130 父方の祖父、あるいは頼み事 ※セリカ視点

「どういうことだ? オレにもわかるように説明しろ」


 眼光鋭く詰問され、カレンが私の服の袖を掴む。

 いたいけな女子中学生相手に出す迫力ではないと思うが、まあこれが素なのだろう。


 私は事情を説明した。

 祖父とて、異世界転移のことは当然知っている。だが、この年代の人たちはそこまで剣と魔法の世界に興味がないようで、我々の世代ほど熱狂しているわけではない。興味がない人は、とことん興味がなく、どちらかというと神の出現による世界情勢の変化のほうに、関心がある場合が多いようだ。


「現場には揉めたような形跡もなかったし、お兄ちゃんも不意打ちで刺されたんだと思う。異世界転移に選ばれたのは、本当に偶然。そうでなかったら、そのまま死んでたんじゃないかな」


 これは状況からの憶測でしかない。

 だが、祖父にとって孫が刺されたとなれば、人ごとではない。

 手伝ってくれる可能性が上がる。

 ひとしきり状況を説明した私に、祖父は顎に手をやり考えるような仕草を見せたあと言った。


「……つまり、そいつのタマァ取ってほしいってことか。セリカ、お前の頼み事は」

「ううん。違うの。しばらくこいつの身柄を押さえておいて欲しいんだ。警察よりも先に」


 私は、防犯カメラに映った男の画像をズームアップしながら言った。

 殺してしまっては意味がないのだ。


「ガラを?」

「うん。そうすれば犯人不明のままになって、お兄ちゃんが犯人扱いされるはずだから、そのまま炎上させようと思って」

「炎上って、セリカ……。お前……どんなェ描いてんだ……?」


 絵というほどのことはない。

 今のままで何もしなければ、兄は間違いなく死ぬというだけだ。

 その可能性を少しでも減らすには、視聴者を増やして、ポイントを獲得するしかない。

 そして、それを最も効率良く得るには、兄を有名にさせるのが一番手っ取り早い。


 現段階では、兄は「ポッと出の謎の転移者」に過ぎない。

 そのポッと出が、1000人もの転移者がいる中で、限られたリソースである「視聴枠」を獲得するのは容易ではないだろう。

 注目されなければ、ポイントやクリスタルを得る手段はおそらくない。そうなれば、兄は森を抜けることもできずに死ぬことになる。

 

 ……だが。


『異世界に行きたいあまり、幼馴染みを殺し、誰も手出しのかなわぬ異世界へ逃げた犯人』というストーリーがあるならば。

 そして、私とカレンがネットで世界中に火を付けて回れば。

 ――それで世界的な注目を集めることができれば。


「ほら、ここに視聴者数が出てるでしょ? これが多ければ多いほど、神様からの恩恵が得られるの。お兄ちゃんが履いてるブーツも、ポイントで交換したもの」

「それと、ヒカルが犯人扱いされるのとどういう関係があるんだ」

「お兄ちゃんが犯人という話になれば、世界中の人たちがお兄ちゃんを憎むよね? 裁かれることなく、幼馴染みの女の子を殺して異世界に逃げた殺人犯なんだから。憎んで、憎んで、早く死んで欲しくて……だからこそ、どの転移者よりも気になって、みんなが見ることになる。テレビなんかでも取り上げられるだろうし。本当はお兄ちゃんは巻き込まれただけで殺人犯でもなんでもないんだから、酷いけど……そうしてでも視聴者を獲得しなきゃこの森を抜けることができないから。だから……真犯人は邪魔なのよね」

「セリカ……おめぇ……」


 祖父は私のことをよく知らないから、私の提案は……いや、表情を変えることもなく、淡々とこんな話をする私自身が奇異なものと映っただろう。

 兄に連れられてきた時には、無邪気な妹で通していたし、頼み事もいろいろしたけど全部、兄が頼んでくれていたからだ。

 だが、兄が異世界に行ってしまった今、私も――そしてカレンも、何に遠慮する必要もない。それに、本気でやらなければ、この損失を取り返すことはできないという確信があった。

