177 無人の荒野、だけどヒントを頼りに ※ナナミ視点

 私は棚ぼた的に得られた大量のポイントをどう使うか考えつつ、周囲の警戒を続けていた。

 アイちゃんはまだ食事中。

 よほどお腹が減っていたようで、骨まで残さずバリバリと食べる姿に、謎のスカッと感がある。どう考えても体の質量以上の量を食べているが、食べた端から精霊力に還元されていくのだろう。精霊石が好きというのも、そのまま直で精霊力を得るほうが楽だからに違いない。

 

 鳥とトカゲのすべてを平らげたアイちゃんは、フヨフヨと浮かびながら大きな舌でべろりと口元を拭った。

 ふさふさの毛で隠れているが、大きな口だ。ゾロリと生え揃った鋭い牙が肉食性の強さを物語っている。

 この子は怪物体だからか食欲が凄い。餓死させないように旅をするのは大変そうだ。

 いや、死にかけるくらいの空腹だったからこれだけ食べただけであって、普通に暮らすだけならここまでの量を毎日食べるわけではないと思うが……。

 こんな可愛い子を死なせたくはない。なんとか上手くやっていこう。


「ちょっと触ってもいい?」


 ――いい


「よーし。よしよしよしよしよし」


 OKが出るか出ないかで、私はふよふよと私の周りを浮かぶアイちゃんの身体を撫で回した。

 毛がふさふさだし、乾燥した地域だからか、変な臭いもしないし、なんともいえない手触りだ。

 危険な場所にいるということも忘れて、私は至福の時を過ごした。


 ――きもちいい


 アイちゃんもまんざらでもないみたい。

 撫でられた経験もないだろうからな。モフりのナナミといえば、地元のイヌたち(を散歩してる人達)の間じゃ知られた存在だったのだよ。


 しばらく撫で回して英気を養った私とアイちゃんは、元の道(別に道があるわけではないが)を戻り始めた。

 来る時に倒した巨大な鷲の死体が放置してあるのだ。アイちゃんもいるし、せめて精霊石だけでも回収しておきたい。


 私は歩きながらステータスを開き、1クリスタルで「生きるヒント」を見ることにした。

 最初に見た時は「西へ向かえ」だった。

 たぶん、それはアイちゃんを助けろという意味だったのだと思う。だとすれば、今はまた別のヒントに変わっているはずだ。

 もちろんまだ「西へ向かえ」のままの可能性もあるが、その時は鳥の精霊石を回収してからまた西へ向かえばいい。

 アイちゃんによると、「自分のまわりに生き物は近寄らない」らしいから、もしかするともう危険はないのかもしれなかったが、食べ物も手に入らないことを意味するので、それはそれでマズいのである。

 生きるヒントをタップする。


<『怪物の飢餓には精霊力ポーションが最高効率』>


 予想外のものが出た。

 つまり、このままだとアイちゃんの飢餓で食べられてエンドする可能性が高いということなのかもしれない。


(最悪、私を食べさせても、他の人間は食べないようにさせなきゃダメよね)


 ――たべないよ


「うっ、聞こえちゃったか。あくまで、最悪そうなったらの話。誰だって、お腹が減るのって我慢できないものだからね」


 心の声が聞こえてしまうというのも考えものだ。

 意思疎通の能力は、あくまで、伝え合おうとした時や、強い気持ちをぶつけた時だけ聞こえる仕様だが、私とアイちゃんは友達になったことで、伝わり易くなっているのかもしれない。


(天使の声ははっきりとテイムと言っていたし、私とアイちゃんとの間に、なんらかの契約みたいなものが繋がれたと考えるべきね。まあ、実際にはアイちゃんのほうが遥かに強いはずだし友達みたいな関係なんだろうけど)


 ――ともだち?


 アイちゃんが長いまつげをヒラヒラさせて、ぱちくりとこちらを見ている。


「そう、友達。友達の説明は難しいな。いっしょにいて、遊んだりご飯を食べたり楽しいことをしたりする仲間って意味かな」


 少なくともアイちゃんはペットという感じではないだろう。


 ――おもっていることつたわるから

 ――ふしぎ

 ――ななみはともだち


「あはっ。よろしくね、アイちゃん」


 死があちこちに転がっているような乾いた荒野で、私はふよふよと浮かぶアイちゃんと手を繋いで歩いた。

 鳥たちの死骸は、他の動物に食べられることなくそのまま残っていた。肉体はアイちゃんが全部食べて、精霊石だけは抜いて非常食とした。

 まあ、ヒントによると精霊力ポーションがごはんになるみたいだし、アイちゃんのおかげでポイントはたくさんある。とりあえずは、ごはんで困ることはなさそうだ。


「さーて。結局スタート地点まで戻ってきたし。改めて、人里目指して頑張っていきましょう! 一番近い人里は東にあるからこのまま走るよ!」


 ――おー


「お腹減ったら言ってね」


 ――うん


 それにしても凄い能力だ「意思疎通」。

 こんなにナチュラルに他の生物と心と心で意思が通じ合えるなんて、改めて夢みたい。


「走っても大丈夫?」


 ――もんだいない


「じゃあ、行こう!」


 俺たちの旅は始まったばかりだ!

