196 リンクスの事情、そしてストイックな戦士

 次の日、俺たちは早朝から家を出て迷宮へと向かった。

 転移者がこの街に何人もいるというだけで、なんとなく落ち着かなかった。

 だが、迷宮にさえ入ってしまえば安全だ。

 新しく来た連中は3層より下には降りられないだろう。


 ギルドに寄り、いつも通りグレープフルーを雇ってから迷宮へ。

 1層にヲリガミさんや、フェルディナントたちがいる可能性があったが、どうやらまだ来てはいないようだ。


「いないか。仮面の男と金髪のコンビは見た目がわかりやすくて良い。見かけたら逃げよう」


 道すがらジャンヌが言う。

 絵で描いて説明はしたが、確かにわかりやすい。しかも転移者は装備が特徴的だったりするから、余計に判別しやすい。


「ジャンヌさんはその人たちに会ったことないのに、そんなすぐ逃げることなくないですか?」

「レーヤ。お前は私のことが全然わかっていないな。私が弁護士の卵みたいなエリートと話ができると思うか? 劣等感が刺激されて二、三日後遺症に苦しむことになる」

「いえ……私、そのベンゴシがなんなのかもわかりませんし」

「とにかくエリートってことだ。私はアルバイトしながらゲームしてただけの女だぞ。エリートは苦手だ。仮面の男はなんだか興味があるがな。どんな仮面なのか実際に見てみたい」


 胸を張って言うようなことでもないような気もするが――わかる。

 俺はそこまでエリートに対して苦手意識はないが、かといって得意でもない。アレックスみたいなタイプならともかく、フェルディナントは自信が服を着て歩いているようなタイプに見えた。俺も苦手だ。


 話をしながらでも2層は軽く抜けられる。

 3層もいくつかの戦闘をクリアしながら抜け、4層へ。


「よし。今日からラミア帯にもチャレンジする。みんな気合いを入れていけ」

「ドキドキにゃん。私は、ラミア帯は初にゃのでほとんど役に立てにゃいですけど、勉強させてもらいますにゃん」

「うん。フルーちゃんのことはクロが護るからな。頼むぞ、クロ」

「了解だ」


 戦闘では俺が全体調整の役割になる。

 リフレイアはアタッカーで、ジャンヌはタンク。二人共、目の前の敵に注意を向け続ける必要があるからだ。

 遊撃の俺が、1人で後方に取り残されるフルーを護る必要がある。

 そういう意味では、パーティーメンバーは足りていない。

 信用できる人がいれば、そのうちパーティー増強も考えるべきなのだろう。普通は6人で組み、4人では明らかに少ないのだから。


「そうだ。私たちはスキュラ討伐が叶ったら街を出て、グラン・アリスマリスに行こうかと思ってるんだ。フルーちゃんも一緒に行こう」

「にゃにゃ!? グラン・アリスマリス!?」


 ジャンヌが突然グレープフルーに提案する。

 グレープフルーのことは専属に近い感じで雇ってはいたが、あくまで互助会に所属するリンクス斥候の中の1人という位置付けである。


 街を出るなら伝えなきゃとは思ってはいたが、ジャンヌは普通に連れて行くつもりだったらしい。

 仮にいっしょにパーティーを組んでいたとしても、俺たち3人とは立ち位置が違うわけで、別の大陸に移動するような旅に巻き込めるはずがないのだが、ジャンヌはそのあたりはあまり斟酌するタイプではないようだ。

 もちろん、本人次第な部分もあるだろうが……。


「そ、そんにゃ……困りますにゃん……。私はまだフリーにはにゃれませんから」

「なんでだ?」

「互助会のリンクスは、仕事を斡旋してもらっている立場にゃんです。退会する為には、自分で稼いだお金で大精霊さまと契約する必要があるんですにゃん。大精霊さまと契約して、晴れて一人前とにゃって初めて卒業できるんです」

「契約すればいいのでは?」

「まだ貯金が貯まってにゃいです」


 リンクスは精霊契約をするのに金貨1枚が必要だと、前にフルーに聞いた。

 金貨1枚は大金だ。日当が小銀貨数枚のリンクスがそれだけの貯金をするのは、かなり厳しいと言えるだろう。

 とはいえ、俺達もそれとなく多く渡したりしていた。金貨1枚は無理でも、それなりにすでに貯まってそうな気もするが……。


「ふぅん。金貨一枚なら私が払ってやるぞ。なあ、クロ。別にいいだろ?」

「にゃにゃにゃにゃ。ありがたいですけども……引き抜きは御法度にゃんです。それを受け取ったら二度と互助会には顔を出せにゃくにゃりますにゃん……」

「ややこしいな」

「精霊契約用のお金も、互助会に預けたものだけが使えるんですにゃん……。それ以外の、私自身で貯めていたお金も少しはあったんですけど、こにゃいだの迷宮封鎖の時に後輩に奢ったりして使ってしまって……にゃん……」


 魔王討伐後の迷宮封鎖で、リンクスたちは見るからに干上がっていた。

 普通よりも多くの収入を得ていたフルーが、見かねて……ということなのだろう。俺も魚を釣って差し入れたりしたが、互助会は少しはそういうときこそ金を出すべきだと思う。

 リンクスにとっては住む場所を提供したり、仕事を一律で斡旋してくれたりと、ありがたい組織ではあるのだろうが、囲い込もうという意識が強い面があるようだ。


「精霊契約するにはあとどれくらい必要なんです?」

「ちゃんと確認しにゃいとわかりませんけど、まだ銀貨25枚分くらいは……」

「まだまだかかりそうだな……」

「それでも、ヒカルしゃんたちが雇ってくれてますから、かにゃり早いほうにゃんです。4層にも連れて行ってもらえていますし、このままにゃら半年くらいで卒業できるんじゃにゃいかって」


