の身体に群がらんとする魔物たちの身体を駆け抜けていく――


「ア……ギャガ……ガ……」

「ウ…………ガ……」


 壊れた機械みたいな声を発しながら、俺の周囲にいたすべてのラミアはその恐怖で膝を折った。

 俺もまた、たった一発の魔術で、膝が震えるほどに消耗してしまっている。

 だが、動けないほどではない。


「あああああああッ!」


 俺は臓腑の内から声を振り絞り、剣を振るった。

 この状況ならばもう精霊力の命脈を絶つ必要などない。


 重量のある獄炎鋼の刃が横薙ぎに振るわれ、恐怖で身を竦ませるラミアの首を刎ね落とす。


「――1つ、2つ、3つ、4つ、5つッ!」


 動けない相手など問題にもならない。

 俺が食らった時、少なくとも30秒はほとんど無力化させられた。

 相手は12体。それだけあればお釣りがくる。


「6! 7! 8ッ! 9ッ! 10! 11! 12ッ――!」


 最後のラミアは緩慢にだが動けるようになっていたが、それだけだ。

 瞬く間にすべてのラミアが精霊石へと姿を変えた。

 周囲には12個の精霊石が転がるのみ。


「これが――魔術か」


 圧倒的優位を作り出す術。

 かなりの精霊力を消耗するが、効果は絶大。

 恐怖を感じないような相手……例えばスケルトンなどには効かない可能性があるが、それを差し引いても、これは。


「ダークセンス」


 術で周囲を探査してみるが、今倒した12体がこの巣にいるラミアの残るすべてだったようだ。

 リフレイアたちのほうを見ると、ダークナイトとリフレイアにより、残っていたラミアも倒されたところだった。


 想像よりもラミアの数が多くて一時はどうなることかと思ったが、これで残るはスキュラのみ。


「待たせた! ラミアはもういない! あとは仕上げだけだ!」


 スキュラは巨大で強い魔物だが、スピードがないし術も使ってこない。そういう意味では、与しやすい性質を持った魔物であると言えた。

 こちらはリザードマンゾンビも戻ってきて、ダークナイト君もいるという状況。


「ミ゛――――ア゛――ア゛ア゛」


 スキュラが触手をめちゃくちゃに振り回し、俺たちは距離を取った。

 近付かれるのを嫌がっているようだ。

 ジャンヌだけは盾でこの触手の薙ぎ払いを受けることができるが、あとのメンバーには無理だ。

 これがある以上、近付いて痛撃を与えるのは難しい。

 とすれば、やることは1つ。 


「まず、触手を落とすぞ! シャドウバインド!」


 闇の触手が、スキュラの残る触手を縛り上げる。

 バインドは巨大な魔物が相手でも、きっちり効果を発揮する便利な術だ。スキュラの力でならば本当に数秒程度しか保たないだろうが、その数秒が欲しいのだ。


 触手が縛られるのを見て、それぞれが素早く動く。

 巨大なスキュラを全員で取り囲んで攻撃を加えていく。

 まずバインドにより一瞬だけ押さえ込まれた触手を、リフレイアが2本、ジャンヌが1本、ダークナイトとリザードマンゾンビが一本ずつ斬り落とす。

 攻撃用の触手を失ったスキュラは、もはや少し大きいラミアみたいなものだ。


「ダークネスフォグ!」


 スキュラは触手を失っても腹の大きな口と鋭利な爪がある。

 ギルドの攻略情報によると、巨大な魔物は無理に「命脈」を狙うのではなく、届く範囲を攻撃し続けて倒すのが定石であるらしい。

 確かに命脈を狙うのは危険ではある。だが――


「ダークナイト君、頼む!」


 以心伝心。召喚獣は俺の意思を汲み、重装備に似合わぬ身軽さで背後からスキュラへと飛びかかった。

 闇の中でも問題なく行動が可能な使い捨て出来る戦力。

 ダークナイトの価値は計り知れない。


 漆黒の剣の一閃。

 スキュラは精霊力の命脈を絶たれ、その巨体を色とりどりの宇宙を閉じ込めたような精霊石へと変えた。

 ドドドドと滝の音が響く「ラミアの巣」で、生き残ったのは俺たちのほうだった。


「リフレイアもジャンヌもおつかれさま。ケガはしてないか?」

「大丈夫です。やりましたね、まさかいきなりスキュラが出るとは思わなかったから内心けっこう怖かったんですけど、倒せちゃうなんて」

「私も平気だ。ラミアの数はさすがに想定外だったが、スキュラはボスとしては素直な相手だったな。一撃死させられる弱点があるというのが楽だ」


 ケガがあるなら先ほど得たポイントで癒やしのスクロールと交換して使おうと思ったが、どうやら大きなケガはないらしい。

 小さいケガは店売りのポーションでも回復できる。ジャンヌは「自然回復力アップ」を取っているからか、多少のケガなどものともしない頑健さがある。


 精霊石をすべて回収してから、俺たちは撤収を開始した。

 グレープフルーは結界石を使わずに待っており、結局の収支はかなりプラスだ。

 精霊石自体もの凄い量が手に入ったが、経験値も得て位階も上がったかもしれず、俺は魔術も覚え、さらにスキュラ討伐で『金等級グノーム』への昇格もできる。

 ケガもしなかったし、経験値とはまた別の経験もできた。


「なかなか楽しかったな。稼ぎ場としても美味しいんじゃないか? 一気にこれだけの魔物と戦える場所は他にないだろう」


