181 兵士と罪人と、だけど立ち止まらずに ※ナナミ視点
鎧兜を身に纏った兵士のような一団だ。20人ほどもいるだろうか。後方の何人かは少し服装も豪華で、立派な馬に乗っている。
兵士たちは、縄で括られたみすぼらしい格好の男たちを何人も連れていた。彼らはなんだろう……?
私は少し考えて仮説を導き出した。この場所の名前は『奈落送りの橋』。となれば、誰かを送り出す場所ということになる。わざわざ閉鎖している場所に階段を設けて、誰かを送り出す。そして、縄に繋がれ俯きがちに歩く男たち。パッと見の印象でもわかる。彼らは罪人。そして、ここは処刑場というわけだ。事実上の死刑だが、生き抜くことができたら許すとか、そういう遠回しな手段を使っているのかもしれない。あるいは、上から見て楽しむためなんて可能性もあるが。
……あの蓋というか橋を破壊しないでおいて良かった。
彼らがゆっくりと丘を降りてくる。
まだ距離はあるが、こちらから見えているのだ。向こうからも丸見えのはず。
アイちゃんは透明化しているから、私が一人でいるように見えるだろうが……バッティングしてしまうとは運が悪い。
どうするか考えないと。
(とりあえず、兵士的な人たちなのは確定。装備も揃っているし、どこかの正規兵かな? いきなり攻撃してくる可能性は低いだろうけど、盗賊団とかじゃなかっただけ良かったかな)
野いちごを摘みに来た村娘なんて可能性も考えていたのだが、残念。むくつけき男たちだ。この砦を管理している兵士たちと考えるのが自然だろう。
攻撃してくるだろうか? いや、怪しい小娘が一人でいたとして、いきなり敵対的な行動を取るはずがないか。
まあ、攻撃してくるならしてくるでやりようはある。それより、もっと複雑な状況を想定しておいたほうがいいだろう。私自身がどうしたいのかといえば、接触しないでサヨウナラが理想。でも、それはもう不可能だ。
向こうの武装は剣と槍。弓矢持ちもいるか。ここから見える範囲だけの話だけど。
見た感じは強そうには見えないが、兵士なのだ。弱いはずがない。でもアイちゃんに勝てるほど強いようにも感じられない。
(アイちゃん。もし向こうが遠距離攻撃してきたら、盾を張って)
アイちゃんは精霊術で盾を張れる。
相手の精霊術や、弓矢による攻撃くらいなら弾けるはずだ。
――たおしちゃう?
(ううん。敵かどうかまだわからないから。私が言うまでは絶対攻撃しちゃダメだよ。透明化も解かないで)
――わかった
そうこうしている間に、兵士たちがガヤガヤと騒ぎ出すのがわかる。
相手が動きを止めたおかげで、こっちは少し冷静になってきた。
というか、20日間の殺伐訓練から、人の居ない荒野で何日も過ごしてきたからか、神経が尖っていたかもしれない。普通に考えたら小娘が一人いたからそれがどうしたというのだ。それこそ私が村娘の振りをして「野いちごを摘みに」とか適当に誤魔化して撤退すればいいだけのこと。
本当は接触もしたくないが、変に避けて怪しいと思われてもうまくない。
この砦は国の所有施設なのだろうし、その近くでうろついていた人間なのだ。真面目な兵士なら一応は話を聞くのではないだろうか。
危険度は2だが、人なんてほぼいない場所なわけだし。
相手との距離は50メートルくらいはまだある。
こちらを指さして話し合っているようだが、内容は聞き取れない。
「こんな時こそ、ヒントよね」
私はステータスボードを操作し、1クリスタルで『生きるヒント』を開いた。
逃げるか、戦うか、話し合うか。
その答えを期待して。
<『馬を手に入れろ』>
「だから斜め上のヒントはいらないっての……!」
これじゃ、あの兵士達相手にどう対処すればいいのかはわからない。
こっちには精霊石がたくさんあるし、馬と交換してもらうことは……もしかしたら可能かもだけれど、そういう問題でもないだろう。
兵士たちは、どうやら意見がまとまったのか、隊長と思しき中年男性が一人でこちらへと向かってきた。
武器は抜いていない。どうやら話し合いコースのようで、少しホッとする。
男はこちらを警戒しているのか、かなり離れた場所で立ち止まった。
「私はジェムレスペイン王国の者だ! 罪人を奈落の試練に送る為に来た! 君は何者だ! こんな場所で何をしている!」
ジェムレスペイン王国は、リングピル大陸北部の小さい国だったか。確か何人か転移者がいたはずだ。
私の仮説の通り、あの繋がれた人たちは罪人だったらしい。
奈落の試練というのは、その罪人を『奈落の髑髏原野』へ送り込むことだろう。
ようするに自分の手を汚さない死刑ということだ。武器でもあればともかく、丸腰ではどうにもならないだろう。
さて、どう答えようか?