 ……って、それはさすがに縁起が悪いか。

 仲間ができて気が大きくなってるな。

 反省。


 ◇◆◆◆◇


 あれから少し走ったが、危険といえば例の大きな鷲一体にわざと襲わせたことくらいだ。

 あれだけ大型の鷲だ、テリトリーはかなり広大だろうに、すでに何匹も倒していることを考えると、単純にこの場所は生物が大型化する地域なのかもしれない。

 土地の痩せ具合から考えて、サイズのバランスがおかしいからだ。

 あるいは、私が出会っていないだけで、すごくハイカロリーな獲物がいるのかもしれない。水牛の群れとか。


 ……まあ、精霊力などというフリーエネルギーが空気中に存在しているような世界で、そんなことを考えてもあまり意味がないのかもしれない。

 生物相は地球に似ているようでいて、かなりゲーム的にチューンされていて、単純な食物連鎖では説明が付かないことが多いとセリカちゃんは言っていた。

 地球と同じように太陽光のエネルギーがあることに加え、すべてのものに――空気にすら「精霊力」というエネルギーが追加で存在する意味は大きいそうで、空気中から精霊力を上手に吸い上げられる生物は、水も土の栄養も、太陽光すら不要でそれだけで生きられるのだ。植物も、エアープラントみたいに、地に根を下ろさず水の精霊力だけを吸って生きるものなど、いろいろと多様性があるらしい。

 私も余裕ができたら、見て回りたいものだ。


 大鷲はアイちゃんが倒した。

 目からビームを出して迫り来る巨鳥を撃ち落としたのは、さすがに驚いたけれど、これも精霊術なのだろうか。映像で見たが使う術に似ていたから同じものだろう。術を使う魔物は迷宮なんかには出ると聞いていたけど、野生の生き物では珍しいような気もする。

 その後、鳥の精霊石は抜いて保管。身体はアイちゃんが食べた。


 本来ならば、アイちゃんがいると襲われないという話だったが、近くに飛んでるのがいたのでアイちゃんの提案で私が囮をやってみたのだ。

 どうやったかというと、なんと、アイちゃんは身体を透明にする精霊術が使えるのである!

 事前に精霊術のこともセリカちゃんの講義で習ってきたけど、これは光の精霊術『インビジビリティ』だろう。あのビームがフォトンレイだとすると、アイちゃんは少なくとも光だけで第6の術まで使えるということだ。


 アイちゃんが姿を隠してから、少し走ったら、それだけで大鷲は襲いかかってきた。

 ただ殺すのは躊躇する立派な鳥だが、少しでも非常食である精霊石は蓄えておきたい。生物を殺すことに躊躇がないと言ったら嘘になるが、こんなことはこの先いくらでも必要だろう。さっさと慣れてしまったほうがいい。

 ちなみに精霊石は、5クリスタルで交換したリュックサックに入れて背負うことにした。

 

 そんなこんなで進み、時刻はもう夕方に差し迫りつつある。


「一番近くの人里まで、残り80キロか……」


 フルマラソン2回弱の距離だ。ポイントに余裕がある今の私なら、10時間もかからずに走破できるだろう。幸い地面の状況もそう悪くない。

 問題は、この荒野の脅威――環境や生物相。それがよくわかっていないことだった。

 アイちゃんがインビジビリティを使っていても、近寄ってくる生き物は少ない。鳥……というか巨大な鷲は襲ってくるけど、鳥ならなんとかなる。私もアイちゃんも攻撃手段の相性が良い。まあ、私は弾丸を節約したいから、基本アイちゃんに任せきりだが。


