124 システムアップデート、そしてサプライズプレゼント

 いつもの唐突なアナウンスだ。

 事前に文章か何かで知らせてくれればいいのに、神はこうして音声で伝えてくる。ステータス画面だけだと、読まない人がいるということなのかもしれないが……。


 釣り具をシャドウストレージに片付け、わけもなく桟橋の突端まで歩く。

 それにしても、システムアップデートとは……?


『「カメラ撮影モード選択機能」、および「自動翻訳オンオフ機能」を追加しました! ステータス画面から選択して下さい』


 カメラ撮影モード?

 ステータス画面を見ると確かに、カメラ撮影モードという項目が追加されていた。

 タッチすると、『マニュアル』『オート』が選択できるようだ。現在のモードはオート。

 自動翻訳モードオフは、異世界語を楽しむのに使うのだろうか。


『また、非常に要望の多かった「撮影一時停止チケット」をアイテムに追加いたしました! 1クリスタルで1枚。10分間有効です。撮影一時停止チケットを交換後、任意のタイミングで使用して下さい。連続使用する場合はチケットを必要分使用すれば、枚数分時間が加算されます』


「撮影一時停止チケット……」


 それは、俺が願っていたものだった。

 かつての俺だったならば、飛びついて残りポイントを放り込んでいたかもしれない。


 だが、現実的に10分で1クリスタルは高い。高すぎる。

 1ポイント分を使っても5時間だ。使う場面は限定的になるだろう。

 というより、少しばかり見られない時間を作ったからといって、どうするのだろう。要望が多かったというが、その要望もどうやって届けたのだろうか。

 転移者が何かを言えば、それを神が聞いていて、気まぐれで叶えてくれるということなのか?


『クリスタルで交換可能な道具類も、追加しましたので、こちらもご確認下さい。さらに、転移者のみなさまに1回限りのサプライズプレゼント! ステータスボードの「神からの贈り物」の欄をご覧下さい!』


(贈り物……?)


 あの神のやることだ。むしろ悪い予感すらしていたが、俺はそれを開いた。

 贈られたものは、全員が同じものだろうが――


『はい! 確認しましたね! 今回のサプライズプレゼントは「地球の親族と20分間のテレビ電話」です! 異世界転移から一ヶ月。みなさんも慣れない暮らしの中で、ホームシックになったり、苦労したりと、語り尽くせない体験をしたと思います。そんな、思いの丈を、是非とも離れた家族にぶつけちゃってください!』


 俺はそのアナウンスを、半ば呆然と聞いていた。

 親族とのテレビ電話。

 親族ってのは、両親と……セリカとカレンのことか?

 テレビ電話が……繋がる……?


『ではでは! コールスタート! サプライズだから、唐突に繋がるけど、そこも含めて楽しんでくださいね~!』


 無責任に明るい声で、神のアナウンスは告げ、変わりにステータスボードの文字が消え、ブラックアウトした。

 トゥルルルル、トゥルルルルと電話の鳴る音が聞こえる。


 本当に、心の準備をする猶予すら与えず、いきなり繋がってしまうらしい。


「……う、うそだろ」


 怖い。

 家族との電話なんて、心の準備ができていない。

 心臓が早鐘を打ち、背中にジワリと汗が滲む。


 ナナミだったら、きっと悲しんでくれただろう。無茶をしたことを怒ってくれただろう。生き延びて連絡が届いたことを喜んでくれただろう。

 だが、俺の家族がどうなのかはわからない。


 両親はどうだろう。

 二人共、俺に対して淡泊だったが、俺がナナミ殺しの容疑者となったことで、家を出ることになったことで憎んでいる可能性が高い。特に母親は。


(いや……そもそも、親族だ。誰に繋がるんだ……?)


