112 死地を超えて再会、そして角笛の少年

 他愛の無い話をしながら、領主の屋敷までの道のりを歩く。


 その中で、迷宮入り口の巨大なクリスタル……精霊石の色が抜けた理由について訊いた。

 魔王の発生は、迷宮の淀み(魔渦というらしい)が一定以上に溜まることで起こるらしい。そして、魔王が討伐されると、その淀みが一気に解消され今みたいな状態になるのだという。

 しかし、この状態では迷宮内は「きれいすぎる」ので、魔物の発生自体がかなり少なくなるとかで、魔王討伐後は一定期間、迷宮自体が立ち入り禁止になるのだという。

 つまり、魔王の発生も討伐も、すべて織り込み済みで迷宮は運営されているということだ。人間の業というか、なかなか綱渡りだとは思うが、今更迷宮からの資源を当てにせず生きていくのは難しいということなのだろう。


 会場までの道のり、リフレイアはかなり人目を引いた。

 人の目を惹き付けずにはいられない光があった。

 彼女は、最高の『光の聖堂騎士』になるだろう。

 闇に塗れることでしか生きられない俺とは、正反対の人種。

 この街で、あの迷宮で、俺とリフレイアが邂逅したこと、それ自体が一種の奇跡であり、神様の気まぐれであったのだ。


 パーティー会場である領主の屋敷は、この街では一等地に当たる、水の大精霊の支配区域の中にあった。迷宮からはかなり離れている。大精霊の神殿からも離れているから、「愛され者」である俺の参加も問題なさそうだ。

 大精霊が「愛され者」を食べにくると知ってから、大神殿までの距離については、神経質過ぎるほど俺は気を使うようになっていた。


「すごい豪邸だな……。領主って貴族?」

「もちろんそうですよ。この地を治めていらっしゃるのは、ペルメ伯爵。伯爵の先代が、この地に大精霊を招聘なさって、迷宮都市としての歴史が始まったそうです」

「招聘?」

「あれ? ヒカルは知りませんでしたっけ。迷宮を作るには、大精霊様を三柱以上集める必要があるんですよ?」

「それは前に聞いたけど……そうか、人間が大精霊を集めて、魔物が発生するような迷宮をわざわざ作ってるんだな」


 なんにせよ、豪邸だ。

 お城ではないが、敷地は広く庭園付きの2階建て宮殿といった趣だ。

 物見の櫓や、古い石壁から見て、かなり古くからある建物なのだろう。

 もしかしたら、ここが迷宮都市になる前からあるのかもしれない。


 屋敷は意外というかフリーパスで、そのまま会場入りすることが可能だった。

 元日本人としては、こういう場所ではセキュリティが厳しいというイメージがあるが、案外適当らしい。


「あっ! 君たち……!」

「えっ?」

「ああっ、やっぱりそうだ! 少しいいかい?」


 声を掛けられて振り返ると、どこかで見た顔の男たちだった。

 服装が違うと印象がかなり変わるが、どうやら2層への上り階段の前で、魔王に蹴散らされていたパーティーのようだ。

 あの時、俺達が到着した時には、みんなボロボロで満身創痍だったけれど、少なくともパーティーに出られる程度には彼らも回復したということだろう。

 事の顛末を俺は見届けていないから、彼らのメンバーが全員生き残ったのか、それとも何人かは魔王にやられてしまったのか、それはわからない。

 彼らの中でもひときわ年若い少年が、キラキラした瞳でこちらを見ている。

 リーダー然とした青年が話を続けた。


「あの時は助かったよ。君たちの救援がなかったら僕たちは全滅していただろう。礼を言わせてくれ」

「いえいえ、直接助けたのはアレックスたちですよ。僕らは少し遅れましたし」


 あの時、すでに戦っていたのはアレックスたちだった。

 俺達はそれの助勢に入ったにすぎない。


「もちろん彼らには感謝しているよ。新進気鋭のパーティーと名高い『雷鳴の牙』の三人。あの魔王相手に、あれだけ持たせられるとはさすがだ」


 雷鳴の牙……? それがあいつらのパーティー名なのか……。

 気のいいやつらだが、そんな強そうな名前を付けていたとなると、すごく名前負け感が強いような……。

 まあ……そういうのが好きな年頃なんだろう。あるいは、アレックスのカナディアンなセンスなのかもしれない。日本人ではちょっと恥ずかしくて付けられないタイプの名前でも、ガンガンいくような……。


 探索者の青年は、アレックスたちへの感謝を述べながらも、「でも」と続けた。


「……彼らだけだったら、すぐに戦線は瓦解していただろう。僕たちは後ろで見ていたからわかるんだ。彼らはとても強かったけれど、さすがに魔王相手には後手後手に回っていた。君たちが来なければ、数分で終わっていたはずだ。そうなれば僕たちも殺されていただろう」


 確かに、アレックスはまだそこまで単身で戦える感じではなかった。

 探索者歴1年未満の元地球人としては上出来ではあると思うが、さすがに魔王とたった三人で渡り合うのは難しいように見えたということだろう。

 それに、俺達が負けたら彼らもまた魔王に殺されていたというのも間違いない。

 魔王は好戦的で、動けなくなったら見逃すというタイプにも見えなかったから。


 とはいえ、それは結果論だ。

 アレックスたち抜きで、俺たちだけだったら、それはそれで負けていたはずだから。


「とにかく感謝を受け取ってくれ。君たち二人……いや、君が指揮を執ってくれたから、あの場を保つことができたんだ」

「指揮だなんて……。ちょっと僕の戦い方と、あの魔王との相性が良かっただけで」

「そんなことないです! 俺、角笛を吹きながらずっと見てましたから。あなたが指示を出したら、その通りに魔王が動いて……! まるで未来が見えてるみたいでした!」


 瞳を輝かした少年が、熱っぽく話に加わってくる。

 ずっと必死で角笛を吹いていた少年だ。

 あの時は終始泣き顔だったから、ずいぶん印象が違う。

 それにしても、妙に評価されたものだが、さすがに未来が見えてるみたいは言い過ぎというものだろう。

 魔王は、それほど行動パターンが多くなかった。

 というより、魔物自体が、それほど行動パターンが多くない。


「…………まあ、あの時は夢中だっただけだけど、誰かを助けられてたなら良かったよ」


 実際はみんなの力で勝ち取った勝利だ。

 俺は自分の役割を果たしたに過ぎないから、なにか誤解されているのではないかという気になってしまう。


「あー、ヒカル照れてますね。あれだけ戦えるのに、自己評価低いから」

「いや別に戦えてはいないだろ。ちょっと時間稼ぎが上手いだけで」

「ほらぁ。すぐそんなこと言うんですから」


 リフレイアからの評価も妙に高いが、そこは一緒にパーティーを組んでいた贔屓目というやつだろう。リフレイアは戦士だから、俺との相性が良いというのもあるだろうし。


「あのあの、ヒカルさんはこの街では見たことなかったですけど、どっか別の迷宮で潜ってたんですか? あの強さじゃ、金等級グノームか……いや、魔導銀級オンディーヌでもおかしくないですよね」


 余所の迷宮に行っても、探索者の等級はいちおうそのまま通用するらしい。

 角笛の少年は、俺が余所の迷宮からきた凄腕探索者かなんかだと勘違いしているのだろう。

 現実を教えたら絶望するかもしれないが、別に隠すようなことでもない。


「俺、青銅ブロンズなんだ」

「え……、ブロンズ……なんですか? スピリトゥス級ってこと……ですよね?」

「ああ。探索者になったばっかだからな」

「まさか……スピリトゥスだなんて……」

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