179 出口を求めて、だけど「次」のことも考えて ※ナナミ視点
「なかなかいいとこないな……」
崖は崖でも、休めるくらいの棚が所々にあるような形状の場所があれば、なんとか登れると思うのだが、行っても行っても切り取ったみたいに垂直の崖である。
これでは、アイちゃんの力を借りたとしても登れるはずがない。
生き物を見つけるたびに、アイちゃんが倒してお食事タイム兼非常食ゲットとなる。
あれから大トカゲは見かけていない。それほど、生物が多く生息しているような環境でもないので、襲われる可能性自体低そうだ。
アイちゃんの食事を待つ間、ステータスボードのアイテム一覧から使えそうなアイテムをピックアップする。
ロープ、ハーケン、ハンマー。
フリークライミングはセリカちゃんに付き合って遊びで数回やったことがあるけれど、フリーじゃないやつ……道具を使うクライミングは経験がない。
ハーケンを岩に打ち込んでそこにロープを引っかけて安全具としながら、徐々に登っていけばいいのだと思うけど――
(無理ね。100メートルくらいならともかく、その何倍もあるんだから。プロクライマーでも躊躇するんじゃないかな、こんなの)
やはりアイちゃんに頼るか、普通に登れる場所を探すしかない。
北に行けば、そういう場所がないとも限らないけれど。
とはいえ、ロープくらいはあってもいいだろうか? いずれにせよ、なんとかなりそうな場所を見つけてからの話だ。
◇◆◆◆◇
なかなか良い場所を見つけられないまま、私たちはひたすら壁沿いを走り続けた。
問題となるのは獣に襲われることなのだが、アイちゃんがいることで基本的に私はなにもしなくても良かった。
弾薬を節約したかったのでとても助かる。
完全におんぶにだっこだが、アイちゃんからすると、自分の食料を狩っているだけだから問題ないらしい。
むしろ、私がいることで普段なら襲ってこないやつが自分から来てくれるから楽とのこと。
囮として役に立っているようでなによりだ。
一つ問題があるとすれば、私自身の食料のことだった。
今はポイントに余裕があるから、サンドイッチやおにぎりを出せるが、一日に3クリスタルでも10日で30クリスタル――1ポイント分にもなるのだ。
「残りポイントは残機の数」という名言もある。できるだけ節約しなければならない。
ちなみに水はアイちゃんが精霊術で出せるので問題ない。
というわけで、私はアイちゃんとごはんを分け合うことにした。
モンスター鑑定ではモンスターとしての詳細が出るのだが、死体をアイテム鑑定すると、素材としての評価が出るのを利用して、毒の有無を確かめた。大型の生物で毒を持つものは地球でもほとんどいないが、こっちでもそれは変わらないのか、どれも普通に食べられそうだったのだ。
大トカゲの名前は、ジャイアントアビスリザード。毒はなし。外皮は素材としてかなり高価でやりとりされているらしい。
トカゲというかワニのお肉ならイベントの屋台で食べたことがあるが、トカゲは初。ナイフで美味しそうな部位を貰って塩焼きで食べてみたが、脂の乗ったササミみたいで美味しい。アイちゃんが喜んで食べるわけである。
大鷲の名前は、ジャイアントアビスコンドル。毒はなし。
こっちはなんといっても鳥だ。問題なく食べられたが、トカゲのほうが好みかも。
肉だけでは栄養バランスは心配だが、そんなことを言っていられる状況でもないので、とりあえずはカロリー重視だ。
走っている間に2回、崖の上から水が落ちてくる場所、要するに滝があったので(非常に小規模ではあったが)、そこで体も洗うことができた。
少しもったいないけど、シャンプーをクリスタル交換して頭を洗い、アイちゃんも丸洗い。よりモフモフになって、良い香りもするし私も大満足だ。アイちゃんは変な臭いって言ってたけど。
私も大自然の中で裸になって体を洗うのは、なかなか開放感があって良かった。
配信については……私は気にしないけど、とはいえせっかくのマニュアルカメラモードなので、ボンヤリ浮かんでるアイちゃんを定点で撮影しておいた。
みんなも、かわいいアイちゃんのほうが嬉しいだろうしね。
◇◆◆◆◇
「やっっっっっと、あった……!」
登れる場所を見つけたのは、結界石を使って休憩もしながら走り続けて3日目のことだった。
不安になって、その間に4回もヒントを聞いてしまった。
全部同じ答えだったけど。
「階段よね……? なんのために……? いや、ここに用事がある人だっているのか」
人工物――階段である。岩を削って作られた簡単なものだが、間違いない。
ただ、上を見上げると、崖からせり出した舞台のようなもので蓋がされており、階段を一番上まで上がっても、崖の上には出られなくなっている。
必要な時だけ使って、それ以外の時に下から生き物が上がってこないようになっているのだろう。
だが、あれなら、最後だけアイちゃんに空を浮かんで運んで貰えば問題ない。
蓋になっている舞台(?)を破壊するという手もあるが、理由があって蓋をしてるんだろうし、勝手に壊すわけにもいかない。
「さーて、アイちゃん。ついにここから脱出だよ~。人里に出たら、私みたいな人間がたくさんいると思うけど、攻撃したり食べたりしちゃダメだよ? 勝手に他の生き物を攻撃してもダメ」
――おなかがへったら?
「言ってくれれば、私が用意するから」
――わかった
――だいじょうぶ
アイちゃんは可愛いけれど、現地人がどう感じるかは不明だ。
強い生き物なのは間違いないし恐怖される可能性もあるけど、ドラゴンみたいな生き物と違って見た目が凶悪じゃないし、案外なんとかなるような気もする。
アイちゃん側の問題もある。アイちゃんは他の地域には出たことがないのだ。
これから、たくさんの見たこともないものを、その大きな目で見ることになるわけで、そこに不安がないと言ったら嘘になる。
人も街も畑も牧場も、人間が暮らす場所にある何もかもを教えていく必要があると思う。
人間と混ざって暮らすことになるのは私のエゴだけど、アイちゃんは賢いしなんとかなるような気がしている。
いずれにせよ、人の世界で生きるのには苦労が必要だろう。
ただ、アイちゃんは食べている時以外はボンヤリ浮かんでるだけのことが多いし、攻撃性も低い。私以外の人間に馴れるかどうかは不明だけど、強者特有の余裕があってピリピリもしてないし、犬みたいに唸り声をあげることもない。というより鳴き声を発さない。
食費という観点では、迷宮街で暮らすのが一番理にかなっているだろうし、アイちゃんもそれは理解するだろうから、隠遁生活を余儀なくされるという可能性は低そうだ。
まあ、どうせまっすぐヒーちゃんと合流するつもりだし、もし現地人が忌避感を持つというのなら交流しなければいい。アイちゃんは透明化の精霊術も使えるわけだし。
ただ、食費のことを考えると、迷宮に早めに到着しないとすぐ破産しそうな感じもある。危険度5のこの場所ならアイちゃんのご飯はたくさん手に入るけど、平和な地域では難しいだろうから。
ヒントでは、精霊力ポーションがご飯になると言っていたけど、それだって限りがある。ポイントは無限じゃないのだ。
現在、精霊石は12個ストックがあるが、一日一個消費するとして、たった12日分。かなり心許ない。
(…………12日分か)
この子を連れて行く以上、私には責任がある。
万が一、食べる物がなくなって人間を襲ったならゴメンナサイで済む問題ではなくなるのだ。
この子はどれだけ可愛くても人間ではない。私は能力があるから意思を通わせることができるし、この子が賢いということも知っている。
でも、それは私だけのこと。
この子を人里に連れて行くならば、「この子が人を傷付ける」可能性を極力排除しなければならない。当然のことだ。イヌみたいにリードで繋ぐ必要はないだろうが、それと似たようなものだろう。
他人からみれば、この子は正真正銘の「怪物」なのだから。
「……アイちゃん。もう少しここでご飯集めてからにしよっか」
出口が見つかったことで、少し精神的に余裕が出来た。
「次」のことを考えるだけの余裕が。そして、その「次」とは無事に迷宮都市に辿り着くこと、そして、アイちゃんのご飯をちゃんと用意し続けることに他ならない。
――いいよ
――ついていくだけ
アイちゃんは、フワフワと浮かんでそう答えてくれた。
私は少しでも早くヒーちゃんと合流しなければならないが、ここまで想像よりもずっと順調に進んでいる。この場所を抜けた後は、たぶんそこまで危ないことはないはず。アイちゃんという仲間ができたことで、あらゆる点で余裕ができたが、この出会いはラッキーだっただけとも言える。
本来はもっと難しい局面になっていたはずなのだ。
何もかもがボロボロになるくらいに。
ならば、だからこそこの場所でもう少ししっかり準備を整えておくべきだろう。
ポイントもある程度使ってしまっても問題ない。
リソースに余裕ができた分、準備をしっかりとしていく。
「次」で躓かないために。
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