159 屋台飯、そして視線の主

「さて、今日も早めに寝て、明日も迷宮でレベル上げだな。知っていると思うが、私は人よりもレベルが上がりにくいらしいから、もっと頑張らないとクロに永遠に追い付けないからな」

「レベルが上がりにくい……? 初耳だけど」

「え? ああ……そうか。クロは嫌われ者のことも知らなかったものな。……といっても、別に難しい話じゃない。私は精霊から嫌われているから、微妙に成長が遅いのだそうだよ」

「それって、けっこう深刻なデメリットじゃないのか……?」

「いや、たいしたことない。リアルタイムアタックでもやってるならともかく、じっくり攻略していけばいいんだし、そうでなくても私たちは老化耐性まで取ってるんだから」


 ジャンヌはあまり気にしていないようだが、その理屈だと『愛され者』の俺は成長が早いということになるのではないだろうか。

 自分の成長が早いかどうかはよくわからない。比較対象が無いから。

 でも、確かに日に日に強くなっているような実感はある。


「とにかく、武器ができるまではレベル上げだ。3層も気になるが、2層の完全攻略もまだだからな」

「完全攻略? マンティス倒すまでか?」

「その通り。こないだ一度出会ったが、戦うのはやめておいたんだよ」

「まだ勝てなそうだった?」

「いや……勝てそうな気もしたが、フルーちゃんもいっしょだったし。万が一があるといけないから」

「そうだな。じゃあ、マンティスが出るまでは一緒に回ろうか。2日も回ってれば1回くらいは出ると思う。どちらにせよ、ソロでマンティスが倒せるかどうかは試しておかないと事故も怖いもんな」


 ジャンヌのほうがレベルアップしにくいというのなら、俺はしばらくサポートでもいいだろう。どっちにしろ、3層はソロで回るのは難しい。できなくもないが事故がありえるし、ガーデンパンサーもいる。


「じゃあ、明日からはどっちが多くの魔物を倒せるか競争しながら2層を回るか」

「競争は危ないんじゃないか?」

「多少ケガするくらいでもいいんだよ。私には自然回復もあるし、ポーションもあるから。なにより、安全マージンを取り過ぎる戦い方に慣れるほうが、ギリギリの戦いになった時に危険だ。クロならわかるだろう? 私よりお前のほうが遥かにヤバい戦い方だぞ? 防具すらろくに着けてないんだから」

「まあ、それは確かにそうだな。ははは」


 迷宮は階層を一つ降りるだけで、魔物は格段に強くなる。

 普通に自分の力に見合った層を攻略していったとしても、最下層を目指すのならば、いずれは格上と戦うことになったり、アクシデントなんかで、ギリギリの戦いになることはある。

 そういう時にパニックになったら終わりだ。

 そうならないためには、普段からの戦い方が重要になってくるとジャンヌは言いたいのだろう。

 俺たちは、ただ生活の糧を得るために迷宮に潜っているわけではないのだ。

 金を稼ぐだけなら、俺が2層に潜り続けるだけで一生安泰なのだから。


「むっ!?」


 ジャンヌがまた何かを感じたのか、あたりをキョロキョロと見回している。


「気のせいか……? また矢のような視線を感じたが……」

「疲れてるんじゃないか?」


 今日はあとは飯を食べたら風呂に入って寝るだけだ。

 ジャンヌが来てから、なんだかんだで安定した生活ができているような気がする。

 飯はまだジャンヌの好みの把握ができてないから、外食が多いけれど(単純に迷宮で死ぬほど働いた後だからというのもあるが)、そろそろ自炊もスタートさせたいとは考えている。

 

(それか、本当にメイドを雇ってもいいかもな)


 今は朝から夕方までぶっ続けで迷宮に籠もっているし、おそらくずっとこのペースでいくだろうから、家事をやる時間がないのだ。

 家事のアウトソーシングは十分考慮に値する選択肢だろう。


「飯はどうする? 疲れてるなら屋台で軽く済ませるでもいいけど」

「そうだな。そうするか」


 俺の提案にジャンヌが乗り、屋台で食べることになった。

 ちなみに、装備品なんかはみんな俺のシャドウストレージの中に入っているから、俺もジャンヌも手ぶらだ。こういう時にも影収納があるのは便利でいい。


 この街には屋台街とでもいうべき一角があり、迷宮からもほど近く、多くの探索者たちで賑わっている。

 肉も魚も野菜もある。麺類もあるし、パンも揚げ物もある。米はないが、このあたりというか大陸では作られていないのだろう。そもそも、存在しない可能性もあるけど。

 ちなみに、クリスタルでおにぎりを出すことができるから、食べられないわけではない。まあ、俺はけっこうなんでも食べられるタイプだから、わざわざそれと交換することはないけれど。


