191 謎の3人組、そして4層へ
「さて、今日も今日とて探索……といきたいところだが……。クロ、あの外にいるの知り合いか?」
ヲリガミさんと1層を回った次の日。
朝飯を食べてから迷宮へと繰り出そうと玄関を開けたジャンヌが、すぐに引き返してきて言った。
ソッと覗いてみると、知らない3人組が家の前にいる。
なにかをしているとかでなく、ただ立って玄関のほうを注視しているようだ。気味が悪い。
「なんだろ……。俺も知らない。リフレイアは?」
「私も見たことない人たちですね。なんなんでしょう」
男が1人と女が2人。髪の色は男がブラウンで、女2人はブルネットだ。というか、女の一人はインド系に見える。このあたりでは見かけない顔立ちだ。
残る二人はヨーロッパ系だろうか? 彫りの深い顔立ちで、アジア系ではなさそうだ。
「転移者じゃないか? ジャンヌはどう思う?」
「間違いないだろうな。転移者はまず装備が現地人とは違うし、全体的な雰囲気も馴染んでないからな。もちろんクロみたいな例外もいるだろうが」
「なんで俺が例外なんだ?」
「お前は妙なくらい馴染んでいたよ」
馴染んでいるのだろうか……? まあ、最初から闇市を利用してたくらいだし馴染んでいるように見えるのかも。そういえば、あそこの親父さん元気かな。
「私達に用があるんだろう。クロ、どうする?」
「どうするったって……ジャンヌはどうしたい?」
「無論、関わり合いになりたくない。私はこう見えて人見知りなんだ」
「それは知ってた」
俺だって関わり合いたくはない。
俺のことを知らない現地の人となら、それなりに接することもできるようになったが、転移者……それも第2陣はダメだ。むこうが一方的にこちらのことを知っていて、あまつさえこうして家にまで来るなんて、普通に怖いし気持ち悪い。吐き気すら覚える。
「レーヤに蹴散らしてもらうか」
「ちょ、ちょっとジャンヌさん。私、そんなことしませんよ? 何もしてない人に危害を加えたら捕まっちゃいます。特に探索者は罪が重くなるんですからね?」
「あいつらは転移者だから、現地人には強く出れない……と思う。レーヤがちょっと注意すれば散るかもしれない」
「そんなのわからないじゃないですか! なんか、すごい強い武器持ってるかもっていつも言ってるのに」
頼みの綱のリフレイアは嫌らしい。
目的が不明で不気味だもんな……。
転移者対策の話は、たまにする。
そんな中でも、武器……厳密には銃を持ち込んだやつには特に注意しなければならないとは、よく話していた。
あの3人がいきなり銃をブッ放してくる可能性は低そうだが、それだってわからないのだ。ここは地球の法の及ぶ場所ではない。銃のない世界では銃は無敵だ。相手は証拠不十分で捕まることすらないに違いない。
「……裏口から出よう。メッセージが凍結されていて助かったな」
この家には裏口がある。
細い路地に繋がっており、新規転移者にはハードルが高いだろう。それに、裏口は新規転移者は存在を知らないと思う。木の陰に扉が隠れていて、住人である俺たちですら最近見つけたのだ。
ギルドで声を掛けられたりしたら面倒だが、そこはもう無視でいいだろう。
俺たちはうまく家を抜け出し、ギルドに寄った後グレープフルーを雇って迷宮に入った。
1層では、ヲリガミさんがスケルトンと戦闘をしていた。
まだ武器持ちとは戦わず、ひたすら武器を持たない素ケルトン相手に経験値を溜めている。確実で堅実だ。あの様子なら一人でも大丈夫だろう。
そのまま2層を抜け、3層へ。
3層での狩りはもうかなり慣れた。
リフレイアは元々3層専門で半年以上は活動していたわけだし、俺も一人で探索した経験からここの魔物相手なら負ける気がしない。
鼻歌交じり……とまでは言わないが、誰もが心の中では次の階層へ進むべきと考えていたと思う。
ガーデンパンサーを倒すまでは4層に降りない。
そのジャンヌの方針に従って3層での狩りを続けていたが、そろそろ次へ進む頃合いなのではと。
そんなことを考えていたからというわけではないだろうが、昼を過ぎたころ、ついにその魔物が姿を現した。
「ニャニャニャニャ。聞こえる、聞こえるにゃ。ガーデンパンサー! 右から来るにゃん!」
「ついに出たか! 待ちくたびれたぞ」
ジャンヌが瞳を爛々と輝かせ、肩を回す。
ガーデンパンサーは、白い巨体から霧を発生させる魔物で、姿はその名の通り猫科の猛獣であり、地球のパンサーよりも遥かに大型だ。
迷宮には人型の生き物が多く、連中は武器を使うが動きは人間準拠であり、比較的与しやすいという弱点を持っている。
だが、ガーデンパンサーは文字通りの猛獣である。それだけで人間よりも根本的に強い。
さらにこいつはダークネスフォグの闇の中でも、相手の位置を特定してくる。
前回戦った時はなんとか勝てたが、決して油断していい相手ではない。3層の他の魔物とは一線を画す強さを持つ魔物。それがガーデンパンサーなのだ。
「ダークセンス! あそこから来る! ジャンヌ、初撃をしのいでくれ!」
「まかせろ」
霧の中から高速で飛び出してくるガーデンパンサーの初撃は強烈だ。不意打ちで決められたら、いつかの探索者のように即死もありえる。
俺が指さした先の霧の中から、ガーデンパンサーが飛び出してきたのは、指示を出してすぐのことだった。
霧とほぼ同化しながら現れるガーデンパンサーは、来るとわかっていても、突然湧き出したように見えるほどカモフラージュ効果が高い。
ダークセンスがなかったら、キチンと対応するのは難しいかもしれない。