 それより、他の生き物。

 たとえば、今のところ一度も姿を見ていないが、あの太った大きいトカゲが何体も出ると困ったことになりそうだ。

 私自身は脆弱な人間でしかないし、アイちゃんも近接戦闘が強いという感じはない。噛み付き攻撃はできるだろうけど、ああいうのは力だけじゃなく体重がものを言うだろうし。

 それ以外にも、小さい生き物にも注意が必要だ。ヘビとかクモとかサソリみたいな。毒耐性もないし、ポーションを使う間もなく昏倒してしまったら、それで終わりなのだから。


 アイちゃんがいた場所から何十キロも離れたからか、なんとなく植物や生物の色も濃くなってきているように感じるし、先に進めばさらにその傾向は強まるだろう。

 比例して、襲われる可能性も高くなるはず。


「アイちゃん。休みなしで移動できる?」


 ――だいじょうぶ。食べるものがあれば


「それならなんとかなるかな」


 状況としては、寝ないでひたすら移動すること自体は可能だ。

 だが、私には選択肢がある。

 夜の間も移動してもいいし、しなくてもいい。そんな選択肢が。

 結界石は12時間有効な結界。1ポイント必要だが、とりあえずは安全に過ごすことが可能である。


「困った時はヒントを訊けってね」


 セリカちゃんとカレンちゃんの二人からアドバイスをたくさん貰って来たが、中でも「生きるヒント」は事実上の神の言葉だし、メッセージ機能が凍結されている状況では唯一の外部からの情報源。少しでも困ったら、躊躇せずに使うべきとのことだった。

 確かに、今のところ、ものすごく大事な情報が得られている。


 視聴者数も多い。

 すでに1億人を軽く超えていて、これならデイリー1億のクリスタルは毎日貰えるだろう。


 私は1クリスタルで「生きるヒント」を開いた。


<『防具を整えよ』>


「意外な……いや、まっとうなヒントか」


 たぶん、ポイントがたくさんあるからだろう。

 確かに今は白の薄っぺらい上下、通称『転移者の服』だ。気温的にも日が暮れて冷えてきた感じがある。

 ここは素直に装備に振っておこう。


 私は周囲の状況をもう一度確認してから、ステータスボードを開いた。


「冒険者の服でもいいけど……どうしよ」


 ポイント交換の装備は、サイズがピッタリだから実はけっこうお値打ちだということがわかっている。

 現在の残りポイントは14。アイちゃんを仲間にしたことで9ポイントも貰えたのだ。4ポイントくらいは防具で使ってもいいかもしれない。

 かといって、重くて走れないとなったら本末転倒。あくまで、最低限の防具にするべきか。


「ゴージットプレートも交換出来るけど、あれが必要になる状況ならどのみちアウトだからなぁ……うーん」


 私は迷った末、冒険者の服一式と、ミスリルブレストアーマーを交換した。

 服が1ポイント。鎧は3ポイントだ。

 正直、ここで4ポイントも使って良いのか悩んだが、ヒントを信じることにした。


 防具を装備してから、さらにヒントを開く。

 ここでクリスタルを惜しむ意味はない。


<『トカゲは変温動物』>


「うん……?」


 また想像の範疇にないヒントだ。

 トカゲはその辺にも小さいやつがちょろちょろしているが、この世界のものも爬虫類は変温動物だということなのか。まあ、見た目が同じだし、生態的にも地球のそれと似たようなものなのだろう。

 精霊力という謎のエネルギーがあるということ以外は、この世界は地球と驚くほど似ているわけだし。


「……あ、そっか」


 わかった。

 これ、あの弾丸も避けるデブトカゲの活性が低い時間帯を狙って抜けろって意味だ。

 わかりにくいな。


 あのトカゲも変温動物ならば、明け方くらいにはほとんど動かなくなるはず。すでに夕暮れで気温も下がってきている。

 夜行性でもないだろうし、なるほど、それなら少なくとも一番の脅威は回避できる。


 現在時刻は18時。

 結界石を使ったとして12時間後だと朝6時だが、夜中の2時くらいに起きて走ればいいだろう。

 

「アイちゃん、夜でも敵が近くに来たらわかる?」


 ――わかる


 すごく端的な答えだが、実に頼もしい。

 野生生物の探知力は人間の比じゃないからな。

 とにかく、これで夜に走っても大丈夫だ。


「じゃあ、今から夜まで少し休んで、それから走ることにするよ。それまで寝よう。結界を張るからアイちゃんも寝ちゃっていいよ」


 ――けっかい?


「敵に見つからない術みたいなものかな」


 ――わかった

 ――たくさんたべたからねむい


 私は寄りかかれる岩があるところまで移動して、5クリスタルで外套を出した。

 アイちゃんは体温が高いし、昼間はけっこう暑かったから、地面も岩も暖かい。


 結界石を割り、タイマーをかけて、しばしの休息。

 なんだかんだ、精神的にも肉体的にも疲れていたのか、アイちゃんの温かさに心地良さを感じて、すぐに眠りについてしまった。

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