154 嫌われ者のデメリット、そしてドワーフ鍛冶屋再び

 2層で、自分の戦い方のパターンをいくつかジャンヌに見せたが、俺のは基本的にはダークネスフォグを織り交ぜた戦法であり、見えないという点で不評だった。

 ジャンヌは正攻法で正面から戦うタイプであり、あまり戦いに関しての俺との相性は良くないかもしれない。


 ただ、これから先のことを考えると、一人で魔物をキープできるジャンヌがいてくれるのは大きい。

 ジャンヌが魔物のターゲットを取ってくれれば、その間、俺は遊撃で動けるということであり、結果的に安定するはず。闇の精霊術は戦闘補助というよりも、結局は暗殺向きだからだ。ソロ向けとも言うかもしれない。


 リフレイアでもその役目はできていたが、4層より下層での戦闘では純粋に防御が堅いジャンヌのほうが安定度は上だろう。

 ただし、攻撃力という点ではリフレイアのほうがかなり上だっただろうから、俺とジャンヌの二人でガーデンパンサーが倒せるかどうかは微妙だ。クリエイトアンデッドを使ったり、ダークナイトを出したりすれば勝てるかもしれないが。


 それと、2層で何度か一緒に戦ってみて、わかったことがある。

 俺とジャンヌとの連携には一つ大きな問題があったのだ。


「やっぱダメか。なんか上手い方法があればいいんだけど」

「こればかりは仕方がないだろうな」


 ジャンヌが近付くことで掻き消されていく、俺の精霊術。

 彼女は「嫌われ者」で、周囲の精霊術を無効化する体質なのだが、それが俺の精霊術にも作用する――つまり、連携の要となるシャドウバインドの効果が弱まってしまうのだ。

 ジャンヌが、手の届くくらいの距離に近付いただけでほぼ無効化されてしまうので、接近戦しかできないジャンヌとは本当に相性が悪い。

 同じように、ファントムウォリアーもじわじわ掻き消されてしまうし、ダークナイトやナイトバグはジャンヌに近付くことができない。


「笑えるな。『嫌われ者』とは言い得て妙なネーミングだというわけだ」

「笑い事じゃないよ……。それって回復術とかもダメってことなんだろ」

「そうだな。でも、私はスクロールかポーションで回復できる。まあ、そのあたりは転移者特権というやつだ。この世界で生まれた『嫌われ者』は悲惨だろう。それに、私は自然回復も取ってるから、ある程度の傷は放っておけば治るし」

「そうは言ってもな……」


 今はいい。だが、長い目で見たらこのデメリットはかなり大きいのではないだろうか。

 もちろん、攻撃術も無効化できるわけだからメリットも同じだけ大きいと言えるのかもしれないが……。


「クロもわかったと思うが、今の私達に必要なのは連携というより個々の強さを上げることだな。超強いニンジャと戦士がいれば、基本的にはどうにでもなる」

「それは俺も考えてはいた。特に俺は攻撃力が足りないからな」

「クリティカルがあるじゃないか」

「本当に強い魔物には、その攻撃自体が届かないんだよ。力が足りなくて、防御を突破できずに0ダメージだと言えばわかりやすいか」


 魔王へ俺が攻撃できたのは、ダークコフィンに相手を拘束した時だけだった。ガーデンパンサーには攻撃自体ができていない。

 つまり、あのレベルの相手とは、俺は戦うこと自体ができていないに等しいのだ。


 もちろん、魔王もパンサーも一人で戦うような魔物じゃないのは百も承知だが、迷宮探索なんてやっていれば、どこかで必ず致命的な状況で強い魔物と戦わざるを得ないタイミングが来る。

 その時に、準備も予測もしていなかったのと、そうでないのとでは大きな差が出るはず。


「武器ももう少し大きいのを作るつもり。シャドウストレージもあるから、状況に合わせていろんな武器を用意しておくのもいいかもしれない」

「ああ。相手に合わせて武器を換えるのは基本だ。私も槍や弓なんかも試したいと思っていたんだ」

「俺のシャドウストレージで保管できるから、予備武器を作っとくのは良さそうだな」


 話がまとまり、2層での狩りはそこそこに一度迷宮から出ることになった。

 ジャンヌは防具は立派だが、剣はごく普通のブロードソードである。それが悪いとは言わないが、ジャンヌの戦い方なら、もうワンサイズ大きい武器でもいいような気がする。

 力も強いし、俺でも振れるような剣を使うのはもったいない。


 迷宮を出るとまだ外は明るかった。

 最近は夕方まで潜っていたから、なんだか新鮮な気分だ。


「じゃあ、グレープフルー。今日もありがとな」


 迷宮から出たら斥候の仕事は終わり。俺はグレープフルーに小銀貨4枚を渡した。

 いつもは夕方まで探索するから夕飯もいっしょに食べるが、今日はここで解散とする。


「ほとんど働いてにゃいのに、こんにゃに!?」

「こっちの都合で切り上げたんだから、当然だろ」


 といっても、最近の稼ぎからするとほんとうにわずかな金額である。

 3層や4層に潜るようになったら、もう少し増やしてあげてもいいだろう。


 迷宮探索に斥候は不可欠だし、フルーは本当にミスをしない。迷宮内ではほとんど無駄口を叩かず、仕事に集中しているのだ。

 おそらく、魔物の接近に気付かずに殺され居なくなった同僚を、何人も見てきたからなのだろう。

 リンクスの命は軽く、だからこそ、その日を生きることに妥協がないのだ。


「じゃあな、フルーちゃん。また明日」


 ジャンヌがグレープフルーをモフモフしながら別れを告げる。彼女も、迷宮内では我慢しているらしい。まあ、確かにリンクスは大きな二足歩行の猫で、手触りがいいとは俺も思うけど。


 ◇◆◆◆◇


 精霊石をギルドで換金してから、短刀を作ってもらったドワーフ親方の店へ。

 街の西側は火の大精霊のテリトリーで、鍛冶屋とか料理屋みたいな火を扱う店は大抵この辺にある。

 というより、街としての機能はほぼ西と南と迷宮を中心とした中央部分に集中しており、中央から外れた北と東はだいたい畑である。

 もちろん、農家の家なんかはあるが、都会からいきなり田舎になるようなイメージだ。


 ドワーフ親方の店は、一等地から少し離れた場所にあり、今日もトンカントンカン小気味良い鎚の音が外にまで響いてきている。


「こんにちわぁ~」

「おお、お前さんか。久しぶりだな」


 親方はすぐに出てきてくれた。

 小柄だが筋骨隆々の体格で、チリチリに焼けた長いあごひげがトレードマークである。

 この世界にドワーフという種族がいるのかは、結局まだ知らないけれど、地球の視聴者たちは確実にドワーフ扱いしていると思う。


「そろそろ剣のメンテナンスの時期だったか。どら、見せてみな」


 新しいのを打って貰いにきたのだが、押しが強い。

 まあ、実際短刀も見て貰おうとは思っていたからちょうどいいが。


「む……?」


 短刀を手渡すと、親方はマジマジとそれを観察し難しい顔をした。


「刀身はあんま傷んでねぇが、柄には使い込んだ跡が見られるな。……こりゃあ……おまえさん、ほとんど魔物と攻防せずに一刀で仕留めてるな?」

「そんなことわかるんですか?」

「そりゃ、長いことこの仕事をしてりゃあな。位階を上げたリンクスの持つ武器もこういう傷み方をする。あいつらは攻防できるだけの力がないからな。一撃で仕留めるしかないんだよ。お前さんの剣も、それと同じだ」

「なるほど」


 確かに、グレープフルーの先輩のモアップルさんも、細長い剣で相手を一撃で仕留めていた。俺の戦い方と似ているといえば似ているのかもしれない。


「とにかく、これなら特別研ぎ直しはいらんだろ。ん? そっちのお嬢ちゃんは?」


 今気付いたかのように言う親方。

 ジャンヌは物珍しそうに、工房の中を見て回っている。彼女はゲームが好きだし、おそらくこういう工房には興味があることだろう。


「実は今日は彼女の武器を打ってもらおうと思って来たんですよ。あと僕も、もう一回り大きい剣を持とうかと思ってまして」

「そりゃ構わんが……リフレイアちゃんはどうしたんだ?」

「リフレイアは、故郷クニに帰りました」

「クニに? そうかぁ。探索者なんて長くやるタイプじゃねぇとは思ってたが。そうか……。じゃあ、そっちの彼女は新しいパートナーか」

「そのようなものです」


 自分の話になっていると感じ取ったからか、それとも最初から聞こえていたのか、ジャンヌが近くに来る。


「新しいパートナーのジャンヌです」


 話に入ってくるや否や、キッパリそう言った。

 パートナーってのはパーティーメンバーくらいの意味だろう。


「あ、ああ。そうか、わしはダルゴスだ。よろしくな。それで、お嬢ちゃんは何が欲しいんだ?」

「強い片手剣。あと強い槍」


 簡潔に用件を伝えるジャンヌ。


「今、使ってる武器はどれだ? 見せてみな」

「これ。拾い物だし、安物だと思う。あと、私には軽すぎる」


 剣を見せた後、ジャンヌは俺もやらされた剣の素振りをさせられた。

 新規の客は必ずやらされるらしい。

 ただ。見た目からは想像できないほどジャンヌはパワーがある。俺の時はフラフラで通行人が心なしか笑っているくらいだったが、ジャンヌの剣舞はなかなか絵になった。

 俺が振らされた剣から始まり、次々に重い剣を持たされ、ついには一番大きい剣を振り回している。

 しかも、片手で。


「おいおいおい。嬢ちゃん……いや、ジャンヌちゃん。前にはどっかの迷宮で探索者をやってたのか?」

「いや、やっていない」

「嘘だろう!? 探索者でないなら狩人か? 詮索はしねぇが……俺の見立てじゃあ、位階30は確実にある。いや、このレベルになると、素振りだけじゃあよくわからねぇが、銀等級クラスじゃないことだけは確かだ。金か……魔導銀級か?」


 レベル30とは、おそるべし「体力アップレベル5」。伊達に説明に「ゴリラ並の力」とか書いてない。


「よし。剣も槍も最高のものを打ってやろう。金額はそれなりに張るがね」

「む、いくらくらいだ?」

「金貨8枚ずつだな」

「はっ、はち!? なるほど……少し待ってくれ」


 想定よりも高い金額を言われたジャンヌが、俺の服の裾を引っ張って店の外に出る。


「高いぞ。どうする?」

「いや、そんなもんじゃないか? 金貨が地球のカネに換算してどれくらいかは難しいけどさ、金貨8枚だと……640万円だから……5万ユーロくらいじゃないかな。多分。ザックリ言うとまあまあな高級車買えるくらいだけど、それくらいはするんだろ」

「車を買えるくらいだと……?」

「でも、俺がフルで頑張れば一日で金貨1枚くらい稼げるわけだし、安いくらいだよ。親方の作った剣なら確実だし」


 俺の短刀の値段が銀貨30枚。金貨1枚弱くらいの値段だったことを考えれば、戦士が使うメインウェポンはそれくらいするだろう。

 金属の値段も、地球とは違うのだろうし。


「そうか……。気軽に剣と槍なんて言ってしまったが、とりあえず剣だけでいいか」

「そうだな。槍のほうは剣ができてから注文してもいいし」


 ということで、ジャンヌの剣は注文することになった。


「とりあえず剣だけ買います!」

「お、おお。そうか。金貨8枚は確かに高ぇからな。ただ、お前さんクラスの戦士が使うなら『獄炎鋼サラマンドル』を使うから、どうしても高くなるんだよ。あれは魔導銀ミスリルよりも貴重だからな」

「その獄炎鋼の特徴は?」

「硬く、重てぇ。普通の鋼とは比べものにならねぇくらいにな。上級の探索者の武器は強く硬く重いほど良い。切れ味で戦うような次元じゃなくなるからな」


 巨大な斧を振り回すガーネットさんの戦いを見ていて思ったが、なるほどあれが柔い武器だったら、あっという間に使い物にならなくなるだろう。

 重く、硬いというのは最重要なのだ。あの質量をあの速度でぶつけられたら、ナマクラだろうがなんだろうが相手はひとたまりもない。


 その後、俺の武器も注文してから、鍛冶屋を後にした。

 俺のはシンプルに片刃の剣。短刀よりも、分厚く、長く、重い片刃の剣を注文してみた。一口で言えば刀なのだが、いわゆる日本刀よりも厚く身幅も広いものを頼んだので、大鉈的な趣の代物になると思う。


 素材も普通の鋼材でなく、位階が上がって力が強くなっているからと、獄炎鋼を使ってくれるとのこと。金額もジャンヌの剣に迫る金貨5枚。

 もしかすると、獄炎鋼の剣はまだ重くて扱えないかもということだったが、完成までに10日以上かかるというから、それまでに位階を上げられるだけ上げることにしよう。

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