158 レベル上げ、そして粘りつく視線

 武器を注文してからの数日間は一緒に2層をまわって、ジャンヌに一通りマップを確認してもらった。途中途中の戦闘はいちおう俺も参加したが、やはりジャンヌは強い。すぐにオーガとの戦闘にも慣れ、武器持ちオーガ2体をソロで狩れるようになってしまった。

 精霊術なしで2体の武器持ちオーガを狩れるのは、探索者でも中級以上の実力者だけだろう。

 本人はゲームをたくさんやってきたからと言っているが、ゲームをやっていただけで強くなれるはずがない。

 本人の素質だろう。


 何日か、ジャンヌが一人でどこまでやれるかを確認した後は、ジャンヌはフルーと二人で2層に潜り、ひたすら2層での戦闘訓練を続けるということになった。

 マンティスは、斥候がしっかり付いていれば逃げられるし、最悪結界石を使えばいい。もしかすると、ジャンヌなら勝てる可能性もある。

 その間、俺は2層をソロで回る。


 お互いに、とにかく魔物を倒しまくってレベルを上げることが先決であるという結論があってのことだった。


(ジャンヌとのパーティーは、連携というよりもソロが2人という感じだもんな)


 ゴブリンの群れをダークネスフォグの闇に紛れつつ、秒速で倒しながら思う。

 真紅の小瓶クリムゾン・バイアルも、リンクスのモアップルさんは1人で魔物の群れを抜けて奥にいる魔物を倒していることが多かった。


(俺が強くなれば、それだけ余裕ができる)


 ジャンヌの目標はこの迷宮の踏破だ。

 最下層が何階なのかすらわからないダンジョンの踏破は、一見無謀な目標だが、それでも彼女は諦めないだろう。

 諦めるくらいなら死を選ぶような……そういう一途さがある。俺は恩人である彼女に死んで欲しくはない。あの「死者蘇生の宝珠」のようなものが、また手に入る可能性は低い。死ねば終わりだ。

 そうならないために、安全マージンを十分にとった探索をしたい。

 それを担保するのはレベルであり、装備であって、こうしてひたすらに魔物を狩ることは同時に両方の懸念をクリアできる唯一の方法なのだ。


 角の向こう側にいるオーガを背後から強襲し、一撃で精霊力の命脈を絶つ。

 こうしてコンマ数秒で倒せるオーガから出る土の精霊石でも、銀貨1枚もの価値を持つのだ。

 探索者というものが職業だというのなら、俺はすでにかなり稼げている状態だと言えた。


(そろそろ防具を作るかな)


 俺は未だに装備といえば、神獣からの贈り物であるガントレットと、精霊力の命脈を守るミスリル製のゴージットプレートだけ。

 今なら軽くて音の出ない特注の防具だって作れるだろう。


(今日あたり注文に行くか)


 通路の奥に現れたマンティスに向かって疾走はしる。

 ダークネスフォグとシャドウバインドを使えば、この2層最強の魔物でさえ俺は真っ正面からの一撃で倒せるようになっていた。

 身体が思った通りに動き、分厚い鋼鉄で出来ているはずの短刀は、まるで棒きれか何かのように軽々と、思った通りに動かすことができた。


 喉元への一撃で絶命したマンティスから出た風の精霊石を拾い上げる。

 注文した武器の完成まであと6日。

 正直、2層での狩りは俺の戦い方と合っているから危険を感じることがないほどだが、慢心は禁物だ。

 3層は逆に相性が悪く、ガーデンパンサーが出た場合は俺とジャンヌの2人で倒せるか未知数。しかも、逃げられるかどうかもよくわからない。

 せめて武器が出来て、さらに2層である程度ならしてからにするべきだろう。


 時間はたっぷりあるのだから。


 ◇◆◆◆◇


「じゃじゃーん。どうだ?」

「いいね。彫金があると高級感があるな」


 俺たちはその日の探索を終えて、ゴージットプレートの店に来ていた。

 ジャンヌはフルプレートメイルを装備しているから気に留めていなかったが、精霊力の命脈を守るゴージットプレートを装備していなかったのだ。

 それで、前にリフレイアと来た店で買うことにしたのである。


「お気に召しましたか? そちらのモデルは金等級の探索者の皆様に愛用者が多いのですよ」

「買います!」


 ジャンヌは買うときは即決だ。すごく決断力がある。


「ありがとうございます。それでは調整してまいりますので、少々お待ち下さい」


 店主がゴージットプレートを持って、奥の作業場へと入っていく。

 ジャンヌが買ったのはミスリル製の商品の中でも、前衛向けのかなり重厚なもので、ミスリルを3枚貼り合わせて耐久性を上げたもの。

 ところどころに彫金も入っていて格好良い。

 値段は俺が買った物の倍で、なんと金貨2枚だ。


「クロの防具も注文できたし、あとは武器ができるのを待つだけだな」


 俺の防具はここに来る前に、ドワーフ親方に紹介してもらった店で、ミスリルのスケイルメイルを特注した。軽く、丈夫で、音が出ないことが条件だから、難しいかなとも思ったが、そういう注文はよくあるらしく、普通に引き受けてくれた。

 問題は金額だが、なんと金貨8枚である。しかも先払い。

 凄まじい勢いで金を使っているが、それでも今の探索ペースならば普通に買えてしまうから恐ろしい。

 ジャンヌの剣が金貨8枚。ゴージットプレートが金貨2枚。

 俺の剣が金貨5枚。鎧が金貨8枚。

 合計で金貨23枚である。

 実は、現時点では剣の支払い分が少し足りないのだが、それまでに稼げなければマンティスの混沌の精霊石を売れば良い。


「第二陣が来るまであと10日。それまでに形を作っておきたいからな。さしあたり装備の充実と、高レベルの『死ににくい身体』だ。私たち転移者は生きてさえいれば、なんとかなる」

「スクロールと結界石があるもんな」


 第二陣がどう俺たちに絡んでくるのかは未知数だ。

 メッセージ機能は凍結されていて、新しい情報が地球から入ってくることはない。


 ただまあ、実はそれほど心配はしていない。

 この街には元々俺とアレックスの2人しかいなかった。つまり、過疎地である。

 迷宮もあるし他の転移者がもっと来ても良いような気もするが、地図を見るにほとんどの転移者が南の大陸や、東の大陸に集中しているのだろう。


 そう考えると、この街に次の転移者が来る可能性自体が低いし、その転移者がわざわざ俺たちに絡んでくる可能性も高くはない……いや、接触はしてくるかもしれないが、リスクを負ってまで俺たちを殺そうとしてくる可能性は低いのかも。


 正直に言って、メッセージが凍結され、ジャンヌといっしょにいることで、地球からの視線のことを忘れていられる時間が長くなった。

 相変わらず視聴者数は多いが、それが『注目度No.1』のジャンヌといっしょにいるからなのか、それとも『俺が未だにナナミ殺しの犯人』だと思われているからなのかの判別が付かず、実際にジャンヌは魅力的な人で、これならばいっしょにいる俺も嫉妬混じりの視聴者が付くのではないかと思えるのだ。


 もちろん、第二陣のことは警戒するところもあるが、ジャンヌが言うには俺たちはすでに最高のスタートダッシュをしている状態だから、手出ししてくるとしたら、よほど頭のおかしい奴くらいで、そんな奴が転移者に選ばれてちょっかいをかけてくる可能性は限りなく低いらしい。

 そう言われてみると、確かにそうかもしれないと俺も思う。


 話をしながら待っていると、店主がゴージットプレートの調整を終えて戻ってきた。

 支払いを済ませ店を出る。


「そういえばクロはずっと着けてるな。ゴージットプレート」

「ああ。明確な弱点だから、普段でも着けてる人が多いんだって。最初は違和感あったけど、今はもう慣れたよ」

「例の恋人から教わったのか?」

「恋人じゃないけど……そうだ」

「どちらでもいいさ。……じゃ、私もせっかくだから着けてもらおうかな」

「1人でも着けられるだろうに……」


 とはいえ、ジャンヌは時々こういう甘え・・を出すことが、短い付き合いの中でもわかってきていた。

 こういうところもカレンと似ていると思う。


 ジャンヌのゴージットプレートは、ミスリル板が複数枚使われているから、装着が少しだけ面倒なのである。

 ジャンヌの背中側からプレートをかぶせて、後ろから抱くようにして留め金をパチンパチンと留めていく。

 確かに1人で着けるのは、少し慣れが必要だろうか。

 高級品だから、誰かお付きの人がいるような身分の人間用なのかもしれない。


「むっ!?」


 ゴージットプレートを着けたジャンヌが、とつぜん振り返り周囲を見回す。


「気のせいか……? こう、殺意のこもった視線を感じたのだが……」

「殺意のこもったって……。次の転移者はまだ来てないんだろ?」

「そのはずだが……。なんだかこうジットリと粘りつく悪意というか……」

「よくわかんないけど、そういうのわかるなら、第二陣の転移者が来ても安心だな」

「……かもしれん。いや、気のせいだったかもしれないが」


 夕方の街は人で溢れていて、誰かが俺たちを見ていたとしてもわからない。

 ただ、俺もジャンヌも、この街で有名人というわけでもないし、知り合いだってほとんどいないのだ。

 気のせいだろう。 


「まあ、いい。このゴージットプレートというやつも悪くないな。弱点を保護してくれると思うと、安心感がある。防具は良いものだ」


 俺は戦闘に身軽さを求めるほうだから、防具はちょっと邪魔くさそうと思ってしまうのだが、ジャンヌの戦闘スタイルでは愛すべき相棒なのだ。俺にとっての闇の精霊術みたいなものかもしれない。

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