 セリカとカレンも、日本から海外へ移住したという。

 二人とも言葉で困ることがないから、どの国でもそれほど苦労はないだろうが、それとこれとは話が別だ。

 友達とも離ればなれになっただろうし、なにもかも捨てて引っ越したようなものだっただろう。

 だって、あのメッセージが届いたのは、俺がこの世界に来て、たった10日目の出来事だったのだから。

 二人とも頭が良いから、俺が不可抗力で異世界に送られたことや、真犯人が別にいることぐらいは掴んでいるかもしれない。


 二人共、お兄ちゃんっ子ではあったが、中学に入ってからは小学校の時とは様子が違ってきていた。

 極端に頭が良いと、普通の人間とは話が合わなくなってくるという。

 小学校のころから、妹達が天才であることは知れ渡っていたから、母親がその手の本を買いあさっており、俺も読まされたのだ。

 二人はそのステージに入っていたのかもしれない。


(とはいえ、セリカに繋がるのが一番いい。母親だったら最悪だ)


 カレンでもいいが、あいつはあまり俺と話したがらないから、20分の中で必要な情報が得られない可能性がある。

 逆にセリカなら、必要なことは教えてくれるはずだ。

 父親は、普段なんにも喋らないくせに、突然火が付いたように喋り出したりしてムラが凄いし、そもそも家にほとんどいないから、父に繋がる可能性は低い。

 逆に単独でいる父に繋がるかもだが、その時はその時だ。


 問題は母親単独で繋がった場合だ。


 しばらく着信音が続いた後、プッという音と共に、ステータス画面がどこかと繋がった。

 画面には、驚いた顔の母親と、見慣れないホテルの一室のような背景。


「えっ、なにこれどういうこと? はぁ? お兄ちゃんなの?」

「……母さん」


 運は俺に味方しなかった。

 繋がった相手は母親だった。


 ◇◆◆◆◇


 画面の中の母は狼狽した様子を見せた。

 彼女からすれば、いきなり空中に画面が出現して、そこに異世界に行ってしまった息子が映し出されているという状況なのだろう。


(……元気そうだな)


 俺が知っている母親より、さらに派手になっている。

 一分の隙もない金髪。厚いファンデーション。真紅の口紅。


 セリカとカレンの姿は見えない。父の姿も。


「えっ、なにこれどういうこと?」

「家族と話をするサプライズプレゼントだって。神が」

「はぁ? そんなの……セリカちゃんとしなさいよ。なんで私が……」


 ブツブツと文句を言う母親だったが、繋がってしまったものは仕方がない。

 

「変わってないね、母さん」

「あんたは苦労してそうね」


 感情のこもらぬ声でそんな風に言って、ワインを呷る母。

 久しぶりに会うはずの息子に対して懐かしそうな素振りすら見せない母に、俺はむしろ安心した気持ちになっていた。

 この人はいつでも自分中心に世界が回っているヒトで、他人のことでペースを乱されたりはしないのだ。そして、血の繋がらない息子のことを可愛がるという発想など、一ミリすら持ち合わせない人だったのだから。