全身鎧と大盾を構えたジャンヌへと飛びかかるガーデンパンサー。
俺はシャドウバインドの準備をして後方で待機。
精霊術の発動のトリガーは、その術名をハッキリと口に出すことだが、「使う」という意思が固まっている状態で術を使うのと、ただ口に出すだけとでは、その発動の速さも強さも違ってくる。
ガツン! と自動車が正面衝突したような音が響き、しかし、ジャンヌは吹き飛ばされることもなく、パンサーの巨体の一撃をその盾で受け止めた。
「シャドウバインド!」
バインドは相手への指向性がある術というよりは、設置型トラップに近く、相手が高速で移動していたり、空を飛んでいたりすると使うことができない。
ガーデンパンサーも本来なら決めるのが難しい相手だ。
だが、前衛に止められた瞬間なら――
「ガァアウ!」
闇の触手に絡め捕られ、逃れようと藻掻くガーデンパンサー。
全身が筋肉でできているような巨大な猫科の猛獣である。バインドの有効時間はそれこそ数秒。だが、その数秒で十分だ。
「ハァ!」
「とうっ!」
リフレイアの縦切りと、正面にいたジャンヌの片手剣による突き。
どちらの攻撃も重く深々と相手の身体を損傷させ、たった一合でガーデンパンサーは大きな精霊石へと姿を変えた。
「楽勝だな。確かに他の3層の魔物よりは強いが」
「いや、これフルーがすぐに見つけてくれたからだから。最初崩されてたら、もっと苦戦してたと思うぞ」
「む、それもそうか」
魔物との戦い……いや、たぶんすべての戦いがそうなのだろうが、有利な状況で戦うというのは非常に重要だ。逆に言えば、それだけ「不意打ち」は効果が高い戦術であるともいえた。俺の精霊術は不意打ちに特化しているから、物理戦闘をする補助術としては、実はかなり強い部類だったのかもしれないと、最近は思い直している。
それぞれの属性にメリットデメリットがあるのは当然だが、闇も決して悪いわけではないのだ。
「フルーもありがとな。フルーが気付かなかったら、初撃貰ってたかもしれない。助かった」
「当然の仕事をしたまでにゃん!」
謙遜するグレープフルーだが、胸を張ってドヤ顔だ。
猫のドヤ顔は可愛い。
「偉いぞフルーちゃん。偉い偉い。もふもふ」
「にゃにゃにゃにゃ! 顔を捏ねくりまわさにゃいでにゃ~~~」
さっそくジャンヌにモフモフされてしまった。
彼女なりに普段は節制しているらしいが、触れそうなチャンスでは、全然遠慮せず撫で回すので、最近はちょっと警戒されているようだ。
「とにかく、これで3層はクリアだな。まだ時間はあるし4層に行ってみよう」
「ええ~。これからですか? 4層って濡れるし暗いし寒いし魔物は強いし、ちゃんと準備していかないと厳しいですよ?」
「知っている。予習はしてある。マップもな。だが、どんな感じかだけでも見ておきたいんだ」
ということで、4層へ。
4層は「雨竜大瀑布」。巨大な滝の周辺が迷宮になっているような階層だ。
だいたいどこもかしこも滝の水で濡れているし、飛沫で濡れるし、気温も微妙に寒い上に、階層全体もまあまあ暗いという不人気マップである。
わりとよく見かける巨大カニやリザードマンですら、マンティスに優るとも劣らない力があり、4層から一気に難易度が上がる。メルティア大迷宮の常識である。
長い階段を降りていく。
3層では活動する探索者パーティーが多く、カエル広場のあたりには常に何組かいるのだが、4層では急に活動する探索者が減る。
それだけ、なにかあった時には助けて貰える可能性が減るということだ。
「ヒカルは前にこっそり一人で来たんですよね? 私を置いて」
私を置いてのところを強調してリフレイアが言う。
「そうだな。あの時は必死だったから。といってもちょっと入り口付近を見て回っただけだよ」
「戦闘はしたのか? 一人で?」
「したよ。スライムは精霊術で一発だから問題がないけど、カニとリザードマンはかなり危険だ」
「ふむ……精霊術がない私は、むしろスライムには気をつけないとならないかもな」
ジャンヌはスライムとは相性が悪そうだ。どれほど防御を固めていようと、貼り付かれたら意味がなさそうだし。
まあうちのパーティーではそういう状況に陥ることはないだろうが。
「うわぁ。前にも来たことありますけど、本当に凄いですね」
4層への階段を下り終えたところで、巨大な滝が俺たちを出迎えた。
高低差200メートル以上はある滝である。こんなものが地下にあるなんて、冗談だろうという感じだが、迷宮とはそういうものと考えるしかない。
一層一層が隔絶された異界なのだ。
「すごいな。私、滝って初めて見た。カメラモードで撮影しておこう。これって録画はできないのか?」
「録画はできないだろ。ていうか、滝見るの初めてなのか」
ジャンヌがカメラで滝を撮影。
このカメラモードは、ステータス画面から選択することで手元にハンディカメラ(しかも、デザインが古い。昭和だ)が突然出現し、俺たちを映してる不可視の「神カメラモード」から、マニュアルカメラへと切り替わるのだ。
積極的に映したいものがある時は便利だろう。
配信者であるヲリガミさんは、かなり頻繁に使っているようだった。
「綺麗だし、迫力もあるし、なんというか……癒やされるな」
「そうだな。前に来たときも圧倒されたけど、何度見ても凄い。これ、地球だったら観光名所になるぞ」
「フランスにはこういうの無いからな。ピレネー山脈のほうに、なんかあったかもしれないけど、行ったことないし」
フランスには滝が無いのか?
