180 奈落送りの橋、だけど旅立ちは少し待って ※ナナミ視点

「とはいえ、一度上には上がっておこうか」


 階段はけっこう急だし細いしで、アイちゃんと手を繋いで一段一段登っていく。

 アイちゃんは私なんかよりも遥かに生物として格上であり、手を繋いでみると頼もしさが伝わってくる。見た目はゆるキャラみたいだけど、この子は立派な「怪物」なのだ。

 だからこそ、外に連れ出す責任を持たなければならないし、私がこの子を守らなければならない。


(それにしても……生き物を飼うシミュレーション、たくさんしたけど、こんな風に叶うなんてなぁ……)


 私は親が生き物好きじゃなかったから、家でペットを飼うことができなかった。いや、親は「飼ってもいい」と言っていたけれど、一度イヌを捨てられていたことで、どうしても親を信じることができなかったのだ。

 高校を卒業したら、家を出て好きな生き物を存分に飼うのだと夢を膨らませていたけれど、異世界転移に選ばれてしまったことで、その夢……人生設計は潰えた。

 ――と、思っていたけれど、こっちの世界でだって生き物は飼える。意思疎通を得たことで飼育難易度もやたら下がったし、難しく考える必要はないのかもしれない。

 ヒーちゃんとだって合流できるわけだし。


 ちなみに意思疎通は「なにもかもが筒抜け」というわけではない。

 あくまで「伝えようとする意思や、強い気持ち」が相手に伝わる力であり、考えていることがなにもかもダダ漏れに伝わってしまうわけではない。


 ただ、感情は少し伝わってくる。お腹が減ったとか、嬉しいとか、楽しいとか、不快とか、怒りとか。

 アイちゃんは、私に撫でられるのは好きなようで、嬉しいという気持ちが伝わってきて、こちらも嬉しくなる。

 イビルアイボールの生態はよくわからないが、社会性がある雰囲気もないわりには、なんというか私に「懐いている」。

 もしかすると、ツガイとして見ているのかもしれない。

 アイちゃんがメスかオスかもわからないけども。


 では、獲物が襲ってきたら怒りの気持ちを持つのかといえば、全然そんなことはなく何の感情も湧かないようだ。

 あの大型の鷲と同じように「エモノエモノ」と思っている……とまではいわないが、それに近い。

 この子からすれば、獲物は食べ物に過ぎないのだから、当然であるのだろうけど。


 そんなことを考えながら階段を上がっていく。

 すでにすごい高さだ。高所恐怖症だったら、足が竦んで動けなくなるような景色だ。数百メートルは軽く超えていると思う。

 しかも、上までまだけっこうあるんですけど……。


「あ、アイちゃん大丈夫? 怖くない?」


 ――たかくてきれい

 ――すごい


 目をパチクリさせて、風景を楽しんでいるアイちゃん。

 やっぱりこの子、すごく頭がいい。景色を楽しむような情緒があるなんて。


 えっちらおっちらと登って4時間。

 ようやく一番上まで辿り着いた。


「ほんと……、す……すごい景色ね……」


 絶景だ。

 テレビで見たグランドキャニオンの風景を思い出す。

 もしかすると、絶景ポイントとして観光名所化してる可能性すらある。


 階段は一番上まで登ってきたが、せり出した舞台のようなもので蓋がされていて、これ以上登ることができない。

 舞台は、横20メートル、せり出した部分は3メートル程度だろうか。

 小さい出入り口でもあるのかと思っていたが、それも存在しない。


「困ったな。アイちゃんに運んでもらうしかないか。アイちゃん、この板の上まで私を運んで飛べる?」


 ――かんたん

 ――のって


 フワフワと浮かぶアイちゃんはバランスボールみたいなサイズだ。

 私はその上にうつ伏せに乗っかると、触手でキッチリ身体を押さえてくれる。

 そのまま、フワフワと階段から外れて、崖の上へ――


(ひぃいいい。怖い! 怖いけど気持ちいい!)