 私は兄を必ず取り返す。

 その為には、まず生きて森を抜けてもらわなければ話にならないのだ。


「…………そうすりゃ、ヒカルは助かるのか? こっちに戻ってくる手立ては?」

「絶対に助かるとは言えない。370キロもの危険地帯を抜けるの、簡単じゃないと思う。異世界から戻ってくる手立ても、今のところはないの。お祖父ちゃん」

「そうか……。どうしてヒカルが選ばれちまったんだ」

「それもわからない……。私達も驚いていて。でも……もうこうなっちゃったのが現実だから」


 神は誓ってランダムだと言っていたが嘘だろう。

 1000人全員の詳細な事情を調べ上げたわけではないが、ある程度の共通項はすでに発見されている。まあ、それも都市伝説レベルでしかないが。


「もちろん、親族だからってタダでこんなこと頼もうなんて思ってないわ。口座にまとまったお金入れてあるから、そこから必要なだけ引き出して」

「俺が断ったらどうすんだ?」

「ネットを通して殺し屋でも雇うしかないかな。本当は兄の汚名をすすぐのもセットにしたいから、殺しはしたくないんだけどね。監禁屋には伝手がないし……。どこにも頼めそうもなかったら最悪……私自身でやるから」


 私が軽い調子で殺しという言葉を使ったからか、それとも私自身がやるという言葉にか、百戦錬磨の祖父の顔にもわずかに驚きの色が浮かんだ。


 私とて、別に殺し屋にも伝手はない。

 だが、私のようにいろんな言語が理解できると、そういう依頼をする場所を見つけることもまた容易かったりする。

 匿名で、素性の分かっている者をさらって埋めるくらいなら、そう難しくはないだろう。

 ただ、その場合、警察より先に……という部分が難しく、正直、ここで祖父が請けてくれないと、かなり厳しい。


 その場合は、本当に私自身が手を下す必要が出てくるかもしれない。……あるいは、そのほうが恨みも晴らせて一石二鳥であるのかもしれない。私が塀の中に入ったとしても、しばらくすれば出られるのだし、兄の命とは替えられるはずもない。

 こっちのことはカレンに任せても――かなり不安だが、大丈夫だろう。多分。


 私はそんなことを考えていたが、そんな素振りは見せず、まっすぐに祖父の目を見た。


「……中学生のガキが殺しとか軽く言うんじゃねぇよ。あいつらはいったいどんな教育してやがんだ」

「ふふ、お父さんもお母さんも教育なんてできるわけないでしょ? 私もカレンも、お兄ちゃんに育てられたのよ」

「じゃあヒカルの教育か?」

「……それも違うけど……元々の性分というか、やっぱり血かな!」

「血かぁ。ならしゃあねえわな……」


 私はアバズレな母親の性分に賭けてDNA鑑定したことがあるのだが、残念ながら私とカレンは父と母の実子だった。兄も父の子で間違いない。

 血が全く繋がらない兄妹というファンタジーを期待したのだが。


「それに……私だってそんな物騒なこと普段は言わないよ。今回の件で、私の計画はほとんど完膚なきまでに叩き潰されたからね。こう見えて、腸が煮えくり返ってるから」

「……請けてやってもいいが……金はどんくれぇ払えるんだ? 身内だからって、こんなヤバいヤマをホイホイ引き受けるわけにゃいかねぇぞ」


 タバコに火を付けながら、そんなことを言う祖父。

 もしかすると、断る口実なのかもしれない。中学生が、|相場(そんなものがあればだが)の金額を支払えるとは思っていないのだろう。

 だが、私も洒落や冗談でこんな頼みをしにきたわけではない。

 リスクに見合うだけの金は支払うつもりだ。

 それに、昨今は暴力団も資金繰りが厳しい。祖父の会社・・も例に漏れず、経営状況は良くない。祖父にとっても、渡りに船の提案であるはず。


「これ。必要なら全部使ってもいいから。どうせすぐこれくらいなら稼げるし」


 私はバッグから通帳と印鑑を取り出し祖父の前に置いた。

 この通帳は両親も知らない口座だ。

 ずっと保持していた仮想通貨の一部を売った分だけだが、十分足りるだろう。


 稼げるということを知られるのはある種のリスクだが、なんの力もないくせに金使いだけは一人前な両親と違い、祖父との繋がりは金銭では替えられないほどの価値があるから問題ない。困った時に頼ることができる大人というのは、簡単に得られるものではないのだ。……少なくとも私やカレンにとっては。


