188 黒檀級への昇格、そしてヲリガミちゃんねる襲来


 3層での探索は順調で、ガーデンパンサーこそ出てこなかったが、ジャンヌがいうところの「レベル上げ」という目的にはピッタリだった。

 連携も少しはできるようになってきた。

 ただ、3層ではイマイチ練習にならないという部分もあり、本格的な訓練は4層に降りてからになるだろう。なにせ、3層では、ほとんどの魔物を一撃で倒せてしまうのだ。死んだ魔物は精霊石になってしまうわけで、それでは連続攻撃の練習にはならない。


 そんな日が4日続いた朝、いつものようにギルドに寄ると、職員に呼び出された。


「ヒカルさん、ジャンヌさん。おめでとうございます。昇格です」


 出し抜けにそう告げて、真新しい黒い階級章を載せたトレイを持ってくる職員。


「昇格試験みたいなものがあるんじゃ?」

「お二人はすでに精霊石を納めた量が規定値を超えていますので、試験は免除となります」

「そうなんですか?」


 聞くところによると、精霊石を既定の20倍納めた探索者は、次の階級への試験が免除になるらしい。

 ただ、普通の探索者が免除になることはほとんどなく、元々戦えた人か貴族向けの抜け道的なもので、通常のルートでこれを達成する探索者はほとんどいないのだとか。

 まあ、リフレイアと俺とジャンヌとで組むようになってから、迷宮を荒らしてるのかというくらい魔物を狩りまくったのは確かではある。神様チートを使っている結果だから、ある意味では文字通りのズルで、昇格スキップしている感じは否めないが、それは言っても仕方がない。


「では、これよりお二人はドライアド級です。まあ、このペースではシルヴェストル級にもすぐ昇格できると思いますが、ひとまずはおめでとうございます」

「ありがとうございます」

「……ます」


 ジャンヌは妙に小さい返事。いっしょに過ごすようになって多少経つが、ジャンヌは一口で言うと「内弁慶の外地蔵」というやつで、特に大男には弱い。背の低い鍛冶屋のドワーフ親父とは普通に話せるから、筋肉が苦手というよりとにかくデカい男が苦手なのだろう。


 ドライアド級の階級章は真っ黒い木でできている。黒檀の階級。通称「エボニー級」だ。

 シルヴェストル級は、シルバーの階級章を持つ、通称「銀等級」。リフレイアはこの階級である。


 まあ、正直等級なんてどうでもいいのだ。

 等級が高いといろんな恩恵があるらしいが、今の自分の暮らしの中で関係があるとも思えないし。


 俺とジャンヌは元々身に着けていた青銅級の階級章を職員に返却し、新しい階級章を首にさげた。


「ふぅん。黒い階級章はなかなか格好良いな」


 ジャンヌは気に入ったようだ。俺は黒い服に黒い階級章で、いよいよ真っ黒だ。


「お二人の階級が上がりましたので、精霊石の買取価格も少しだけ上がります。今はまだ買い取り階層の制限はありませんが、銀等級からは1層の精霊石の買い取りができなくなりますので、ご注意下さい」