 未体験の感覚だ。絶叫ものの高さだが、アイちゃんがガッチリ固定してくれているから、安心感もある中、私とアイちゃんはついに崖の上へ出た。

 舞台のようにせり出していた蓋は、どうやら跳ね橋の要領で架かっていたようで、2本の頑丈な鎖で繋がれた先には石造りの砦のようなものがあった。


「誰かいそう?」


 ――たぶんいない


 どうも、この跳ね橋のためだけに用意されたもののようで、街があるとか、城があるとか、そういうわけでもないらしい。

 なんのためにこんなものを用意したのかはよくわからないが、まだ人に出会いたくなかったから良かった。

 少し建物を調べてみたが、控え室みたいな小さな部屋が一つあるくらいで、人間の気配はない。ホコリの被り方からしても、あまり使われていないようだ。


 私は世界地図を出して、現在地を確認した。


「リングピル大陸・プロスジェン丘陵 奈落送りの橋」

 周囲の人口密度は10段階中1。

 危険度は6段階評価中2点。

 一番近くの人間がいる場所は「ジェス村」で、直線距離で8キロ。


「奈落送りの橋か……」


 つまりここは「入り口」なのだ。私は入り口から出てきたということ。

 人がいたら絶対騒ぎになっていただろう。


「近い村は8キロか。近いといえば近いけど方向がな……」


 ジェス村へは、ここからさらに北方向に行かなければならない。

 私の目的地はずっと南東にある。

 だが8キロは近い。ここに砦があるということは道もあるだろう。うまくすれば一時間もかからない。


「とはいえ、さすがに疲れたから、今日は休もっか。この砦使わせてもらおう」


 人はいないし、ここなら外敵に襲われることもない。かなりゆっくり休めるはずだ。簡単な寝台もあるし、クリスタルで簡易マットを出せば、身体も休まるというものだ。

 時間的にももう夕暮れ時である。


 明日から、また下に降りて精霊石集めをする。

 少なくとも、アイちゃんが仲間になったときに得られたポイントを全部使い切ってしまうくらいの期間を使ってでも、精霊石をストックしておきたいものだ。


 私自身も現地調達の食料でしばらく頑張る必要があるが、問題はない。どうしても我慢できなかったら、クリスタルを使えば済むだけのことなのだから。


 ◇◆◆◆◇


 あれから10日経った。


 私とアイちゃんは、一度も砦には戻らず、階段の下をキャンプ地としながら、周囲の生き物を狩りまくった。


 アイちゃんが狩ると、私のほうにも少し精霊力が流れてくるようで、私自身も少しだけ怪物化が進み、どんどん行動しやすくなっていくのがゲームみたいで面白かったというのもある。少し、長居しすぎたかもしれない。


 ポイントは10ポイントあったが、今はもう4ポイントまで減っている。

 精霊石を入れるために、3ポイントで小さいマジックバッグを交換したのと、一度危ない時に結界石を使ったのと、武器として2ポイントで弓矢と交換したのと、あとは私の食事や寝具や下着やなんやかんやで目減りしてしまった。

 マジックバッグは、ヒーちゃんが使う「シャドウバッグ」の術を封じ込めたバッグで、精霊石の在庫があまりに重くなりすぎたために交換した。

 これなら100個くらい入るし全く重くない。


 アイちゃんの能力もいろいろ見ることができたし、私は私で銃は弾丸をなるべく温存したいという理由で交換した弓矢の練習がかなりできた。

 ヒーちゃんと合流したとして、私がやれそうな役割は回復役か遠距離攻撃役だろう。

 映像で見たが、魔王と戦った時も、遠距離攻撃ができる人がいなくて、かなり苦戦していたみたいだから。


 ちなみに弓矢はこっちに来る前の20日間の訓練で、数時間程度だが基本的なことは習ってあったから、最低限のことはわかっていた。

 矢も回収すれば、何度でも使える。鏃が潰れればダメだが、鳥に突き刺さったものなら、使えなくはない。


「あー、セリカちゃん見てる? あなたのおかげで野営も苦にならなかったし、どうやら私、こっちでも生きていけそう。準備できたから、これからヒーちゃんのところに向かいます」


 私は虚空に向けて語りかけた。

 視聴者数はかなり多い。みんなサバイバルに興味があるのだろう。アイちゃんが可愛いというのもあるだろうが。

 きっと、アイちゃんはお茶の間のアイドルになっていて、グッズとかがわんさか作られて大フィーバーしているに違いない。

 私もアイちゃん人気に乗っかって視聴者が増えるし、本当にアイちゃん様様である。


 私はアイちゃんと石段を登り、前回と同じようにアイちゃんに乗って跳ね橋を避けて砦の前に出た。


 アイちゃんの食料である精霊石は、数え切れないほどストックできた。100個以上あるから、食べても売ってもどうにでもなる。

 大トカゲから出た混沌の精霊石なんかは、かなり高値で売れるだろう。


 ――なにかくる


「え?」


 アイちゃんからピリッとした雰囲気が伝わってくる。

 なにかとは、つまり生物だろう。


 ――ななみとおなじ

 ――ひと?


「えっ、ええっ!?」


 砦の様子が変化なかったから気が抜けていた。

 ここは、崖の縁で隠れるような場所はない。人が来るのなら、この砦……いや、下へ続く階段が目当てで来ている可能性が高い。


 アイちゃんを隠して、私だけでうまく応対するか? アイちゃんは飛べるから、崖の向こう側に隠れていてもらえば、さしあたりなんとかなる。いや、それとも見られてマズいかどうかの試金石になるだろうか。

 いっそ、全員倒してしまうとか? いや、ヒーちゃんの動画で見たような超高レベルな探索者みたいな人たちだとしたら、普通に返り討ちにされてしまうだろう。

 やはり、穏便になんとかやりすごすしかない。


「アイちゃん。透明になってて。後は状況次第で決めるから。基本的に戦闘はなし……だけど、どういう相手かわからないから、警戒だけはしていて」


 もう一度舞台の下の階段へと待避するのも手だったが、階段が目的だった場合、ものすごく気まずいバッティングになるのは目に見えている。

 それとも、一度下まで降りるか? アイちゃんに運んで貰えば1時間も掛からずに下まで降りれる。だけど、それでも結局、運が悪ければ見つかるという点では同じだ。だったら、最初から結界石を使っておくべきで――


 そんなことを考えている間に、丘の上にその人たちは現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る