152 戦利品、そしてこれからの話

 ジャンヌと合流して、迷宮を出る前に戦利品を確認することにした。

 今日は、俺たちにとって初めての迷宮探索である。適当に全部換金というのでもいいが、なにがどれくらい取れたかを確認するのも大事だろう。


「私のほうはこれだけだ。黒い石はたまにしか出なかったな」


 ジャンヌが倒したのはスケルトンとスケルトンソルジャー、それとボーンナイトだ。

 スケルトンとソルジャーからは無垢の石が。

 ボーンナイトからは、無垢石と黒い石が出ている。


「これは闇の精霊石だな。実は闇の石は初めて見るけど、間違いないだろう」

「そうなのか? 闇の精霊術なんて使っているのに」

「2層と3層には闇の石を出す魔物が出ないからね……」


 闇の石は「クリエイトアンデッド」で使うことができるから、なるべくキープしたい。術自体の熟練度も上げたいし、ボーンナイトでも、いざというときの壁役くらいにはなるだろう。っていうか、アンデッドのアンデッドってなんか不思議な感じ。


「俺はけっこう集まった」


 今度は俺が、シャドウストレージから戦利品である精霊石を出す。

 ゴブリンやオークから出る石は8割が透明。オーガは半々で土の精霊石が出る。

 マンティスは風か混沌だ。もしかしたら透明のも出るのかもしれないが、俺の知る限りでは一度もない。

 数は全部で100以上あるだろうが、思っていたよりも色付きが少なかった。


 ただ、マンティスの石は『混沌の精霊石』が出ているから、これだけでかなりの金額になるはずだ。切り札になるからあまり売りたくはないが。


「……すごい。これを今日だけで?」

「2層は慣れてるからな」

「だとしても……。……いや、お前は視聴者数No.1の男だったな。これくらいはやるか」

「やめてくれよ。視聴者を集めてたのは、ナナミを生き返らせる為で、別に俺が望んでたわけじゃない」

「悪い意味で言ったんじゃない。クロには、それが可能なだけの能力があったんだと再確認しただけさ」


 最初の転移者は1000人。決して少なくない人数だ。

 その中で1位になるには、やはり魔物との戦闘をすること、そして戦闘に勝つということが一番視聴者を引きつける結果に直結していたのは間違いない。

 俺も、ジャンヌも戦闘系だし、普通に考えたら魔物との戦闘がメインコンテンツになるのだろうというのは、こんなファンタジーゲームのような世界なら考えるまでもないことだったのかもしれない。


「それで、これ全部でどれくらいになるんだ? 銀貨3枚くらいにはならないと生活厳しそうだな」

「ジャンヌも精霊石の相場はまだ知らなかったか。……まあ、俺もよくは知らないんだけど。たぶん、全部で金貨1枚くらいにはなる」

「きっ、金貨!?」


 金貨1枚は、今のレートで銀貨40枚ほど。家賃が銀貨28枚だから、いきなり家賃分以上を稼ぎ出してしまった計算である。

 

(ジャンヌが驚くのも無理ないんだよな)


 金貨1枚は、たぶん日本円なら80万円くらいの価値だ。

 ……もちろん、物価は何を基点にするかで違ってくるから、一概には換算できないのだが、とにかく金貨1枚は一ヶ月暮らせるくらい以上の金額なのである。


 戦利品の確認を済ませてから、迷宮を出た。

 迷宮から歩いて5分程度の場所にあるギルドへ。

 精霊石の換金は任せてくれるというので、闇の精霊石と、マンティスから出た混沌の精霊石はそのままシャドウストレージへ。

 残りは売却し、半々で分けることにした。


 ――ひそひそ

 ――おい、あれって……

 ――ひそひそ


 ギルドに入ると、この間来た時とは比べものにならないほど混雑していた。

 探索者でごったがえしており、換金の列も時間が掛かりそうなのだが――


(なんか噂されてないか……?)


 視線を感じる。

 他の探索者が俺を見ている気がする……。ただの自意識過剰だろうか。

 視線恐怖症みたいになっているからか……?

 だが、特に耳を澄まさなくても、聞き覚えのある単語が聞こえてくる……。


 ――あいつ、リフレイアさんと組んでた奴だろ……

 ――もう別の女と……?

 ――魔王も倒したとかって……

 ――ラブラブツインバードだろ……?

 ――なんだそれ

 ――ラブラブツインバードがパーティー名なんだよ

 ――うそだろ……?


 明確に噂されてた。


「有名人じゃないか、クロ。やはり新しいパーティー名もラブラブツインバードにするべきだったな。こんなに名前が通っているなら……」

「やめてくれ……。俺も知らなかったんだから……。どうしてこんな目に……」


 本当に小さい声でひそひそと話しているのだが、位階が上がり身体能力が強化されているからか、丸聞こえだ。

 っていうか、リフレイアにいつも換金を頼んで、俺はギルドの中に入っていなかったが、元々、思っていたよりも目立ってしまっていたのだろうか。

 あのリフレイアと組んでいたわけだから、わかる気もするが、妙なパーティー名で有名とか不本意にもほどがある。


 居心地悪く列にならび、やがて順番が来て、カウンターに精霊石を出し換金する。

 それ自体は問題なく済んだので(銀貨30枚になった)、俺たちは逃げ出すようにギルドを出た。

 外で待っていたグレープフルーと合流し、夕飯を食べに行く。

 こっちの世界に来てから、食事に対する欲求が高まっているのは明白で、食べる量も倍近く増えており、探索後の外食は密かな楽しみだ。

 今日は、肉にしよう。


 食事を済ませてから、グレープフルーと別れ家路につく。

 いつも通りフルーには小銀貨5枚を渡した。本当は最初に雇い賃を渡しているのだから、追加で渡すのは良くないのかもしれないが、リンクスは稼ぎに対しての報酬の比率があまりにも悪すぎる。

 まあ、金はあったほうが、装備やらアイテム類やら購入できるわけだし、そういった準備ができれば生存率も上がるだろう。

 だから、俺たちが雇っている間は、相対的に安全なはず。それで、早めに大精霊との契約ができれば尚良い。


 家に戻り、荷物を置いてから銭湯へ。

 借りた家は風呂無しなのだ。

 水は用水路から清水が汲めるし、水浴びなら問題ないのだが、やはり俺もジャンヌも現代人。お風呂があるのなら、そっちを利用したい。


 銭湯から出ると、すでにジャンヌは上がっていて入り口の所で待っていた。


「悪い、待たせちゃったか。先に帰っててもよかったのに」

「寂しいことを言うなよ。先に戻ってもやることもないのに」

「それもそうか」


 この世界では娯楽はかなり少ない。

 ジャンヌはかなりゲーマーだったらしいから、ゲームどころか電気すらないこの世界の夜はかなり退屈だろう。

 かといって、ずっと迷宮に籠もっているわけにもいかない。

 ポイントでゲームが交換できるならともかくだが、今のところそういうアイテムはない。


「まあ、いい。少し話しながら散歩でもしようか」

「そうだな。夜風が気持ちいいし」


 ジャンヌからの少し意外な提案だが、俺も話したいことがあったからちょうど良かった。


「初めての迷宮はどうだった?」

「うん。楽しかったな。まだ慣らしの段階だが、最後のほうはボーンナイトを一撃で倒せるようになった」

「一撃はすごいな。精霊力の命脈のことは知ってるんだっけ?」

「ああ。メッセージで聞いた。まあ、あいつは鎧を着ているし、首を刎ねるのが手っ取り早い倒し方だがな」


 ボーンナイトのような骨の魔物も弱点は同じだが、当然他の方法でも倒せる。

 とくに脊椎を切断すればその時点で死ぬ。頭蓋を破壊しても倒せる。その辺りは人間と変わりが無い。アンデッドだからといって不死身というわけではないのだ。

 人間と違って、腕を切り飛ばされても全然堪えないあたりは、アンデッドならではだが。


「じゃあ、明日からは二層?」

「いや、まだ数日は一人で訓練を積ませてもらうよ。たった1日でわかった気になるのは危険だし……時間もあるからな。それに――」

「それに?」

「……足手まといになりたくないんだ」


 あの決闘で俺に勝ったジャンヌらしからぬ言葉。

 それは、いつも自信に満ちた姿しか見せない彼女が、ふと見せた弱気だった。


「足手まといって、ジャンヌのほうが俺より強いだろ」

「あの勝負のことを言っているのか? ……あの勝負は本当は私の負けだ。剣を首元に突きつけられた時に、本当は負けを認めなきゃいけなかった。そうしなかったのは、単に負けたくなかっただけだ」

「でも、防御だって攻撃だって俺より強いだろう」

「そんなことは些末事なんだ。大事なのは結果さ。私は魔物を20体しか倒せなかった。お前は100を超える魔物を倒した。わかるだろう?」

「そりゃ、俺のほうが何度も潜ってるんだし……」


 ジャンヌの言うこともわかるといえばわかるが、俺だってこれが得意分野だからというだけの話だ。

 迷宮で魔物を狩るスピードだけを競うなら、俺のほうが確実に速い。慣れているからというのもあるし、精霊術が使える分、いろんな状況に対応できるからだ。

 なにより、2層での狩りと俺自身の能力がマッチしている。

 ただ、それを「強さ」で括るべきかどうか……。

 3層メインで長くやっている探索者たちは、あのイレギュラーな魔物である魔王相手には、ほとんど有効な攻撃手段を持たなかった。

 おそらく、3層での狩りならば、すごい速度で安定して狩りができるのだろうが、しかし、その「強さ」はかなり限定的なものだということだ。

 本当の強さとは別のものだろう。


「だが、ずっと負けっぱなしでいるつもりはない。すぐに追い付くつもりだ。3日ほど1層で遊んだら2層に行く。そしたら、パーティーとしての戦い方を実践していこう」


 ジャンヌは前向きだ。

 足手まといになりたくないという自分の気持ちに真っ正面から向き合っている。

 自分だったらどうだろう。「いないものとして考えてくれ」とか言ってしまいそうな気がする。


「それに、次の転移者が来る前に、奴らから手出しされないくらい強くなっておきたいというのもある。今はまだ、神からのギフトに頼っているだけだから」


 ジャンヌも「位階」のことはわかっているのだ。

 そして、それこそが目標への近道であるのだと。

 それに、俺が闇に乗じて接敵し一撃で倒すような戦い方をするように、ジャンヌにも最も効率の良い戦い方があるのだろう。あのボーンナイトとの戦闘の中で、それを見極めたいに違いない。

 俺も本当はマンティスあたりと連戦できると練習になるのだが、残念ながらあれはレアモンスターで滅多に出ないのだ。


「わかった。じゃあ、3日間で俺ももう少し勘を取り戻しておくよ」


 なんにせよ、位階も上げていきたい。

 そのためには、数をこなすのが手っ取り早そうだ。

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