197 ラミアの巣、そして殲滅戦
「聞きしに勝るヤバさだな。ラミアそのものも弱くはなさそうなのに、うじゃうじゃいるぞ」
「水場……群れ……バジリスクの呪い…………うっ、頭が……」
「ジャンヌさん、あれバジリスクじゃありませんよ? バジリスクは5層の魔物です」
「わかっている。少し……過去のトラウマを思い出しただけだ」
あのゲームのバジリスクは本当に嫌な魔物でしたね……。
ちなみにこの迷宮の5層に出るバジリスクは小さい竜というか、デカいトカゲみたいな魔物らしい。ギルドの壁絵で見た。
「冗談はさておき、どうする? 見えてるだけで8体はいるぞ? 奥にはまだまだわんさかいるはずだし、引き返すなら今のうちだ」
言いながら、ちょっとワクワクしているのが丸わかりなジャンヌ。
ラミアの巣はヘビ女であるラミアだけがたくさんいる場所で、滝を中心とした洞窟で構成されている4層の中では最大の広さを誇る。
実際に巣があるわけではないらしく、あくまで通称。卵があったりはしないようだ。
広場にはところどころに水たまりがあるものの、狭い通路なんかと比べれば戦闘にも向き、4層最凶の狩り場の名をほしいままにしている。
ゲームだったら、レベル上げに使える良狩り場だったのだろうが、こちらは現実だ。
ラミアは上半身が(鱗に覆われているとはいえ)女性の身体だし、精神的にもちょっと気楽な相手ではないはずなのだが、これまでも人間型の魔物はいくらでも相手にしてきたし、躊躇があるというほどではない。
死ぬと精霊石になる迷宮内では、魔物の死――いや、生物の死にリアリティがないからなのかもしれない。
「他の探索者パーティーがいれば、どうやって攻略するのか見られたんですけどね。ギルドの推奨は『ラミアを一撃で倒せる前衛が最低でも2人以上いること』だそうです」
「レベルを上げて物理で殴れってことか。俺はともかくジャンヌもリフレイアも一撃でいけるだろ。一体一体はマンティスより弱いらしいし」
「どうかな。私はどちらかというと守備寄りの構成だし、一撃で倒せたとしても戦闘自体はそれなりに長引くぞ? 素早く倒すのはクロのほうが得意だろう」
確かにダークネスフォグが効くのなら、一撃で倒せると思う。
問題は数が多いという部分だ。2層はゴブリンやオークがワラワラと大量に湧いて出てくる階層だったが、そのノリで出てこられると対処が難しい。
ラミアは2層の魔物とは比べものにならないほど強いのだから。
俺たちは広場の入り口付近の岩陰に隠れて様子を見ているのだが、ラミア達がこちらに気付いて攻撃を仕掛けてくることはない。そこまで索敵能力は高くないようだが、事前に調べた情報によると、いわゆる「仲間を呼ぶ」習性があるとかで、広場で戦闘になったら基本的にどちらかが全滅するまで終わらないらしい。
つまり、やるかやられるかの戦いに発展するのだ。
そして、俺たちはそれをやるつもりでここまで来た。
飛び出すタイミングをうかがっていると、一体のラミアが近くまで来た。
強さを測るのにちょうどいい。
「引っ張ってみる。見ててくれ」
俺はシャドウランナーを広場の入り口を横切る形で走らせた。
近く――といっても30メートルは離れていたが、それに気付いたラミアは「シャー」と蛇の威嚇音に似た鳴き声を発し、グネグネと蛇の下半身を動かして向かってきた。
幸い、他のラミア達は気付いていないようだ。
「ダークネスフォグ」
闇で入り口全体を覆い隠して飛び出す。
新しい魔物と戦闘するときは、常に「闇の中で見える相手かどうか」を確認する必要がある。トカゲ人間のリザードマンは闇が通用したが、ヘビ女であるラミアはどうだろうか?