本当のことは言えない。嘘で誤魔化すしかないか。
「私は旅の者です。近くに用事があって来たのですが、せっかく近くにまで来たので奈落送りの橋を見学してみようと思って来たところなのですが――」
でまかせだが、それっぽくはあるはず。階段のある場所がこのあたりではここだけなのだろうし、こんな大仰な砦もある。旅人が「ちょっと寄ってみっか」と考えたとしても、なにもおかしくはない。ない……はず。
私はセリカちゃんと違って嘘が下手だからな……。ボロが出る前になんとか脱出したいところだ。
アイちゃんは透明になっており、どうやら彼らにも見えていない模様。
私自身の姿も、薄汚れた冒険者の服とミスリルブレストアーマー装備で違和感ないはず。弓矢も持っているし、リュックも背負っている。どう見ても旅人だ。
「もう帰りますので、お気になさらず~」
私はそう言ってそそくさと去ろうとしたのだが、「待て!」と制されてしまった。
どさくさ脱出作戦は失敗か。
馬を手に入れろというヒントを無視したのがダメだったの?
「怪しい女だ。この場所は国家が管理する場所。旅の者と称する間者もいると聞く。このまま帰すわけにはいかんな」
「え、ええ……? 少しそこの板のとこから下を見たりしてただけですよ……?」
「隊長! 砦も何者かが使用したような形跡がありました!」
そこに、別の若い兵士が駆け寄ってきて報告。
ほんの一晩使わせてもらった程度だというのに、運が悪い。
(どうするか……)
結界石を使うという手はある。ただ、あれはあくまで敵対的な存在を近寄らせないようにするアイテムだ。彼らが敵対的な存在なのかはまだわからない。
少し事情聴取をして終わりという可能性もある。
「帰さないって……。どうするつもりなんですか?」
「砦で取り調べをさせてもらおうか」
男はそう答えたが、心の中では別の返事をしていたのか、その言葉が伝わってきた。
――この辺じゃ見ない顔立ちだが、可愛い娘じゃねえか
――今回の罪人は男しかおらずつまらない任務だったが、運が良かったな
――最後は奈落に送ってしまえば良い
はい、アウト。
まあセリカちゃんにも治安のことは散々聞かされていた。
大精霊がいる大都市と違って、人間だけで回しているようなところは腐敗しているから気をつけろと。
そうでなくても、こんなのは地球だったとしても同じなのかもしれない。
まあ、悪い奴らならこちらも躊躇しなくて済む。
「わかりました。別にやましいところがあるわけでもありませんから。ご存分にお調べ下さい」
「ほう、聞き分けがいいな」
男がニヤリと笑い、背を向ける。
私はその後ろをゆっくりと付いていった。
(アイちゃん。姿を隠したままで、こいつら全員倒せる?)
――できるとおもう
(じゃあ、タイミングは合図するからね。あ、殺さない程度にね)
さすがに殺すつもりはない。そんな度胸も覚悟もないし。
兵士も罪人達もちょっと動けなくなってもらうだけだ。
問題は相手がこちらより強かった場合だけど……。その時は結界石かな。
あるいは本当に殺すしかなくなるなんて可能性もあるけど……その時はその時だ。
もうここは地球ではないのだから、割り切っていかなければならない。
私は従順なふりをして後ろをついていく。
アイちゃんは姿を隠したまま、私の斜め上を浮かんでいる。
隊長と呼ばれた男が、他の隊員と合流する。
他の兵士たちは比較的若い男ばかりで、ニヤニヤ笑いのいかにも不誠実そうな連中だった。はっきり言うと嫌いなタイプだ。
こちらから話しかけない限り、意思疎通があろうと「心の声」は聞こえてはこないが、聞こえてこなくてもわかる。
(じゃあ、アイちゃんお願い)
――わかった
――ウィンドスクリーン
ちょうど兵士たちが集まったところを、アイちゃんが精霊術を発動する。
「なっ!? なんだ!?」
「精霊術だ! 女! お前がやっているのか!?」
兵士達が剣を抜いていきり立つ。
だが、アイちゃんが発した精霊術は強力だ。対属性で打ち消さない限り、どうにもならないだろう。この場合、土の防術であるアースウォールを使えばアイちゃんの術を消滅させることができるはずだが、どうやら兵士たちに土の精霊術士はいなかったようだ。
「わ、わかりません! なんですか? これ? キャー! 怖い!」
無関係を装いつつ、混乱に乗じて私は少し距離をとった。