「えっ、そうなんですか?」

「ええ。ランクの高い探索者が浅層で魔物を独占しないための措置ですね」

「なるほど」


 銀等級なら1層が禁止。金なら2層も禁止。魔導銀ともなると3層の石もギルドは買い取らないらしい。

 まあ、俺にはまだしばらく関係がないが、2層が禁止になるのは痛い。金等級は目指さなくてもいいかもしれない。

 ……いや、迷宮を踏破しようというのに、そんな志の低いことではダメだろうか。

 もっと強く。4層くらい鼻歌交じりに抜けられる程度にはならなければ。


「あ、それとヒカルさんが来たら教えて欲しいって人が来てますよ。あちらに」

「えっ?」


 職員の言葉に俺はギクリとした。

 第2陣転移者達は結局俺たちに接触して来なかったが、ついに来たのか――


 俺たちは、職員が顔を向けたほうを見た。

 さすがに、こんなギルドで銃をぶっ放してくる可能性は低いだろう。というより、わざわざ挨拶してから攻撃してくる意味なんてない。出会い頭でやればいいのだ。

 なら、目的はなんだ――

 一瞬でいろんなことが頭の中を駆け巡る。


「やあやあ。キミがヒカルくん? いやぁ、会いたかった! やっと会えた! は~い、視聴者のみなさん、映ってますか? リアルヒカルくんですよ! 想像していたより、ずっとイケメンですね! って視聴者のみなさんは知っていたのか。知らないのはボクだけ? っていうか、ジャンヌさんもいっしょなんですね。そして、こちらの美女がリフレイアさんですか。うわぁ、本当に美人だ! 人生は不公平!」


 男は小走りで駆けてきて、いきなりまくし立てるように喋り始めた。

 あ、ああっ! 俺はこの男の顔を見たことがある――

 

「なんだ? このうるさい男は。いきなり失礼だな」

「そうですよ。誰が美女ですか。私か」

「ヲ……ヲ…………」

「お? どうしたんですか? ヒカル。そんなオバケでも見たような顔して」

「ヲリガミちゃんねるだーーーーー!!」


 なんで? なんで? あ、そうか、ヲリガミさんも第一陣転移者に選ばれてたんだっけ。

 なんでこんなとこにいるんだ???


「わは~、知っていてもらえたみたいで嬉しいなぁ。ハローこんにちは、ヲリガミです」


 腕をクルクルと2回まわし、少しおどけて敬礼するヲリガミさん。

 年齢は確か30歳を少し超えたくらいだったはず。柔和な表情をいつでも崩さず、マンガの糸目キャラみたいにいつも微笑んでいる彼はまさに「優しい近所のお兄さん」という雰囲気。

 彼は俺が子どものころからYouTuberをやっている人で、日本人なら知らない人はいない。初期のころは、いろんな創作折り紙をネットにアップしていたが、いろんな企画をやっているうちに国民的YouTuberとなった人物だ。

 何の因果か転移者に選ばれてしまって、それでも異世界転移に対して前向きな放送をしていたのを、俺は転移前に何度か見た。


「ヒカル、知り合いなんですか?」

「いや、知り合いじゃない。ただ、前の世界ですごく有名な人で……」

「む、そういえば転移前に見たことあるような……? ずいぶん風貌が変わっているが」


 第一陣転移者は1度国境を越えて集まっている。ジャンヌは英語の出来るナナミと少し喋ったらしいから、その時にヲリガミさんのことも見たか教えてもらったかしたのだろう。


 動画で見た――日本にいたころよりも少しワイルドになった姿。

 ジャンヌの言う通り、トレードマークの赤髪はくすんでいるし、メガネもかけていない。


「どうして俺に会いに? 俺が転移したのなんて第一陣はほとんど知らないですよね?」


 ヲリガミさんは荷物も多く、外套や頭に巻いたターバンの汚れ具合から、かなり危険な冒険をしてきた気配を感じさせた。

 そんな冒険をして、わざわざ俺に会いに来るなんてことありえるだろうか。


「それはねぇ、転移した場所が近かったし、ボクはもともとこの世界を旅するつもりだったから、かなぁ。ヒカル君に会うのは最初の目標だったんです」


 朗らかに笑ってそう答えるヲリガミさん。

 さっきの様子から言って、この世界でも「動画配信者」としての姿勢を崩さずにいるのだろう。こんな知り合いのいない世界にいきなり送られても、そのスタイルを貫けるのは本当にすごい。俺は少しだけ配信者の真似事をしたことがあったが、常に見られていることを意識しつつ、客観的に自分を見せるように行動するのは本当に難しかった。


「そうか、この街に近付いていた青点。あれがお前だったんだな? オリガミ……だっけ。妙な名前だ」

「オ、ではなくヲですね。WORIGAMIです。青い点は、この街には昨日着いたばかりですから、たぶんボクです。ヲリガミは配信者としての名前で、本名は……まあ、それはいいか」