 ジャンヌと一旦別れて、好きな物を適当に買う。

 俺は、肉を串に刺して焼いたものと、揚げパンを購入。

 二人とも良く食べるから、買う量は多い。串焼きならまあまあ大きいサイズのものでも一人で五本も六本も食べるし、一通り食べてから、さらに麺類を食べるくらいのことは普通にやる。

 屋台はいろんなものを売っているから、食べ歩きをするだけでも楽しい。

 おそらく視聴者たちも、こういう異世界情緒溢れた場所は好きだろうなと、ボンヤリ考えたりしながら、あれこれ購入していく。


「そんなに買ったのか?」

「ああ。ハラペコだ。いつも昼抜きで探索しているからな」


 ジャンヌは両手いっぱいにいろんなものを持って戻ってきた。

 俺は迷宮内ではほとんど空腹感を覚えないのだが、これは愛され者だから常に精霊力が供給されているのが理由なのだろう。

 逆にジャンヌはその補給がないから、外よりはマシにせよ、普通にハラは減るということか。これからは弁当を持参したほうが良いかもしれない。


「ペコペコ。とってもハラペコだ。クロ、両手が塞がっちゃったから食べさせて?」

「え、えええ?」

「あーん」


 目を閉じて口を開けるジャンヌ。

 うーむ……。日本だとこういうのって恋人同士がやるやつなんだよな……。

 フランスだと違うのだろう。単に手が塞がっているからというだけで、他意は無いはず。

 こんな異世界に来ているのに、同じ地球人同士でも文化の違いを感じるのだから、不思議なものだ。


 そんな風にジャンヌに串焼きやら揚げパンを食べさせながら、自分も食べていると、なんだか周囲がザワつき出した。

 なんというか、異様な雰囲気だ。

 まるで、繁華街にいきなり魔王が出現したかのようなプレッシャーを感じる。


「ついに姿を現したな。今日1日、何度も視線を感じたが、犯人はあいつだ」


 ジャンヌが人混みの先に視線を送りながら言う。

 俺も振り返り見た。そこにいたのは――


「――え?」


 夕暮れでもくすむことのなく輝くプラチナブロンドの髪。

 勝ち気なアーモンド形の大きな瞳。

 スラッと伸びた身体の半分くらいありそうな長い脚。

 背中に背負った鉄塊のごとき大剣。


「リフレイア!?」


 それは、聖堂騎士の試験を受けると、実家のあるシルティオンへと戻ったはずのリフレイアだった。


「こっこここここ、このっ! ヒカルの浮気者ォおおおおおおお!」


 俺と視線がバチリと合った瞬間、仁王立ちしていたリフレイアは絶叫した。

 人でごった返す屋台街。全員の視線が、俺とリフレイアに集中する。


「ほう! つまり、あれが例の恋人・・か。すごい美人じゃないか」


 脳天気な発言をするジャンヌだが、俺はそれどころじゃない。

 なにかとてつもなく良くない勘違いをされているんじゃないか? これは。

 いや。じゃないか? じゃないよ。

 浮気者扱いされてる!

 っていうか、なんでいるんだ? 聖堂騎士の試験は!?


「わたしがっ! ほんの……ほんの少しいない間に! まさか! こんなことになってるなんて! おかしくないですか? おかしくないですか!? なんですか? その女は? ずいぶん仲睦まじいみたいですけど!?」


 大股で肩を怒らせながら近付いてくるリフレイア。

 なんというか、すごい闘気だ。魔王と戦った時以上に何かが漲っている。


「リフレイア、実家に戻ったはずじゃ」

「実家!? 私が戻ってきちゃマズいって意味ですか!? まだ、私がいなくなって数日だっていうのに、知らない女性とイチャイチャイチャイチャと……」

「あ、いやいやいやいや、彼女は別に全然そういうんじゃないぞ……?」

「ふぅん? 私が教えてあげたお店で、ずいぶん高価なゴージットプレートを買ってあげたみたいですけど? それを、着けてあげて? それに、たったたた、食べ物までア~ンして食べさせてあげちゃったりして? ちょっと私、予想外すぎて状況が飲み込めてないんですけど? ねえ、ヒカル? あなた、ヒカルよね?」

「いやそれは、別にそういうんじゃなくてだな。とにかく誤解だ」


 本当にそういうんじゃないのに、なぜか言い訳っぽくなってしまった。

 リフレイアの勢いが凄いのが悪い。

 それとも、ジャンヌとのことで、後ろめたい部分があったんだろうか。俺に。

 いや、ないな。ない。ないはず。

 だけど、リフレイアはそれを「そっかそっか」と理解してくれるタイプではないという確信がある。

 どうする――? 

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