195 第2陣とヲリガミ、そして俺たちの方針
フェルディナントとファントム。
2人の転移者は用は済んだとばかりに、迷宮から出ていった。
胸のザワつきを押さえられず、半ば無意識に俺は胸を手で押さえた。
……実際のところ、少し会話をしたというだけだ。別になにがあったというわけでもない。
なのに、精神的にダメージを負ってしまった。
自分でもわけがわからないが、それだけ第2陣に脅威を感じていたのだろう。
――あるいは、自分を見ていたと公言する人間を前に、平気でいられる人間ではなかったということだ。
俺は芸能人でも動画配信者でもなんでもない、ただの高校生だったのだから。
正直、ヲリガミさんには文句を言いたいくらいだったが、彼からすれば本当に軽い気持ちで――善意での紹介だったのだろう。
第2陣から距離を置こうとしていることを話していなかったのもマズかった。
伝えておくべきだった。
「あのフェルディナント君は、この街に来た転移者たちを集めて情報交換をしているんだそうだよ。ボクのところに来たのも、その流れでね」
「そうだったんですか。でも、第2陣って、こっちの情報を全部持っているわけですし……あぶなくないですか?」
俺がそう言うと、ヲリガミさんは少し驚いたような表情を見せた。
「うん。確かにそういう面もあるかもしれないけど……。この世界で彼らは数少ない同郷なわけだからね。ボクは変に疑うより協力したいかな」
「でも、その気になれば向こうはこっちを殺したり出来るわけですし……」
「ヒカル君。殺そうと思えば誰でもボクのことなんて殺せるよ? 今だってヒカル君がその気になればボクを殺すなんて容易いだろ」
「いや、それはメリットとデメリットの問題で――」
「君はメリットがあれば人を殺すのかい? 違うだろう?」
「それはそうですが……」
そう言われてしまったら、もう何も言うことはできない。
俺が慎重になりすぎているだけというのは、自分自身でもわかっていることだった。
俺とナナミは、噂話を根拠に一度殺された。
人間というものが、容易く一線を越えるということを
特に第2陣は俺達を殺すだけのメリットも根拠もある。
となれば、警戒せざるを得ない。
俺の感覚としてはそうなのだ。少なくとも。
そういった前提があるからだ、単純に関わり合いになりたくなかった。
それが信じられないからという理由によるものなのか、地球で俺たちを見ていたという嫌悪感から来るものなのか、自分の気持ちだけど言語化するのは難しいけれど。
「ヒカル君。彼らだって僕たちと同じだよ。いきなり知らない世界に送り込まれて不安なんだ。ボクは彼らよりずっと年上だし、頼られたなら助けてあげたい。世界で千人こっきりの同じ地球の仲間なんだから」
ヲリガミさんは大人だった。
俺の言っていることなんて、人間不信の子どもの戯れ言そのものなのだろう。
「ヒカル君が心配してくれる気持ちは、嬉しく思うよ。でもまあ、ボクはポイントを持っているわけでもないし、彼らがボクを殺すようなメリットはないだろ。大丈夫さ」
表情を緩めて、そう笑うヲリガミさん。
俺が暗い表情をしていたから、場を緩めてくれたのだろう。
「……でもいちおう気をつけて下さい」
「例の『身代わりの指輪』も装備したしね。大丈夫だよ」
「結界石とか癒やしのスクロールも準備しておいて下さいね。ここは地球じゃないし……警察力なんてあんまり期待できませんし、そうでなくても死んだら終わりですから」
「ありがとう。ポイントに余裕ができたら交換しておくようにするよ」
ヲリガミさんからすれば、俺が心配のしすぎに見えるのだろう。
それでも伝えておきたかった。
あるいは、それは俺の自己満足でしかなかったのかもしれないけれど、それでも。
「フェルディナント君はロースクールの学生で、弁護士の卵だったそうだし、心配はいらないと思うけどね」
弁護士か。常識的な超エリートということだろう。
地球にいれば安定した人生があっただろうに、こんなものに選ばれてしまって、どんな気分なのだろう。
前向きに頑張ろうなんて思えるのだろうか?