「クロに会いに来たと言ったが……目的はなんだ? こいつの事情を知って近付いたのか?」

「おっ、おい。ジャンヌ。そんな言い方――」

「おおおお、ジャンヌさん怖いなぁ。元々は偶然みたいなものですよ。メッセージで頼まれたというのもありましたし。……もちろん、近くにいる転移者で一番ホットなヒカルくんに接触すれば、あわよくばボク自身の視聴者も増えるかも……という打算も少しはあったかもしれませんけどね!」


 キリッと眉毛を逆ハの字にして胸を張るヲリガミさん。

 実にあけすけな人だ。


「利用しようとしていたのか?」

「まさか! そんな気持ちは誓ってありません。本当にただ会いに来ただけですから」

「なんだか信用ならないな……。胡散臭い……そう、胡散臭い奴だ、お前は」

「おいジャンヌ。さすがに失礼だぞ」


 ヲリガミさんは体格的に俺と大差ないし、優しげな雰囲気を身に纏った人だからだろう。ジャンヌは言いたい放題だ。


「迷惑なら少し顔合わせだけして去るつもりでしたしね。メッセージごしですが、ある程度は話も聞いていましたから……。ただ、思ったよりも元気そうで良かった」

「え、あ、ありがとうございます」


 メッセージはセリカが送ったのだろう。

 俺がずっと塞ぎ込んでいたから。


「こんな美女に囲まれているんじゃ、地球からは妬みのメッセージが無限に届くんじゃないですか?」

「えっと…………どうでしょう。そうかもしれません」


 俺はヲリガミさんの何気ない言葉を受け流した。

 まだ俺はメッセージを開けていない。


「おい。ヲリガミといったな……ちょっと来い」


 出し抜けにヲリガミさんを引っ張っていくジャンヌ。

 少し離れたところで、なにやら話をしていたがしばらくして戻ってきた。

 どういう話をしていたのか気にならないといったら嘘になるが、さすがに「なんの話?」なんて訊くわけにもいかない。


 なので、俺はさっきの言葉で気になっていたところをヲリガミさんに訊いた。


「さっきメッセージで頼まれたって、うちの妹からメッセージが来たんですか?」

「そのとおり。ボクが距離的に近かったし、どこに行こうか、何をしようか、視聴者さんたちにアイデアを募集していたからやね」

「そうでしたか……。すみません、うちの妹が」

「いえいえ、おかげで楽しい旅ができました」


 状況としては、ジャンヌと同じだ。

 セリカがメッセージを送ったといっても、彼ほどとなれば、いくつでも面白いアイデアがあったはずだ。なのに、俺のところに来た。ジャンヌと同じように、俺を心配してきてくれたのだ。同じ日本人だからという誼だけで。


「せっかく来てくれましたし、手伝えることがあったら手伝いますよ」

「そお? それは助かるなぁ。実はですね、ジャーン! ついさっき、探索者登録をしてボクも迷宮探索者になったんです!」


 ピラピラと青銅色のタグを見せてくれるヲリガミさん。

 なるほど、ここに来たのは迷宮探索も目的の1つだったに違いない。

 動画配信をするなら、こんなに面白い題材はない。


「もし、ヒカルくんさえよければ、少しでいいんでレクチャーして欲しいんです。ボクも少しは戦闘の真似事をしてみたりもしましたけど、根が臆病なもので上手くいかなくて」


 ポンと腰に佩いた剣を叩きながら言うヲリガミさん。

 地球からの転移者でジャンヌのように戦える方が異常なのだ。俺が戦えるのはあくまで精霊術の恩恵が普通の人より隔絶して大きいというだけなのだし。


「それは構いませんけど、最初は一層で頑張る感じになると思いますが良いですか?」

「かまいません。かまいません。いやぁ、ありがたいなぁ」

「待て待て待て。うちのクロを使うのなら、私に話を通してもらおうか」

「そうですよ。私のヒカルを使うなら、私に話を通してもらわないと」


 ジャンヌとリフレイアから物言いが入り、3日に1度の休日にだけ手伝ってもいいという話になった。

 できれば、ジャンヌとリフレイアにも手伝って欲しいが……ジャンヌは無理だろうな。

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