 4層にリンクスを連れていくと3層とは格段に料金が高くなる。確かに、このまま4層でフルーを雇い続ければ半年以内にフリーになれるだろう。

 通常、3層止まりのリンクスはフリーになるところまでお金を貯められないらしい。4層より下の斥候ができ、かつ生き残ったリンクスだけが金を貯められるのだ。

 そして、彼女は自力でそこに手を掛けかけている。


「ありがたい申し出ですけど、まだ私はみにゃさんとは行けませんにゃん」


 耳を伏せ申し訳なさそうにしていたフルーだったが、最後は毅然とそう言った。

 残念だが、こればかりは仕方がないだろう。


 ◇◆◆◆◇


 4層に到着した俺たちは、最短ルートでラミアが出現する広間を目指した。

 いわゆる「稼ぎ」が目的であれば、戦いやすさを重視してルートを組み立てるが、目的地が決まっている場合はその限りではない。


「4層ってホント嫌らしいですよね……。足場も悪いですし、魔物は強いですし。ラミア広場で狩りをしたことがある探索者なんて一握りって話だって知ってました? みんな、ラミアもスキュラも素通りして5層に行くんですから」

「ふぅん。ダンジョンではよく聞く話だな。だが私は隈なく味わってから次を目指すタイプだ。当然、ラミアもスキュラも倒す。楽しい相手だったら、ヘビロテしてもいい」

「ジャンヌさんって、ほんと変わってますよね……」


 戦闘そのものが目的だと臆面もなく言うジャンヌに、リフレイアも若干あきれ顔だ。

 だが、迷宮を踏破しようというのだ。それくらいでなくては不可能であるのは確か。強さは最優先に必要なものなのだから。


「この先に、リザードマンが一体でいるにゃん」

「1体? なら、すまないが私にくれ。あいつとの戦闘はいい訓練になる」

「了解。気をつけろよ」


 ジャンヌはときどきこうして4層の魔物とも戦闘訓練を行っている。

 単体ではマンティスをも凌ぐ力を持つ魔物であるリザードマンだが、ジャンヌはこいつすら無傷で倒すことができる。

 とはいえ、嬉々としてリザードマンと戦いたがる探索者は、あまり多くはないだろう。

 そうして戦闘経験を積んで、どんどん戦えるようになっていくのが彼女のスタイルなのだ。


 俺もリフレイアも、少ない攻撃でなるべく一方的に決める戦闘方法なので、「相手の攻撃を凌ぎ粘る経験」をあまり積めていない。

 俺やリフレイアのやり方にはメリットが多く、特に「戦闘時間の短縮」と「ケガをする可能性の減少」。この2つは職業探索者を続けるなら絶対に欠かすことができないものだから当然なのだが、だとしても「常に一方的な戦闘だけしかしていない」ことは事実。


 探索者としては、ジャンヌのやり方はある意味邪道だし、趣味性が強すぎるのだが――タンクとして粘り強さを鍛えるという意味では、タイマンで相手の攻撃を凌ぎきり勝つという訓練もやはり必要なものなのだ。

 俺もリフレイアも相手にペースを握られた途端に弱さが出るタイプ。

 ジャンヌに言わせれば、弱点がわかっていながら放置しているという感じに見えるのかもしれない。


「……攻防の訓練。もっと積むべきかな、俺達も」

「そうですね。ここから先に進むなら、いろんなことができないと厳しいかもしれません。私も防御が弱いですし、もっといろんな戦い方ができるようにならないと」


 この街を出るにせよ、まだまだ強くならなければ生き残ることは難しい。

 身体も心ももっと強くならなければ。

 第2陣なんかに心を惑わされないように。


「あ、終わりましたね」


 ジャンヌがリザードマンの上段斬りを躱しながらの横薙ぎで、首を断ち斬った。

 総獄炎鋼の剣は、硬い鱗で護られたリザードマンの皮膚も簡単に切り裂く。重量が凄まじいから、適切に身体を使わなければ振ることさえ難しいのだが、ジャンヌは戦闘ごとに調整を繰り返し、今では元々持っていた剣と変わらないほど上手く扱えるようになっていた。


「リザードマンを一対一で精霊術を使わずに倒せる戦士って、この街でもたぶん数人くらいしかいないですよ。私も負けてらんないな……」

「俺もだ。迷宮を踏破するのに付き合うって約束してるから、なおさら付いていかなきゃだし」

「私だって同じですよ。私はヒカルに付いていくんですから」


 俺達は思いを新たにした。

 パーティーは誰かが強いだけではダメなのだ。

 みんなでもっと強くならなければ。


 ◇◆◆◆◇


 轟音の鳴り響く瀑布の迷宮。

 足元は滑りやすく、松明の火は水しぶきにより消されがちで、明かりも不安定。

 そんな第4層を、突然飛び出してくるサハギンや岩陰に身を隠しているスライムに注意しながら進み、ついに俺たちはラミア帯と言われる広間付近にまで到着した。

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