 祖父は、私から受け取った通帳をめくり、最新の預金額を確認して目を剥いた。


「ん…………? はぁ……? なんだこりゃ、ホンモノか? これ」

「偽造通帳なんて持ってくるわけないでしょ」

「だが、オメェ……二億以上入ってんぞ」

「犯罪行為を頼むわけだし、それくらいはね」

「……どうやって手に入れた、このカネ」

「小さい頃に買った仮想通貨がハネてね。こないだ現金化したやつだから、危ないお金じゃないよ。税金とかの問題があって保持してたんだけど、これから異世界関係で、どうしたって私もカレンも収入増えて税金からも逃げられそうもなかったし、とりあえず実弾があると便利だからと思って売っといたんだ。それが、さっそく役に立ってくれそうってわけ」


 当時、プログラムと翻訳で稼いだお金で、40万円分の仮想通貨を買った。

 あれから5年でおよそ500倍。神の出現によって仮想通貨が高騰したのを機に売却。おそらく、まだ頭打ちではなかっただろうが、元々あぶく銭みたいなものだ。


「セリカ……おめぇ何者なんだ? ……いや、天才だってのは聞かされてたから知った気でいたが、二億なんて一生かけても稼げねぇやつぁゴロゴロいるような金額なんだぞ? それを中学生のガキが……」

「それはわかってるけど、そのお金は運が良かったのと、ほんの少し機に聡かっただけだから。あんまり頭は関係ないかな」

「だがよぉ」


 おそらく、祖父は本当は断りたいのだろう。

 中学生の娘が、犯罪者とはいえ高校生をさらって監禁して欲しいなどという頼み。いくら身内で、反社会的団体の人間だからといって、はいはいと聞けるようなものではない。

 これが、兄を殺した犯人という話なら別だっただろうが、兄は生きていて異世界にいるのだ。ナナミ姉さんは、私達にとっては大事な人だが、祖父からすれば他人でしかない。


「こんなことを頼めるのお祖父ちゃんだけなの! 本当はこうしている間にも、お兄ちゃんは死んじゃうかもしれない。犯人が自首しちゃうかもしれない。そうなる前に、手を打たないと取り返しの付かないことになっちゃうの。お願い……お願いします……!」


 私はソファから床に降りて頭を下げた。

 あわててカレンもそれに倣う。

 祖父が請けてくれるかが分水嶺なのだ。まず犯人をこちらで確保しなければ、炎上させることは不可能だ。

『犯人は逮捕されたが、真犯人はヒカルなのでは?』とキャンペーンを打つことも可能だろうが、それではただの陰謀論。

 全世界に対して求心力を発揮するのは難しいだろう。


「本気……ってことなんだな」

「はい。お兄ちゃんを助ける為だもん」


 強い眼光で私を見詰める祖父から、私は目を逸らさずジッと見詰め返した。

 こんなところで躓いていられない。


「……ふぅ、わかったよ。孫の頼みなら断れねぇや。それに、どうせ3人も殺っちまったなら、こいつも死刑だろ。少しばかり塀の中に入るのが早くなるだけだわな」

「ありがとう、お祖父ちゃん」

「あ、ありがとうございます」


 ずっと黙っていたカレンがやっと口を開いて、ぺこりと頭を下げ、祖父はニカッと笑った。

 あとはスピード勝負だ。今はまだ11時。

 メンツを揃えて、車で犯人の家まで移動。スマホかLINE経由で呼び出して、拉致。あとは監禁部屋までご案内といったところか。

 さすがに、この間に警察に出頭されていたら為す術もないが、そこは賭けだ。

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