153 成長ツリー、そしてニンジャムーブ

 そんな話をしながら、夜の街を抜けて海の近くに出た。

 迷宮の閉鎖が解かれるまで何度も通った港だ。ここの桟橋は絶好のポイントで、魚がよく釣れる。

 夜の海は静かで、岸壁にチャプチャプと波の寄せる音だけがかすかに響いている。


「あれは水の神殿だったか? 前も思ったが随分と荘厳な造りだ」


 ジャンヌが離れた場所にある神殿に目を向けた。

 港から少し離れた場所に、水の大精霊の神殿がある。

 他の大神殿と違い、水の神殿だけ高台の上にあり、そこから町中に水を供給できるようにか、石造りの大きな水道橋が走っている。


「なんであんな目立つようになっているんだろうな。大精霊の趣味なのか?」

「たぶんあそこで生み出した水を街中に供給する為じゃないかな。大精霊の趣味ってことはないだろ」


 いや、ありえるのか? 大精霊は喋るし意思もあるみたいだから。案外、厄介な我が儘を言うのかも。


「わざわざ水道橋なんて作らなくても、川じゃだめなのか?」

「大精霊の作った水は汚染されてないから、飲み水として使ったりしてんだろう」


 大精霊は迷宮を中心に東西南北4方に配置されている。水の大精霊は南に位置し、海のすぐ近くだ。もしかすると、本当は『水』は東か北に置こうとして失敗したのではないだろうか。わざわざ低い場所から高い場所へ水を送る為に水道橋を作る意味があるのかは、よくわからない。

 なにか理由があるのかもしれないが……。

 

「それに妙に明るいが、今日は何かあるのか?」

「神殿はどこも夜遅くまで明るいよ。なんでかは知らないけど」


 水の大精霊のいる神殿はいつも明るい。もしかすると大精霊自体が発光しているのかもしれない。火の大精霊は燃えていたし。闇の大精霊は真っ黒だったが。


「ふぅん。なんだか面白いな。この世界でも神殿はかなり『異世界っぽい場所』だ。なあ、クロ。ちょっと行ってみるか?」


 まるで、夜中にお化けが出ると噂の廃墟へと悪友を誘うかのように、言うジャンヌだが、俺は首を横に振った。


「……悪い。俺は行けない。言ってなかったっけ? 精霊の寵愛を取ってるから、あんまり近寄ると大精霊に見つかるんだよ」

「精霊の寵愛……? ああ、あったなそんなの。大精霊に見つかるとどうなる?」

「食べられるっぽい。1回知らずに、ヤバかったことあったんだよ。なんとか結界石で逃れられたけど」

「ふぅん。私の嫌われ者の逆バージョンだな」

「ああ。こっちじゃ『愛され者』って言うんだとさ」


 そんな話をしていたら、なんとなく転移前にとったギフトの話になり、桟橋に腰掛けて語り合うことになった。

 ジャンヌは、『精霊術の才能がない』を取得し、俺は『精霊の寵愛』を取得した。

 それ以外に俺がとったものは少ない。

 暗視、老化耐性、病気耐性。それだけだ。

 毒耐性は転移時のボーナス。闇の精霊術と体力アップは転移後に取得したもの。

 残りはほとんど結界石やスクロール、ポーションに消えた。


「私は体力アップと生命力アップ、自然回復に、毒耐性、病気耐性、そして老化耐性を最初に取った」

「最初から、かなり肉体派なポイントの振り方をしたんだな……」

「私は肉弾戦が好きだからな。魔法は必要最小限しか使わない主義だ」

「ゲームの話じゃなくて」


 いや、もしかすると地球時代もリアル格闘をやっていた可能性はあるのか。

 今のジャンヌは鎧も脱いでいるから、本当に華奢な普通の少女にしか見えないが。


「体力アップはレベル1しか取ってないのか? クロも取ったほうがいいぞ。私も最初は武器もなくて不安だったが、そのへんの石や木の棒で十分戦えるくらいのアドが得られた」