 ……それでも。

 それでも、ずっと知り合いのいない世界で生きていたからか、母親の姿を目にしただけで、目頭が熱くなってしまった自分が嫌になる。

 しかし、20分しかないのだ。この人と世間話をしても仕方がない。

 俺は涙声になっているのを悟られぬように、静かに訊ねた。


「セリカかカレンはいる?」

「うん? いないわよ? あの子達は」

「いない……?」


 心臓がドクンと波打つ。

 母親のあまりに普通な様子を見て、一瞬安心してしまったが、俺が炎上することで家族にもなにかあったのだとしても不思議ではないのだ。

 まして、まだ中学生だった二人なら、なおさらに。


「セリカちゃんとカレンちゃんがプレゼントしてくれてね、世界一周クルーズの最中なのよ」

「世界……一周クルーズ…………?」

「そうよ。100日間掛けて世界をまわるの。いいでしょう?」

「いや……まあ……」


 想定もしていなかった返事だった。

 俺は心のどこかで、家族くらいは俺を心配してくれていると思っていたのだろう。

 ちゃんと想像したことがあったわけじゃない。

 だけど、テレビに釘付けになって――せめて応援くらいはしてくれているのではないか――。そんな風に、知らず知らずのうちに期待してしまっていたのだ。

 全身から力が抜けていく。


 手酌でワインをグラスに注ぎ、またグッと飲み干す母。

 いつもよりペースが速いだろうか。

 いなくなった息子がいきなりテレビ電話で話しかけてきたから、内心ビビっているのかもしれない。その証拠に、母はこちらを見ることなく斜め後ろを向いたままだ。

 ただ単に、俺のことが嫌いだからというだけかもしれないが。


「……じゃあ、セリカとカレンは、いっしょにいないってこと?」

「そうよ。夫婦水入らずでどうぞって100日間の旅をプレゼントしてくれたんだから。なんか前々から用意してたんだって。持つべきものは頭の良い娘よねぇ。お兄ちゃんがいたころは、取り柄の無いお兄ちゃんに遠慮してたのね。あの子たち」


 遠慮……していたのだろうか。

 二人共あんな小さな家に閉じこもっているような規格の人間じゃないということは、俺にだってわかってはいた。

 でも、俺にとっては二人は小さく可愛い妹でしかなかったのだ。


 母が言うように、俺は取り柄の無い兄だったが、それでも兄としてできることをできる限りやっていたつもりだ。

 二人がテレビにもう出たくないと言えば、なんとか両親を説得したりもしたし……まあ、ほとんど父を動かしてなんとかなっただけで、母の説得はいつも失敗していたけれど。


「そんなの何百万もするんじゃないの?」

「そりゃするわよ。なんか、ナントカコインのバブルで儲かったんだって。カレンちゃんが、オクリビトだから問題ないとか言ってたわ。意味わかんないけど」


 セリカとカレンがインターネットで稼いでいることは俺も知っていた。

 俺は両親が当てにならないから、将来に向けて貯めておけとアドバイスしていたが、二人からすれば大きなお世話だったのだろうか。

 まさか、世界一周クルーズの旅とは。

 

「……じゃあ二人は元気なんだ?」

「なんか二人でいろんなことやって稼ぎまくってるみたいよ? お兄ちゃんがいたころは、そんな素振り見せなかったのに」

「そっか……」


 母親は俺のことが嫌いだ。

 出来の良い実の娘二人と比較して嫌味を言ってくることは日常茶飯事ではあった。

 セリカとカレンが元気なら、それは喜ぶべきことだ。知りたかったことの一つだし、それが知れただけでも良かった。

 ……だけど、今はやけに胸が痛む。


「母さん……俺も、いきなりこんな世界に連れて来られて…………頑張ってるよ。死にそうな目にあったりもしたけど」


 だから、ついそんな言葉を口にしてしまった。

 母親に褒められたかったのか。

 せめて、生きていてくれて嬉しいと言ってほしかったのか。


「知ってるわよ、セリカちゃんから聞いてるから。死ぬような目にあってるって。大変だったのねぇ……、本当に」


 初めて母に同情の色が浮かんだ。

 俺はそれだけで涙が零れそうになってしまった。

 だが、その涙は母の続く言葉で、一瞬で引っ込んでいった。


「――本当によかったわ。選ばれたのがあんたで」


 赤ら顔で笑いながら母はそう言った。

 そう言ったのだ。


「セリカちゃんかカレンちゃんだったらと思うと、ゾッとする。ま、あんたも生き残れたんなら良かったんじゃない?」

「う、うん。そう……かな。そうかも……。生き残れたから……よかった」


 もう自分がなんて答えているのかわからなかった。

 手酌でワインをグラスに注ぎ、美味そうに飲み干す母親は本当に幸福そうで、俺のことなど心底なんとも思っていなかったに違いない。


 俺は心配していて欲しかったのか。

 優しい言葉をかけられたかったのか。

 大変だったねと、同情して欲しかったのか。


 いろいろ訊きたかったはずなのに、声がつかえて、ろくに言葉が出てこない。

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