「あの……仮面のファントムって人は?」
「彼は記憶喪失だそうだ。転移する時に『記憶を失う』という選択肢があっただろう? よほど前の世界で忘れたい記憶でもあったのか、彼はそれを取ったらしい」
確かにあのフェルディナントという男もそう言っていた。
だが、仮面越しに俺を見るあの視線は、なにか俺のことを知っているかのような気配があったが――
「あの人はなんで仮面を?」
「ボクもさすがにそれは詳しく訊けなかったけどね。顔にちょっと……なにか見られたくないものがあるらしくて」
あの仮面は違和感があったが、ヤケドの跡とかそういうものがあるのかもしれない。
いずれにせよ、確かにそれは訊けないか。まあ、別に仮面をとったら知り合いだった――なんてことがあるわけもない。
どうでもいいことだろう。
「……それにしても、記憶喪失なんて選択肢があったんですね。しかも、それを取る人がいるとは」
俺が転移した時は制限時間ギリギリになってしまって、全部の項目を見ることができなかった。俺が見ていないところにそれがあったのだろう。ジャンヌの『精霊術の才能がない』も、そこにあったらしいし。
それにしても、記憶喪失ということは相応のポイントが付与されたということ。
あのフェルディナントという男は、そのポイントを自分のものとして使っているのではないだろうか? ファントムに対して命令調で強気な態度だったし。
……いや、さすがにそれは疑いすぎというものか。
◇◆◆◆◇
「――ということがあったんだ」
家に帰ってから、俺はジャンヌとリフレイアに今日あったことを話した。
第2陣とは距離を置く方針の俺たちだが、今回のように遭遇してしまう可能性はゼロではない。
「ふむ……。そのフェルディナントという男は危険だな」
一通り話し終えてから、ジャンヌはハッキリそう言った。
「なんでだ?」
出会った時は突然だったしマトモに話せなかったけど、思い返してみると別に普通の男だったような気もする。
いきなり銃をぶっ放してくる可能性がゼロじゃない以上、警戒するに越したことはないが、かといって危険と断ずるほどの根拠があったとも思えない。
「そいつか記憶喪失の男は、間違いなくこの街の『高性能周辺地図』を持っているからだよ。メッセージが凍結されている今、高性能世界地図だけでは短期間で転移者を集めるのは不可能なんだからな」
「それでなんで危険なんだ?」
「目的が見えないからだ」
ジャンヌが言うには、街の高性能周辺地図を取得するのは理に適っていないのだそうだ。
5ポイントは重い。それだけあれば、かなりのことができる。
それなのに「危険がなく」「役場に行けばある程度詳細な地図が見ることが可能で」「別にお宝が手に入るわけでもない」、そんな街の地図ごときを取得するのは意味がないのだそうだ。
だが、当然5ポイントも振るのだ。意味がないわけがない。
「強いて言うなら、この街の転移者の位置を知ること自体が目的と見るべきだろうな。もちろん第2陣を集めたという話だし、それ自体が目的だったと考えれば……いちおう理屈としては一番通ってはいるが……」
「なら、それが理由なんだろ。転移者同士が集まるのはメリットなんだろ?」
「そうだな……。だが、そのフェルディナントは弁護士の卵なんだろう? 頭の良い奴が、そんな理由で5ポイントも振るか?」
「記憶喪失の男のポイントを使ってるから、痛みがないだけなんじゃないかな。記憶喪失の男が『仲間が欲しい』とか言ったのかもだし」
「確かにその線もあるか。仲間の価値は5ポイント以上あるだろうしな……。う~む……」
考えたところで実際の理由まではわからない。
奴らが高性能世界地図を持っているかどうかだって、推察でしかないのだ。
悪い想像をすれば、いくらでも考えられる。
たとえば、フェルディナントが第2陣転移者を集めて俺達を襲撃するとか。
まあ、それはさすがに考えすぎにせよ、フェルディナントが俺やジャンヌの居場所を、この街にいる以上、確実に把握し続けることは確かだ。
それが、なんとも言えず気持ち悪かった。
「ヲリガミさんに言われたよ。メリットがあったら君は人を殺すのか? って。……心配しすぎなのかな」
「いや、私達は間違ってない。というより、正解なんてないんだよ。お前も私も……自分たちの性格、性質でこういう路線を取っているだけなのを、言葉で補強しているだけなんだからな……。メリットもデメリットもあるってことくらい、クロもわかっていただろう?」
「まあ、そりゃそうだけどさ。ちょっと……頑なになってる部分もあるのかなって」