「レベル1でもけっこう体感でわかったからな。……でもポイント貯めるの厳しいだろ」

「いや、レベル1取ってるんだろ? なら次は2ポイントでレベルを上げられるはず。5ポイントでレベル3だ。最終的には15ポイント貯めてレベル5まで上げろ」

「妙に押すな」

「体力アップをどのギフトより最優先すべきなのは明白だよ。次に生命力」


 ジャンヌは初手で体力と生命力をマックスまで上げたらしい。

 それだけで40ポイントだが、『精霊術の才能がない』で30ポイントも貰えたとかで、ほぼ相殺できたらしい。


「例えば……体力と生命力をマックスまで取っておけば、いきなりレベル10の戦士でスタートできる感じなんだよ、クロ。他のギフトをとっても、レベルは1のままだ。よほど強力な力だとしても、ほとんどの場合でレベル10の戦士のほうが強い」

「そのレベルってなに基準?」

「ウィザードリィ」


 なんでそんな古いゲームやってんの? うちはカレンがどっかからか持って来たのを一緒にやったことあるから知ってるけど、普通の17歳は未プレイじゃない?

 ちなみにレベル10の戦士は、ギリギリラスボスを倒せるくらいの強さ。


「じゃあ、体力と生命力ならどっちを取るべき?」

「それは難しいな。私も危険な状態には2度しかなったことがないから、この生命力アップがどこまで仕事してるのかがよくわからないんだ。ただ、クロは精神力が脆そうだからな。生命力アップは精神力も強くなるらしいぞ?」

「なるほど……」


 体力をレベル2に上げるなら、2ポイント。

 生命力をレベル1に上げるなら5ポイント必要だ。

 今のペースなら1日1クリスタル手に入るから、30日で1ポイント。視聴者数1億人をキープすればの話だが、2ヶ月で2ポイントは貯まる。

 これから、この世界で生きていかざるを得ないことを考えれば、長期プランでポイントの運用を考えるべきなのかもしれない。

 どちらを取るかは……精神力が強くなるなら、生命力を取ったほうが良さそうな気はするな……確かに……。


「なんにせよ、ポイントは貯めていくことにするけど、時間はかかるかもな。結界石も常に一つは持ってたいし、ケガをすればスクロールに変えたりもするから」

「まあな。ただ、現地人はそんなの無しでやってるんだから、なるべく使わないように運用することは可能なはずだ。実際、私はそれなりにポイントを残せているし」

「あ、じゃあ俺もある程度残しておかなきゃまずいんじゃないか?」

「確かにそうだが、自身の強化を優先しろ。必要なら私のほうがポイント交換するから」

「それじゃ不公平だろ」

「じゃあ貸しでもいいぞ」


 フッと笑ってそんなことを言うジャンヌ。

 ただでさえ『死者蘇生の宝珠』の借りがあるってのに、そんなんじゃ永遠に返せなくなってしまう。

 ポイントはほとんど命の値段に等しいくらい価値のあるものなのだから。


 ◇◆◆◆◇


 それから3日間、俺とジャンヌは別れてそれぞれに迷宮に籠もり、4日目は2層の探索をいっしょにやることにした。

 2層に初めて訪れたジャンヌは、1層とのあまりの違い――厳密には環境の悪さに眉根を寄せた。


「暗いな。私も暗視を取っておけばよかった」


 松明の明かり頼りでの探索は、なかなかストレスだ。

 ジャンヌもそれは例外ではないだろう。この階層が探索者に嫌われる最大の要因である。

 ちなみに、暗視を含む「特殊能力」は転移後に取得することができない。


「クロはどういう風に戦っているんだ?」

「前にジャンヌと決闘したときと同じだよ。ダークネスフォグの闇に包んで、後ろから刺すだけ」

「見せてくれるか?」


 これからパーティーとしてやっていくのに、戦い方を見せるのは重要だ。

 相手がどれくらい動けるのか、どう戦うのかを知らなければ作戦の立てようがない。


「あっちに、ちょうどオーガがいるにゃん。2体で武器持ち!」

「じゃあ、それを倒すから、見ててくれ」


 索敵に出ていたグレープフルーが戻ってきて報告してくれる。

 武器持ちオーガ2体は、2層ではマンティスを除けば最強の魔物だ。

 だが、今の俺なら複数の攻略方法を持っている。

 シンプルにダークネスフォグオンリーでも倒せるが、それでは姿が見えないし、ジャンヌとの連携を考えるにもわかりにくいだろう。


 俺は短刀を抜き、通路を歩くオーガへと疾駆した。

 この数日間、俺は魔物を狩りまくった。2層の魔物の数が一時的に減るくらい狩ったかもしれない。戦いに勝つごとに、自分自身が戦闘に特化していく感触があった。

 オーガの動きも、マンティスの動きでさえ、よく見えるようになった。相手の動きが遅く感じるのだ。俺の速度も上がっているのかもしれない。


 前にリフレイアが教えてくれた。

 野生動物は、周囲の動物たちを食べることで雑多な精霊力を体内に取り込み、最終的に『怪物』へと変質する。

 人間は魔物から精霊力を取り込み、その雑多な……つまり混沌の精霊力で強化された肉体を以て、人間を超越した『魔人』へと変質するのだと。


(魔人に……なりかけてるのかもな……)


 俺の接近に気付いたオーガが、威嚇の唸り声を上げながら大剣を振りかぶる。

 俺はすでにその間合いにまで距離を詰めている。


「シャドウバインド」


 剣の軌道上に躊躇なく飛び込みつつ、術を展開。

 振りかぶった剣は振り下ろされることなく、闇の触手に巻き付かれてピタリと動きを止めた。

 俺はそれを目で確認することもなく、真っ正面から一太刀でオーガの首を切断し、そのまま返す刀でもう一体のオーガの精霊力の命脈を絶ち斬った。


 ほぼ同時に地面に落ちる精霊石。

 少し前までなら、短刀で首を切断するのは無理だったが、力が上がっているからか、今は可能だ。

 オーガくらいにならもう負けることはない。


 精霊石を拾ってから戻ると、ジャンヌとフルーは二人共目を丸くしていた。


「ニンジャ……! まさか、クロがニンジャの末裔だったとは……なぜ、言ってくれなかったんだ……?」

「ヒカルしゃん、前よりももっと強くにゃって驚いたにゃん……」

「本当に凄いぞ……。まさしくシップウジンライというやつだったな……。ニンジャ……カッコイイ……」


 短刀なんて使っているし、確かに黒い服を着て闇に紛れているけれど、まさか忍者呼ばわりされるとは意外だった。

 そういえば、外国人は忍者が好きだってなんかで見た記憶はあるけれど。


「忍者じゃないよ」

「いや……わかってる。イッシソーデンの秘密なんだろう? 他のニングは使わないのか? 私はこれでもニンジャゲーはそれなりに嗜んできたからな。ニンジャには理解があるつもりだ」

「ニングって……ああ、忍具か。まあ、手裏剣みたいなのは欲しいと思ってたけど」

「やはり! 指笛も便利だぞ。爆竹もいいな」


 目を爛々と輝かせて、ちょっと呼吸まで荒いジャンヌ。

 そんなに忍者じみた動きだったのだろうか……。まあ、確かに戦士というよりは忍者風ではあるのだろうが。


「強いとは思っていたが、そりゃ強いはずだよ。ニンジャだもんなぁ。東洋の神秘だ」

「だから忍者じゃないって。偶然、そういう戦い方なだけで」

「大丈夫。私はわかっているよ」

「絶対わかってないやつだ、これ」


 その後、やたらと忍者の秘密を知りたがるジャンヌだったが、何度か戦い方を見せるうちに、闇の精霊術と相性の良い戦いかたをしているだけということを、わかってくれた。

 いや、本当にわかってるのかは怪しいけれど。

 

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