200 金等級探索者査定、そして合否判定
『おめでとうございます! あなたはこの異世界を2ヶ月生き延びましたので「2ヶ月生き延びたで賞」として1ポイントを付与させていただきます!』
いきなりの神からのシステムメッセージである。
1ヶ月経過時にもこれがあったが、2ヶ月目にもあるとは思わなかった。
というより、この世界に来て何日経ったかなど、あまり気にしていなかったから本当に唐突で、戦闘の最中だったら気を取られて危険だったかもしれない。
「1ポイントは助かるな。これって毎月貰えるのだろうか」
ジャンヌが声音を落として言う。
「どうかな。神の考えることはわからないし……。まあ、1ヶ月の長さも地球とは違って長いわけだし、このペースなら毎月貰えるような気がするな」
1ヶ月の長さは月の満ち欠けで決まっているんだったか、それともこの世界では別の数え方があるのかわからないが、とにかくこの世界の1ヶ月は45日ぐらいでそれが8回あって1年とするようだ。
ギルドにカレンダーがあって、それを見るまでは俺も知らなかったのだが。
もちろん、メルティアとは別の地域では1ヶ月の長さが違うという可能性もある。どれくらい情報が共有されているのかはわからないし。
「もう90日もこの世界にいるんだな……」
つい、呟く。
地球のことを忘れてしまうというほどではないが、それでも朝に目を覚ました時に自分がどこにいるのかわからなくなるようなことはなくなった。
今日がこの世界で始まることに、なにも違和感がない。
そういう長さなのだ。90日というのは。
「地球なら3ヶ月だな。……メッセージの解禁もあと10日か」
ジャンヌがそのことに触れて、俺はドキリとした。
メッセージ凍結の期間は50日。
残り10日なら、あれからもう40日も経ったということだ。
「ジャイアントクラブ2体ですにゃん。その奥にリザードマンが2体いるから気を付けてにゃん」
ジャンヌとひそひそ話をしている間に、斥候に出ていたグレープフルーが戻ってきた。
査定係であるギルド職員は4人。ちゃんと4層でも戦える元探索者らしく、俺たちの探索を後ろで見守っている。
「ヒカル、いきましょう!」
「ああ。じゃあ、いつも通り」
ジャイアントクラブでも、リザードマンでも、ラミアでも、相手が2体ならば全く問題にならない。
一体はジャンヌが引き受け、もう一体は俺とリフレイアで倒せばいいからだ。
4層で3体以上で出てくる魔物はサハギンとラミアだけであるが、ラミアは巣までいかなければ出てこないし、サハギンが何体いても、リフレイアが一瞬で倒せるくらいの強さでしかない。
そういう状況なので、俺はシャドウバインドとサモンナイトバグ以外の術は使わずにこの査定を乗り切ることにしていた。
別に闇の精霊術が禁忌とされているわけではないそうだし、隠す必要はないのだが、それでも俺は愛され者だし、目立たなくて済むならそのほうが良い。
シャドウバインドは便利だが初歩的な術であるし、サモンナイトバグはスライム対策に必要だ。本当はダークセンスも使いたかったが、あれは中級術。スライムを見つけるのが難しかったら使うつもりだったが、グレープフルーがほぼ問題なくスライムを見つけられるようになっているから使わずに済む。
水から飛び出してくるサハギンも、慣れれば対処可能なのでこちらも問題なかった。
査定員からすると、俺は良い感じに地味で目立たずといった風に見えたはずだ。
4層をグルッと回り、特に問題なく査定は終わった。
迷宮から出て、1度ギルドに戻るのかと思ったらすぐに合否の判定がなされるとのこと。
迷宮前広場の少し離れた場所で、4人の査定員が相談を始める。
「これって不合格になることってあるのか?」
「普通はないと思います。スキュラの石を自力で取ってきたのか、それとも不正して手に入れたのかを見るためだけの査定だって話ですし。4層を普通に回れる実力があれば合格になると思います」
「レーヤ、あの石を不正で手に入れてまで等級を上げたい奴なんかいるのか? ギルド売りで金貨1枚にもなるんだ、裏から買えば金貨3枚以上になるだろうし、出所も探られるだろう? 売る側にもリスクがある」