地球のヘビには熱を感知する器官を持っているタイプがいるのだ。この世界のヘビ女であるラミアにもその能力があっても不思議ではない。あるいは、目以外の感覚で相手の位置や距離を測ることができる可能性だってある。
「ギチギチギチギチ」
縦長の瞳が闇の中でさえ怪しく輝いている。
歯を噛み合わせるような不快な音を発し、どうやら警戒しているようだ。
(……見えてるわけではなさそうだが)
三つ叉の槍を持ったまま、前後左右に上半身を揺らしている。
2つに割れた長い舌をチロチロと盛んに動かし、まるで獲物の位置を探っているような――
「シャ!」
ラミアは突然ヘビの下半身をバネのようにしてジャンプ。こちらへと飛びかかってきた。
「熱感知か!? シャドウバインド!」
俺は飛び退いて攻撃を躱しつつ、ラミアの着地点を狙ってシャドウバインドを展開した。
すぐさま抜刀して喉元への突き。
総獄炎鋼の剣が相手の精霊力の命脈を絶ち斬る。
俺は地面に落ちた水の精霊石を拾い上げ、岩陰に戻りダークネスフォグを解除した。
「どうでした? なんか手間取ったみたいでしたけど」
「ダークネスフォグが通じなかった。目で見てるわけじゃないと思うから、熱源感知か、臭いで感知してるかどっちかだと思う」
「ほう、クロの天敵だな。面白い」
「面白くはないだろ……。フォグが通じないだけで、かなり余裕がなくなるぞ」
ガーデンパンサーみたいに見えているわけではないっぽいが、位置が悟られてしまうだけでかなり不利だ。シャドウバインドがあれば、いちおう一対一でも倒せるようだが、あれはリスクも大きい戦い方である。
今回のように、多数の魔物と戦う必要がある時に、シャドウバインド頼りで戦うのは少し怖い。
「そうも言ってられないようだ。さっきの戦いで音を出しすぎたな」
ジャンヌがアゴをしゃくる。
見ると、奥からラミア達が警戒音を出しながらこちらへと向かってくるではないか。
「どうします? 今ならまだ逃げられるかも」
ここに来るまでの通路はまあまあ狭かった。
その上、カニやサハギンが滝壺から飛び出してくるから、抜けるのもそれなりに時間がかかる。逃げるのにも、多少のリスクがあるだろう
「戦うさ。いざとなったら躊躇無く結界石を使え。フルーちゃんは、クロのダークナイトに護らせればいい。危ない時は結界石を割るように」
「やるんですね?」
剣の柄をギュッと握り、リフレイアが最後の確認を行う。
そんなリフレイアを見て、ジャンヌはニッと笑った。
「そのために来たんだからな! みんな、気合いを入れろ! 総力戦だ! ヒャッホー!」
「おっ、おい!」
奇声を発しながら、1人で飛び出していってしまうジャンヌ。
ものすごい向こう見ずだ。
「リフレイア! ジャンヌのフォロー頼む! 俺もすぐ向かう」
「ジャンヌさんってバカですよね!」
「バカだよ!」
剣と盾を構えて、全部のラミアを1人で相手にするかのように陣取るジャンヌを横目に、俺はダークナイトを召喚した。
「グレープフルーはここに隠れててくれ。危なかったら、すぐこの石を割れば安全だから。基本的にはダークナイトが護ってくれると思うけど、こいつは時間が来ると消えちゃうってことだけは覚えておいて」
「わ、わかったにゃん。ヒカルしゃんたちも頑張って」
「まあ、いざとなったら俺達も結界石を使って避難するから」
ギルドで得た4層情報によると、ラミアの巣の入り口付近は魔物の来ない安全地帯という話だし、大丈夫だろう。
ラミアの巣で戦う上位パーティーも、ポーターはここに置いていくのが慣例だというし。
「よし。あとは……『クリエイト・アンデッド』」
リザードマンの混沌の精霊石を使い、俺はさらに仲間を増やした。
「お前は、俺たちの横を抜けそうな奴を倒してくれ」
「…………」
無言で頷くリザードマンゾンビ。
これで俺たちの後ろへ魔物が抜ける心配はかなり薄くなるだろう。
どのみち、こうなったら全滅させるまで戦うのみだ。
「いくぞ! シャドウバインド!」
リフレイアに殺到するラミアの一体の動きを封じる。
その隙に、大剣を振り回し2匹を倒す。
すぐにまた別の一体が飛び込んでくるが、これをシールドバッシュ気味にジャンヌが防ぎ、俺が横合いから首を刈り取る。
ラミアの巣は広く、基本的にラミア達は俺達のほうへ向かってくるが、後方を取るためか迂回してくるラミアもおり、そいつらはリザードマンゾンビが淡々と処理していく。
「ギリギリこっちの殲滅ペースのほうが早いか!?」
「いや、まだ来るぞ。ギルドで聞いた話じゃ、最高で200体ものラミアと戦う羽目になった例もあるらしい」
「マジかよ」
次々に来襲するラミアたち。
槍を持つもの、剣を持つもの、素手のものと様々だ。
幸いラミアは精霊術を使わないのでそこはいいが、とにかく数が多い。
「穿て! フォトンレイ!」