確かに、なんか平地ばっかというイメージがある。というかフランスのこと全然知らないな俺。
日本は滝が多いし、俺は小学校のころ遠足で見た。
「私は……元々引き籠もりだし、家族もいなかったからな。バカンスで山に行ったりとかしたことないんだ。モンブランには1度行ってみたかったけど」
家族がいない。
それはサラッと出た言葉だったが、あまり自分の話をしないジャンヌの新しい情報だった。
家族のことは俺もあまり話したくない。
妹はともかく、両親とは折り合いが良くなかったし、世間一般的な意味で「良い親」では到底なかった。
いや、ダメ親だとハッキリ言ってしまってもいいだろう。
「家族旅行は俺もしたことないよ。妹の引率であっちこっち行ったことはあるけど、泊まりってのはなかったな」
「レーヤの親は厳しそうだけど優しそうだったな」
「え~、うちの親ですか? あれって妹が治ったからあんな感じでしたけど、元々私には冷たかったですよ? 私だって家族で旅行なんてしたことありませんもん」
リフレイアはそう言うが、あの母親にはリフレイアに対する愛情を感じた。
冷たいといっても、うちの親の「冷たい」とはだいぶ種類が違いそうだ。
「まあ、なんにせよ探索だ。レーヤの言う通り、あまり戦闘には向かなそうな階層だな。さっさとスキュラを倒して5層に行きたいところだ」
「さっさとって……スキュラ倒す気なんですか?」
「いずれはな」
スキュラは4層最強の魔物で、ラミアを何体も伴って現れるヘビ女の親玉みたいなやつらしい。ギルドの説明だとよくわからないが、うねうねとした何本もの触手の下半身を持ち、巻き付いたり、ムチのように振るったりと多彩な攻撃を仕掛けてくるとか。
サイズも巨大らしく、全長4メートルほどもあるというから、しっかり準備をして挑む必要があるだろう。
ダークセンスを使ってから探索を開始する。
グレープフルーはいちおう4層の斥候ができるらしいが、これ以降の階層は、本来雇われのリンクスの領分ではないらしい。
「すみません、私……たぶん4層では役に立てにゃいです。ほんの数回、滝だけ見たいっていう探索者に付いてって見た経験しかにゃいですし」
「誰だって初めてはあるだろ。だんだん覚えてくれればいい。この階層って、音がうるさくて俺たちだと魔物の接近に気付かなそうだし」
「わかりました。集中していくにゃん!」
グレープフルーがピンと耳を立てる。
ギルドの注意書きでは、いきなり飛び出してくるサハギン。そして音もなく近付いてくるラミアに注意とあった。
特にヘビ女であるラミアは、足音もしないだろう。
ダークセンスがあるといっても、常にずっと使い続けられるわけではない。戦闘中に音もなく近付かれたら、一撃を貰ってしまうだろうし、それが致命傷となる可能性も十分ある。フリーで警戒にあたる斥候は必須だ。
とりあえず本当に入口付近を少し歩き、サモンナイトバグでスライムを倒し、カニことジャイアントクラブを倒した。
カニはジャンヌが受け止めてリフレイアが攻撃すれば、普通に倒せた。1体でいるやつなら容易い相手だろう。問題は複数で出て来た時ではあるが。
その日の探索はそこで切り上げ、外に出る。
4層ともなると外に戻るのもそれなりの時間がかかり、出たころには夕方になっていた。
「あっ、出てきた! 出てきたよ!」
「ホントにジャンヌだ。テレビで見たのと同じでカワイ~」
「ヒカル君って思ったより小さいのね」
俺たちが迷宮から出たあたりで、口々にそう囃し立てる3人組。
朝、家の前で出待ちしていた3人だった。
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