「まあ、そうなんですが、ギルド員による現地査定が始まる前はけっこうあったみたいです。お金持ちが箔付けでやるという意味もあったみたいですが、金等級はいろいろ優遇も多いというのが本当の理由でしょうね。銀等級までとは別格の待遇ですから」
とにかく不正を疑う必要があるくらいに、金等級以上は別格ということだ。
実際、
というより、金から先は明確に「上位探索者」扱いとなるのだ。
1つ1つ、ギルド職員が説明してくれたところによると――
・メルティアの聖堂騎士試験に無条件合格。
もちろん受験すればの話。とりあえず、俺たちは聖堂騎士になるつもりはないが、ありがたい話なのだろう。
・メルティアにいる間は、(迷宮が存続する限り)年金の受け取りができる。
その代わり義務として、後進の指導および魔王発生時や魔禍濃度が上がりすぎた時には4層での魔物狩りを依頼されることがある。
これは、断ることも可能だが貢献度によって変わってくるのだそうだ。仕事をしなければギルドからいろいろせっつかれる仕様ということだ。
バリバリ現役で金等級探索者をやっている時には、この義務はすべて免除される。
・精霊石の買い取り査定がアップするが、2層より上の精霊石の買い取りを断られる。基本2層より上は銀以下の探索者用となる。
ちなみに
・メルティア2級市民権の獲得。
市民権があると犯罪者では無いという証明にもなり、なおかつ金等級探索者であれば強さを証明されている為、船旅や乗り合い馬車などでもいろいろ優遇されるらしい。その代わり、魔物や山賊が出たら戦わされるとか。
その他にも、家や土地が買えたりなどいろいろあるらしい。
・精霊石をかなり安く買えるようになる。
これは地味に助かる。自前で混沌の精霊石を手に入れているが、切り札として5層や6層の魔物の混沌や闇の精霊石を購入しておくという手が使える。
・リリムーフのお宝を買えるようになる。
神獣リリムーフのお宝は、それぞれ見つけた個人用のユニークアイテムとして出現するが、かといって他の誰にも使えないというわけではない。俺の籠手だってサイズが合えば誰でも装備可能だ。
それ故にか、あるいは単純に高価だからか、けっこう売りに出されるのだそうだ。
購入はオークション形式なので、金のある
オークションは毎月1日に開催とのこと。
・ギルドを通してアイテムの発注が可能になる。
これは
――他にも細かい特典……例えば、金等級のタグを持つことでいろんな所で待遇が良くなるとか、社会的信用になるとかはあるだろうが、大きくはこれくらいだ。
これが魔導銀級になると、領主との謁見すら可能な1級市民権が得られ、事実上の騎士待遇なので逆に自由を失い街から出にくくなるのだそうだ。
俺たちはもう街から出るつもりなのだし、もう関係はないのだろうが。
「む、終わったみたいだぞ」
10分ほどして、ギルド員たちがこちらに歩み寄る。
「まずは、みなさんおつかれさまでした。メルティア大迷宮金等級探索者の査定が終了いたしました。早速、合否の発表を行わせていただきます。まずは、リフレイア・アッシュバードさん」
「はい」
「合格です。元々、
「ありがとうございます」
ん? 1人1人に合否があるのか。
パーティー単位で合格か不合格か判断するのかと思い込んでいたから、これは想定外。
というか、そこはちゃんと説明して欲しかった。
これだと俺だけ不合格もあり得る。
「次にジャンヌ・コレットさん。合格です。
ジャンヌは当然合格となった。
ここまでは順当だ。今回の探索査定ではリフレイアとジャンヌがほぼすべての魔物を倒したのだし。
俺は術でスライムを何匹か倒した以外では、実はさほど貢献していない。
ダメかもしれないな……。
「最後にクロセ・ヒカルさん。合格です」
試験官は拍子抜けするほどアッサリとそう告げた。
「ご、合格ですか?」
「もちろんです。クロセさんは魔王討伐第一等の件もありましたし、我々の間でもどのように戦うのか話題になっていたのです。それで今回見せていただきとても驚きました。術師として前衛をサポートしつつ、戦闘全体を管理する手腕、メルティアでは珍しい闇の精霊術を駆使しつつ、時には自身も戦闘に参加し、必要な場面で必要な行動を淀みなく行える判断力。金等級のパーティーでもこれができる人間は稀なんです。目の前のことだけに集中する……要するに一対一の戦いに強い人はたくさんいます。しかし、広い視界を持ち続け、戦場のコントロールまで出来る人間は本当に少ない。当然、クロセさんも金等級として申し分ありません」