「シェードシフト!」
リフレイアの光の精霊術であるフォトンレイは貫通ビームだ。
眩く輝く光線が一直線に飛び、同時に3体のラミアの身体を貫通した。
2体は即死。残る一体も傷を負った。すごい威力だ。
俺は、シェードシフトで相手の命中率を下げて、殺到するラミアたちを一体ずつ殺していく。
ジャンヌもかなりペースでラミアを狩っているが、無限にいるのかというほどラミアたちはうじゃうじゃと湧き出てくる。
「思ったより動きが速い! 後ろを取られないように、お互いに守りながら戦うんだ!」
全体に気を配るのは俺の役目だ。
万が一にも後ろに抜かれてはならない。
ダークネスフォグを使わない分、精霊力には余裕があるが、どこかで力尽きる可能性もあった。いつ尽きるとも知れないラッシュというのは、想像以上に精神を削る。
「ファントムウォリアー! シャドウバインド!」
囮術は、こういう時にも有効だ。
相手の注意を逸らす、その瞬間を作ることができるだけでワンテンポずつこちらが有利になるのだ。その瞬間瞬間の積み重ねが大きい。
相手のほうが数が多く、単体の能力も大きく違うわけでもない。こちらだって直撃を食らえば普通に死ぬのだ。
原則、最低でも1対1を維持すること。
できれば、こちらのほうが数が多いという状況で戦い続けることが大事である。
この広い場所で数で押される状況になるのだけは絶対に避けなければならない。
「ダークコフィン!」
奥からまだラミア達が押し寄せるのを確認して、俺は精霊力を練った。
射程ギリギリ、広場の奥に向けて上位拘束術を放つ。
コフィンは完成までに時間がかかる術で、やみくもに放っても躱されることがほとんどだが、足止め目的ならば悪くない。いきなり出現した謎の術を警戒し、ラミア達の動きが止まる。
さらにファントムウォリアーを呼び出し、奥へと突撃させる。
かなりの数の注意を逸らすことができた。
「いったん離れる! できれば今居るやつらは全部倒してくれ!」
リザードマンゾンビが3体のラミアの集中攻撃を受けて消滅したのを確認し、シャドウストレージから精霊石を取り出し、もう一度リザードマンゾンビを呼び出す。
ダークコフィンはそのための時間作りだ。
(……ヤバいかもな)
ストレージから、スタミナポーションと精霊力ポーションを取り出し飲み干す。
まだラミアたちの湧きは尽きない。
伊達に4層で最も危険な場所と言われていない。情報を知っている俺達でもこれなのだ、この場所がちゃんと知られるまでどれほどの探索者パーティーがここで全滅したのだろう。
入り口からそれなりに中に入った場所で俺達は戦っている。
結界石を使った場合、当然この場所に結界が展開される。
ラミアの巣のド真ん中というシチュエーションは、結界の展開場所としては良くなかった。魔物が常にいる場所では、逃げる時にまた戦わなければならず、同じことになってしまう可能性が高いからだ。
「シェードシフト! シャドウバインド! 代わるから一度、ポーションを飲め!」
ずっと剣を振り回しっぱなしのリフレイアとスイッチ。
彼女にもスタミナポーションを渡してある。
押し寄せるラミアたち。
見えているだけで、8匹はいるか。
ギチギチと不快な音を発しながら、こちらを殺そうと迫る。
「ダークネスフォグ!」
闇を展開し走る。
普段は目で見て熱感知は使っていないのか、すぐには闇に対応できないようで、アッサリと攻撃が決まっていく。
しかし、相手も必死だ。
闇雲に振るわれる長剣が腕や脚にかすり、鮮血が舞う。
一度に二体を相手にせざるを得ず、一撃で倒せるとしてもほとんど密着に近いくらい接近しなければならない俺は、どうしても相手の攻撃を少しずつ食らっていく。
アドレナリンが出ているからか、痛みは感じない。
「くそっ! しつこい……!」
「ヒカル! 代わります! ジャンヌさんのほう手伝ってあげてください!」
見ると、ジャンヌのまわりに3体のラミアが群がっている。
上手く位置を変えて、盾でいなしながら戦っているが、危険だ。
「シャドウバインド! シェードシフト!」
シェードシフトは気休めに近い術だが、二重にブレて分身して見えるだけで攻撃と防御両方にアドバンテージが発生し、これによって相手の攻撃が空を切る確率が上がっている実感があった。乱戦向きの術だ。
「クロ、助かった。何体倒した?」
「数えてない! 全部で30はいってないと思う」
「はははは! 楽しいな! ゲームだったら、最高の狩り場だぞ!」
「ゲームならな!」
ジャンヌは無邪気に笑うが、実際にはすでに死と隣り合わせの状況だ。
何か、1つでも状況が変われば雪崩を打って敗北に傾いていくような――
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