194 今後のこと、そして邂逅

 3日経った。

 例の3人組は出待ちするのを止めたようで、その後1度も見かけていない。

 もしかするともう街を出たのかもしれない。


 この3日で、俺たちは4層の半分くらいまでを探索した。

 リザードマン、サハギン、マンティス、カニ。

 魔物は強いが危険を感じるほどではなく、かといって3層ほど簡単でもない。たぶん、これが『自分たちのレベルに合っている階層』ということなのだろう。

 まだラミアとスキュラには出会っていないが、もし遭遇したとしても絶望的な状況に追い込まれる可能性は低いと思う。

 ……まあ、もともとチートアイテムである「結界石」を持っている俺達は現地の探索者と比べても格段に安全マージンが大きいというのもあるのだが。


「このままいくと明日にはラミアの巣に到達するな。スキュラもそこにいるんだっけ?」

「そうですね。居ないときと居るときがあるみたいですけど」

「巣にスキュラがいたとして、さすがに全部同時に戦うのは無理だろう。上手く一匹ずつラミアを釣って減らせばなんとかなるだろうが」

「釣るって……そんなお魚みたいに……」


 お手製の地図を広げて俺たちは作戦会議を開いていた。

 4層の手強い魔物の中でも、ラミアとスキュラは特別強い魔物だという。

 特にスキュラは格段に強力でサイズも大きく、俺たちのように人数の少ないパーティーは相手にするリスクがかなり高いとか。

 それでも、俺たちは戦うことに決めていた。


「スキュラを倒せば金等級か。俺たちってまだ黒檀級だけど、飛び級できるのか?」

「できますよ。スキュラ討伐は生半可じゃあ不可能ですからね、不正の余地もありませんし」

「不正……あるのか? やっぱ」

「銀等級まではあるみたいです。ギルドもあんまり取り締まってないみたいで」


 不正とは、実際には探索者として貢献していないのに、精霊石の買い取りで実績だけを上げる行為のことだ。

 実際のところ、金さえあれば他の探索者から相場より高く精霊石を買い取り、それをギルドに納めれば実績値を上昇させることが可能だ。

 ギルドもそれを取り締まることはできない。迷宮内で取引されてしまえば、現行犯で見つけるのは困難だからだ。


「だから金以上は特別なんです。金等グノーム級になるにはスキュラ討伐の申請を出さなきゃいけませんし、実際に倒した証を持って帰ってからも、ギルド員がパーティーの査定をするらしいですから」

「そんなのあるんだ。ギルドってそういう仕事しないのかと思ってた」

「ほとんどしないですけどね……ギルドって、迷宮内に入る仕事は。金等級の査定だけですから、実質」

「なるほど。それなら年間に数回あるかないかってことなのか」


 とにかく、グノーム級……金の階級章を得る為には、4層最強の魔物である「スキュラ」を討伐しなければならない。

 ちなみに、さらに上がオンディーヌ級。魔導銀の階級章。

 これになるには、6層への到達が条件になる。6層はもう何十年もクリアされていない階層で、とにかく魔物が強いらしい。

 昔、リフレイアの師匠が探索者だったころは、5層への到達が魔導銀へ上がる条件だったらしいから、探索が進むほど難易度は上がるということなのだ。

 未踏の区域へ進んだ「本物の探索者」が高い階級になるのは当然であるのかもしれないが。


「師匠がサラマンドルに上がったのって、5層で一番強い魔物であるピットフィーンドを討伐したからなんですよね。師匠のパーティーが一番最初だったとかで」

「今は違うのか?」

「1度倒された魔物は情報も出回りますから、倒すのも少し簡単になります。サラマンドルに上がるにはその時の最下層の強い魔物を倒さなきゃダメなんです。今、真紅の小瓶が6層にチャレンジしてますけど、一番奥にいる魔物が滅茶苦茶に強くてまだ倒せてないそうなんです。それを倒したら彼女たちがサラマンドルになります」

「あの人たちでも倒せない魔物か……」


 真紅の小瓶クリムゾン・バイアルの戦いは3層でのものを1日見ただけだが、リフレイアと比べても隔絶した力を持っているように見えた。

 そんなパーティーでも6層のボスは倒せないとは……。


「でもボスまで行ったのなら、下への階段はもう見つけているんじゃないのか? 先に7層を見に行けばいい」

「ジャンヌさん、それがですね……、下への階段をその魔物が守っているらしいんですよ」

「ほう。ゲームみたいだな」


 ゲームて。

 でもまあ、わかる。ゲームみたいだ。


「そんな下の階層のことは今のとこいいだろ。問題はスキュラだ。どうする? 本当に倒しに行くのか?」

「無論行く。というより、さっさと4層はクリアして5層に行きたい」

「4層は濡れるし寒いし暗いですからね……。私もジャンヌさんと同感です」

「じゃあ、次回から『スキュラ討伐』だな」

「血湧き肉躍る冒険だな! ぶっ殺してやる!」

「ジャンヌさんって、けっこう物騒ですよね……」


 パーティー名をバトルジャンキーにするくらいだから。

 ジャンヌが戦いを楽しんでいるのは明白で、俺たちのパーティーは他の探索者と比べてもかなり稼働率が高いと思う。その分、どんどん位階が上がって強くなっていく……はずだが、自分ではよくわからない。

 4層でも普通に戦えているのだから、当然強くなっているのだろうとは思うけど。 


 さて。

 我々は今、リビングのテーブルに地図を広げてこんな話をしていたわけだが、今日は休日である。

 何日か連続で迷宮に潜り、1日休むというスケジュールを組んでいるのだ。

 だから、スキュラ討伐に乗り出すのは明日以降ということになる。

 ここからは自由時間だ。


「じゃ、俺ちょっとヲリガミさんの様子見てくるよ」

「私は今日は料理を作りますね。いつもヒカルにやってもらっちゃってるから」

「じゃあ私は風呂に行ってくる」


 ということで、俺は家を出た。

 ギルドに顔を出して、迷宮入場の登録をする。これをしなくても入り口で止められるということはないのだが、規則だ。行方不明になったときにちゃんと登録をしてあれば、迷宮内で死んだと判断されるのである。


 一層に入り、ヲリガミさんを探す。


「お、いた。武器持ちと戦ってるのか……。大丈夫かな?」


 武器持ちのスケルトンと、素手のスケルトンとでは危険度は段違いだ。

 ヲリガミさんは、鉄の棒を両手で持ち、スケルトンの攻撃を避けすぐさま攻撃に移った。弱点を狙う戦い方ではなく、当てられてる部分に当てていく戦法らしい。

 手首を打たれたスケルトンが武器を取り落とすと、ヲリガミさんはすぐさま魔物の頭部を攻撃した。

 頭蓋骨が外れ、そのまま消滅。

 スケルトンは小さな黒い精霊石へと変化した。完勝である。


「ヲリガミさん、おつかれさまです。武器持ちでも余裕そうじゃないですか」

「おお、ヒカルくん! いやぁ、ようやく慣れてきたとこですわ。動物型のはまだ慣れないしねぇ」


 謙遜かブンブンとオーバーに手を振るヲリガミさん。

 動物型というのは、馬や犬のスケルトンのことだ。俺も数回しか戦ったことはないが、確かに慣れないと倒すのは難しいかもしれない。

 ちなみに、1層の魔物は「スケルトン」であり、このスケルトンには「人型」「人型(武器持ち)」「犬」「馬」の4種類がいる。こいつらは全部弱く、初心者の訓練に良いと棍棒を持った青銅級の探索者の格好の練習相手になっている。


「じゃあ、ソルジャーはまだですか?」

「殺されちゃいますよ! 安全マージンをたくさん取らなきゃ、継続できませんからね。継続は力ですから!」

「確かに」


 もう少し奥に進むと、剣と盾、鎧を装備した「スケルトンソルジャー」が出る。

 極稀に幽霊型の魔物である「ワイト」も出るが、こいつは物理攻撃がないのに「ダークミスト」を使ってくるだけのザコである。

 前にジャンヌが何体も倒したボーンナイトは、一番奥の城まで行かないと出ないから、望まぬ遭遇となることはない。


「お、そうだ。ヒカル君に紹介して欲しいっていう子たちが来てるんだけど、いいかな」

「え?」


 ヲリガミさんが朗らかに笑って言うから、俺は一瞬何のことか理解できなかった。


「お~い、ミスターヲリガミ。こっちのも倒したよ」


 俺が返事に困っていると、少し離れた建物の向こうから、別の探索者の青年が姿を現した。

 2人だ。

 金髪の貴公子然とした男と、茶髪で仮面を付けた男。

 金髪は少し年上だろう。高そうな服を着ていて、見るからにプライドが高そうだ。

 仮面の男はよくわからない。

 2人とも食い入るような目線でこちらを見ていた。


「金髪のイケメンがフェルディナント君。仮面の子がミスターファントム」

「ミスターファントム……?」

「転移するときに『記憶喪失』を取っちゃったとかで、記憶がないんだって。ファントムってのは、こっちで付けた新しい名前だって」


 記憶喪失? そんなものが転移時に選べたのだろうか。

 いや、そんなことより――


「転移って……つまり、あの2人は転移者ってことですか?」

「そう。第2陣なんだって。僕やヒカル君のこともみたいだよ」


 2人の青年が近付いてくる。

 俺は背中から冷たい汗が噴き出るのを感じていた。

 ジャンヌや、リフレイアが側にいる時とは違う。

 今、俺は1人だ。

 あいつらは誰だ? なぜ、俺を紹介して欲しいなんてヲリガミさんに頼んだ?


 ヲリガミさんの横顔には一切の邪気がない。

 あの転移者も別に悪い人間ではない……そういうことなのだろう。

 何者かなんてわかるわけがない。1層で活動するくらいだ、戦闘向けのギフトを得ていないのだろうし、直接的に害される心配は薄い……と思う。もちろん、ジャンヌのように戦闘系を持っているが1層で練習をしているとか、銃を持ち込んでいるなんて可能性はあるにはあるが……。


 2人は、そのままの足取りで近付いてきて、俺の前まで来た。

 正直に言ってしまえば逃げ出してしまいたかったが、ヲリガミさんの手前、それもできずとりあえず挨拶くらいは……と諦めるしかなかった。

 金髪がニコリと微笑む。


「はじめまして、黒瀬ヒカルさんですね。私はフェルディナント・デ・シュメト。ベルギーから来ました。いつも、配信見させていただいていました。大変でしたね」

「え、あ、ああ……」


 笑顔で握手を求められて俺は狼狽した。

 配信を見ていた。

 ハッキリそう言われて心臓を掴まれたような気分になる。

 

 足元がおぼつかない。

 俺は今、どんな顔をしているんだろう。

 とても普通の受け答えができるような心境ではなかった。

 だが、せめて表面上だけでも取り繕わなければならない。


 思わず目線をさまよわせると、ファントムとかいう仮面の男が、燃えるような瞳でこちらを見ていた。

 仮面は顔全体を覆うもので、どんな表情をしているのかわからない。

 なぜ、そんな目で俺を見るのかもわからない。


「こいつはファントム。記憶喪失でしてね。私が保護したんですよ。転移者同士は助け合わなければなりませんから。なあ、ファントム」

「………………」

「すみません、こいつ無口で」


 記憶喪失の男は、喋られないらしい。いや、喋れないのか。

 どちらにせよ、すごい目で俺を見てくるが、しかし記憶がないのなら、俺のことだって知らないはずだ。このフェルディナントから何かを聞かされているのだろうか。


「私もファントムも、こちらに来たばかりで不慣れですからね。また改めてご挨拶させてください。……今日は、体調も優れないようですし」

「え、ええ……」

「……まあ、せっかく頑張ったのにになってしまったんですから、当然ですよね……」


 眉間に皺を寄せ、同情的な顔をしてフェルディナントはそう付け加えた。

 あんなこと……とは?


「それでは、失礼いたします。おい、ファントム行くぞ」

「…………ああ」


 フェルディナントと名乗った男と謎の仮面の男は、そう言うだけ言って去っていった。

 最後のあの表情。

 なんなんだろう。何のことを言ったのか、全然心あたりがない。

 胸にザワつきが広がり、あの2人が去ってからも心臓がバクバクして、気分が悪い。


「なんか本当に体調悪そうだけど大丈夫かい?」

「は、はい。ちょっと驚いただけですから……大丈夫です。大丈夫……」

「そうか。ごめん、急に紹介なんてして」

「いえ……」


 ヲリガミさんにまで心配されてしまった。


 俺自身、わかっていなかったが、思っていたよりも第2陣にビビっているらしい。

 また来ると言っていたし、心構えをしておかないとな……。

 あいつが言った「あんなこと」って何のことなのかも、確認したい。

 いや……関わらないと決めたのだし、無視を徹底するべきなのだろうか。

 結局、俺は弱いままだ。こうしてすぐに惑わされてしまう。


 明日からスキュラ討伐をするというのに、嫌な気分だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る