想像していなかったベタ褒めで、赤面してしまう。
俺なんか大したことをしていないのだが、ギルド員の視点では高評価な行動ができているということらしい。
自分にできることが評価されるのは、素直に嬉しい。
「やりましたねヒカル! これで私たち金等級ですよ! メルティアでもゴールドは一握りですから、前みたいにギルドでナメられることもありませんね!」
「あのオッサンより上になっちゃったってことなのか……」
「そうですよ! 私もまさかゴールドになれるなんて少し前までは想像もしてませんでした。みんなヒカルのおかげです」
「そうだな、クロのおかげだ。クロはすごい! クロは最高!」
「やめろ!」
やんやと囃し立てられているのを、ギルド員たちが生暖かい目で見ていて、居たたまれなくなってしまう。
本当にすごいのはリフレイアとジャンヌだ。俺がいなくても2人なら普通に金等級になれるはずだ。
「……とにかくこれでメルティアでの探索は一段落だな。クロとレーヤが良ければだが」
「もちろん俺は構わない。それでどうするんだ? すぐに発つのか?」
「いや、どうせ旅に出るのだし移動手段を調達してからだ。この世界では普通はどうするんだ?」
「長旅なら馬じゃないですかね。2人とも乗馬の経験は?」
実を言うと、俺はある。
上の妹であるセリカが「乗馬くらいできなきゃ話にならない」とか言い出して、俺とナナミは付き合わされて、一時期スクールに通っていたのだ。
俺は付き添いみたいなものだったが乗馬は面白く、わりとすぐにできるようになった。動物好きのナナミもこの時は喜んでいたっけ。……普段は、もっと面倒なことに付き合わされていたからな……。
とにかく乗馬はたぶん大丈夫だ。
「私は元引き籠もりなので……」
ジャンヌは未経験とのこと。まあ普通は乗馬の経験なんてないだろう。
「じゃあ練習ですね! もちろん私の後ろに乗るという選択肢もありますが、それだと馬の消耗も早くなるでしょうし、逆に疲れますから」
「なら、旅立つ前に乗馬の練習だな。ジャンヌは運動神経が良いし、すぐできるようになるだろ。俺も練習はしておきたいし、ちょうどいい」
旅立つ前の目標だった金等級は取得できた。
あとは馬の練習をして旅立つだけだ。
第2陣の転移者たちは、まだこれといって俺たちに接触してこないが、いつか接触してくるのでは? ……という怖さがある。
それにあと10日でメッセージも復活するのだ。
そうしたら俺たちのことなどすべて筒抜けだ。
グラン・アリスマリスまで旅に出れば、その間に第2陣たちの生活も落ち着いてくるだろうし、俺たちが到着するころには俺たちの視聴者数も減っていることだろう。
問題を先延ばしにしているだけという気もしなくもないが、逆に言うと先延ばしにできるなら十分やる価値があるとも言えた。
俺には守るべき「将来」なんて無いのだから。
◇◆◆◆◇
「クロ。気付いていると思うが……」
「ああ……。近づいてきているな……確実に……」
明くる日、さっそく乗馬練習をスタートさせるべく俺たちは馬を借りて郊外へと出てきた。
ジャンヌが深刻な表情で言わんとすることの意味。
すぐに何のことなのか理解した。
高性能世界地図に現れた、一つの点。
それは、奈落と呼ばれる危険地帯に転移してしまった、哀れな第2陣転移者を示すドットだった。
すぐ死んで、その点は消滅する。
可哀想だが、助ける術はないし、仕方がない――そう思っていた。
だが、その男……いや、女かもしれないが、そいつは生き残った。
俺たちの予想を超えて、奈落に存在するという壁を乗り越えて、徐々に徐々にこのメルティアのほうへと近付いてきていた。
目的地は間違いなくこの街だろう。
どういう人間なのかはわからないが、危険な臭いを感じていた。
「まだこの街に来ると決まってるわけではないが……こいつが到着する前には街を出るべきだろうな」
俺もジャンヌと同感だ。
味方ならば心強いだろうが、第2陣転移者は警戒すべき対象。
接触せずに済むならそれに越したことはないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます