190 ヲリガミさんの折り紙、そしてリフレイアとの距離
「うわぁ! トンネルを抜けたら地下都市だった! テンション上がる~~~」
作られたセリフか、それとも心からの感嘆か。
ちょっと腰が引けてるから前者かもしれない。
迷宮は魔物たちのひしめく場所。一層にはスケルトンしか出ないとはいえ、連中が人間に敵対し攻撃的な性質を持つことは間違い無いのだ。
魔物がいない場所で一通りの説明を終えてから、ヲリガミさんは配信者モードを一旦止めて、話しかけてきた。
「それではヒカルくん。いよいよ戦っていってみようと思うんですけども」
「いいんじゃないでしょうか。とりあえず何にも武器を持ってない奴で慣らしていきましょう」
ヲリガミさんは、一番最初の『基本アイテム詰め合わせ』をとったとかで、短い槍とショートソードを元々装備していた。防具も皮の胸当てと、革手袋を装備しているし、1層の探索者としては十分過ぎるものだろう。
まあ、武器に関しては剣や槍よりも棒のほうが扱いやすい関係で、今日は昨日手に入れた鉄の棒を装備しているが。
「そういえばヲリガミさんはボディアーマーを手荷物で持ってこなかったんですか?」
アメリカ製の超高性能ボディアーマーを日本の転移者は全員支給してもらえたはずだ。
だが、ヲリガミさんの装備にそれらしいものはない。
「ボクはボディアーマーは辞退しました。自分のアイデンティティを優先したといいますか……どうしてもコレを持っていきたかったので」
「あ、なるほど」
ヲリガミさんがバッグから取り出したのは、彼の名前の元にもなっている「折り紙」だった。100枚入りのものを持てるだけ持って来たのだろう。
「ボクはヲリガミですからね。これがなければ始まりませんよ」
ヲリガミさんといえば創作折り紙が有名で、中でもファンタジー折り紙シリーズは、屈指の人気を誇っていた。この世界でも、ドラゴンやゴブリンの折り紙はウケるだろう。
話しながら、器用に折り紙を折っていく。
あっというまに出来上がったのは、折り鶴だ。
「よかったらこれ。お近付きの印に」
「わ、いいんですか? さっきまで紙だったのに……すごい。可愛いですね」
「これはボクやヒカル君の故郷の鳥で、ツルといいます。今日は赤い紙で折りましたが、実物は白い鳥でとても美しいんですよ」
ヲリガミさんの手折り鶴。俺が欲しいくらいだが、リフレイアたち異世界人にとってはまさに見たこともないような文化だろう。
是非、大事にして欲しい。
「それでは、あのスケルトンと戦闘をします! みなさん、応援よろしく!」
1層は廃屋が建ち並ぶ廃墟街のような階層で、スケルトンたちがあてどなく徘徊し、オバケが苦手な人にはまあまあ辛いであろう場所だが、ヲリガミさんはそこは問題なかったようだ。
一体のスケルトンを発見し、実況しながら身構える。
俺もカメラを握る手に力が入る。
「……リフレイア、危なそうだったら助けに入ってくれ」
「えっと、それはいいですけど。さすがにスケルトンには負けませんよね?」
「いや……わからない。争い事とかしたことなさそうな人だし」
ヲリガミさんは優しい人だ。本当はこうして魔物と戦うのだって嫌なのだろう。
それでも強くなければ生き残れない世界だから、無理して気丈に振る舞っているのだ。
迷宮に入ってから、彼がずっと震えているのに俺は気付いていた。
「ヒカルが優しいって言うくらいじゃ、ものすごく優しいってことじゃないですか?」
「……まあ、もちろん俺はただのファンだから。本当のあの人のことを知っているわけじゃないけどな。……でもわかるよ」
俺はいつでもシャドウバインドを発動できるように身構えながら、ヲリガミさんがスケルトンを倒すのを見守った。
腰が引けていたし、手打ちになって、なかなか倒せなかったけど、それでもなんとか自力でスケルトンを倒してのけた。
精霊石を拾い上げ笑顔を見せるヲリガミさん。
たぶん、こんな姿が「普通」というものなのだろう。
やっぱりジャンヌは異常で、俺もまた少し異常だったかもしれない。
その後は、ヲリガミさんが実況を交えながら武器を持たないスケルトンと戦うのを見守った。
「いやぁ、やっぱり魔物と戦うと注目度が違いますね。視聴者も一気に増えました。もしかすると1億人超えるかもしれませんね」
「えっ」
4体目のスケルトンを倒したヲリガミさんが笑顔で言った言葉に、俺はつい声をあげてしまった。
ヲリガミさんでも視聴者は1億人より少ない。そういう意味の言葉だったからだ。
俺は今ではほとんどの日で1億人を超えている。迷宮に一人で籠もっていた頃はさすがに視聴者は減っていたが、リフレイアと組むようになってからはずっとだ。
(……やっぱり、俺の視聴者は……多いのか?)
ヲリガミさんは日本ではかなり有名な人だ。
そんな彼でも1億人には滅多に届かないとなると、俺の視聴者数が未だに上位にいるのは当然『炎上』の副産物だろう。
ナナミが生き返ってから、今まで……視聴者は第2陣転移者が来て多少減ったとはいえ、それでもまだかなり多い。
なにせ俺はジャンヌの視聴者数とそう変わらない視聴者数を未だに維持しているのだ。
人気者のジャンヌとそう変わらない視聴者数があるという時点で、何か特別な力学が働いているのは間違いがなかった。
もちろん、注目度の高いジャンヌやリフレイアといっしょに暮らしているからという部分も当然あるだろうが、本来俺が注目されるような要素はない。
別に面白いことをしているわけではないし、今はただ生活しているだけに近い。視聴者を意識した動きをしているわけでもないのだ。
(ナナミは……うまく弁明できなかったのか。それとも殺された相手のこと見ていなかったのかも)
ナナミが俺が犯人ではないと釈明してくれたのなら、俺の視聴者数はもっと落ち着いているはずだ。少なくともヲリガミさんよりは少ないに違いないのだ。
しかし、同時にこれはどれもこれも推測に過ぎず、確かめる手段だってないというのもまた事実なのだった。
――結局、ジャンヌの言う通り前の世界のことを『忘れる』ことが一番なのだろう。
それができるのなら……そうするべきなのだ。もう戻ることのできない世界なのだから。
実際、最近はやっとそう考えることができてきていた。
――1つのことを除けば。
「ねえねえ、ヒカル。今夜はなに食べます?」
「ヒカル。4層って無理に攻略するより、さっさと下の階層に降りちゃって、5層で活動したほうが安全に魔物を狩れるって知ってました?」
「ヒカル。あの家、夜ちょっと寒くありません? 広すぎるんですかね?」
「あー、今日って、ひさしぶりに二人きりですね?」
「ラブラブツインバード復活ですね!」
ずっと隣で俺に話しかけてくれるリフレイア。
彼女と再会してから、俺は上手く接することができずにいた。
いや……表面上は普通に接している。
……できているはずだ。……あまり自信はないが。
彼女を利用して視聴率レースを勝ち上がろうとしていたころは、彼女の気持ちさえ利用してやろうとしていて。我ながら最悪だけど、必死だったのもあり、ある意味では真っ直ぐに彼女のことを見ることができていたと思う。
でも今の俺は、しっかりと向き合うことができていない。
彼女の好意を理解しているくせに。
ただ同時に、いつまでもこのままではいけないとも、わかっていた。
今日は二人きり……ヲリガミさんもいっしょだが、ジャンヌがいない今こそしっかり話しておくべきなのだろう。
「なあ、リフレイア」
「なんですか?」
「えっと……」
輝くその瞳で見つめられて、俺は言葉に詰まった。
彼女が戻ってきて、いっしょに暮らし始めて……まだ1度もそういう話をしたことはない。ジャンヌが「家では恋愛禁止」と宣言したからだろう、彼女もそういう話をするのを避けていたのだと思う。
だからこそ、俺も普通に接することができていたというのもあるが。
「ええっと……そのだな……」
話のとっかかりがない。
今まで、そういう話をしないように、ただ普通に2週間近く同居してきたのに今更自分で色恋の話を蒸し返すのは、恋愛初心者の俺にはハードルが高かった。
彼女の行動の節々に、俺への変わらぬ好意は感じていたけれど、でも離れていて、戻ってきて……それから確認したことはない。
これは難しいぞ……。
「えっ、ええ? ヒカル、そんなもじもじして…………ひょっとして、愛の告白ですか? 二人きりですし!」
俺が言葉に詰まっているのを見て、なにを勘違いしたのか目を輝かしてそんなことを言い出すリフレイア。
「近いけど……そうじゃない。リフレイアが戻ってきてから、なし崩し的な展開ではあったけど、いっしょに暮らしちゃってるからさ。それでいいのかなって、ずっと思ってて」
「ヒカル……そんなこと考えてたんですか?」
「そりゃ考えるだろ……。俺はあの時、お前とはもう会わないつもりだったし、その……好意を示されていながら、拒絶したんだから。あれから、俺の事情は別に変わってないってこと、リフレイアだってわかってるだろ……だから」
「あー、まあ……そうですね。その件、もちろん私だってわかってます。わかっていますとも。ちゃんとジャンヌさんとも相談してまして、私も私でちゃんと考えてますから大丈夫です。ドーンと大船に乗った気持ちで居てくれれば!」
胸に手を当てて言うリフレイア。
なんとなく話が噛み合っていないような気もするが……。
「ジャンヌと相談って?」
「秘密です。ヒカルは大船に乗ったつもりで、ただ乗っていてくれればいいんです。今まで通りにしていてくれれば、それだけで!」
「う、う~ん?」
妙に大船に乗るという慣用句を使いたがるリフレイアだが、彼女自身は俺とのことに関して悩んではいないようだ。
彼女がいいなら、いい……のだろうか。なんとなくムズムズするが、仕方ない。
とにかく、彼女は現状で良いとしているということなのだろう。
ジャンヌがリフレイアを誘い、一緒のパーティーで活動している。現状を一口で言えばそういうことだ。俺とリフレイアとの関係は、とりあえずは置いておく。そういうことなのかもしれない。
そうこうしているうちに、ヲリガミさんはスケルトンをまた一体倒した。
もともとスケルトンは弱い魔物だが、体力アップレベル1を取った成人男性にとっては容易い相手なのだろう。
「慣れてきたみたいですし、武器持ちとやってみますか? 動きは同じように遅いですし、それほど難しくないと思いますけど」
「いえ、今日はもうやめておきます。2時間程度しかやってないのに、すごく疲れました……」
ヲリガミさんの表情は明るいが、なんとなくげっそりと老けたようにも見える。
魔物との戦闘は、相手が弱い相手だろうが命懸けであることに変わりは無いということなのだろうか。
慣れればほとんど苦にならないというか、「バイクの運転はケガをしたり死んだりする可能性がある」みたいな話に近いと俺は感じているのだが、だとしても慣れないうちは怖いものであるのは確かか。
俺は変に慣れすぎてしまっているのかもしれない。
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