 帰り道、ほくほく顔でジャンヌが言う。


「けっこう危ない場面もありましたけどね……。私はもっと強くならないと……。ヒカルにも何度か助けてもらいましたし」

「あれだけ数がいると脅威だよな。今回は運が良かったくらいに思っておかないと。逆にスキュラは単体なら普通に倒せそうだけど」


 スキュラはなんというか力押しの魔物なので、俺とは相性が良い。

 闇が全般的に通じるし、ダークネスフォグとあわせて使えばダークコフィンが通じるのが大きい。

 精霊力に余裕があれば、もしかすると俺単体でも倒せる可能性すらあると感じた。

 

「グラン・アリスマリスに行くならここで金を稼げるだけ稼いでからというのもいいかもしれないな。今日だけで金貨十枚分くらいになったんじゃないか?」


 ジャンヌがニヤリと笑う。100体を超えるラミアに、スキュラの石だ。

 1時間近く戦いっぱなしだったが、それに見合うだけのリターンはあったということだ。

 特にスキュラの石はもの凄く高い値段で買い取って貰えるらしい。スキュラを倒せるパーティーはメルティアでも限られた数しかいないのだから当然だ。


「……それより、クロ。あの術はなんだったんだ? チラッとしか見えなかったが」

「あっ! 私も気になってました! 1人で奥に行っちゃうから心配したんですよ!?」

「ああ、悪い。実は魔術が使えるようになった」

「えええ!?」

「魔術だと!?」


 2人とも足を止めて驚くが、俺だって今になってちょっとビビっているくらいだ。

 まさか、魔王が使っていたあれが使えるようになるなんて、思いもしなかったのだから。


「ポイント交換に『魔術』が増えていたから、人間にも使える術なんだろうとは思ってはいたが、ポイントを支払わず自力で使えるようになるとは、クロは精霊術の天才なんだろうな」

「天才っていうか…………魔術が使えるようになった人の話なんて聞いたこともありませんよ……。大精霊様なら何か知っているのかな……」

「もしかしたら転移者だから使えるようになったという可能性もある。どちらにせよ、これは秘密にしたほうが良いだろう。レーヤもフルーちゃんも、秘密にしてやってくれ」


 やはり人には言わないほうがいいか。

 まあ、別に言う相手もいないが。


「自力といえば、自力で覚えたからってポイントが貰えたぞ。精霊術も全部中級になって、2つで8ポイント」

「8ポイントとはラッキーだな! まあ、魔術を覚えたとなれば当然かもしれないが。で、何に使う? 別にクロは自分の強化に使ってもいいんだぞ? 精霊力の強化に振ってもいいし、体力アップもまだレベル1なんだろう? 1を持っていれば2ポイントでレベル2に上げられる」

「確かにな」


 体力アップの必要ポイントは、5/7/10/15/20だ。レベル1を持っていればかなりお徳にレベル3までは上げることができる。

 そして、ジャンヌを見ればわかる通りその効果は絶大だ。


 精霊力を上げるのも手だ。

 効果の重い術を覚えられるようになってきた関係で、いくら精霊の寵愛があるといっても、精霊力が枯渇しそうになる場面が増えてきたのだ。


 精霊力アップレベル1が5ポイント。

 自然回復量(精霊力)がレベル1で3ポイント。


 あとは、体力アップをレベル2にするか。

 あるいは温存するか、回復アイテムに充てるか。

 ポイントの使い道は多く、それぞれにかなり有用だ。

 悩む。


「まあ、無理にすぐ使う必要はないだろう。前にも言ったがポイントの温存は重要だ。私だって6ポイントは常に残しているわけだしな。この余裕が命を救う場面を生むと私は考えているからだが……もちろん、単純に強化に使えばそういうピンチ自体を回避できる可能性もある。だから、絶対の答えなんてないが……まあ最低3ポイントは残すべきだろうな」


 俺はポイントに余裕がなかったから、ジャンヌにポイントの面で甘える場面があった。ここでまた使い切ってしまうわけにはいかない。

 特に「結界石」と「大癒のスクロール」の予備は命のスペアみたいなものだ。位階を上げれば強くなれる。つまり、代替手段があるものを優先するべきではない。

 俺たちはすでにある程度の力を手に入れており、おそらくだが俺がかつて出会った『怪物化したほむら猩々』と遭遇したとしても、まあまあ戦うことができるだろう。

 人間としてはすでに破格の能力を手に入れているのだ。


 結局、8ポイントの使い道は保留として俺達は迷宮を抜けた。

 ギルドでスキュラ討伐の報告をする。


「確かにスキュラの精霊石であることを確認しました。討伐メンバーは『バトルジャンキー』の3名。リフレイアさん、ヒカルさん、ジャンヌさんで間違いありませんね? では後日、金等級探索者の昇格査定を行わせていただきます。明日か明後日、空いていますか?」


 なんか、そういうことになった。

 金等級になるには、ギルド員の付き添いで4層の探索を行い「本当にそれだけの実力があるか」を見せなければならないらしい。

 戦い方を見せるのは嫌だが仕方がない。

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