「あの~。聞いてましたけど、私は無理に接触しなくていいって思いますよ。2人とも、全然知らない人と話せないですし、かといって私じゃよくわかってなくて、変なこと言っちゃいそうですし」
キッチンで料理をしながら聞いていたリフレイアが、手を拭きながらやってきて言う。
確かに、そもそも俺もジャンヌも話し下手だ。下手に接触すると上手く丸め込まれてしまうような気もする。
特にあのフェルディナントは口が上手そうだ。
リフレイアのこの意見には、俺もジャンヌも頷かずにはいられない。
「……よし。意図せぬ接触だったが、第2陣にどんな奴がいるのか知れたのは、収穫だったと考えよう」
「そうだな。ヲリガミさんにも、こういうのはやめてほしいと頼んでおいたし、もう二度目はないと思う。向こう側から接触してきたときは、またそのときだな」
「そしたら私が追い返してあげますよ」
「いや、危ないからそれはやめてくれ」
「金はあるんだ。守衛でも雇うか?」
俺たちの稼ぎを考えれば昼間の時間帯に守衛を雇ったとしても、たいして問題はない。
守衛は強くなくてもいい。
口で言ってダメなら「第2陣転移者が敵」であるとハッキリするのだから。
「……それに、いよいよとなれば私達は全力でこの街を離脱してもいい。迷宮攻略もしたいが、それに縛られる必要はないし、人生は長いんだ」
「いいのか? ジャンヌはそれが目的なのに」
「いいさ。そうなったらグラン・アリスマリスまで行こう」
案外、メルティアに思い入れがあるわけでもないらしい。
というか、それよりも地球人とのイザコザが嫌なのだろう。
すごくわかる。
「街を出るんですか? 相手が敵対したなら殺しちゃえばいいじゃないですか」
キョトンとした顔でリフレイアが物騒なことを言う。
「レーヤ。私はともかくクロに殺しは無理だろう。こいつが狙われたら、躊躇している時間が致命的な隙を生む。正面からぶつかるのは危険だよ」
「それもそうですね……。ヒカルは優しいからなぁ……」
「そういうことだ。こちらから積極的に叩きに行けない敵対者予備軍なんて厄介以外の何者でもない。逃げるのが一番いい」
「私はヒカルが行くとこに付いていくだけですから、どちらでも大丈夫ですけど」
「……いや、いざとなったら、俺だってできるぞ」
「無理だな」
「無理ですね」
2人の返事がハモった。
いやまあ……確かに敵対されたからといって、背後からグサリと殺すのは無理かもしれない。2人とも俺のこと、よくわかっているよ。
「私たちは戦闘力もあるし、金もある。何よりクロの収納があるから旅も悪くない。第2陣に心を煩わされるくらいなら、さっさと割り切ったほうがいい。うん、自分で言っていてだんだんそのほうが良いような気がしてきたな」
「えっと、え? マジで?」
「4層のスキュラを倒して金等級になったら街を出ようか? クロとレーヤが良ければだが」
「ジャンヌさんって、すごく身軽なタイプだったんですね……」
まあ、確かにこの街にどうしても留まっていなければならない理由はないかもしれない。
元々、ジャンヌが迷宮を最後まで攻略したいというから、そのつもりでいただけだし、当の本人が別にいいというのなら、俺としては言うことがない。
リフレイアも問題ないみたいだし、けっこう良いアイデアなんじゃないか?
「もちろん、第2陣がこっちに接触してこないなら、このままメルティアの攻略を続けるのでもいい。どっちに転んでも対応できるようにしておこう」
「わかった。ジャンヌがいいなら、俺としては異論無い」
「私もです。グラン・アリスマリスに行くなら、闇都ミリエスタスも見に行きましょうよ。世界最古の、そして世界唯一の闇の天然神殿なんですよ! すぐ近くですから!」
むしろウキウキとしだすリフレイア。
旅か。この世界に来て、考えてみたら、ほとんどずっとこの街にいるからか、俺も少しだけワクワクする。
ということで、最悪逃げるという方向で決まった。
俺は結局、フェルディナントが言った「あんなこと」の話はしなかった。
俺個人に関する話だろうし、俺も気にしないことにしたからだ。
もちろん気にはなるが、知ったからといってどうなることもないのだ。
逃げるのならば、尚更。
――その後、リフレイアが作った料理を食べたが、想像を絶するワイルドさでジャンヌがハッキリと「マズい」と言った。
しばらくは料理担当は俺がやったほうがいいだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます