151 飢獣地下監獄、そして新たなる闇召喚

 第2層『飢獣地下監獄』は相変わらずの暗さだが、暗視を持っている俺にとっては絶好の狩り場だ。

 魔物もマンティス以外はそこまで強力じゃない。


 短刀を抜き、ダークネスフォグを維持したまま歩く。


(さすがに今日はまあまあ人がいるな)


 2層は不人気階層だが、ずっと迷宮を閉鎖していたからだろう。珍しく探索者の数が多い。

 闇に紛れた俺は彼らに見つかることはないし、別に見られてもいいんだが、なんとなく避けて壁際を歩く。


「閉鎖明けってこんなに混むんですか? 僕、2層は自信ないんですけど」

「慣れりゃあ3層よか楽だよ。マンティスにさえ出くわさなきゃな」

「まだ一度も会ったことないんですけど、マンティスってそんなに強いんですか?」

「強えよ。俺達じゃあ勝てねぇな。まあ、煙玉使って走れば逃げられるから」


 なんとなく目に付いた探索者の会話を盗み聞きすると、どうも3層が混んでることで2層での探索に切り替えた人たちらしい。

 それにしても、3層メインの探索者でもマンティスには勝てないのか……。


 探索者の横を通り抜けて、しばらく人の少ない方面へ歩くと、ゴブリンとオークの群れと遭遇した。

 ゴブリンが4体。オークが3体。


「サモン・ナイトバグ」


 闇の甲虫がゴブリンたちに殺到し、肉を、骨を食い破る。

 俺はその混乱の中に躍り出て、一体一体を丁寧に倒していく。

 2層の魔物は暗がり程度なら見通せる程度には夜目が利くのだろう。だが、完全なる闇を生み出すダークネスフォグの中では、闇雲に武器を振り回すのが精々だ。


(よし。次)


 精霊石を回収し、次の魔物を探す。

 2体のオーガが通路の先から姿を現す。


「シャドウバインド!」


 闇ノ棺は上位術の『ダークコフィン』を使えるようになったが、シャドウバインドもそのまま使うことができる。

 威力もわずかに上がっているようで、オーガなら2体同時に数秒間は無力化できそうだ。

 闇の触手が闇からオーガを拘束するのと同時に、真っ正面から躍りかかり喉元へ短刀を突き入れる。

 ジャンヌのような防御力も、リフレイアのような攻撃力もない俺には、思い切りの良い一撃必殺が最適解だ。

 

 勝手知ったる迷宮を徘徊しながら、出会う魔物達を屠っていく。

 2層のマップは完全に頭に入っている。適当に歩き回っても迷子になることはない。

 しばらく迷宮に入っていなかったのが嘘のように、身体もよく動き、相手の動きもよく見えた。おそらく「位階レベル」が上がっているのだろう。


(とはいえ、この迷宮を踏破するのなら、全く話にならない。もっともっと強くならなきゃな)


 ファントムウォリアーを囮にして、オーガに後ろから近付き一撃で倒しながら、そんなことを思う。


 武器をより強力なものにするというのも一つの解だろう。

 ポイントを貯めて、体力や生命力に振るのもいい。

 精霊術を使いまくって術の位階を上げるのも大事とは思う。


 だが、俺は一度、人間を辞めた探索者を見ている。


真紅の小瓶クリムゾン・バイアルのリーダーであるガーネットさんは、ポイントによる増強なんてないのに、あれだけ強かった)


 鉄塊と言い換えてもいいような斧を軽々と振り回す姿は、化け物と言ってもおかしくないほど人間離れしていた。

 あの膂力の源泉がどこにあるのかといえば、魔物を倒した時にわずかに得られる精霊力による増強。

 つまり、|位階(レベル)。

 単純に、もっと強くなる為には魔物を倒して倒して倒しまくってレベルを上げるのが、一番効果が高いということだ。

 例えば、ポイントによる増強ならジャンヌがすでに『身体能力』を上限まで上げているらしい。だが、彼女は別に人間離れした強さを持っているわけではない。

 たしかポイントの体力アップは「元の力」を倍々に増強するものであり、例えばジャンヌの元の握力が30㎏ならば、『体力アップ レベル5』で10倍の300㎏ほどということになり、まさしくゴリラだ。しかし、ゴリラ程度。

 それではゾウには勝てない。ヒグマにも負けるだろう。

 もちろん、今の俺より力は遥かに強いだろうが、迷宮を本気で踏破する気ならば、そんな次元で満足していては話にならないのだ。


(ステータス画面にレベルが出ればいいんだけどな)


 いくつかバージョンアップがあったが、レベル表示は実装されていない。

 ステータス画面を開き、時間を確認。

 迷宮を出る約束をした時間には、まだ3時間もある。


(視聴者数3億6000万か……)


 ジャンヌといっしょに行動するようになってから、視聴者数はかなり高い水準をキープするようになっていた。

 ナナミが俺の無実を証明してくれたのか、それとも彼女も犯人の顔を見ていないか、どちらにせよ、それを確認する術はない。ジャンヌが言う通り、俺は向こうの世界のことを気にしすぎていて、ナナミが生き返ったのなら、もうあちらのことを忘れて生きるというのも一つの答えなのだろうとは思う。

 頭では、そうわかってはいるのだ。


 数字で見ると、ゾワゾワと視聴者達の視線、悪意を感じる。

 これは理屈としてわかっていてもどうにもならないことだった。

 心が拒んでいる――そうとしか言い様がない。


(……でも、焦ることないもんな)


 視聴者達に見られている居心地の悪さも、ジャンヌの「迷宮踏破」を手伝うという目標を手に入れたことで、目を逸らすことができていた。


 一人だと思い詰めてしまう。

 リフレイアといた時に視線が気にならなかったのは、視聴者数レースで心を封じ込めていた事ばかりではない。

 誰かといっしょにいる。

 誰かが自分のことを気にしてくれるということに、慰められていたからというのもあったのだろう。

 この世界に来てから、知りたくなかった自分の弱さに向き合わされることばかりだ。


「……ん?」


 ステータス画面の精霊術のところを確認していて、気付いた。

 闇ノ喚の位階が3に上がっている。


(新しい術……!)


 精霊術の位階は3に上がることで、上位術を覚えるのだ。


 最新のステータスはこう。


【 闇の精霊術 】


 第二位階術式

・闇ノ虚 【シェードシフト】 熟練度34

 第三位階術式

・闇ノ見 【ダークセンス】 熟練度29

・闇ノ化 【ファントムウォリアー】 熟練度37

・闇ノ納 【シャドウストレージ】 熟練度20

・闇ノ棺 【ダークコフィン】 熟練度2

・闇ノ喚 【サモン・ダークナイト】 熟練度0

 第四位階術式

・闇ノ顕 【ダークネスフォグ】  熟練度95

 特殊術式

・闇ノ還 【クリエイト・アンデッド】 熟練度5


 ダークネスフォグの位階ももう少しで上がるが、それよりも闇ノ喚だ。


「ダークナイト……!」


 ついに、純粋な攻撃力のありそうな術が使えるようになった予感がある。

 名前からして闇の騎士だろうか。


 なんにせよ、使ってみればわかる。


「サモン・ダークナイト!」


 術を唱えると、空間から滲み出た闇が凝縮し一体の騎士の形に結実した。

 身長190センチほどもある立派な体躯の全身鎧の戦士である。

 武器は長剣と盾。どこかで見たような姿――


「ファントムウォリアーと同じなのか」


 闇ノ化の術を使うことで出現する幻影、ファントムウォリアーと見た目が全く同じ。瓜二つというやつだ。

 ただし、片や幻、こちらは質量がある本物。使い方で虚と実として使い分けられるということである。

 学習する魔物や、人間相手にはかなりエグいコンボになるに違いない。

 もちろん、相手に知識がなければだが。


 そのまま、2層の魔物とダークナイトを戦わせてみる。

 剣で盾を叩き大きな音で注意を引く戦い方は、ファントムウォリアーと同じだが、陽動が主で動きも遅いあちらと違い、ダークナイトは動きも速く力も強い。


 ゴブリンとオークなら相手にもならない。

 攻撃は食らっているかもしれないが、ダメージが通っている感じはない。まあ、闇そのものの姿だし、よくわからないが。


 オーガとも戦わせてみたが、こちらも完封。

 二体組のオーガは残念ながら出なかったが、おそらく二体でも問題ないだろう。

 さらに、ダークナイトは『ダークネスフォグ』の闇の中でも問題なく活動が可能なのだ。

 俺とジャンヌだけでは、攻略には手が足りないと思っていたところだったから、かなりの戦力増強になる。


 ……ただ、1回の召喚で使う精霊力はかなり多い。ダークネスフォグなら5回分ほどにも相当する。『愛され者』の俺は精霊力を外から補填できるが、あまり連続で術を使用すれば、いずれは枯渇する。

 無制限に使えるわけではなさそうだ。


 ◇◆◆◆◇


(やはり2層での狩りは安定しているな)


 レベルアップを目標の一つに据えた俺は、かなりのペースで魔物を屠っていった。

 その数は100を超えるだろう。

 迷宮を閉鎖していたからだろうが、魔物の数も多かった。俺は出会ったそれをことごとく倒して回った。

 精霊石も金貨1枚分近く稼いだだろう。


 ダークナイトの検証も一通り済み、そろそろジャンヌのところへ戻ろうかというところで、必死の形相で走る探索者パーティーが俺を追い越していった。

 少しして、彼らを追いかけているらしいカマキリの化け物「マンティス」。


(運が悪いな……)


 追われているのは、先ほどマンティスの話を駆け出しの仲間――おそらくポーター上がり――にしていた探索者パーティーだ。

 マンティスは滅多に出ない。俺もまだ10回も見たことがないほどのレアモンスターだ。

 どうせ逃げているのだから、いらないのだろう。

 貰っても問題なさそうだ。


 俺は闇から姿を出して、ナイトバグを召喚した。

 ナイトバグにチクチクと攻撃されたマンティスが動きを止め、こちらへと向き直る。


(さあ、最後の検証だ)


「サモン・ダークナイト!」


 ナイトバグの召喚を解除して、ダークナイトを喚び出す。


「よし! 一対一であいつを倒せ!」


 俺の命令に、ダークナイトは剣を掲げて返事をし、マンティスに向けて前進を開始した。

 マンティスは、単体でリフレイアを倒すほど強い。

 2層では圧倒的に強力な魔物で、おそらく3層の魔物と比較してもガーデンパンサーに次ぐ強さだろう。4層のリザードマンよりわずかに劣る程度。

 いずれにせよ、ここでダークナイトの真価を見定めておきたい。


 そこからの戦闘は俺が想像していたものとは、少し違っていた。


(マジかよ)


 結論から言うと、ダークナイトはマンティスに勝った。

 それもたった数十秒の攻防で――である。

 つまり、俺が喚び出すこの闇の騎士は、リフレイアよりも強いということ。

 それは自分自身が強くなったことと同義ではあるのだが、少し複雑な気分だ。


 俺は、マンティスから出た混沌の精霊石を拾い、また闇に紛れジャンヌと合流すべく1層への階段へと駆けた。

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