アイちゃんが戦いやすいように。
いざとなったら即発砲できるように銃を構えてはいるが、これをぶっ放したら相手は確実に死ぬ。ちょっと撃つのは無理かなと思う。
――ウィンドウォール
――ウィンドウォール
――ウィンドウォール
さらに連続で精霊術を発動するアイちゃん。
4方向から暴風の壁に責め立てられ、一カ所に寄せ集められていく兵士たち。
アイちゃんは、あの触手と瞳の数だけ
――アイス・コフィン
そして最後にアイちゃんはその必殺の術を唱えた。
水の上位術であるアイスコフィン。
この10日間で何度か見せてもらったが、当たればほぼ相手を封殺できるかなり強力な術である。問題は発動に少し時間がかかることだが、今みたいに動けない状況に追いやってから発動すれば確実に決まる。
棺術は、水と闇にしかないから、対属性で破られることもない。
風の壁に一カ所に追いやられた兵士と罪人たちはまとめて氷の棺の中へと投獄された。
さっきまで、怒号を響かせていた兵士たちの声すら嘘だったかのように静かだ。
「ありがとう、アイちゃん。……これ、殺してないよね?」
――なかでいきてる
「じゃ、さっさと逃げちゃおう」
アイスコフィンは水の上位術だ。
下位術のウォーターバインドは拘束力が弱く、シャドウバインドよりさらに使いにくい術として有名らしいが、上位術であるアイスコフィンは優秀で、ほぼ完全に相手を閉じ込めつつ、さらに冷気ダメージも与えられる。
5分も閉じ込めておけば、相手は冷え冷えでグッタリという寸法だ。
「馬……そっか。馬を手に入れろ……ね」
兵士たちが乗ってきた馬が繋がれているのを見て、私は話しかけた。
「誰か私たちと来てくれない?」
――あいつらは?
――どこいくの?
――おなかすいた
――どっちでもいい
ヒヒーンと嘶きながら返事をしてくれる馬たち。
どうやら、どっちでもいいという感じらしい。まあ、彼らは軍馬なのだろうし当然大事に扱われているだろうから、私が無理に連れて行くのも可哀想かもしれない。かなり長距離の旅になるわけだし。
アイちゃんに術を解除してもらうと、馬のほとんどはアイちゃんを怖がった。
いっしょに行くならアイちゃんを怖がらないことが大事になる。彼らは軍用馬だからか、比較的肝は据わってそうだが、それでもアイちゃんは怖いらしく。口々に「こわい」「こわい」「こわい」「こわい」と合唱するくらいである。まあ、アイちゃんはこう見えて肉食獣だし、草食動物からすれば、つまり天敵ということなのだろうから、これは仕方がないことだ。
とはいえ、やはり馬は賢い。アイちゃんは敵じゃないと、わりとすぐに理解したようで、「たべないならいい」みたいな感じになってきた。
馬は全部で6頭いたが、厳選して2頭いただくことにした。この2頭はアイちゃんが相手でも比較的平気だ。
そのぶん、少し気性は荒そうだがまあなんとかなるだろう。
「じゃ、行こっか。アイちゃんも乗って」
――のる?
「こういう風に。ずっと浮かんで付いてきたら疲れちゃうでしょ」
――やってみる
2頭持ち出したのは、アイちゃんにも乗馬させようと思ったからだ。
できるだけカロリーの消耗は抑えたい。
馬をなだめながら、アイちゃんを馬の背に乗せる。
乗ってしまえば、バランス感覚は良いし、触手で手綱も持てる。とりあえず問題なさそうだ。
「じゃあ、いこっか。あの氷の術って離れれば勝手に解除されるの?」
――されるけど
――みえなくなったらとく
見えなくなったら解く、ね。
すごい長射程だわ。
とりあえずアイちゃんの姿さえ見られなければ、私自身は地味な見た目だ。お尋ね者にされたとしても、特定される可能性は低いだろう。……たぶん。
国も跨ぐわけだしね。
ちなみに、乗馬はセリカちゃんに付き合って履習済みである。昔は、なんでも一通りやっておきたいというセリカちゃんに付き合って、私もヒーちゃんもいっしょにいろいろやったけど、こんな風に役立つことになるとは当時は思いもよらなかったな。
私は馬に乗り、一路南へ向けて走り出した。
かなり遠回りしちゃったけど、あとはヒーちゃんのいるメルティアまで行くだけだ。
待っててね! ヒーちゃん!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます