178 夜に駆ける、だけど壁に阻まれて ※ナナミ視点
タイマーが鳴って私は目を覚ました。
空にはハッとなるほど美しい満点の星空が広がっている。
「う~ん。硬いとこで寝ると身体が痛くなるんだよなぁ……」
ぼやきながら伸びをする。
体調は良い。あの地獄の訓練からすれば楽勝といってもいいほどだ。
横を見ると、アイちゃんが大口を開けてピーピーと寝息をあげながら、舌をベロンと出してだらしなく寝ていた。
真夜中だけど、煌々と月明かりが大地を照らしていて、よく見える。
「ふっ、ふふふふふっ。なんてかわいいの……!」
私はステータスボードを開き、カメラモードを選択した。
カメラモードにすると小さなハンディカムのようなものが出現して、それで撮影ができるのだ。
「はーい。こちらが、イビルアイボールのアイちゃんで~す。お昼に大きな魔物を何匹もまるごと食べて、気持ち良く熟睡中で~す」
舐めるようにカメラを動かしてアイちゃんを撮影する。
長いまつげ。大きな口。立派な牙。舌は肉厚で長くクマの舌みたいだ。
耳みたいな部分も触手になっているから、手で何かを持つという機能はないらしい。たぶん、遠くからビームで他の生き物を倒したら、あとは丸齧りすればいいという生態なのだろう。
繁殖能力とかは謎だ。この地域に他のイビルアイボールがいるかどうかもよくわからない。この子が「怪物」になっているということは、少なくとも近い場所にはいないと思うけど。
私はカメラモードを切り、闇を見て目を慣らしていく。
月明かり程度でも、まあまあよく見える。
懐中電灯なんかがあればなお良いだろうが、半端な光源に頼るよりこっちのほうが良いだろう。
元々、視力が悪くメガネに頼っていた私にとって、メガネ無しでハッキリと見えて、夜でもこれだけ見えるというこの状況は感動である。
ポイントを振って、さらに視力アップを取ってもいいくらいだ。目が見えるって本当に素晴らしい。
私はクリスタルを、水とサンドイッチとに交換した。
そんなにお腹が減っているわけではないが、「できる範囲で『万全』を保つこと」がセリカちゃんのアドバイスだったからだ。
食べなくても、飲まなくても、一日くらいなんとかなる。
だが、そのわずかなことが生死を分けたりする。ただでさえポイントに余裕ができたのに、そんな冒険をする必要はない。
私はアイちゃんを起こして、口に大鷲の精霊石を放り込んだ。
半分寝ぼけながら、石をしゃぶる姿はバカっぽくて可愛いが、なんか寝ぼけて噛み付いてきそうな気配を感じたといったら、本人は怒るだろうか。
――たべないよ
「そうだね。ごめんね。お腹はそれだけで平気?」
――へいき
「よし! じゃあ行こうか。ここからは昼くらいまで、走るからね」
――わかった
私は立ち上がり、地図を一度確認してから走り出した。
アイちゃんはフワフワと浮かんで付いてくる。速度はあんまり出ないらしい。たぶん最高速は、走る私と大差ないだろう。
月が出ているといっても、遠くまでハッキリと見えるわけではない。
周囲にどんな危険な生き物がいるのかわからないのだ。
極端なことを言えば、アイちゃんの同族がビーム攻撃してくる可能性だってあるのだから。
「ま、いつ走ったって危険はあるんだもんね」
現在深夜2時。
けっこう気温が下がったようで、寒さすら感じる。
まあ、走っていればすぐに気にならなくなるだろう。
ポーションを駆使すれば、40キロくらいは一気に走破できるかもしれない。
この危険地域がどこまで続いているかは不明だが、村の直前までということもないだろう。アイちゃんもいるし、案外どうにかなるかもしれない。
◇◆◆◆◇
「夜走るのは正解だったわね」
――みんなねてる
今までの私だったらとっくに音を上げているような距離を私は走った。
私には見えなかったが、アイちゃんによると少し離れたところに例の大きいトカゲなんかも何匹かいたようだが、どうもヒントの通り活性が低くこっちには興味を示さなかったらしい。
まあ、こっちにはアイちゃんがいるからわざわざ突っ掛かってこなかっただけの可能性もあるが。
それにしても、アイちゃんは目がいい。
伊達に、身体のほとんど全部が目でできてない。
戦って倒すという手もあったが、今はリスクを選択する状況ではない。
とりあえずは、安全確保を優先するためスルーした。
夜の間も気温が極端に下がることもなく走りやすい環境だったのは良かった。
暑すぎたり寒すぎたりするだけで、けっこう辛かっただろうから。まあ、リングピル大陸は、よほど北側でもそこまで辛い環境ではないとは知っていたけれど。
懸念だったアイちゃんの食事の件も、思ったより燃費が悪いわけでもないようで、どうやら一日に一回あの鳥くらいの量を食べれば全く問題がないらしい。精霊石を除いた肉体だけで1日保つというから、そこまで極悪でもない。
……人里に出てからは、それでも十分苦労しそうではあるが。
3時間走り、空が白み始めて私は気付いた。
「アイちゃん。なんか前に大きい山がない?」
――ある
端的な答えだ。
あるものはあるのだ。動物にとって、自然環境などそれ以上でもそれ以下でもないのかもしれない。
しかし、私は困る。
ひとまず人里がある方向だから走ってきたが、山越えは想定外である。
「ステータスオープン」
地図をもう一度確認する。
人里までの距離はあと60キロを切ったくらい。
結界石と残りポイントから逆算すればたいした距離でもないが、あの山は確実に越える必要があるはず。
遠くそびえ立つ切り立った山を見る。
厳密には、山脈というべきだろうか。いや、切り立った崖といったほうが適切なようにも見える。
ほとんど垂直にそびえ立つ崖。それが北から南へ縦断しているのだ。
「前にテレビで見たな……。テーブルマウンテンだっけ……」
いや、そんな規模じゃない。
どちらかというと――
「こっちが窪んでるのかな」
高性能世界地図は、大きめの街や村、特徴的な地形くらいはわかるようになっている。
海岸線。湖。山脈。
私がいる場所である「奈落の髑髏原野」もまた、一周分グルッと線が引かれているのだ。そういう「線」は地図上にいくつも描かれているが、線が一周回って閉じている場所は、他にはほとんどない。
最初はあまり深く考えていなかったが、名前にも「奈落」とある。位置関係を考えても、あの「崖」がこの線なのだとしたら……。
この原野がそのままズドンと何十何百メートルと窪んでいるのだとしたら……。
だとすると、盆地とか、カルスト地形とか、そんな生やさしいものじゃない。崖によって、ほとんど外界から隔絶されていると考えたほうがいいかもしれない。
「……もしかして、西に向かえってのも、そっちなら出口があったってこと?」
可能性としてはありえる。
地図では一周グルッと線が引かれているが、階段があるとか、比較的崖がなだらかであるとか、そういう細かいものは表記されないからだ。
水が豊富な場所なら、この盆地がまるまる湖になりそうなものだが、完全に荒野だ。もしかすると、かつては湖があったなんて可能性もあるだろうし、中心部には湖があるなんて可能性もあるけれど……。
さらに5ポイントを使って高性能周辺地図を取れば出口も見つかるかもしれないが、あれはせいぜい半径5キロ圏内程度までの地図だったはず。
この広大な原野全体なんて到底カバーされないし、無駄に終わる可能性が高い。
「とにかく行ってみるしかないわね」
あの崖が登れるようなものかはわからない。
最悪、登れる場所を探してぐるっと一周回る必要すらあるだろう。
◇◆◆◆◇
崖へと向かう途中、活性の低い大トカゲをアイちゃんが倒して、朝ご飯にする。
無駄な戦闘は避けたいが食事は必要だ。
精霊石は食べさせずリュックサックに入れた。アイちゃんの非常食だが、たぶんこれらの石は売ればかなり高く売れるんだと思う。
映像で見たリザードマンの石よりも大きいのだから。
トカゲはかなり大きく味も良いらしく、アイちゃんは精霊石を食べなくても、とりあえずはOKらしい。本人も、石が非常食になるということを理解している。
「石の貯蔵はまあまあね。欲を言えば、もっとあったほうが安心ではあるけど」
アイちゃんは強く可愛いが、食費だけはガチである。
普通に毎日の食事で牛を一頭食べるとかそういうスケールだろう。この子といっしょにいるには、かなり稼ぐ覚悟がいる。
それこそ、この地域の生き物を殲滅してでも石を貯蔵しておく必要すらあるのかもしれない。
アイちゃんの体調も、満腹に食べて本調子になっている。なぜかわからないけれど、感じるのだ。これも意思疎通の力なのかもしれない。
時間は朝の9時。
ぼちぼちトカゲの活性も上がってくるだろう頃、私たちは、崖のすぐ近くにまで辿り着いていた。
地図によると、一番近い村までの距離は20キロ。
なんだかんだ60キロも走ってきたらしい。20日間の訓練とスタミナポーションのおかげで、それほど疲れていない。
「でも、この崖はなぁ……」
崖というか山というか、どれくらい高さがあるだろうか。
(う~ん……。百メートルは軽く超えてる感じだなぁ……)
目視ではさっぱりわからないが、まさにそびえ立つ崖だ。
もしかするとクライミング用の道具を使えば登攀も可能かもしれないが、そういう訓練をしたこともないのにそれをするのは危険だろう。
隣でふよふよと浮かんでいるアイちゃんを見る。
「ねえ、アイちゃん。私をこの上まで運べる?」
――たかくうかべないからむずかしい
「ですよね~」
――でもあそこくらいまでならとべる
アイちゃんはそう言って、崖に向けてビームを撃った。
ちょうど20メートルくらいの高さの場所の岩が削られて跡が付く。
「けっこう飛べるじゃん。う~ん……」
とはいえ、20メートルでは意味がないかもしれない。
そもそも、アイちゃんがどうして飛べるのかもよくわからないのだ。羽があるわけでもないのに、謎に浮遊しているわけだから。
「アイちゃん。一度休めばまた同じくらい飛べる?」
――とべる
なるほど、飛んでるけどジャンプみたいなものなのかもしれない。
私は、崖が最もデコボコしているところを探した。
近くの崖はかなり切り立っていて、ここを登るのは無理だろう。棚状になった休憩スポットがあれば、アイちゃんのスーパージャンプでなんとかなるかもしれない。
(北に行くべきか、南に行くべきか)
いずれにせよ、この場所は登れないから、どちらかに移動する必要がある。
できれば南のほうがいいけれど――
そんなことを考えながら、1クリスタルで「生きるヒント」を聞く。
<『北へ向かえ』>
「北かぁ~」
意地悪なのか、運が悪いだけなのか、行きたい方向とは逆に出てばかりだ。
とはいえ、また西へ向かえと言われなかっただけ良かったかもしれない。
今更、来た方向に戻るのは苦行だ。
「じゃあ、アイちゃん。登れそうな場所まで崖沿いに走るよ。また襲ってくるやつがいたら教えてね」
――だいじょうぶ
昼に移動するのは少しリスクがあるが、この崖の上から何かが襲ってくる可能性は低いように思う。
前と左側だけを気をつければいいのだ。アイちゃんもいるし、結界石もある。
ここは押していくべきだろう。
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