113 闇の現実、そしてギルド職員

 少年にとって探索者の階級とは絶対的なものなのか、やはりと言うか、ブロンズと聞いて絶句してしまった。

 おそらく、俺の等級は彼の等級よりも低いのだろうから、仕方がないところだ。


「す――」

「す?」

「すごい! すごいです! 迷宮は経験がモノを言うから、等級が高いほど上手く戦えるって聞いてて……じゃあ自分はまだ無理だって思ってたけど、ヒカルさんみたいにいきなり戦える人もいるんだ……!」

「えっと、思ってた反応と違うな」


 なーんだ、ブロンズかよみたいな反応になると思ったが、少年は逆に捉えたようだ。

 でも、それはそれで困る。

 俺が戦えるのは、あくまで転移者としての特典が効いているに過ぎない。

 精霊の寵愛もそうだし、いざとなったらポイントで強力なポーションや結界石と交換できるわけで、それを当て込んで探索をしているのだ。

 つまり、かなり純然にチートズルしているわけだ。


「いや……俺は元々戦えたんだよ。さすがにいきなり戦えたわけじゃない」

「そ、そうか……そうですよね」


 俺の嘘にとりあえずは納得してくれたようだ。


 別に強くなる手段は迷宮だけにあるわけじゃない。

 個人的には、精霊術をかなりバンバン使っているのを見られたから、愛され者であることがバレる心配を少ししていたのだが、杞憂だったようだ。

 まあ、この世界では「愛され者」が精霊術を使うということ自体がないらしいから、ただの凄腕……あるいは、精霊力ポーションをたくさん持ってたと思われたのだろう。

 実際、ジャジャルダンも回復術とウォータースクリーンだけでも見ただけで20回は術を使っていた。たぶん、30回くらいなら普通にありえる回数なのではないかと思う。


 少年は俺よりも二つくらいは下だろう。厳密には、俺はこの世界に来た時に二歳年齢をアップさせているから、四つ下ということになるのだろうか。

 いずれにせよ、迷宮は命がけの場所。

 無理をすれば必ず死ぬというくらいの認識で丁度良いのだ。


「俺、ヒカルさんと同じ『闇』の精霊術契約しようと思ってるんです! 凄くかっこよかったから」


 やれやれと安心したところに爆弾をぶっ込んでくる少年。

 周りの仲間たちも、肩をすくめている。

 いや、止めてやってくれよ。


「……いや、闇はオススメしないよ。どうせ取るなら、迷宮では光のほうが断然強い」

「え、ええ~。でも……」

「これから探索者をやっていくなら、本当に闇はやめとけ……。水か光にしたほうがいい。闇は強くなるまでにかなり時間がかかるから。……攻撃術もないし」

「そうなんですか……」


 危ない。意図せず少年を文字通り闇の――茨の道へ進ませてしまうところだった。

 俺もだいぶ精霊術について詳しくなってきたけど、ハッキリ言って闇は強くない。

 光ならライトもキュアグロウも便利で使いやすいし、三つめの術が何かは知らないが、四つめの術はあのビーム砲めいたフォトンレイなのだ。

 補助、回復、攻撃と三拍子揃っている。

 水の精霊術も回復効果が強いし、ウォータースクリーンは魔王のファイアブレスすら防ぐことができる。


 それに比べて闇はどうかといえば、直接的な防御手段も攻撃手段も回復手段だってないのだ。

 全部補助的な術。俺が「愛され者」だったからちょっと強力そうに見えるだけだ。

 少年が闇を取ったらある程度育ったところで、シャドウバッグが使えるちょっと良いポーターに進化するだけだろう。

 そういう意味では、俺が契約したのが光の精霊術だったなら、フォトンレイを連発するだけで無双できる可能性すらあった。

 ……まあ、今となっては闇の精霊術に愛着があるし、何度も命を助けてもらったから、契約を鞍替えするなんてことはないけれど。


 彼らと別れた後も、何人かの探索者に声を掛けられた。

 それだけあの戦いで俺とリフレイアは目立っていたということだろう。

 実際、視聴率レースが棄権になってからも、視聴者数そのものが減ることはなかった。

 最終的には15億人に迫る人数だったはずだ。

 それだけ、厳しい戦いだった。

 もちろん、強い探索者があの場所にいたならば、楽に勝てた戦いだったのだとは思うが。


 日が暮れて、パーティーは始まった。

 立食形式のパーティーだ。探索者達の服装は思ってたよりはみんな小綺麗だが、普段着と変わらない者もそれなりにいて、かなり雑多である。

 男と比べると、女性の探索者は着飾っている人が多いかもしれない。


 さすが領主の屋敷ということか、屋内にも関わらずかなり明るい。

 天井にはシャンデリアが煌々と輝き、どうやら光の魔導具が取り付けられているようだ。

 リフレイアは、他の女性の探索者のところに挨拶に行き、俺も『真紅の小瓶クリムゾンバイアル』の回復術師の女性に、助けてくれた礼をした。

 そして、すぐにトイレだなんだと理由を付けて抜け出し、一人で壁によりかかってぼんやりと全体の様子を見ていた。

 人が多いところはまだ苦手だ。

 元々得意ではなかったが、この世界に来てからそれは決定的なものになってしまった。


 会場内では、ギルドで見たことがある職員がバインダーを片手に、探索者たちに話を聞いてまわっている。

 何を聞いてまわっているのかは謎だが、どうも仕事のようだ。せっかくのパーティーなのに、なかなか大変な職業のようだ。


 領主の挨拶が始まり、魔王討伐の労いの言葉を発する。

 迷宮街は、探索者がいなければその形を保つことができないらしいから、領主としても探索者は大事にしているということなのだろう。

 

 パーティーと言っても、本当にただ集まって食事をして歓談をするという趣旨のようだ。

 一応は、あの時の魔王討伐に参加していたことが条件のようだが、関係ない者が参加していてもわからないのではないだろうか。

 まあ、そのあたりは織り込み済みということなのかもしれない。

 領主からの探索者に対する福利厚生みたいなものなのだろう。

 

「あ、すみません、少しいいですか?」


 一人で餃子みたいなものをパクついていたら、ギルドの女性職員に声を掛けられた。

 バインダーを片手に、何かを聞いて回っているのが、俺の番になったらしい。


「今回の魔王討伐の貢献度調査をしています。いくつか質問させて下さい。えっと、まずあなたがヒカルさんで間違いありませんね?」


 顔をマジマジ見ながら、半信半疑な感じで訊ねる職員。

 俺はあんまりギルドに顔を出さないから、そもそも顔を覚えられていなかったようだ。


「そうです。青銅級スピリトゥスの。なんかあるんですか?」

「今回の討伐、第一等貢献者はあなたになりそうなんですよ」


 なんだか想定外の単語が出た。

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